32 都市連合の紛争

 山々の間の街道を東へ向かい、やっと国境の関所が見えてきた。

「冒険者か……。随分と若いな」

 ここでもセイは公爵の地位を使わなかった。冒険者なら普通に通過できると、事前に教えられていたからだ。

「おいらみたいなハーフリングとか、亜人は若く見えるのが多いんだよ」

「ふむ……。銃は持ってないのか。この先の地方は冒険者の扱いが少し違うから、街に着けばすぐ確認して登録することだ。では通ってよし」

 問題なく関所を通過し、それからもまだしばらく続く山道を抜けると、ようやく平坦な大地が見えてくる。

「やっとここまで来たか……」

 故郷が近くなり、ケイオスはふと息を吐いた。







 都市連合地方。古くは七都市連合と呼ばれていた地域である。

 地勢的な問題もあり、過去の大戦にもさほどの被害を受けることなく、その内部だけで完結した生活圏を築いた。

 3000年前にレムドリアに併合されたが、やはりお家騒動の中で独立。今では主な都市が11となり、連合は組んでいるが仲良くしたり喧嘩したり、複雑に政治状況が絡み合う地方だ。

「それでセイ、どこへ行くんだ?」

 ククリに問われたセイは、腕を組んだまま考え込む。この地方には、5人の勇者がいる。そしてその内の3人は、一緒に行動している。あちこち動き回っているのだ。

 冒険者だろうか? それとも考えたくないが、盗賊になっているかもしれない。どちらにしろ、対処が難しい3人組みなのだが、距離的にはそこが一番近い。

「北へ向かってくれ。相手をマップで見てから考える」

 たとえ賞罰に殺人があっても、相手が凶悪とは限らない。難しい判断をまたしなければいけないのかもしれない。



 街に着いたセイは、一番良い宿を取ると、すぐに冒険者ギルドに向かった。

 関所でも言われたので、まずその扱いの違いを確認し、登録しなければいけない。そう考えたのだ。

 だが結局、確認だけで登録はしなかった。

 この地方の冒険者の扱いは、確かに今までの地方とは違った。

 登録してある冒険者には、戦争への参戦の義務があったのだ。



 傭兵でもあるまいし、どうして人間同士の争いに首を突っ込まないといけないのか。セイはそう判断した。

 一行も同じ判断で、登録はしない。冒険者として活動しなくても、生活に不便がないぐらいの金銭はある。ならば情報源としてだけ利用した方がいい。

 人を探している、とギルドの情報屋にやってきた。担当者がゴブリンだったのには少し驚いた。

「それは依頼かね?」

「まあ、依頼だな」

「ふむ、名前や特徴は?」

「分からない。だが、ここ最近で急に頭角を現してきた冒険者がいたら教えてほしい」

「それは無理だな。ギルドは冒険者を守っている。どうして探しているのか理由は聞かないが、教えるわけにはいかん」

「金なら出す」

「……その対象となる冒険者に、お前さんが探していると伝えることは出来る。だが名前も分からないのでは、伝えようもない」

 個人情報はしっかりと守られているようだ。



 ならば、とセイは思考を変えた。

「勇者に心当たりはないか?」

 その問いに、ゴブリンの男は目を丸くした。

「勇者だって? そんな御伽噺を信じて探しているのか?」

 御伽噺ではなくて実際にいるのだが、信じられないのも無理はない。

「そうか……邪魔したな」

 何の収穫もなく、セイはギルドを後にした。







「というわけで、地図を頼りに地道に探していくしかないんだが……」

 宿の一室で、セイはテーブルに地図を広げて悩んでいた。

 地図と実際の縮尺の違い。これが大きな問題となる。

 セイのマップの半径は20キロ。充分広い範囲とも言えるが、この広大な地方を探すとなれば、かなりの労力が必要だろう。

「ふむ、各地を移動しているのなら、もう一つ可能性があるな」

 そう言われてセイは咄嗟に、行商人だろうか、と平和な考えをした。

「傭兵だ」

 ケイオスの言葉は重いものだった。



 この地方には、傭兵のギルドがある。

 警備や護衛の仕事は多い。そして何より需要があるのは、都市間の戦争である。

 傭兵団というのも存在し、戦争の匂いを嗅いでは、その地方へ移動していくのだ。

 勇者の持つ戦力は、対個人戦闘に特化したものが多いが、集団相手に戦える祝福もないではない。

「3人組で動き回っているなら、おそらく冒険者か傭兵だな」

 そしてこの場合、傭兵の方が探しやすい。

 冒険者なら単なる3人組だが、傭兵団ならその足跡を辿りやすいということだ。



「仕方ない。明日からは移動しよう。……念のため、ラヴィ、何か勇者を見つける方法とかないかな?」

 セイは藁にもすがる思いで訊いたのだが、ラヴィは首を振った。

「けれど、地図の問題は解決出来る」

 その言葉に、セイは思わず明るい顔をした。

「マコの点と、その三人の点を比べれば、どちらに行けばいいか分かる」

 マコは勇者だ。その点は地図に示されている。

 その点が他の点に近づくように動けば、セイのマップとの精密差があっても、埋められるということだ。

「そりゃそうだ。どうして気付かなかったんだ、俺……」

「いや、あたしも気付かなかった」

 マコはうんうんと頷いているが、誉められたことではないだろう。



 移動の予定は変わらない。だが、目的地ははっきりしている。

 ラヴィが仲間で良かったと思いつつ、セイは今日も二人に両脇をつかまれて眠るのだった。







 ナケアとネポロという都市がある。

 共に有力な都市で、そして確執がある。

 3000年前に征服された際、レムドリアはこの地方の都市を、分割して統治した。

 都市の待遇に差をつけ、種族を同種族でかなり固め、産品を独特のものとさせた。

 それでも独立戦争の時は協力してレムドリアに当たったのだが、その後がいけなかった。

 特に問題だったのは、種族が都市ごとに分けられたことだろう。

 人間、亜人、魔族という大きな括りだけでなく、その中でも魔族や亜人は分けられたのだ。



 棲み分け、という考え方もあるため、ただそれだけで問題となるわけではない。

 だがレムドリアは巧妙に種族分離政策を進めた。他の国では融和政策が当たり前の時代だったのに。

 その結果、今でも都市国家間は仲が悪い。すぐに戦争をする。

 もっとも同じ経済圏で、互いの特産品が必要に迫られることも多いため、たいがいはすぐに他の都市国家が仲立ちとなり、和平が結ばれる。

 しかし微妙な経済格差や種族の違いが、平和的な融和を妨げていた。



「ナケアは人間主体の国、ネポロはゴブリン主体の国だってさ。両方とも食糧生産率が高くて、相手に依存する部分がないから、戦争は起こりやすいみたい」

 調べてきたククリは、分析までしてくれた。

 人間もゴブリンも繁殖力がそれなりに高いため、相手の農地を奪いたいという目論見もある。

 それは戦争にもなるだろうとセイは思い、過去のレムドリアに悪態をつきたくなった。

「冒険者にしろ傭兵にしろ、ナケア側にいることは間違いないな」

 ケイオスはそう言って、セイを見る。

「出来るだけ早く接触して、戦争が始まる前に帰さないと」

 勇者の祝福は、人海戦術を取られれば役に立たないものが多い。

 たとえば封印を前線で使ったら、10人を殺す間にそれ以上の数に囲まれるだろう。

 その意味では単純に強くなるというマコの暴食は、使い勝手がいいのかもしれない。







 なんとか開戦までに、セイたちはナケアに到着した。

 既に都市の周辺には天幕が張られ、それぞれの傭兵団の旗が飾られていたりする。

「都市の中にはいないみたいだね。するとやっぱり傭兵か……」

 セイが地図を手に進んでいく。周辺に集まった傭兵はこちらに注意を向けてくる者もいるが、それにはケイオスが睨みを利かせている。

「いた……」

 黒狼傭兵団。おそらくその中に、3人はいる。

 セイが確認したのは『無限魔力』『生命創造』『重力制御』の祝福を持つ3人。

 少年が一人に少女が二人。至近距離にいる。

「しかしどいつもこいつも強力な祝福だよな……。やろうと思えば一騎当千出来るじゃん」

 レベルが上がっていることを考えると、それなりに使ってきたのだろう。

 特に重力制御。これは極悪だ。セイの不死身でも宇宙空間まで飛ばされれば、帰還は難しい。それでなくとも重力を遮断するだけで、何人もの兵を相手に出来る。



 セイが名前をマコに確認すると、間違いはなかった。少年とはクラスメイト程度の関係だが、少女二人とは友人らしい。

 そこまでを確認して、セイたちはナケアの都市に入っていった。







 いつも通りに高級宿に泊まり、食事と風呂を終え、さて作戦タイムである。

「そいつらは三人で固まってたんだな? 他の傭兵との接触はどうだ?」

「どうって……普通ですかね? 時々近寄るみたいですけど、基本三人だけで行動しているみたいですよ」

「なるほど……今回は簡単かもしれんな」

「え? 三人もいるんですよ?」

 そこで通信機の向こうのリアは、ふうと息を吐いた。



「お前、この世界を旅してどう思った? 食事、風呂、トイレ、睡眠、交通手段とかだな」

「そうですね……。食事と風呂は自前でどうにかなりますけど、トイレは不便ですね。睡眠も野宿とかは嫌ですし、馬車も慣れるまでは辛かったです」

「食事と風呂は、お前たちはこの世界でも最高の環境が用意されている。なにせそれだけの金も持たせたからな。トイレも睡眠も、高級な宿ではそこそこいいだろう。馬車に関しては仕方がないが」

「ええ、恵まれていると思います」

「さて、ではその傭兵の三人はどうかな? 普通の傭兵の食事や風呂事情、トイレに睡眠、あとは移動方法。お前たちの世界と比べてどうだと思う?」

「そりゃ日本に比べれば、ひどいもんじゃないんですか?」

 そこまで言われて、セイも何が言いたいか分かってきた。地球に帰還させたケータも言っていたことだ。



「それに傭兵の中に女が二人だろ? まあその傭兵団の規律がどうかは知らんが、身の危険を感じるんじゃないか?」

「そうですね。女の子なら不安になって当たり前だと思います」

「残り一人の男は、まあ真面目に女の子を守っているか、両手に花でちやほやされているか分からんが、三人でいることが多いなら、周囲に溶け込めてないんだろう」

 一つ一つを確認するたびに、セイの中で説得する自信が高まってくる。

「残りの危険性は、周囲の傭兵に邪魔されることだな。その三人の祝福なら、どの傭兵団でもほしいだろう。それと確率は低いが、変にこじらせてしまって戦闘に及んだ場合も考えておこうか」



 無限魔力。文字通り無限の魔力を持っているものだが、魔法の技能を高く持っていなければ、最高出力が変わらないのであまり意味がない。カーラであれば完封できるであろうとのこと。

 生命創造。レベルがある。つまりはレベルを上げなければ、強い生命体、魔物などは創造できないのだろう。竜でも創造できれば別だが、それ以外はまず問題ない。

 重力制御。これもレベルがある。加重されて潰されるか、重力を遮断されて天空に飛んで行くか。前者ならセイは問題ないし、後者なら風の魔法で体を地面に叩きつければいい。



「どれも強そうと思ってたけど、そう考えるとそれほどの脅威ではないですね」

「戦闘経験に優るものはなし、だ。実際お前、ほとんど無限に私の魔法を喰らいまくったが、生きているだろう?」

 ははは、と乾いた笑い声がセイの口から洩れた。一回死んでから甦ったのを、生きていると言えるのだろうか。

 最悪の状況を考えても、なんとか生きていそうだ。ククリには悪いが、物語の詩にはなりそうもない。

「分かりました。戦闘を覚悟した上で、最大限説得してみます」

「ああ、頼むぞ」



 三人同時と考えれば怖かったが、冷静に考えると、むしろ三人も固まっていてくれてありがたい。

 もちろん油断はしない。この世界に毒されて、何か変なものをこじらせてしまっているかもしれない。

「こんないい生活はしてないだろうしなあ……」

 天蓋付きのベッドに横たわり、セイは眠りに就いた。

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