30 正義の味方
若宮啓太は、今までに戦った人間の中では、一番強いと思えた。リアは除く。あれは人間ではない。
レベルと祝福に気を取られていたが、よく見ると技能も相当に高いものが揃っている。魔法もかなりの属性が使える。
(祝福なしで戦っても互角以下じゃないか?)
さらに危険なのが、鑑定まで持っているということだ。
どういう経緯なのか知らないが、彼は強いだけでなく、殺しにくそうだ。
封印の勇者と比べても、若宮啓太の戦闘力は圧倒的に高い。
「危機感知まで持っているのか……」
宿を取り、リアと通信をする。詳細に技能を伝えると、リアの声に動揺が現れた。
「厄介だな……。遠距離からの問答無用の攻撃は、通用しないというわけか」
「それに視界を防いでも、なんだか耐性があるので効果がないかもしれません」
「耐性までか……。どうやったのか知らんが、危険な相手だな」
相手の鑑定は、レベルが低いのでこちらの偽装隠蔽で防げる。
しかし危機感知が問題だ。セイは様々な技能を覚えたが、それを感知されては意味がない。隠密系の技能がないのだ。
「まずは情報収集だ。相手の性格、弱点、行動範囲など、出来るだけ集めろ」
リアも相当に慎重になっているようだった。
翌日から、若宮啓太の調査を始めた。
彼は冒険者として活動しているらしい。主な依頼の内容は魔物の討伐。
ごく最近にこの街へ来た、騎士爵を持つ貴族であると、そこそこ知られている。
殺人の賞罰がある彼が、どうして冒険者として活動できるのか、その謎は簡単に分かった。
貴族特権である。
貴族は殺人を犯しても、罰せられない場合がある。
または貴族特権で街を出入りする場合、賞罰欄の確認がないことが多い。
彼の場合は後者で、だから貴族ということは自然と広まっている。
たとえ滅びた国であっても、ネオシスの騎士であったことが、ここで活かされているのだ。
そして肝心の若宮啓太自身の評判だが、きわめて良かった。
冒険者ギルドの冒険者としても、また街中のちょっとした評判でも、彼を悪く言うものはほとんどいない。
せいぜいが、貴族なのに貴族らしくないというもので、それは別に悪口でもないだろう。
乱暴者だとも言われるが、女子供に手を出すのではなく、せいぜいが喧嘩っ早いという程度だ。
少し黒い話としては、彼と敵対した、前々から黒い噂が絶えない貴族が、呪い殺されたというものがあった。
おそらくこれが、即死眼の効果であろう。
昼間に聴衆の目の前で、何かの発作のようにその貴族は死んだという。
「ここだけの話、あの子が来てからいいことが多いよ」
近所のおばちゃんの話である。
そして彼の勇名を轟かせたのが、先の魔物の氾濫であった。
どれだけ高名な冒険者でも、数万の魔物と戦えるわけがない。
だが彼は城壁を出て、一人戦った。
魔法の力で、魔物の大群を次々にしとめていった。実際には即死眼の力だったのだが。
討ち洩らした魔物もいたが、それでも魔物の大半を倒したことには間違いない。
倒した後に気絶したというのもポイントが高い。まあ、レベルアップ酔いだったのだろうが。
この街での庶民の人気は高く、まさに英雄である。
おそらく太守であっても、彼をどうこうすることは無理だろう。そんなことをすれば民衆の反乱が起きかねない。
若宮啓太という少年は、そんな存在だった。
「う~ん……」
集められた情報を前に、マコは腕組みをしていた。
マコの知る若宮啓太と、この街の若宮啓太の評判には、大きな乖離がある。
過去に貴族の女性に手を出したというが、むしろ今なら貴族の方から、彼に縁談を持っていきそうなぐらいの勢いである。
「力を与えられて、自由に振舞えるようになって、人柄も良くなったってことかな?」
「だとしても極端だよ。そんな簡単に人って変わるものかな?」
マコはそう言うが、彼女だって変わっている。
吸血鬼を噛み殺すとか、日本の女子高生が出来ることではない。
「直接話してみたが、ちょっと鼻息の荒いだけの、善良そうな少年であったぞ」
ケイオスは直接接触までしていた。危険な人物だと事前に言っておいたのだが、遠目から見てもどうにもそうは思えなかったらしい。
「おいらも直接話してみたけど、謙虚で恥ずかしがりの人間って感じかな」
ククリは若宮啓太の詩を作りたいと言って接触したらしい。その時の感触が前述の通りである。
「あれ~?」
マコは腕を組んだまま首を傾げる。
「こちらの世界の環境が合ってた、とかそういうわけなのかな?」
しかしそれではネオシス王国での振る舞いと矛盾する。
そういうわけでセイはリアに相談してみた。
「巧妙に周囲を偽っているか、それとも本当に改心したのか、おそらくは前者だな」
さすが性悪説のリア師匠。判断にブレがない。
「冒険者として活動し金銭に余裕があり、女も極上の娼婦をいくらでも抱ける。そして周囲からは感謝の視線、敵対者はこっそり排除。成り上がりと言ってもいいな」
なるほど、わざわざ粗暴に振舞う必要はないというわけか。
「どう対処しましょう?」
正直悪党の方が話は早かった気がする。
「難しいな。まずは平和的に話してみるか。危険もあるが……」
「殺人の賞罰があるのは、貴族を殺したからですかね?」
「どのような人間であっても、帰還させなければいけないことは変わらないんだ。それを忘れるな」
それで、通信は切れた。
さて、では接触の段階である。
セイが迷っているのは、その方法だ。正面から堂々と一人で行くか、それともマコを連れて行くか。
マコは吸血鬼の能力でかなり不死身に近くなっているが、完全な不死身ではない。睨まれたら死ぬ。
よってセイ一人で接触するのが普通であるが、マコは同行すると言って聞かなかった。
見ず知らずの地で、知っている顔に会う。それがどれだけ安心できるか、加納環の時に経験している。
坂本良太も、マコの存在で動揺していた。良くも悪くも、マコがいたら相手の反応は引き出しやすい。
折れたのはセイの方だった。内心マコを頼りにしている自分が、かなり情けなかった。
「久しぶりだね、若宮啓太君!」
街路を何人かと連れ立って歩く若宮啓太の前に、二人の少女が現れた。
「ケータ、知り合いか?」
「……ん? ああ? おお!」
ケータと呼ばれた若宮啓太は、驚きと喜びの感情を全面に出した。
「椿だよな!? 良かったな! お前も無事だったんだ!」
ものすごく友好的な態度だった。
話があると言うと、ケータは仲間に断りを入れて、セイとマコを連れ、行きつけの食堂に誘った。
「いや~、他のやつらも心配だったんだけど、無事で何よりだ。他にも誰かと会ったか? つーかひょっとして、俺のこと探してたのか?」
質問はこちらからもしたいことが多かったのだが、まずは答えよう。
「今までに3人会ったよ。若宮君のことも探してた」
「そうか、ひょっとして何か探す手段があるのか?」
「うん、地球からの勇者を探す地図があってね。ちょっと時間はかかったけど」
「そうか~。皆元気にしてたか? ひょっとしてどこかに集まってるのか?」
「3人のうち、一人は死んだよ。あとは地球に帰った」
二つの反応が同時にケータの顔に浮かんだ。
「死んだだって?」
「金田君。盗賊をしていて、何人も殺してた。それで……私たちが殺した」
その言葉にもケータは大きく動揺したようだが、何度か深呼吸をして落ち着いた。
「人を殺したら……殺される覚悟もしないといけないよな……。それで、地球に帰ったってのは?」
「それはこちらのセイに聞いて」
「ああ……。日本人っぽいけど、違うよな? どういう人間なんだ?」
「いや、日本人だよ。地球の神様にお願いされて、勇者を帰還させている」
「おお、神様やるじゃん! ありがてえ!」
なんだか帰還にすごく乗り気のようである。
しかし次の瞬間には、ひどく落ち込んだ表情になった。
「あ~、でも俺、帰れるのかなあ。ちょっと悪いことと……悪いことじゃないけど問題なこと、しちまったしなあ」
「それは問題ないと思う。神様はそんなことあんまり気にしない感じだったし」
「それは、人を殺してもいいってことか?」
凄みを利かせて、ケータが睨んできた。が、即死眼ではない。
「人をいくら殺してもいいから、とにかく地球に帰すことが重要なんだって」
勇者が存在することにより、世界間の距離が縮まるという説明を、セイはした。
「それに比べたら人殺しなんて、どうでもいいんじゃないかな? 俺もかなり殺したけど、この世界の神様から文句言われてないし」
「……その割には、賞罰欄に殺人がないな」
「鑑定をつかったんだな。盗賊を殺しても、賞罰欄には殺人とは書かれないんだよ」
「この世界の賞罰、問題がありすぎだよな。貴族特権とか、ろくなもんじゃねえ」
「それは君の賞罰にある、殺人のことなのか?」
「ああ……。まあ、そうだな。貴族なんてろくなもんじゃねえ。はっきり言って、後悔はしてないぞ。詳しいことは……どうしても聞きたいなら話してもいいが、女子供の聞く話じゃねえ」
ケータは帰還に簡単に同意した。
この世界である程度の立場を築いているのに、ということも聞いてみたが、返答は変わらなかった。
「だってお前、テレビはないわ、ゲームはないわ、ケータイはないわ、ネットはないわ、風呂に入るのも一苦労だわ、文明レベルが低すぎるだろ」
ちやほやされている割にあまりに現実的な返答で、かえってセイは驚いたものである。
「ネオシスにいた時とは全然違うね……」
「そりゃお前、俺たちは拉致被害者だぞ? 勝手に召喚されて勇者にされて、帰還の手段はないだと。あいつらが勝手にするなら、俺も勝手にするさ。どうしてあいつらに素直に従ってたのか、俺はお前らの方が不思議だったよ。最悪なのは、死刑囚で即死眼を試されたことだな」
ケータの言い分は確かに道理が通っていた。
そして召喚した国と全く関係のないこの街で、民衆を守り英雄となったこととも、その道理に従うなら不思議ではない。
「椿は帰らないのかよ?」
「あたしは……ちょっと色々しがらみが出来たから、帰るのは最後にする予定」
「しがらみか……。おれもちょっと知り合いに挨拶ぐらいはしておきたいから、帰るのは明日にしてもいいか? 世話になったやつらに挨拶しないとな」
こうして簡単に、恐れていた戦闘もなく、即死眼の勇者は帰還することになった。
まだ残るというマコに対して、新たな技能の覚え方まで教えてくれた。
「この婆さん、耐性を得る宝珠が作れるんだよ。クソ高いけど、毒とか麻痺とかしなくなるから便利だぜ」
「帰るのかい……。まあ、帰れるようになったなら、帰るほうがいいさ。元気でね」
魔法具屋の老婆は、少し寂しそうにそう言った。
パーティーを組んで魔境に挑んでいた仲間とも、別れの杯を交わした。
「このお坊ちゃん! よかったな!」
「お坊ちゃんじゃねえよ! 普通の一般人だよ!」
「騎士のくせに何言ってやがんだ!」
そんな宴会の中には冒険者ギルドのギルドマスターまでいて、いかに彼が愛されているのか、セイとマコに教えてくれた。
「おお、やっぱドワーフはすげえな」
ガンツも何時の間にか混じって、酒を水のように飲んでいる。ククリが歌って、酒場の中は盛り上がった。
「俺の餞別だ。全部払ってやるぞ!」
ケータはテーブルの上で大いに酔っ払った。
翌朝、遅い時間に目覚めたセイが酒場を覗くと、酔っ払って潰れた面々が床に寝転んでいた。
「おい、大丈夫か?」
「んあ……ああ……大丈夫だ」
起き上がったケータは、そのままの姿で酒場を出て行く。
「さて、じゃあ帰るとするか」
「見送りとかいいのか?」
「湿っぽくなるだろ。このまま帰るさ」
ぶっきらぼうに言ったケータだったが、その瞬間にセイに鋭い視線を向けた。
「金田は……本当にどうにもならなかったのか?」
このあまりにも真っ当な問いに、セイはすぐさま答えられなかった。
「……完全に無力化して、痛い目に合わせてでも帰還に同意させることは、可能だったと思う」
「そうか……。基本的に俺たち被害者だしさ。なんとか無事に帰してくれよ。あんたも大変みたいだけどさ」
この少年のどこに問題があるのか、セイには分からなかった。
地球に帰れば、やはり問題児なのかもしれない。だがこの世界で、彼は間違いなく正義であった。
「君は強いなあ……」
マコから聞いた話では、地球での彼の立場はあまりよくない。たとえ文明のレベルが違っても、こちらの方が居心地はいいだろう。
南のレムドリアやオーガス、話に聞いただけだがニホン帝国に行けば、その文明のレベルも上がって暮らしやすいはずだ。
それでもケータは、すぐに帰還することを決めた。
「そういや、記憶とかはどうなるんだ?」
「……悪い、それは俺も知らない」
「まあ……下手に記憶が残っても後悔するだけかもしれないしな」
そろそろやってくれ、とケータは言った。
「帰りたいと願って。そしたら帰れる」
帰還石を額に当てる。次の瞬間には、ケータは光となって、その場から消えていた。
オルガの街の広場には、銅像がある。
かつて無限の魔法使いと呼ばれた、魔物の大群から都市を守った冒険者の像である。
ケータというその少年が、本当は何処から来て何処へ去ったのかは、誰も知ることがなかった。
「あたし、見る目がないなあ……」
馬車に揺られながら、マコが嘆息と共に呟く。
「うん、俺もちょっと反省してる」
もっともセイの反省は、あの盗賊となった勇者を殺したことだ。
簡単に捕縛出来た。帰還させる手段はあったのだ。自分の怒りに任せて、彼を殺してしまった。
もっとも相談したリアには「もっと冷徹になれ」と言われただけだったが。
ご機嫌だったのは、新しい詩の題材を手に入れたククリだけである。
「やっと街道に出たよ」
ククリが言って、東を指差す。
山脈の間を細い街道が通っている。この先には国境があり、都市国家の連合する地域となる。
そしてそこには、5人の勇者が確認されている。
5人。はたしてケータのように、道理の通じる相手なのか。
「しかもこれ、3人はまとまって動いてるしね」
セイは嘆息する。今度の勇者は3人組だ。祝福の組み合わせによっては、とんでもないことになるかもしれない。
「それでもやるっきゃないよ。頑張って行こう!」
マコの空元気に、セイも手を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます