第二部 神竜の騎士 レムドリア
第145話 24 クライア公国
「また盗賊だよ……」
セイが呟き、御者席のククリとガンツに伝えた。
「まあ、この辺りは国境線も複雑だからな。護衛を雇うのは必須だ」
ククリによると、レムドリア帝国が分裂した後、この地方は断続的に戦争が行われているらしい。
戦争が起こるということは戦場付近の民衆が逃げるということで、それに合わせて徴兵もあり、田畑は荒れる。
食料を生産出来なくなった民衆は、盗賊に転じたり都市に流れ込み治安を乱す。ごく自然なことだ。
「回避出来るのか?」
「いや、街道で待ち伏せしてる」
セイのマップによると、盗賊の数は20人。
賞罰欄を見ると、殺人などの重犯罪を犯したものはごく少しだ。
こんな小規模の盗賊団が、数日前から何度も襲ってきていた。
最初は全員を気絶させ、武装を解除してその場に放置した。
だが何度目だったか、セイは気付いたのだ。
この国自体が良くならなければ、盗賊団はなくならないと。
この状況では少し乱暴な者が頭になると、すぐに民は盗賊団となる。
よってセイの対処は変化した。
マップを参考に、重犯罪を犯している者だけに、魔法の矢を放つ。
頭をなくした盗賊団が逃げ散るなら良し、抵抗するなら気絶する程度に痛めつけ、武装解除する。
出来れば村や街に連行したいのだが、馬車に収納出来る人数はそれほど多くない。
無限収納が生物を入れられたら、解決する問題なのだが。
しかしククリに聞いたところ、盗賊は問答無用で死刑か、犯罪奴隷として過酷な労働を課されて死ぬという。
セイは自分が甘いと分かりつつも、そんな対応をするのだった。
盗賊団は頭となる者を失い逃げ出した。
死体を焼いて、セイたちはしばし黙祷する。
「ククリ、どうすれば盗賊がなくなるのかな?」
「知らねえよ。ハーフリングは小さな集落しか作らないし。国のお偉いさんが考えることだろ」
「お前のような力を持つ者が周囲を従え、国を興す。それが解決策だろう」
ケイオスはやや前向きな意見を述べたが、それは無理である。
力で人を集めることは出来る。金で傭兵を雇うことも出来る。オーガスの公爵という立場で、人を集めることも出来る。
だがセイの任務は、勇者の送還とそれに伴う地球の危機の回避である。
「勇者を全員帰還させたら、46年の時間が稼げるんだよね」
マコは真剣な表情でそれを考え出したようだが、そもそも人の上に立つことなど、セイには経験がない。
「まあ国を良くすることを考える人に会えたら、ちょっと協力するかもね」
セイは自信なさげにそう言った。
クライア公国は首都クライアを中心として、周囲の町や集落を従えた都市国家である。
その歴史は長く、発祥は4500年前にもなる。
魔族の大侵攻も堅固な地理と砦で防ぎ、1500年も独立を保っていた。
3000年ちょっと前に、レムドリアの大王リュクホリンに併合されたが、条件はほぼ対等のもので、両国の王族はその血を交えた。
しかし1000年前にレムドリアが分裂したのを機に、それまでに併合された他の都市国家と共に独立。
周辺の同じような都市国家と同盟し、あるいは対抗し、レムドリアとも交渉をしたり戦争をしたりと、なかなか忙しい国のようだ。
他に特徴としては城に面して巨大な湖があり、防御力をさらに高めているということか。
その首都に、セイたちは到着していた。
貴族特権で専用の門を利用したのだが、ちょっとここで問題が起こった。
セイはあくまでもオーガスの貴族であり、他国の貴族が首都に入るというのは、何か特別な理由があろうということだ。
門は通過できたが、セイの到来は自然と上に伝えられていった。
貴族や大商人専用の宿を取ると、セイは早速、宮殿に向けて手紙を書いた。
自分の訪問は、人を探しているということ。それ以外には何もないので、特に何か便宜を払ってもらう必要はないという内容である。
それをまたククリに頼んで持っていってもらったのだが、彼は既に用意されていた手紙を渡された。
二日後私的に、大公が会いたいという旨が書かれていた。
さて、とセイは困った。
迷宮都市の太守は、伯爵であった。明らかにセイの地位が高いので、どう振舞えばいいのか分かった。
しかし今回は外国の王族が相手である。やはりこちらの方が下なのかどうか、下だとしたらどういう作法があるのか。
カーラから礼儀作法は教わっているが、それがこちらでも通用するのか。まあ、カーラのことであるから、その辺りは大丈夫なのだろうが。
「というわけで、リアえもん、助けてください」
「仕方ないなあセイ太くんは」
そう言ったリアだったが、説明はカーラに全面的に任せた。
通信機から聞こえるカーラの声に、久しぶりにセイは安堵した。
「クライア公国の最高権力者は大公ですので、セイよりあちらが偉いのは間違いありません」
さすがのカーラ先生でも教え切れなかった複雑な事情が、歴史には潜んでいた。
そもそも竜骨大陸はその中央に帝国があり、その帝国が全土を支配するというのが建前であった。
帝国がなくなるまでは帝国が王と貴族を任命し、王は貴族を任命した。
貴族は基本、王に従属するものの独立した権力を持ち、特に領主である貴族は、公国や伯国といった名乗りを上げる場合もあった。
クライアは帝国に認められた大公の国である。よって帝国を名乗るオーガスの公爵より、大公は偉いということだ。
もっともいったん滅んだ国の大公に、本当に権威があるのかは謎であるが。
ちなみに服装は、普通に騎士の服を着ていけばいいと言われた。
「というわけで、明日は暇なんだよね?」
セイのベッドの上で、セイに跨ってマコは言う。
「えと……この体勢はなんでしょうか」
「いつかの続き……」
顔を赤らめてマコは言う。なるほど太守の別館や、旅の途中の野営では不可能だったが、ここは風呂もある贅沢な宿である。
そうと決まれば話は早い。セイはマコの衣服に手をかけ、主導権を握ろうとする。
だが甘い。
二ヶ月足らずのセイの女暦に比べて、マコは生まれた時からの女の子である。
どこをどうすれば気持ちいいのか、己の体でちゃんと把握しているのだ、このえっちな女の子は。
あらあら?
おやおや?
それからどんどこしょ~?
複雑な運動の末、勝ったのはマコの方であった。
その勝者であるマコも、すぐ後に絶頂に達してしまったのであるが。
「うう……負けてしまった……」
自分は男であると内心思っているセイには、屈辱的なことであった。
「気持ち良かったでしょ?」
玉のような汗を浮かべ、マコは微笑んだ。
その無邪気な顔に、セイはまたむらむらと性欲が湧いてくる。
「第二ラウンド」
ずっしりとマコに乗りかかり、セイは告げた。
「え、まだ?」
さわさわとマコが触れてくるが、セイも経験値を上げているのだ。
今度はセイの好きにさせるつもりなのか、マコは抵抗しようとしない。
不戦勝に近い形で、第二戦はセイの勝利であった。
翌日はほぼ観光となった。
向こう岸の見えない湖を眺めたり、普通に買い物をしたり。
何よりマコに必要な食料を大量に購入した。
「お、仲間だ」
ハーフリングの露天商を見つけ、ククリが駆けて行く。
二人は挨拶を交わすと、いろいろと世間話を始めた。
「私はギルドで情報を集めてこよう」
ケイオスの言葉に、ガンツも従った。
まさか気を回したわけではないだろうが、二人きりになってしまった。
「ちょっと歩こうか」
積極的に、マコはセイの手を握った。
デートである。同性同士で、異世界が場所であるが、これは紛れもないデートである。
食べ歩きが主になってしまうが、それでもデートであった。
クライアは美しい都市だ。
白い石材を使った建物が多くを占め、清掃がきっちりとなされている。
少し路地を眺めてみたが、浮浪者や汚物も見かけない。
少なくともこの都市を治める者は、かなりの器量を持っているのだろう。
これで往路に見かけた盗賊がなかったら、本当にいい国だと言えるのだが。
宿に戻った5人は、それぞれ得た情報を交換した。
ククリとケイオスたちの情報を総合すると、クライア公国自体は良い国と言ってもいい。
問題は周辺国で、盗賊となるのはそれらの国の流民が多いという。
現在はクライアが主導で、和平の締結に向けて動いているらしい。
それが成功したら、盗賊の増加もなくなり、流民も元の国に帰れるかもしれない。
「この国の王様次第だね」
ククリは呑気にそう言った。
翌日、宿の前に大公の馬車が止まった。
迎えに来た使節はセイの若さに驚いていたが、丁重な態度は崩さない。
今回大公に面会するのは、セイだけの予定である。マコも一応従者の扱いでついてくるのだが。
「大公閣下とはどこで面会するのですか?」
セイが確認する。謁見の間だとすると、ちょっと心の準備が必要だろう。
「特にオーガスの特使というわけでもないと聞いておりますので、応接室を用意しております」
その言葉にセイは少し安堵したのだが、マップを確認すると重大な事実に気付いた。
「マコ、問題発生」
小声で囁いたセイの言葉に首を傾げ、耳元を寄せてくる。
「勇者がいる。しかも王様のすぐ傍に」
さっとマコの顔色が変わる。
「誰?」
「坂本良太。祝福は『封印』か」
封印。かなり強い祝福である。
対象の体の一部や、技能を一つ封印してしまえる。たとえば、呼吸を封印するとその対象は窒息死する。
レベルが上がるごとに、封印する対象や、封印する箇所が増える。最大で10人までを封印できる。
そして今、その少年のレベルは10にまで上がっている。
「厄介だな……」
リアとカーラが検討していた中でも、敵対するとかなり困難になる祝福だった。
魔法を封印されれば魔法は使えず、腕を封印されれば刀は振れず、足を封印されればその場から逃げ出せない。
試したことはないらしいが、もし血流を封印できるなら、次々に敵を無力化出来るだろう。
ただ排除するだけなら簡単だ。遠距離から高速の魔法を使い、こちらを認識する間もなく殺すか、意識を奪ってしまえばいい。
幸いにも祝福は封印出来ないと、マコの知識にはある。それとそこそこ近い距離で、相手を認識する必要もある。わずかな精神集中も必要で、だから時間停止には、いつも負けていたそうだが。
今セイが問題視するのは、その賞罰欄に殺人があることだった。
城門を渡ったところで、二人は降りる。城内に入ったところで武器は預けた。
通る場所は、どこも洗練されている。煌びやかさこそないが、上品な感じだ。
マコは待機しているつもりだったが、騎士である従者なら構わないと言ってくれた。
案内の騎士がドアをノックし、来訪を告げる。すぐに返答があり、騎士はドアを開ける。
(さて、鬼が出るか蛇が出るか)
今までにない緊張感と共に、セイは室内に歩を進めた。
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