28 ケンタウロスの国

 北レムドリア帝国。広大な版図と強大な軍事力を持つこの国には、幾つかの特徴がある。

 まず、傭兵の産出地であること。西にある諸国の紛争で、彼らは活躍する。

 版図の多くが高地の草原で、牧畜が盛んだ。遊牧民も多く、亜人も多い。

 そしてその亜人の多くが、ケンタウロスである。



 かつてリュクホリン大王が、その生涯でレムドリアの版図を3倍にまで拡大出来たのは、ケンタウロス族の協力が大きかった。

 並の騎兵よりも速く走り、弓を操り、体格にも優れたケンタウロス族。

 その大集団を率いた速攻には、会戦で勝つのは不可能だと言われた。

「まあ、実際のホリン大王は、遠距離攻撃と陣地の造営で勝ったんだけどね」

 ケンタウロスは魔法も使用するし知能も高いのだが、唯一人間に負けていたのは、戦術や兵器や道具の運用である。

 それをもってケンタウロスに勝ったホリン大王は、ケンタウロスの弱点を知りつつも、その長所を活用した。

 結果は次代のリュクアデル王の時代、レムドリアは最大の版図を築いたのだ。



「それでも3000年もすると無理が出てきたわけさ」

 カーラも教えてくれたことだが、ククリの見解も聞いてみたい。

「なんて言うのかな……。国の寿命ってあるんだと思うよ。帝国も3000年で滅びたし、イストリアも昔日の面影はなく、ガーハルトは種族の自治区が多い連合帝国となった。例外はオーガスぐらいだけど、あれは神竜が見張っているからね」

 地球の国でも、1000年の歴史を誇る国などはなかった。日本は例外だが、政治体制は何度も変わっている。



 レムドリア分裂の原因は、南北の経済格差が大きかったらしい。

 北は昔ながらの遊牧生活。南は商業と工業でどんどん栄え、文明レベルも上がってくる。北のレムドリアが提供できるのは戦力だったが、それも戦争はいつでも行われるわけではなし、兵器の発達によりケンタウロスの需要は減ってくる。

 帝国を維持するために南の富を北に回して開発が行われたが、ケンタウロスの文化とは相容れなく、反乱が起こった。

 かつては何度もレムドリアを略奪に回ったケンタウロス族だが、長年の戦術の研究と兵器の発展により、それに対抗する手段も確立されていた。

 ケンタウロス族を主な戦力とする北のレムドリアは、南のレムドリアに敗北した。そして略奪先は、同じく独立を果たしていた西の小国群へと移った。

 しかし南のレムドリアも、領土的な野心をなくしたわけではない。

 北のレムドリアの土地はまだ未開発の地が多く、その地に眠る資源などは試掘も行われていない。

 余裕があるのであれば、北を併合したいと、南は考えている。それが一般的な見方である。



「なんだか中国の話に似てるなあ」

「そうなの?」

 この中で中国の話が通じるのはマコだけなので、自然とセイは彼女に話すことになる。

「中国は豊かな南部と、そこへ略奪に来る遊牧民族っていう構造があったんだよ。近代以降兵器の力で南部が北部を抑え込んでるってのも似てるね」

 セイは特に読書家ではないが、近代以前の中国の話は好きである。三国志や項羽と劉邦は読んだ。マンガでだが。

 近代以降の中国はとは別に、古の中華の歴史には魅かれるものがある。そういう男の子は多いであろう。

「どこの国の話なのだ?」

 疑問に思うケイオスに、ガンツは首を振る。







 さて、セイ一行はまず、北レムドリアの首都ドーランに到着した。

 国内の位置としては、かなり西に寄っている。大きな版図を持つ国の首都としては、それほど巨大な印象はない。クライアの方が都っぽかった。

「まずは宿を探して、それから情報収集かな」

 今回セイは、貴族特権を利用していない。

 国境はとくに検問もなく通れたし、馬車の紋章も塗りつぶした。身分証明証も冒険者ギルドのものを使った。

 これほど注意したのは、今度の勇者が、相当の戦力を持っていると事前に分かっているからだ。

 出来れば説得したいが、相手の能力、そして人格を正確に見定めないといけない。特に相手の祝福が即死眼であった場合、問答無用で殺す必要があるかもしれない。



 ケイオスとガンツは冒険者ギルド、ククリは酒場、セイとマコは街中と、別れて情報を収集する。

「う~ん、なんとなく普通?」

 マコは呟き、セイも同意する。

 発展途上国の首都、というイメージだろうか。市場は賑わっているが、大きな建物はあまりない。

 王城も敷地は広いようだが、勇壮な建物があるわけではない。不思議に思って、ちょっと屋台で昼食を摂りつつ、おっさんに聞いてみた。

「そうだなあ。どこから来たのかしらんが、うちはこんな国だぞ」

 普通のおっさんに聞いてもその程度の話にしかならなかったので、ちょっと情報通の人間はいないかと聞いてみた。

 それなら酒場にでも行けと言われたが、セイもマコも酒は飲まない。ドワーフとは違うのだよ、ドワーフとは。



 結局酒場兼食堂のようなところで、水分補給がてらマスターに聞いてみるが、要領を得ない。

 これは自分たちの聞き方が悪いのかと思って、ちょっと酒場の客の話に耳を澄ましてみる。

 昼間から酒場に入り浸るようなやつが貴重な情報を持っているわけはなく、結局は断念。

 街中を歩いてみるが、クライアの方が綺麗な街だったと思う。小さいながらもスラムも発見した。

 二人で歩いているのでデートになるのかもしれないが、デートと言うにはあまり観光スポットがなかった。







「つまりこの国は、王権が弱いんだよ」

 宿に帰って来たククリが、集めてきた情報を披露してくれる。

 ケンタウロスの部族や各種族の部族が多くて、広大な領土をそれぞれ回遊している。一応皇帝はそのまとめ役なのだが、今回の小国への侵攻も、幾つかの部族が勝手に行ったことらしい。

「ギルドで聞いた話でも、似たようなものだったな」

 この国の冒険者ギルドは、あまり力を持っていない。部族ごとに決まりがあって、冒険者を身内に入れない部族も多いのだとか。冒険者を雇うなら自分たちで解決するという思考が強く、あまり必要とされていないらしい。

「まあそれはいいや。問題は、今回の魔物の氾濫を防いだ人物のことなんだけど、何か分かった?」

「詳しいことは分からないけど、大量の魔物の死体が見つかったのは本当らしいよ」

「その魔物の状態は?」

「状態?」

「焼かれて死んでいたとか。切られて死んでいたとか、そういうことなんだけど」

「死体が見つかったってだけで、それは聞いてないや。実際に見た人じゃなくて、又聞きで聞いた人だったし」



 悪い予感がする。

 魔物を効率よく魔法で殺そうとすれば、おそらく火を使うのが一番だろう。しかしそれなら、魔物の焼死体が多く見つかったと伝わるのではないか。

 ただ死んでいる。そんな状態にするには、一つの祝福しかない。

「即死眼……」

 呟いたセイに、マコも頷く。

「とりあえず、相手を探さないといけない。地図によると、まだ東の方だし」

 ラビリンスにもらった勇者の現在地が分かる地図だが、ここで欠陥が判明した。

 元となっている地図自体が、縮尺が合っていないのだ。

 文明レベル的に仕方ないのかもしれないが、もう少し精密な地図を使ってほしかった。

 それに対してセイのマップは完璧である。

 縮尺が間違いないのは当然のこと。拡大縮小も自由自在。しかしこの広い国土を全て収めるほどに拡大は出来ない。



「ついでで悪いけど、実家に寄りたいな」

 ククリが言った。なんでも彼の実家の集落は、北レムドリアの草原らしい。

 ここからもっと東にあるので、そこで情報収集も出来るし、何より集落が無事か確認したいということ。

「まあ、東に行かなければいけないのは確かだから、それはいいけど」

「ハーフリングかあ。どんな集落なんだろ」

 マコは楽しそうに呟くが、ククリは非情な発言をした。

「人間は入れないよ」

「え? どうして? エルフみたいに閉鎖的なの?」

「いや、集落自体に入ることは問題ないんだけど、家に案内することは出来ないってことさ」

「何かそういう掟でもあるのか?」

 ケイオスが問う。彼の故郷も、他種族を意味なく招くのは禁止されていた。

「そうじゃなくて、単に体格の問題」

 そう言われて納得した。

 大人になっても子供の身長のハーフリング。その住居の高さを考えると、人間が入るのは無理がある。

「地面を掘って作った家だから、頭をぶつけると壊れちゃう可能性もあるんだよね」







 かくして一行は東へ進路を取った。

 街道ではなく、草原を東へ向かう。平坦であっても街道に比べると、地面はごつごつとしている。馬車の乗り心地は悪い。

「馬車を収納して、馬に乗っていこうか?」

 馬は4頭いる。ククリは軽いから、誰かに便乗すればいい。だがこれも問題があった。

 そもそも馬に乗れるのが、セイとマコだけだったのだ。

 リザードマンには乗馬の習慣がないし、ククリとガンツは体格的に鐙に足が届かない。

 よってセイの提案は却下され、ごろごろと馬車は揺れながら進む。



 旅の途中で、ケンタウロスの部族が家畜を追っているのを見かけた。

 ある部族などはこちらに接近してきて、目的地を確認することもあった。

 そんな時にはククリの出番である。ハーフリングの彼が実家に向かうと言えば、簡単に信用して通してくれる。

 領土の概念も薄いようだ。

 家畜は主に羊で、草を食べる。草が完全になくならないように、部族は頻繁に移動するのだ。



「あ、これって略奪の原因の一つじゃないかな」

 ふとマコが洩らす。彼女は牧畜の食糧生産性に問題があると、何かで読んだことがあった。

 部族の人間が増えると、当然それだけ多くの家畜が必要となる。多くなった家畜は、それだけ多くの草を必要とする。

 草地が余っていればいい。だが草が不足すれば、家畜を減らす必要がある。家畜を減らしたら、食べていけない。

「あ~、人口と食料供給のバランスの問題だね」

 セイにも分かる。人口を維持するために、もしくは間引くために、略奪が行われる。

 微妙なバランスの上に、ここの部族は成り立っている。成り立たなくなると略奪をする。

 セイには解決の出来ない、政治的な問題だ。



 また途中の部族では、塩を持っていないかと言われた。

 大量に無限収納に入っているので、分けるのは吝かではない。だが対価が物々交換と言われると参った。

 羊など貰っても困るのだ。食料は大量にあるのだし。

 そこでセイは、情報と交換に塩を提供すると提案した。例の勇者の情報である。

 部族の中に魔物の侵攻を偵察に行った者がいたので、直接話を聞くことが出来た。

 そして確信する。相手となる勇者は、即死眼の持ち主だ。

 何もしないのに魔物がバタバタと倒れていくのを、そのケンタウロスは直接見たという。

 対処法を考えながら、一行は東へと向かう。その先にあるのはハーフリングの集落。

 ククリの故郷であった。

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