26 役立たずの勇者
セイたちがクライアを発って三日目、北レムドリアが西方諸国に侵略を開始したという情報が入った。
「早いな……」
街の宿で手に入れた情報だが、ほとんどタイムラグなしに入ってきた理由は、無線である。
レムドリアには、無線の技術がある。特に南のレムドリアには、線路も走っている。
自動車も既に開発されているので、移動手段の一つとして考えないでもないが、やはり辺境では馬車が主流らしい。燃料となる加工した魔結晶が、辺境ではあまり流通しないのだ。
この先を考えると交通手段の変更も考えないといけないが、いざという時に馬車がないのはやはり困る。
それに、馬は可愛い。
生物が無限収納に入れられれば便利なのだが、そんなことでセイは地味に悩んでもいた。
南レムドリアの西方の都市ポール。
そこは流通の要衝であり、多くの人口を抱えている消費都市でもあった。
「見つけた」
その都市の中に、勇者がいた。
加納環。持っている祝福は『天候支配』。
「友達だよ」
マコは真剣な顔でそう言った。
「強大ですが、セイの脅威ではありませんね」
「神の力に近いが……レベルがあるんだろ? 詳細を聞く限り、確かに怖くはないな」
カーラとリアの分析によると、そういうものだった。
マコの話によると、ネオシスでも微妙な扱いをされていたようだ。
強い風を吹かせたり、雨を降らせたりする。それがレベル1の能力。
確かに雨を降らせたり、太陽の光を浴びせたりするのは、地味だが国家としては有益な能力だ。
レベルを10まで上げたらその力の及ぶ範囲は拡大し、真夏に雹を降らせ、冬に灼熱の暖気を運ぶという。
雷を何度も降らせれば、軍隊はおろか神にさえダメージを与えられるだろう。
だがこの能力、一日に一度しか使えない。
よって本人はあまりそれには期待せず、剣術や魔法に注力していたらしい。
「その程度の天候の変化だけなら、私も余裕で出来るからな」
リアは最後にさらっと凄いことを言った。
「けっこう便利だと思うけどな。それに敵国の天候を操作したら、相当被害を与えられるだろ」
セイはそう思うが、直接的な戦闘力がないことは確かである。本人も何度も、地球に帰りたいと言っていたそうだ。
宿を取らず、セイたちはマップに従い目的地を目指す。
そこは冒険者ギルドだった。
こっそりとギルドの中を窺うセイたち。依頼書の貼り出されたボードの前で、うんうんと依頼を検討している少女がいる。
鑑定で確認しても間違いない。加納環であった。天候支配のレベルは3であるから、さほど上がっていない。
そもそも使用頻度が低いので、上げようにも上げられなかったのだろう。
「どうする?」
「正面から行くよ。あたしの後に付いてきて」
マコは堂々と歩いていく。少女の若さに不審な顔をする者もいるが、後からついていくケイオスなどが睨みをきかせて、特に絡んで来る者はいない。
「タマちゃん」
呼びかけられた少女はびくりと震え、こちらを向いてマコを認識し、そして最後に泣き出した。
「マ、マコちゃん……」
「大丈夫、もう大丈夫だよ」
えぐえぐと涙の止まらないタマを連れ、一行は宿へと移動した。
セイとマコが取った部屋で、マコとタマの二人はゆっくりと、転移してからのお互いのことを話し合った。
マコが餓死しかけたというところで、タマはまた泣き出しそうになったが、今では平気だもん、というマコの笑顔でそれを食い止めた。
タマの方も、似たような状況だったらしい。
この街から南にある森の中に転移し、数日はその中をさまよったということである。
渇きに耐え切れず生水を飲んで腹を壊し、飢えに耐え切れず木の実や果実を焼いて食べ、また腹を壊す。
半死半生の状態でこの都市を見つけ、どうにか保護してもらったらしい。
幸い街で貧民向けの炊き出しをしていたため、最低限の体力を回復し、冒険者として登録。
勇者としてのスペックがあるので、討伐などは簡単にこなしたのだが、少女一人であるので護衛は断られたり、色々不便したそうだ。
どうにか力技でこなせる依頼を探し、それを達成して報酬を得る。そして少しでも金銭を節約して、安宿に泊まる。
そんな暮らしをずっと続けていたそうだ。
「ごめんね、早く来れなくて」
タマに比べるとマコの環境は恵まれたものだった。
最初こそ餓死しかけたが、リアとカーラの保護を得て、全く不自由のない生活が送れた。
旅に出てからも仲間に恵まれ、迷宮探索も修行の一環として考える余裕があった。
……セイといちゃいちゃする余裕まであったのだが、さすがにそれは言わなかった。
「マコちゃんはすごいね」
「運が良かっただけだよ」
本心だった。もしマコの転移先がタマと似たような場所であったら、確実に死んでいた。
暴食の効果で雑草や虫を食べて生き延びたかもしれないが、今のような状況にはならなかっただろう。
「多少のチートがあっても、普通ならそうだよな」
セイはそう思うと、いかに自分が恵まれていたか再認識した。
リアには何度も殺されたが、戦う力を教え込まれた。
旅に出るとククリが野営の仕方を教えてくれたし、ガンツやケイオスという仲間にも恵まれた。
「小説の主人公はどいつもこいつも、最初から運が良すぎると俺は思う」
そんな台詞を吐くセイに、タマの視線が向けられる。
「マコちゃん、この人は?」
「俺はセイ。地球の神様に頼まれて、君たちを地球に帰すために来たんだ」
「帰れるんですか!?」
セイの期待する、ごく真っ当な反応をタマは示した。
セイは簡単に状況を説明した。
タマは食いつかんばかりの表情でそれを聞いていたが、既に結論は出ているのだろう。
「帰ります。お願いします。……あれ? でもマコちゃんは?」
「あたしはちょっと、他の勇者を戻すのに協力するんだ」
その言葉にタマは目を丸くしたが、じっと考え込む。
「あたしも……出来れば協力したいんですけど……」
「無理はしない方がいい。俺だって戦闘力はともかく、生活力には自信がないぐらいだし、正直足手まといだと思う」
率直なセイの言葉に、タマは頷く。
「君がその気になれば、オネシスの騎士として都市の衛兵ぐらいには雇ってもらえたかもしれない。自分の身分や祝福を上手く利用できない以上、君は今のところ、戦闘力にしか価値がない」
その戦闘力も、セイやマコに比べればかなり低い。
「もちろんこの先の旅で、君の力は凄く有用になると思う。天候を変えてくれるなら雨でぐちゃぐちゃになった道を進まなくてもいいし、船に乗っても時化に遭うことはない。地味だけど有用な祝福だ」
それでもセイは、この少女は帰すべきだと思う。
マコはなんだかんだ言ってメンタルが強い。吸血鬼を噛み殺すなど、普通ではありえない選択だ。
戦力としても充分だ。魔法の腕も上がってるし、吸血鬼由来の祝福がある。まあ食料の心配だけはネックなのだが。
「普通の日本人の女の子が旅するには、異世界は不便すぎるからなあ」
たとえばトイレ。田舎では紙で尻を拭く贅沢などせず、藁を束ねたり、森でそれ専用の葉を採取したりして使っている。
たとえば生理。セイは生理がないので問題ないのだが、マコのために生理用品はしっかりと確保して旅立った。今ではマコの宝物庫に移してあるが。ちなみにナプキン派だ。
風呂にも入りたいだろうし、肌着も毎日替えたいだろう。権力者の後ろ盾があるなら贅沢も出来るだろうが、冒険者として活動するのは難しすぎる。
リアはきついことを言っていたが、文明の低い環境で生活するのは、勇者とおだてられても辛いものがあるのだ。
「分かりました。では、お願いします」
少し後ろめたい気分を抱えながらも、タマはそう言った。
「大丈夫、あたしもすぐに帰るから」
転移石を額に当てられ、タマは願う。
帰りたい。地球へ。日本へ。
手を振るマコの姿を目に焼きつけ、タマは地球へと帰還した。
「マコも、帰りたくなったらすぐに言ってくれよ。俺は一人でも何とかなるんだから」
そう言ったセイの手を、マコは恋人つなぎしてくる。
「セイが死なないために、あたしも頑張ってるんだよ」
「マコ……」
顔が近づき、唇を重ねる。
邪魔は入らないが……ここからベッドになだれ込む余裕はない。残念だ。
「クライアに戻ろうか」
「そうだね」
一行は結局一晩の休息もなく、クライアへと戻ることとなった。
「今回の北レムドリアの侵攻の原因なんだけどさ」
とある村で、ククリが情報を仕入れてきた。
「なんでも東にある森から、魔物たちが氾濫したらしい」
北レムドリアの東には、広大な森林が広がり、魔境と呼ばれている。
さらに北にはエルフの住む大森林があるのだが、魔境はエルフも管轄外らしい。
魔境は普段は冒険者の狩場となっているが、ごく稀に生態系が崩れ、異常に繁殖した魔物が、食べるものを求めて暴走するのだ。
東には海があり、北はエルフの結界があり、南には山脈がある。
よって魔物たちの目指す先は、西の草原となる。ケンタウロスやハーフリング、人間の集落を破壊し、死ぬまでその進行は止まらない。
そして魔物の通った後には、荒らされた田畑が残る。食料が手に入らなければ、どこからか奪うというのは一つの手段だ。
「その魔物の暴走を、途中で殲滅した冒険者がいるらしいぜ」
数万にも、あるはそれ以上にも及ぶ魔物を、どうやって止めたのか。
一応魔境近くの都市には高い城壁があるが、村程度の大きさでは飲み込まれるだろう。
勇者の匂いがする。
「それ、魔物の強さはどれぐらいなのかな?」
マコの質問に、一般常識としてケイオスが答える。
「繁殖力の高い、弱い魔物が大発生する場合が多い。私も一度経験したが、あれを止めるのは強大な軍が必要だ」
「それなら……心当たりがなくもないよ」
マコの知る祝福持ちの中には、そういった数だけの魔物を減らすのに適した者がいた。
幾つか候補が上がるが、おそらく『無限魔力』だろうとマコは言った。
レベルの存在しない祝福で、とにかく無限に魔力が使えるらしい。
「弱い魔物が大挙して押し寄せてきたなら、無限の魔力で連続して魔法を使って、倒すことが出来ると思う」
続いてもう一つ、マコは候補を挙げた。
「それか『即死眼』か」
見られただけで死ぬ。チートとかそんなレベルの話ではない。殺すと意思を持って相手を見るだけで、殺せるのだ。
自分よりレベルの高い相手には効果が薄いのと、死ぬまでに若干のタイムラグがあると言うが、雑魚相手には無双であろう。
こちらはレベルが上がると使い勝手も良くなるので、非常に厄介だ。そしてその使い勝手が良くなるという内容を、マコは知らない。
「どちらにしろ、大量の魔物を倒して、レベルアップしてるだろうな」
セイは腕を組む。クライアの勇者を説得出来たとして、次に相手にするのはその勇者だ。
無限魔力なら、おそらく問題はない。だが即死眼であれば、どのように進化しているかが非常に問題となる。
不死身のセイを、即死眼は殺せるのだろうか。
そうそう試すわけにもいかない祝福なので、せいぜい死刑の執行でしか人間相手には試していない。魔物相手では、レベルが上の魔物には効果が薄いというのが検証結果だ。
「相手が死刑囚とはいえ、人間を殺せる相手はちょっと問題だな」
「うん、あたしが問題と思っているのも、そいつなんだよ」
自分に与えられた力に、酔ってしまうという人間だろう。
「まあまずは、クライアの勇者をどうするかだな」
グエルスは、約束を守らないと判断しておこう。有能な統治者=善良であるとは限らないと、リアにはしつこく言われた。
直接戦った場合どうなるか、セイはシミュレーションしてみる。幸い相手は祝福を封印することは出来ないので、セイの不死身を封印して殺すことはないはずだ。
「勇者って本当にチートだなあ……」
お前が言うな、というツッコミもなく、セイは溜め息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます