第142話 21 吸血鬼
重たい門を、マコとガンツが開いていく。それと同時に、セイは全員に魔法をかけた。
精神に対する攻撃に対抗する魔法だ。吸血鬼の魅了程度なら完全に防げるという、カーラ先生お墨付きの防御魔法である。
素早く室内に入る。巨人が暴れても平気なほどの巨大な空間には、ところどころ岩石が落ちている。
「奥だ」
セイが駆ける。ケイオスが続く。
小さな棺が見えた。足を止める。棺が開く。
金色の髪をした、壮年の美男子が棺の中で眠っていた。
「吸血鬼だ」
セイの囁きに、吸血鬼が応えた。
「久しぶりの探索者だな……」
棺から立ち上がった吸血鬼は、その赤い視線を一行に向ける。
「ふむ、無粋な武器は持っていないか。魔法の武器や防具に身を固めた、古式ゆかしい探索者たちだ」
上機嫌で吸血鬼は笑みを浮かべる。だが目は笑っていない。
「一つ、聞きたいんだけどさ」
「ふむ、何だ?」
セイの問いにも、吸血鬼は上機嫌で応じた。
「吸血鬼は魔族って聞いたんだけど、どうして迷宮の階層主なんかしてるんだ?」
「1000年以上も生きてるとな、娘よ」
ふわりとマントを広げて、吸血鬼は答えた。
「とにかく退屈になりがちなのだ。そこで私は、この迷宮の主と取引をした」
陶酔しているかのように、吸血鬼は手を掲げる。
「迷宮の最奥に控え、探索者たちの希望を断ってほしいと。なかなか面白いと思った。そういうことだ」
「それだけのために、わざわざこんな奥へ?」
「暇なのでな。普段は眠り、たまに戦闘に血を騒がせる。人間には分からんかもしれんが、これはなかなかの環境なのだよ」
吸血鬼の価値観は分からない。だが、分からないということは分かった。
「もう一つ聞きたいんだけど、ここであんたが死んだら、やっぱりちゃんと生き返るのか?」
その問いに、吸血鬼は声を上げて笑った。
「私の心配をしているのか? 幼き探索者よ。もちろん私は甦るが、そもそも殺すことが出来ん」
「そうか。ちゃんと話の通用する相手を殺すのは躊躇いがあるんだけど、そういうことなら大丈夫だな」
「面白い。面白いぞ娘よ。吸血鬼の心配をする探索者など、聞いたことがない。それにしても……」
それまでとは少し違う笑みを、吸血鬼は浮かべた。
「処女が二人か。さぞ美味い血液であろうな」
「このセクハラ野郎!」
セイが叫んで、戦闘が始まった。
ケイオスは曲刀をしまい、盾での防御に専念する。彼の攻撃では、吸血鬼にダメージを与えられないと分かっているからだ。
マコとガンツが飛び出し、武器に魔力を持たせる。これでもかなりダメージは減衰されるのだが、しないよりはマシだ。
二人の攻撃をかわした吸血鬼は、宙に舞い上がる。そこで氷の槍を何本も作り出す。
だが魔法の完成は、セイの方が早い。
何十本もの炎の矢が、吸血鬼に向けて発射された。
氷の槍を蒸発させ、吸血鬼に突き刺さる炎の矢。それに対して、吸血鬼は眉をひそめた。
「少しはやるようだな、人間……」
吸血鬼の声を無視して、連続して炎の矢が突き刺さる。おまけにマコが槍を伸ばし、吸血鬼の胸を貫いた。
「き、貴様ら……」
ククリとネロは矢で攻撃する。吸血鬼がボスと分かっていたので、それにも通用するよう、鏃をミスリル製にしたものだ。
「お、おのれ……」
セイの攻撃は止まらない。鑑定しても、がんがん吸血鬼の生命力は減っていく。このまま単純に押し切れるかと思ったが。
「やめんか!」
吸血鬼を中心に、爆風が炸裂した。
「戦闘の美学も知らぬ愚か者共め……」
吸血鬼が己の髪を振り払うと、そこに見たのは全く無事な6人の探索者。
ネロとククリはケイオスの盾に隠れ、ガンツは自前の盾で無傷。
セイとマコは魔法の障壁で、爆風を完全に防いでいた。
「意外と弱いっていうか……実はあの吸血鬼、自分と互角以上の相手と戦ったこと、あんまりないんじゃないかな?」
「うん、あたしもそう思う。ちょっと油断しすぎ」
それにしてもさすがは吸血鬼である。
わずかに攻撃を中断した間に、どんどんと生命力が回復している。
魔力や体力も消耗してないので、純粋に種族そのものが、そのようになっているのだろう。
「じゃあ引き続き」
セイの対空砲火が再開された。
マコの槍の攻撃も健在だ。ククリとネロは矢を使い果たしてしまったので、観戦モードである。
いくら不死に近いといっても、吸血鬼は不死ではない。
この迷宮では死んでも生き返るが、探索者どもに倒されるなど、非常に不本意だ。
宙に浮いた吸血鬼は、攻撃目標を定める。
一番の脅威はあの魔法使いの少女だが、何か切り札を持っていそうだ。
二番目の脅威は槍使いの少女。鋭い攻撃だが、槍は一本だけだ。
他はどうでもいい。攻撃手段がない。
吸血鬼は落下の勢いも加え、マコに向かって飛翔した。
両手の鉤爪が武器と化す。その攻撃を、マコは槍で受け止める。
だが甘い。吸血鬼にはまだ攻撃方法がある。
鋭い牙を、少女の柔らかな首筋に立てる。
否、立てようとした。
「残念」
硬鱗。吸血鬼の牙を防ぐほどの。
そしてマコは、逆に吸血鬼の首筋を食い千切った。
なんだ?
吸血鬼は混乱する。
自分は捕食者だったはずだ。それがなぜ、食われている?
咀嚼したマコは、吸血鬼の肉を飲み込んだ。
「……生肉は美味しくないね」
平然とした表情でそう呟いたマコは、槍で吸血鬼を組み伏せると、再びその首筋に噛み付いた。
牙だ。
肉食系の魔物を食べた時に丈夫になった歯は、牙とさえ言える。
首の半分を切断され、吸血鬼は息絶えた。
「うわあ……」
セイは呆然と呟き、ちょっと引いてしまった。
「た、食べちゃったの?」
「うん、吸血鬼って強いから、食べたらその分強くなるかなって」
「そう……吸血鬼まだ生きてるけど、食べる?」
セイの鑑定では、吸血鬼の生命力はまだ残っている。
見れば息絶えたはずの、吸血鬼の首の傷が徐々に再生している
「焼いてくれるかな? 生はちょっと」
「分かった」
かつて盗賊に殺された人々を火葬した時、マコは吐いた。
それに対して、今回は焼けば食べれると言っている。彼女に何があったのだろう。
「人間っぽいもの食べるの、大丈夫なの?」
「だって生き返るんでしょ? それなら特殊能力を身に付けそうな敵は、捕食しないと」
「そ、そうだね」
セイは言われた通りに吸血鬼の体を焼いていく。すると生命力が0になった瞬間、その肉体は灰に変わった。
「あれ……」
「あれ?」
「吸血鬼だから、完全に死んだから灰になったのかな?」
「そうなのかな……」
考え込むマコに対して、セイは鑑定してみる。
「うわ……」
見事に祝福が増えていた。
高速治癒、再生、器官再生、四肢再生などは分かるが、吸血というのはどうなのか。
他にも物理攻撃半減、各種魔法、状態異常攻撃に対する耐性など、吸血鬼の持つ美味しい部分を得ている。魅了を得てないのは不思議だが、あれは精神に属するものだからだろうか?
一応種族は人間のままなのだが、ちょっと付き合いを見直したほうがいいかもしれない。
とりあえず、日光の下でちゃんと活動できるかは、確認するべきだろう。
「マコ、次からは食べる時は、先に相談して欲しい」
「え、何か悪い影響あった?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
これが、暴食か。
単に食べれば強くなるなどといったものではなく、食べた相手の能力を得る。
そこでセイは、怖いことに気付いてしまった。
(俺の肉を食べさせたらどうなるんだろ……)
いや、さすがにマコもそれはないだろう。
そう思いたい。自分の精神安定的にも。
「おい、大丈夫か? うげ」
散らばっていた他の仲間も集まってくる。彼らの視線の先には、口を赤く染めたマコの姿がある。
「口を切ったのか?」
ケイオスが心配してくるが、そんなことはありません。
「う~んとね、吸血鬼、食べちゃった」
てへ。と言いたげな顔で、マコはポーズを取った。
ケイオスとネロは口をあんぐりと開けた。いつものことだが、今回はガンツとククリも同じである。
「そ、それで吸血鬼は……」
ネロが必死で声を絞り出す。
「呼吸できなくなっても生きてたみたいだけど、生命力が0になるまで焼いたら、灰になった」
「すると、これで迷宮攻略完了か」
「そのはずだけど……」
その時、声が聞こえてきた。
『よくぞ階層の主を倒し、迷宮を踏破しました、探索者たちよ』
それは女性の声。柔らかな中にも意思を感じる、力に満ちた声だった。
『その栄誉に応え、私の力の許す限り、願いを叶えましょう』
反響して、どこから聞こえてくるかは分からない。だがなんとなく皆、上を見上げる。
「私の願いは、水の魔法を使えることになることです。叶いますでしょうか」
一番明確な願いを持っていたケイオスが声を出す。
『叶えましょう』
光がケイオスの前に集まり、彼の体の中に入っていく。
それと同時に、ケイオスの頭の中に、確かな術式の構成が出来ていく。
『水』
ケイオスの詠唱と共に、手から水があふれた。
「おおお……」
積年の願いがついに叶い、彼は涙さえ浮かべていた。
セイはケイオスを鑑定したが、確かに水魔法のレベル1スキルを持っている。火の加護も失っていない。
(カーラ先生に習えば、普通に習得出来たんじゃないかな?)
そう思ったが、今更口に出すわけにもいかない。
「俺は、オリハルコンの剣がほしい。俺が使うわけじゃなく、誰もが見て、その力を感じるぐらいの」
ネロが一歩踏み出していた。それに向けて、女神が応える。
『叶えましょう』
光がネロの前で形となり、彼が使うにはちょっと大きすぎるほどの長剣となった。
ネロは笑みを浮かべた。ニヒルな笑みではなく、心からの安心した笑みを。
「強くなりたい」
次に言ったのはガンツだった。
彼らしい端的な言葉である。それに対して女神は少し間を空けた。
『単純に強くなりたいということは無理です。この迷宮は強くなるために、創造されたのですから。ですが魔法をおぼえたり、技能や耐性を与えることは出来ます』
「力を強くして欲しい」
『叶えましょう』
セイの目には、ガンツが『怪力』の技能を得たのが分かった。剛力の上位技能らしい。
「おいらは……看破付きの鑑定技能が欲しいかな」
ククリは散々迷った様子だが、結局そう言った。
「最初は女神様の知ってる限りの詩を教えて欲しかったんだけど、それは自分で探すことにするよ。すると旅で役に立つのはそんな能力だしね」
『叶えましょう』
少しだけ笑みを含んだ声で、女神は言った。
光がククリの中に入り、彼は看破の技能を得た。
「はい、じゃああたしは――」
『あなたたち二人には、特別に話があります』
マコの声を遮り、女神は言った。
『他の者は、地上へ送りましょう。しばし待ちなさい』
4人を光が包み、そして消えた。
残ったのはセイとマコ。この二人には、共通点がある。
それは、異世界の人間であるということだ。
セイは警戒する。自分とマコを残したのは、確実に何らかの意図があるからだ。
しかしどんな対処をすることも出来ず、周囲の世界が変わった。
「なんだ、これ……」
月明かりの下、発光する花々。
遠くには大木があり、そちらから小さな光がやってくる。
「妖精?」
小さな羽根妖精だ。少なくとも敵意は感じない。
「ようこそ、試練の迷宮の第11層へ」
妖精は少し嬉しそうにそう告げた。
「あたしはラビリンス。この迷宮の主よ」
よろしくね、とラビリンスは続けた。
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