第146話 25 レムドリアの影
応接室ということで、廊下よりはよほど豪華に飾られた部屋だが、それでも過剰なものはない。
ゆったりとしたソファーには初老の男性が座り、その背後には騎士が一名と、軽装鎧の少年が一人立っていた。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
セイと一緒にマコも同じように礼をする。
「椿さん……」
セイの挨拶が終わる間もなく、少年が声を上げていた。
「リョウ、知り合いか?」
「はい閣下。僕と同じ勇者です」
「ほほう、すると共に勇者を従えているというわけか。この偶然はなんだろうな」
そう言って大公は笑った。そのままセイにソファーを勧める。
しかしこの大公、落ち着いている。それに対して勇者の方は、完全に狼狽している。
勇者と言えど、しょせんは高校生。貫禄が違う。
セイの背後に立ったマコを、じっと見つめている。
「ふむ、知らせには人を探していると書いてあったが……」
「はい、そちらの勇者を探していました」
「なんと、探し人はリョウであったか」
大公は自分の隣を示し、リョウと呼ばれた少年に座るよう勧めた。
そして同時にセイの隣へ、マコが座るように勧める。
「まずは名乗ろう。私がクライア公国大公、グエルス・ゼト・クライアだ」
「改めまして、神聖オーガス帝国公爵、セイ・クリストール・パーラです」
視線で促されて、マコが名乗る。
「椿真子です。マコが名前になります」
「そしてこの者が、坂本良太。この国の名乗りに合わせると、リョウタ・サカモトということになるな」
運ばれてきた茶を飲むグエルス。ゆったりとした動きの中に、余裕を感じさせる。
カーラを思い出させる。高貴さを隠さない威厳とでも言うのだろうか。
一度だけ会ったオーガス皇帝にも感じたのと同じものだ。
ちなみに、リアからそういうものを感じたことはほとんどない。
「して、何ゆえリョウを探していたのだ?」
「話は長くなりますが……」
セイは隠し事をせず、この世界に来てからのことを語った。
「待て、話が大きすぎる」
話し始めてすぐ、グエルスはセイを制止した。
「マルクスを呼べ」
扉の傍に控えていた女官が退室する。しばらくして、ごく平凡な官僚風の男が入ってきた。
「マルクス、参りました」
「うむ、ご苦労」
セイはもはや自動的に鑑定をして、その男の技能を見抜いていた。
看破の技能持ちだ。称号や身分は晒しても構わないだろう。祝福などはより高い偽装隠蔽で隠しておこう。
「この者は看破の技能を持っている。それと、虚言感知の魔法が使える」
確かに術理魔法のレベルが高い。嘘が通用しないということだ。
「申し訳ないが、また最初から話をしてもらえるだろうか」
「もっともなことです。では……」
セイはまた話し始めた。
自分の祝福は隠しておくべきだろう。だがそれ以外を、どこまで話すかが問題だ。
地球の神の存在は軽く流し、神竜との出会い、リアとカーラの話から始める。
何より分かって貰いたい事は、勇者の存在が世界の破滅につながるということだ。
もっとも地球側が破壊されるということは黙っておく。嘘ではないが真実でもないというところだ。
「信じられん……」
グエルスは呻くように言った。マルクスを振り返る。
「閣下、この方は一切嘘を申しておりませんでした」
「なるほど……だが全てを話したわけではないのではないか? 卿がだまされているという可能性もあるだろう」
「確かに。神竜から私の得た祝福は、看破でも見えないように隠しています。ですが勇者が諸刃の刃ということは本当のはずです。私はそのために呼ばれたのですから」
神竜の騎士の称号。公爵の身分。それらは隠していない。その方が説得力が増すからだ。
大蛇殺しや不死殺しの称号も隠していない。隠しておくべきことは、詳細なセイの戦闘力。
この動乱の地でセイがどれだけの戦力を有しているか、それを知れば利用しようとする者が多いだろう。
何がより正義に近く、何がより悪に近いか、人間同士の戦争に、セイは巻き込まれたくなかった。
「話は分かった。リョウは帰さねばなるまい」
グエルスはそう言ったが、ただしと付け足しがあった。
「もうしばし、護衛としてリョウの力が必要だ。具体的には、10日後の講和会議まで」
ククリたちが仕入れてきた情報の通り、この周辺国家は和平に向けて動いている。
実のところ事前交渉は済み、あとは実際に講和を結ぶだけである。
だがここで、不意の出来事。たとえばグエルスが暗殺されるなどということが起きれば、話は空中分解するだろう。
「それを望んでいる者たちもいるのだ」
北レムドリア帝国。諸国連合を良しとせず、侵略の機会を絶えず伺っている国。
対して南レムドリア帝国は通商を重視して、諸国連合が形成されるのに賛成している。
「北のレムドリアは、既に兵を動かす準備を始めている。出来るだけ早く連合を組み、北のレムドリアに備えねばならん」
戦争になってしまえば、リョウの力はさほど強力なものでもない。
対個人戦闘ならばほぼ無敵だろうが、100や200の兵を殺しても、大勢に影響はない。
「10日後ですか……。実のところ、どうして北レムドリアは侵略してくるのですか?」
「掲げている大義名分はレムドリア帝国の復活だが、実のところ、あの土地は貧しいのだ」
かつて南北のレムドリアと、周辺諸国が統一されていた時は良かった。流通網もあり、上手く食料や物資も回っていたのだ。
しかし今では北レムドリアは単独の国として成立し、貧しい代わりに兵が強い。特にケンタウロス族などの亜人が強力だ。
豊作の年ならいいが、少しでも作柄が悪いと、略奪に走る。侵略とは名ばかり、略奪が目的なのだ。だから占領もせず、戦利品を獲得したらすぐに引いていく。
「文明が退化しているのかもしれませんね……」
セイはそんな表現をした。
「逆にこちらから侵攻し、統一国家となることはないですか?」
「それは我々にあまり利益がない」
セイの言葉に、グエルスは少し驚いたようだった。
「北レムドリアを併合し、流通網を堅持し、侵略する理由自体をなくしてしまう。利益になりませんか?」
「侵略する意味自体をなくすか……。それは一つの考えだが、実際には難しいだろう。国力的にも、南のレムドリアが動くほうが現実的だ。しかし南のレムドリアは侵攻されることが少なく、あえて動きはしないだろう」
「そうですか……」
「だが、北のレムドリアの、侵攻する意味自体をなくすというのは面白い発想だ。すぐには無理だが、いずれは南のレムドリアと共同で行う可能性はあるな」
それはかつてのレムドリア帝国の再建でもある。
グエルスは知っている。南レムドリア帝国が、実は悲願としている、強大なレムドリア帝国の復活。だが果たしてそれが、クライアの利益になるか。
難しい問題だ。解決には何百年もかかるかもしれない。面白いが、現実的ではない。
会見は終わった。
10日後以降にまた来訪すると告げ、二人はクライアの城を後にした。
迎賓館を利用してはどうかとも勧められたが、セイはこの間に、周辺の状況を偵察したかったのだ。
「なんだか難しい話してたね」
「実際に難しい問題だからな」
カーラのしてくれた話には、過去に起こった戦争の話もあった。
コルドバとの戦争。その最前線で戦い続けたリア。
神聖オーガス帝国の前身である、オーガス大公国の成立。
それを最も近くで体験した、当事者からの話。
正直言って、面白かった。
そして今まさに、戦争が起ころうとしている。
宿に戻ったセイは、皆に話をした。
「やばいよ。ちょっと情報を仕入れてきたんだけど、北のレムドリアはもう侵攻準備ばっちりだってさ」
「私の仕入れた情報もそうだ。既にクライアの傭兵ギルドは動いているし、動員も始まっているそうだ」
ククリとケイオスの話を聞かされた時、セイは思った。
講和して北のレムドリアに対抗するのではなく、北のレムドリアに対抗するために、講和せざるをえないのではないか。
仮にも相手は一国の元首だ。セイを口先で誤魔化すなどたやすいことだろう。
そしてさらに先を考える。この侵攻が終わったら、どうなるか。
また周辺諸国との紛争が再開されるのではないか。北のレムドリアという脅威に対してのみ、講和は成立するのではないか。
「そういうわけなんですけど、どうにかなりませんかね?」
「どうにもならん」
通信機の向こうで、リアは断言した。
「お前、そのリョウという勇者と、ほとんど話もしてないんだろう? 紛争が再開されようがされまいが、リョウという勇者の持つ力を手放すわけがない」
「でも、10日後という約束はしましたけど」
「それはパーラ公爵であるお前と、クライア大公との誓紙を交わした約束なのか? 誰か有力な第三者を加えての約束か?」
「いえ、でも一国の元首がそんな簡単に約束を破るなんて……」
「口約束ならいくら破っても構わないんだよ。実際私がそうしてきたから間違いない」
ものすごい説得力であった。
「そうだな……お前がそういった考えに思い及ばないのは仕方ないが、権力者というのはたとえ世界の危機が迫っていようと、自分の身は絶対に守ろうとするものなんだよ。権力者の良心になんか期待するな」
「じゃあ、どうすればいいんでしょう」
「待て、少し考える」
その時間は、本当に少しだった。
「確実なのは、お前が勇者を問答無用で、不意打ちで殺すことだ。これが一番だな」
「え、もうちょっと穏便な手段はないんですか?」
「……城に忍び込んで勇者と直接話し、帰還に同意してもらうというのもあるが、これはあまり確実ではない」
「いや、けっこう穏便ですよ」
「この馬鹿弟子が! 圧倒的な力を身に付けて周囲からちやほやされる子供が、素直に普通の生活に戻ると思うのか?」
セイは言葉をなくした。
「本当なら、私はマコも帰還させるべきだと思っている」
リアはさらに非情な、けれど冷徹なことを告げた。
「彼女は善良で、無害に近い。だが人間は変わるものだ。暴食という、ある意味恐ろしい力を持ったあの娘が、将来お前の敵になる可能性は高いと思うぞ」
「え、いや、マコは大丈夫でしょう。世界の危機も分かってるし、何よりそんな子じゃないですよ」
「お前なあ……。女は化けるんだぞ。そんなに女を見る目があるつもりか?」
「いや、そういうわけじゃないですけど」
ちょっと肉体関係を持ってしまいましたとは、さすがにセイも言えなかった。
「あとはお前が北のレムドリアを叩いて、略奪の余力を無くす。そしたら大公も油断して、勇者と話す機会があるかもしれない。その時に勇者を説得するんだ。地球に帰りたくないかと、情に訴えろ」
セイにはそれだけの殲滅力がある。カーラから習った広域戦術級魔法を使えば、大軍であろうと雑兵なら物の数ではない。
もっともその使用には、大量殺戮者になるという非常に重大な決断が必要になるが。
「はあ……あと、その勇者、賞罰欄に殺人があったんですよね」
「この世界に限らず、紛争地帯では人殺しなど日常だろう。見ず知らずの土地に転移して、なんとか生き延びようとして殺人を犯しても、私は驚かんよ」
それは、どうなのだろうか。
セイは自らの手で一人殺した。あれは人間の屑だった。それでも、地球にいた頃はそんな人間ではなかったという。
魔法を使って、たくさんの盗賊を殺した。おそらくそれぞれ理由はあったのだろうが、殺人を犯していたために。
「人を殺したというのなら、その良心に訴えかけるのは、かえって効果的かもしれんな」
リアはそんな分析もした。
「そいつは見た感じどんな印象だった?」
「そうですね……。マコを見て混乱というか、ひどく動揺してましたね」
「なら可能性も高い」
リア曰く、勇者であろうと日本人の子供が、人を殺す、殺し合うというのは相当のストレスになる。
全てを忘れたい。平和な日本に戻りたいと願うのは、ごく普通のことだろうと。
「いずれにしろ、その場で対処する必要があるな」
全てはその場でのセイの判断に委ねられる。
「封印はお前を無力化出来る、数少ない祝福の一つだ」
相手を見るという必要があるので、遠距離から攻撃したら確実に倒せる。
また認識出来ないように闇に包んだり、気配を消して不意打ちしたりと、無力化する手段は多い。
だがそれでも、セイの動きを封じることが出来る、数少ない祝福の一つだ。
「なんとか……してみせます」
「なんともならなかったら、また連絡して来い」
セイは考える。まず10日は待とう。空約束になるかもしれないが、自分から約束を破ることはしない。
だが10日を過ぎても言を左右にするなら、どんな手段を選んででも、勇者は地球に帰そう。
もしかしたらグエルスを殺す可能性も、視野に入れておこう。その後のことを考えると得策ではないが、選択肢の一つとしては考えなければいけない。
グエルスが本当に世界の危機を認識して、勇者を解放してくれたらそれが一番いいのだが、おそらくそれはないとセイは考える。いや、リアに気付かされた。
「俺はまだ、甘いんだ」
それは別として、セイはもう一つの目的にかかる。
南レムドリアに、もう一人勇者がいる。北との交通は阻害されているだろうが、南は問題ないだろう。
幸いなことに勇者は国境付近にいる。馬車を走らせれば、10日で往復出来る距離だ。
時間を無駄にはしない。セイはそう決意した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます