29 ハーフリングの里
「うひょう! 変わってないや!」
少しの安堵と共に、ククリは歓声を上げた。
御者台から飛び降りる。でこぼこした丘と、そこを通る道がある。
その道に面して、穴が掘られている。住居への入り口だ。そこから顔を出したハーフリングが一人。
「おうククリ! 随分早い帰りだな? もう嫁さんを見つけたのか?」
「いや、旅の途中さ。魔物が氾濫したって聞いたんで、ちょっと寄ってみただけさ」
「ククリ?」
「ククリだって?」
わらわらとハーフリングが集まってくる。それは馬車の方にもだ。
「おお、人間だ」
「リザードマンもいるぞ」
「ドワーフか? 珍しいな!」
ハーフリング。草原の妖精とも呼ばれる種族。分類的には亜人となる。
生涯の半分は旅に出るという、好奇心旺盛な種族。
あるいは旅の途中でその命を落とすかもしれないが、それでも彼らの好奇心はやまない。
今も帰ってきたククリに、人々が集まっている。
集まるのは旅に出る前の若者と、旅を終えた大人たち。
その誰もが、新しい冒険の詩を待っている。
「客人、集落の中央に、大きな種族用の小屋がある。狭いが4人なら入れるだろう。この里に泊まるなら、そこを使ってくれ」
ハーフリングの老人がそう言った。後に聞くと、この集落の村長らしい。
とりあえず4人はそちらに向かって馬車を進めた。ククリは他の住民に捕まって、身動き出来ない。
小屋は確かに小さかったが、なんとか長身のケイオスが頭を下げずに動けるだけの高さはあった。
「ベッドが小さいな……」
少ししょんぼりとケイオスは言ったが、野営よりはよほどいいだろう。
厩舎に馬を入れると、4人はククリの方へ向かった。
囲まれたククリはなんとか脱出して、実家に向かったようだ。
するとハーフリングたちはセイたちの方へ向かってくる。
「よう客人、何か面白い話はないか?」
「商売の種でもいいぞ。金属があれば細工物を作るしな」
「なんなら作った細工物を買ってくれてもいいぞ。対価はそうだな、保存食があれば嬉しいな」
わらわらと群がられて、セイたちはまた小屋の方へ押し戻された。
ククリで分かっていたが、ハーフリングは話好きで、交渉が上手い。
幼いハーフリングはとにかく話を聞きたがり、年経たハーフリングは加えて交渉をしてくる。
「すまないが保存食はあまりないんだ、俺が無限収納を持っているから……」
「無限収納か! それなら細工物を買っていけ。よそなら高く売れるぞ」
「対価は金銭でいいのか?」
「食いもんがいいな。貨幣はあんまり使わんしな」
圧倒的な勢いに負け、セイはハーフリングの細工物を買うことになった。確かに植物や土で作った作品は匠の技を感じさせたが、慎重に考えると無駄な買い物である。
食料は大量にあるが、マコがいくらでも食べれるので、あまり分けるわけにもいかない。よってタダで提供できる、旅の話をせがまれることになる。
「おいおい、旅の話ならおいらに聞きなよ」
そう言ってククリは里の中央にやって来た。背後には両親らしいハーフリングと、まだ幼いハーフリングがいる。
紹介されたが、やはり両親と弟だった。弟については、ククリも知らない間に生まれていたらしい。
「小さいなあ。可愛い」
マコが弟を抱き上げるが、人間の高さとハーフリングの高さを一緒にしてはいけない。弟はそのあまりの高さに涙目になる。
「マコ、マコ、怖がってる」
「怖くないよ~。大丈夫だよ~」
そして騒いでいる間に、いつの間にか広場で宴会が始まった。
ハーフリングたちが、己の持っている詩を披露していく。伝説にある英雄譚や、自分が旅で遭遇した、ちょっとした冒険。
軽くアルコールも入っているが、騒々しくはない。誰もが詩に耳を澄ませるのだ。
そんな中では、やはりククリの話題が一番多い。
ドワーフの里へ来る前や、セイたちと一緒に旅立ってからの物語は、大きく歓迎された。
「吸血鬼か。話にしか聞いたことはないな」
「迷宮に潜るなんて、勇敢だな」
それに対抗するためか、ハーフリングはとっておきの詩を聞かせる。
里に伝わる英雄たちの話。その中にリアの話が混ざってたりして、少し笑った。
「それで、勇者対策なんですけど」
宴会を抜け出して、セイはリアと連絡を取っていた
「魔物の大群を殺したとなると、ベースのレベルも技能のレベルも、相当上がっていると考えていいな」
「俺の不死身と即死眼、どちらが優先されるんでしょう?」
「……お前は即死耐性も持っていたな」
即死の攻撃に対する耐性である。リアに殺されまくっているので、レベルは10まで上がっている。
「……世界移動における祝福の獲得と、神竜による祝福の加護。微妙なところだが、お前の不死身は死なないものではなくて、死んでも生き返るものだから、おそらく大丈夫だ」
だがもちろん、楽観は出来ない。
不死身という概念自体を殺す。そんな祝福であったら、セイを殺せることになる。
「対処法はあるが、今まで以上に慎重に行こう」
リアとセイの通信は、長い間に渡った。
深夜に及ぶ宴会は、楽しい気分のまま終わった。
ククリは実家に泊まるので、4人は小屋で眠る。男女交えた雑魚寝だが、種族が違うので問題ない。
「それで、どうするの?」
マコの質問に、セイは明確に答えた。
「相手の視界を奪い、半殺しにして、強制送還する」
セイの結論は明確だ。マコの話からして相手は粗暴な人間のようだし、下手な手加減は悪手である。
祝福の効果からして、おそらく殺人もしているだろう。そんな相手を殺さずに帰還させるのは、常に主導権をこちらが握らなければいけない。
一度は普通に接触しよう。敵対するのはそれからでも遅くない。いきなり殺してくるような相手だったら……こちらも手段は選ばない。
セイの想像は完全に裏切られるのだが、彼はまだそれを知らない。
翌日、セイたち一行はハーフリングの里を後にした。
ククリのために少しぐらい逗留してもよかったのだが、ククリ自身がそれを拒んだ。
「旅の途中で寄っただけさ。無事が確認できたんだから、それでいい」
ククリは完全にそう考えているようで、故郷を発つ時も全く感傷を抱いていないようだった。
「それで、目的地は?」
「城塞都市オルガ。レムドリアの東で、一番大きな都市だよ」
地図の精密性が微妙なので、本当にそこにいるかは分からないが、その付近であることは間違いない。
オルガには魔境で魔物を狩る冒険者も多いので、そこが一番確率的には高いだろう。
旅は順調に続いた。
途中でセイがハーフリングに持たされた商品の扱いに迷ったりもしたが、それとは関係なく馬の足は進む。
ごろごろと揺れる馬車が目下の一番の問題であるが、盗賊に出会うことはない。
おそらく精強なケンタウロスの部族が周遊するこの地域では、盗賊を行うのは危険なのだろう。
それなら西に向かって、略奪に走るほうが賢いというわけだ。
「それにしても、大きな国だねえ」
あまり風景の変わりもない旅に、マコはつまらなさそうに呟く。
「道が悪くて、あんまり速度が出せないからな。余計にそう感じるんだと思う」
セイは朝と晩、野営の際にケイオスから白兵戦を習っている。
リアと違って、盾を使ったオーソドックスなケイオスを相手に、不死身を使わないように戦うのだ。
マコとも対戦することはある。槍を相手にすると、刀の距離で戦うのは難しい。
ギミックを使えば別だが、それでは素の戦闘力の底上げにはならない。
「暇だねえ……」
食事と睡眠と訓練を除けば、ほとんど馬車の中で座っているだけである。
時折ケンタウロスや、人間の遊牧民族とも出会うが、特に事件が起こることもない。
「暇だなあ……」
御者をしてみたり、馬の世話をしてみたり、それなりにやることはあるのだが、これまでに比べれば圧倒的に暇だ。
娯楽の手段はない。馬車が揺れるので本を読むのは辛く、一日中しりとりなどした日もあった。
狩りの必要もない。魔物も出てこない。
即死眼の勇者とのシミュレーションも何度も行った。こちらは相手を知っているのに対し、相手はこちらを知らない。そのアドバンテージがあれば、おそらくは勝てる。
本当に暇な日々を2週間も送り、ようやく地平の果てにオルガの城壁が見えてくる。
「やっとだ~」
嬉しそうに背伸びするマコに対して、セイはマップでオルガの街を検索する。
勇者がいた。
「間違いないな。若宮啓太。所持する祝福は『即死眼』」
その言葉に、マコも緊張を隠せない。
マコの話によると、若宮啓太は地球にいたころから乱暴な生徒、いわゆる不良に分類される少年だったらしい。
この世界に召喚されてからも、勇者の肩書きをいいことにしたい放題。貴族の娘にも手を出して、問題を起こしていたそうだ。
そしてこの強力な祝福。レベルは120を超え、祝福のレベルも見事に10まで上がっている。
賞罰の欄には殺人。
かつてない強敵の気配に、セイは気を引き締めるのだった。
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