31 鑑定不能
「う~ん、雄大な景色だねえ」
マコはそう言って、馬車から見える風景を楽しむ。
確かに雄大な風景だ。峻険な山々が連なり、その頭には雪が積もっている。街道は石造りだが波打ち、馬と馬車には負担をかけてくる。
「時折山から魔物が下りてくる危険な場所だ。私もかつては商人の護衛で、同じ道を来たものだ。セイ、探知を頼むぞ」
「探知……してるけど、魔物だとけっこう数が多くて……」
ケイオスの言葉に、セイは頼りなさげな声を出す。
実際、魔物はたくさんいるのだ。だが試しに一つを鑑定してみると、5レベル程度の雑魚であることが多い。
「この山々は天然の防壁でな。レムドリアもかつて、東方の都市国家に侵略戦争を仕掛けたのだが、結局砦を抜けずに退却したそうだ」
「ああ、おいらも知ってるよ。リュクホリン大王の数少ない敗北の一つだね。まあ、息子のシオン王子が攻略したんだけど」
それも結局はまた独立したのだ。侵略と独立の歴史が多くて、セイは覚え切れていない。
そして二日目、マコが飽きた。
「魔物なんて来ないじゃん……」
雄大な景色でも、それが続けば飽きるものだ。そしてこの辺りには、小さな村しかない。観光のしようもないのだ。
「いや、それでいいじゃんか」
ククリが呆れたように返す。ただの魔物との戦いなど、彼の詩にはならないのだ。それなら面倒は避けるほうがいい。
「油断した時が一番危ない。セイ、頼むぞ」
「う~ん、了解。……っていうか、街道を少し進んだ先に……あれ?」
何かがいると、マップ先生は告げている。
しかしそれが何かを鑑定しようとすると、鑑定不能と表示されるのだ。
鑑定不能になるのは、確か上位の竜と神。他にはなんだったか。
「緊急事態。戦闘準備。何かものすごいやばいのがいるかもしれない」
セイの言葉に、馬車の中が騒然となる。ククリはいったん馬を止める。
「やばいって何さ? 魔物? レベルは?」
「それが分からないからやばいんだよ」
「迂回は……する?」
「この辺りの街道はここだけだ。迂回するとなると、一週間はロスするぞ。それに馬車も使えない」
ガンツ以外はそれぞれの意見を述べるが、ガンツだけは斧を軽く振っている。緊張感を抑えられないのだろうか。
「敵と決まったわけじゃないけど……慎重に進もう」
上下左右にくねくねと曲がった道を、とろとろと馬車は進んでいく。左右の森のせいで、なかなか対象を目視出来ない。
それでもやがては視界に入る。
「人間?」
ククリが呟く。目のいい彼には、その姿が分かった。
「ただの人間なわけはないよ。引き続き注意を続行」
やがて誰の目にもその姿が捉えられる。そして感じたのは、安堵。
ちょっと変わった服装の、凄まじく美しい少女が道端に座っていた。
真っ白な長髪に赤い瞳。およそこの異世界でも、滅多に見られない色の組み合わせだ。
「なあ、どうしたんだ? こんなところに座って」
声をかけたのはセイだ。改めて鑑定もする。
『鑑定不能』
それは看破の技能を持ったククリも同じで、二人で顔を見合わせる。
少女は二人を仰ぎ見て、無表情なまま言った。
「どこに行ったらいいのか分からないの」
その答えに、やはり二人は顔を見合わせる。
「迷子か? その割には身なりが豪華だけど……」
ククリの目から見て、少女は高貴な生まれだと推察される。
巫女に似た服装ながら、布を何重にも重ねて、裾には細かい刺繍がなされている。
汚れているのは、何日もそれを取り替えてないということだろう。山の中から出てきたのだろうか? それなら街道に座っているのも理解出来る。
「えと、どこから来たのか分かる?」
馬車から降りたマコが、少女に問いかける。同じぐらいか、ほんの少し年下の年齢だろう。
「メフィルナ」
それが土地の名前か街の名前かは分からないが、とりあえず視線を向けられたケイオスとククリに心当たりはなかった。
セイもマップで調べてみたが、そのような名前の村も街も、この周辺にはない。
「どうして、こんなところにいるんだ?」
今度はセイが問いかける。それに対して、少女は首を傾げた。
「邪神の軍が攻めてきた。私は転移で脱出した。そしたらこの森に出た。だから道に出て、人の通るのを待っていた」
邪神に攻められるというのは、この少女がそれに対する陣営の貴族か王族、もしくは巫女であると考えるのが自然だ。
おそらくその街だか都市だかは邪神の軍に占領され、この少女のみが転移で逃されたということだろう。護衛がいないのは不思議だが、その余裕もなかったに違いない。
鑑定不能と言うのは、神の守護でも得ているのか、そんなところだろう。
「う~ん、お腹は空いてる?」
マコの質問に、少女は無表情ながらしっかりと頷いた。
「すごく空いてる」
そこでこの場で食事となった。
少女の名前はラヴェルナといった。
「じゃあラヴィだね」
すぐにマコが愛称を付けて、それにラヴィもなんの文句もつけない。
しかし名前だけで姓がないというのは、やはり巫女の類なのだろう。巫女は世俗の権力とは無縁という建前である。本来はやはり貴族か王族の出身に違いない。
それにしてもこの少女、よく食べる。
マコのように際限なく勢い良く食べるというのではないが、静かに黙々と食べ続けている。
(エンゲル係数がえらいことになりそうだな)
セイがひそかに心配していると、ラヴィは食事を終えた。
「もういいの?」
マコがもりもりと食べながら問うと、ラヴィは頷いた。
「とりあえずは、これで大丈夫」
控え目なその言い方に、思わずマコもお代わりを止めた。
「さて、これからだけど……」
このまま少女を置いていくという選択肢はない。このような美貌の少女を放置すれば、どのような目に遭うかは疑問の余地もないだろう。
「俺たちは東に向かっている。都市連合で色々する予定なんだ。だからそこまで君を運ぶことは出来るんだけど……何か出来る仕事はある?」
「仕事は……したことはない。戦ったことはないけど戦えるし、魔法もたくさん使える」
戦ったことがないのに戦えるというのはともかく、魔法が使えるなら、色々と職業選択の自由がある。
だがこの少女、明らかに世間知らずである。何をしても恐らく、人に騙されてひどいことになるだろう。
「あ~、なんなら一緒に連れていってもいいけど、俺たちが行くところ、けっこう危ないところなんだよね」
都市連合は紛争地帯である。冷戦状態だが局地戦レベルの戦争は頻発し、傭兵団が幅を効かせているという。
「構わない。神竜の騎士に保護してもらえるならありがたい」
その瞬間、セイの警戒心が最大レベルまで上がった。
セイの偽装隠蔽は、高い術理魔法でなされている。現在も無用の軋轢をなくすため、その称号は隠してあった。
それをこの少女は見破った。恐ろしく高いレベルの鑑定系の技能を持つか、術理魔法を高いレベルで習得している。
「君は、何者なんだい?」
セイの放つ気迫にも、少女は首を傾げただけだった。
そして森の方を見つめる。その視線で、セイも気が付いた。
マップに、魔物の集団が表示されている。
(しまった)
食事の匂いをさせれば、魔物が出てくるのも不自然ではない。目の前の少女に集中しすぎて、周囲の探知がおろそかになっていた。
「皆、戦闘準備。魔物の集団だ。マコはその子を守って!」
その声が終わらないうちに、森から狼系の魔物が現れた。
たいした強さではない。だが問題なのは、ラヴィを守ることだ。戦闘力のない少女を狙われれば、かなりまずい展開になる。
マップと連動した魔法で葬り去ろうかと思った瞬間、予想外のことが起こった。
魔物が倒れていく。
次から次へ。なんの前兆もなく、倒れていく。
鑑定によると、魔物は死んでいる。こんなことが出来る能力を、セイは一つしか知らない。
即死眼。
勇者の持っていた祝福だが、勇者だけに与えられたものでもないだろう。他にもこの世界で、持っている者がいる可能性はある。
そしてそんなものを持っているとしたら、それはこの少女しかありえない。
魔物の襲撃……いや、一方的な殺戮が終わった後、セイは少女に向き直る。
「君は……何者なんだ?」
返答は率直で、そしてセイの予想を超えていた。
「私は神竜」
それはこの世界を守る存在。神をも超越した、絶対的存在。
「天竜ラヴェルナ」
少女は特に表情を変えることもなく、淡々とそう言った。
「まさかお前が拾うとは……。いや、助かった。こちらでも探す予定だったからな」
通信機の向こうで、リアはそう言った。
天竜ラヴェルナの住む都市は、邪神の軍勢に先日攻め滅ぼされたところだった。
神竜が死ぬわけはないし、存在がこの世界から消えたとも感じられなかったため、風竜テルーを動かして捜索しようとしていたらしい。
「しかしすごい確率で遭遇したな。地球の神に選ばれたことといい、なにか運命に導かれてるんじゃないか?」
「まあ、悪運とでも言うんですかね……。それで、どうしたらいいんでしょう?」
「ああ、一緒に連れて行ってくれ。神竜とは言え、下々の生活を見るちょうどいい機会だ」
「……いいんですか? 彼女、即死眼使えるんですよ?」
「それは即死眼じゃない。竜眼だ」
リアの説明によると、竜は万能看破にも迫る、竜眼という祝福を持っているらしい。
リアのような神竜ともなれば、その性能はさらに高くなる。睨んだだけで相手を殺すのも、レベルによるがそれほど難しくはないという。
「威圧のようなものだ。それがあまりにも強いので、相手がショック死するというわけだな」
セイたちのレベルなら、そこまでの効果はないだろうとのこと。
「それに今度の勇者は3人組だろう? 丁度いい戦力の増加になる。ああ、危険な祝福持ちだったら、戦闘には参加させるなよ。神竜とは言え、まだ幼いからな」
「幼いって、どれぐらいなんですか?」
「800歳ぐらいだな。だからもし即死眼なんて使われたら、神竜でも死ぬかもしれない」
神竜でも死ぬのか、即死眼。
「ああそれと、偽装隠蔽を使って、それなりの能力にしておいてくれ。鑑定不能というのはまずいからな」
なるほど、確かに都市に出入りするのにはまずいだろう。
リアとの通信を終えたセイは、野営をしている一行のところに戻った。
セイの作った風呂で汚れを落としたラヴィは、さらに綺麗になっていた。衣服も変えて、ちょっとしたお嬢様っぽい雰囲気となっている。
「師匠からの通信、ラヴィは同行させろだって。勇者との戦いにも、条件付で参加してもいいってさ」
「へ~、そうなんだ。よろしくね」
「暗黒竜レイアナがそう言うのなら、それに従う」
こくりとラヴィは頷いた。竜とはこういうものなのかもしれないが、あまり感情を感じられない。リアは元人間というのだから、あちらが特別な可能性は高い。
「しかし、具体的にはどのぐらい強いのだ? 確認しておかなければ、戦闘時にどう扱っていいか分からんだろう」
「それは確かに」
ラヴィの動きは素人のもので、少なくとも武器や素手での戦闘力はなさそうに見える。
「試す?」
ラヴィは軽くそう言って、立ち上がった。
相手をするのはケイオスだ。この中では一番、武器戦闘の技術に長けているという理由である。
曲刀を持ち、素手のラヴィに切りかかる。ラヴィはそれに対して、手を伸ばした。
素手で曲刀を受け止めていた。
ケイオスは力を入れるが、びくともしないらしい。やがて諦めて、柄から手を放す。
「もういい?」
「ああ、分かった。少なくとも足手まといにはならないだろう」
渡された曲刀を受け取り、腰に戻す。ケイオスの視線には、畏怖の念があふれていた。
「さすが神様だね。あたしの槍も通用しないかな?」
「神ではなく、神竜」
大事なことなので、ラヴィは訂正した。
野営の準備を行い、テントを張る。
ちょうど男女3人ずつに別れる。いつも通りマップと危機感知をオンにして、セイは眠ろうとした。
その腕に、ラヴィがくっついてきた。
「え? ラヴィ?」
声をかけると既に寝ている。そしてもう片方の腕には、マコが引っ付いてくる。
「あの、マコさん?」
「あたしのものだもん」
そんなことを言ってマコはセイの腕を放さない。
素晴らしい環境だ。女同士の三角関係。しかし寝づらいのも確かである。
戦力的には増強された。だが同じぐらい面倒も増えたような気がして、セイはなかなか眠れなかった。
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