第143話 22 迷宮妖精

 セイとマコは当惑していた。

 先ほどまでの女神の声と、妖精の声は同じものだ。ただ含まれている威厳が違う。

「さあさあ、まずはこちらへ。立ち話もなんだしね」

 良く見ればすぐ近くに、テーブルと椅子のセットがある。ちゃんと人間サイズで、その中の一つには既に腰掛けた人物がいる。



 さっきの吸血鬼だった。



「あれ?」

 マコの声に反応した吸血鬼は、びくりと体を震わせた。

「も、もう戦闘することはない。私に害意はないぞ」

 声も震えている。吸血鬼びびってる、ヘイヘイヘイ!

 ラビリンスを見ると、彼女も肩をすくめていた。

「いや~、あたしもこの迷宮作って4000年経つけど、まさか吸血鬼を食べる人間がいるとは思わなかったわ」

「あ、あれはその場の勢いと言うかなんと言うか……」

 照れるマコだが、ここはそんな可愛い反応をする場面ではないだろう。

「とにかくジャンも自分の仕事をしてただけだし、もう確執はないわよね?」



 ジャンというのが吸血鬼の名前らしい。それに対してマコは、こてんと首を傾げる。

「ごめんねジャンさん。痛かった?」

 痛かったというより怖かった。

 だがジャンはそれを口にしない。プライドの高い吸血鬼なのだ、彼は。

「それで、俺たち二人だけ残したのは、どうしてなんですか?」

 椅子に座って、セイは問いかける。ちなみにジャンは、マコから一番距離の離れた椅子に座っている。

「一つはあなたたちとゆっくり話をしたかったということ。実はあたし、転生者なのよ」







 ラビリンスの話は長かったが、まとめるとこういうことだ。

 4000年前、まだ異なる地球から転生する者が多かった時代。

 ラビリンスもまた、明確に記憶を保持して、このネアース世界に転生した。

 もっともその頃はまだ、この世界に名前は付いていなかったそうだが。

 そして4000年前の大戦でラビリンスは大活躍し、魔王を倒すことにも貢献した。

 その時に得た力を使って、この迷宮を作ったというわけだ。

 目的は、魔族に対抗するため、人間の戦力を強化すること。

 そのためこの迷宮では、人が死なない。戦力を減らさないために。



「でも、もうその理由はなくなっちゃったけどね」



 3000年前、ネアースとラビリンスの転生する前の地球は衝突し、地球側が消滅した。

 その時の戦いで魔王は、人類との共存を宣言。事実魔王軍は勝者にも関わらず、人間や亜人に深刻な被害をもたらさなかった。

 3000年という長い年月が過ぎ、人間と亜人と魔族、所謂人種は、様々な問題を抱えながらも、共存、棲み分けを行っている。

 今の問題は復活した神々だ。距離的には遠いが、この迷宮が人種の戦力を育てる場所になればいいと、ラビリンスは言う。



「それに、この迷宮だと探索者志望の無茶な子供が死なないしね」



 冒険者や探索者を志望する人は多い。主に農家の次男や三男、それと肉食を主とする魔族だ。

 新たに開拓する土地も技術もある世界だが、栄耀栄華を夢見て危険な仕事に就く者は少なくない。

 特に獣人や魔族など、農業に適していない種族は、魔石というエネルギー源を得るために、迷宮や魔境に潜る。

 それなりに必要とされる職種だ。だが危険性は高い。

 それに対してラビリンスは、この優しい迷宮を維持している。人が死なないために。



「ただ、最近は兵器の発展が著しくてね……」



 ニホンやガーハルト、それにオーガスも、個人で携帯できる兵器の開発に邁進している。

 もちろん悪しき神々に対抗するため、他の国々も最近は兵器の開発に力を入れているが、問題もある。

 この迷宮もそれらの手によって、最近は短いスパンで踏破されるため、願いを叶えるためのラビリンスの力が、一時期急激に減ったのだ。

 そこでラビリンスは、兵器では倒せない魔物や魔族に目を付けた。

 ジャンとは知り合いを通じて交渉し、この迷宮の最奥を任せた。実際彼が最奥を守るようになってからは、誰もこの迷宮を踏破できなかったのだ。



「兵器が発達しすぎると、権力者を民衆が倒すことも難しくなるしね」



 数が力であるならば、蜂起した民衆が数の暴力で、権力者を打倒することもありえる。

 だが兵器の発達はまずい。小銃を一人に持たせたら、まともな武装を持たない民衆を、どれだけ大量に殺せるか。

 科学技術の発達は、人という種全体の生活レベルを上げることになるが、同時に貧富の差を激しくもする。

 それでも、軍が王権に反抗したらその王権は滅ぼされる可能性があるので、軍が一番の問題となるのかもしれないが。



「文民統制。今のところは上手くいってるように見えるけど、実際はごく少数の存在が影から、無能で愚昧で残虐な権力者を片付けてるだけなのよね」



 それはオーガスにおけるリア、ガーハルトにおける大魔王を示している。

 民主主義で上手くいっているのは、実際のところニホン帝国だけだが、あそこも権力者が腐敗していることでは同じだ。

 誰もが幸福に過ごせる社会の実現は、おそらくありえないのではないかとラビリンスは思っている。

 少なくともこの4000年という長い歴史の中で、人間がそれを実現させたことはない。

 エルフやドワーフ、リザードマンといった亜人が長年、比較的上手く社会を構成していることを考えると、人間や魔族や獣人は、そもそも存在からして欠陥があるのかもしれない。



 そんなことを長々と、ラビリンスは語っていった。







「あの、一つ質問なんですけど、マコはともかく、どうして俺が地球から来たって分かったんですか?」

 マコの称号には、異世界からの勇者がある。偽装隠蔽はかけてあるが、看破が使えればそれを見抜くことは出来る。

 しかしセイの称号は、異世界からの来訪者を示すものではない。強いて言えば日本人の顔だが、この世界でも地域によっては珍しくないと聞いている。

「ああ、それはリアから直接聞いたのよ」

 リアは実はセイの修行のかたわら、彼女独自でも動いていたらしい。

 ラビリンスに頼んだのは、セイが考えていたのと同じこと。

「神竜のくせに、細かいこと苦手だからね、彼女。私も色々試行錯誤して、なんとかこれを作ったんだけど」

 そして出されたのは地図だ。一枚の紙で、所々に青い点がある。その数は35個。セイの分はない。

「これは勇者の……」

「現在位置よ。細かい部分までは分からないけど、それはあなたのマップで調べられるでしょ?」

 地球と勇者のわずかなつながりを利用して、地図に映し出す。下手な衛星放送やデジタルテレビよりも、よほど難しい技術らしい。



 35個。一人は死んだ。いや、殺した。

「あれ? ドワーフの里の傍に、一つ点があるけど」

「知らないけど、捕まえたが保護したんじゃない? まったく邪神どもと戦わなきゃいけない時に、面倒なことをしてくれたわよ、その……なんとか王国は」

「ネオシス王国だよ」

 セイとマコの言葉が綺麗にハモった。



「ともかく」

 ごほんと咳をして、ラビリンスは言った。

「頼むわよ。勇者は全く、面倒くさい存在なんだから」

「分かってる。こちらも色々神様と約束してるからね。努力するよ」

「そこで任せろ、と言わないのが日本人なのよね」

 ラビリンスは懐かしそうにそう言った。



「はいはい、それであたしのプレゼントなんですけど」

 手を上げてアピールするマコ。なんだかこの調子だと、忘れられる気がしたのだ。

「ああ、聞いてなかったわね。何がいいの?」

「アイテムボックスください」

 それは非常にまっとうな、ごく平均的な願いだった。

「あなた自身が使えるようになりたいの? それともそういう魔法具がほしいの?」

「あたし自身が使えるようになりたいです」

「了解。でもあたしの力だと、せいぜい体育館程度の宝物庫しか作れないわね。中の時間経過はどうする?」

「止まった状態にしてください。出来立ての料理とか入れたいんで」

「いいけど……完全な時間停止状態にはならないわよ? 外で一日経過するごとに、中身が一秒経過するぐらいで。あと生物は入れられないからね」

「はい、充分です」

「俺の無限収納に入れればいいのに……」

 そういうセイに、マコは微妙な顔をした。

 女の子には女の子相手でも、むしろ女の子相手だからこそ、見せたくないものがあるのだ。



「それで、あなたは何を願うの?」

「え? 俺もいいんですか?」

 てっきり勇者の現在地図が褒美だと思っていたので、セイは驚いた。

「それはリアに頼まれた、この世界を救うために必要なものだもの。それ以外に、あなたに与えるのは当然でしょ?」

 そう言われてセイは考え込む。とりあえず言ってみたのは、地球の神に断られたものだ。

「転移魔法、使えるようになりませんか?」

 一応カーラに習っているのだが、実戦レベルで使えるとは言いがたい。

「いいけど、どんな感じの転移が使いたいの?」

「こう、切り札的な感じでですね……」

 そしてセイは短距離転移を手に入れた。



「それじゃあ、また……いや、会えない方がいいのよね。リアにたまには遊びにくるよう伝えておいて」

「分かりました。では失礼します」

 頭を下げる二人を、地上に転移させる。そしてラビリンスは、ジャンと向き合った。

「いや~、とんでもない子達だったわね」

「そうですな。二度と会いたくないですな」

 食い殺されたことは、ジャンのトラウマになったようだ。普段は人間から血を吸うくせに。

「あたしも、まだまだ隠居はできないわね。現代兵器なんかに負けてられないわ」

 鼻息も荒く、ラビリンスはジャンと二人、迷宮改造計画を練るのであった。







 吸血鬼が最奥の主となってから初めて、試練の迷宮が踏破された。

 この話は街中を駆け巡り、太守からも正式な発表がなされた。

 その渦中の人物であるセイは、あらゆる賞賛の言葉をかける太守からどうにか逃げ出し、別館の寝台へと寝転んでいた。

「とまあ、そんな次第です」

「分かった。ご苦労だったな」

 リアに通信をとるとこの数日で、向こうでも動きがあったらしい。

 大森林に転移した者をエルフが保護し、リアの仲間が勇者を一人捕獲したというのだ。

「捕獲、ですか?」

「抵抗したらしくてな。まあ死なない程度に痛めつけてくれたんだ」



 リアの仲間は優秀らしい。ふとセイは考える。

「ちなみにどの祝福を持つ勇者だったんですか?」

「ああ、時間停止だ」

「え……」

 時間停止。マコから聞いた中でも、敵に回すと相当厄介だと思っていた祝福だ。

 実際マコから聞いた限りでは勇者の中でも、特に対人戦闘では、相当上だったらしい。それでも無敗ではなかったようだが。

 それを捕獲する。殺すよりもよほど、それは難しいだろう。

「そんな、どうやって……」

「時間を止める程度では、埋まらない差というものがあるのさ。お前の不死身が絶対でないようにな」



 改めてセイは戦慄した。この世界には、化け物が多すぎる。

「それで、次の指令だ」

「どうしてそう、悪の組織チックなんですか」

「そう言うな。次の標的は、レムドリアにしてくれ。あそこは今、内紛でゴタゴタしていてな。勇者のようなイレギュラーな存在に掻き回されたくない」

「分かりました。じゃあ切ります」

「ああ、頼んだぞ」

 連絡を終えたセイは、寝台の天蓋を見つめる。

 時間停止。それがあっさりと捕まった。セイがもし相対したら、と脳内でシミュレーションしていた相手である。

「勘弁してくれよ……」

 眠ろう。明日からは迷宮踏破のパレードの予定が組まれている。遺憾ながら、セイはその主役である。

 レムドリア帝国。かつて大陸南部に覇権を唱えていた帝国。

 今は南北に分かれているが、それでもその国力は大きいという。

「どんな所だろ……。ちょっとぐらい観光でもしたいな…」

 少しでも気楽な気分になろうと呟きつつ、セイは眠りに落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る