第140話 20 我らに後退の意思はない

 通路が金属で出来ている。これが6階の特徴である。

 出てくるのはウッドゴーレムやストーンゴーレム。果ては砂のゴーレムやゴムのゴーレムまでいる。

「ちょっと相性が悪いね」

 刃物が通りにくい敵が多い。ストーンゴーレムに至っては、三階の階層守護者である。

 セイはマップを見つめ、最短ルートを確認する。

 この迷宮、実は下層へ行くほど面積が狭くなるのだ。もっとも敵も強くなるし、遭遇率は上がるが。

「ボスはアイアンゴーレムか……。ストーンゴーレムの上位互換だね。誰かやってみる?」

 セイが話を振る。ガンツが手を上げるかと思ったが、実際に立候補したのは意外な人物だった。

「あたし、ちょっと槍の性能を試してみたい」

 マコである。普段はあまり戦闘に乗り気ではないのだが、相手がゴーレムなら人間じゃないのだ。

「じゃあ、マコに任せるよ。危なくなったら手を出すけどね」



 道中で遭遇するゴーレムに対して、確かにマコの槍の相性は悪かった。

 岩をも貫く性能を持つ槍なのだが、引き抜くのに時間がかかる。

「う~ん、やっぱり複数人で挑んだ方がいいんじゃないかな?」

 マコは不死身ではないし、ドワーフほどの頑健さも持っていない。万が一ということがある。

「硬鱗があるから、ある程度のダメージは大丈夫だよ」

「分かったけど……まずくなったらすぐに手をだすからね」

「戦闘力の分析もしなきゃいけないしね。任せといて」



 比較的ゆっくりと一行は進んだ。今までは回避してきた罠が、そもそも回避不能であったりしたからだ。

 ネロはマップで知らされて罠の位置を知ると、器用な手つきで解除していく。それをククリが眺めている。

 ククリはこの迷宮踏破以降も、セイたちに付いて行くつもりだ。その中で自分が果たす役割は何か。

 それを考えると、ネロの技術は勉強になるのだ。

「ハーフリングには天性の斥候の才能があるからな」

 ネロも嬉しそうに、自分の技術を披露している。引退後に探索者の斥候を育てるとしたら、こんな感じなのだろう。







 階層主の部屋。そこに巨大な鋼鉄のゴーレムがいた。

 身の丈はミノタウロスをも上回る。ミノタウロスよりも頑強な肉体を誇り、ダメージを与えても戦闘の続行に支障がない。

 これを一人で倒すと、マコは言ったのだ。

「任せてね」

 もう一度言って、マコは部屋に入った。

 侵入者を排除すべく、ゴーレムが動き出す。その胸に向けて、マコは槍の穂先を突き出す。

 ギミック。槍が伸びる。だがそれだけでゴーレムを破壊できるのか。

 もう一つのギミック『貫通』が発動する。ゴーレムの胸を貫通し、背中に穂先が通る。

 そしてさらに、もう一つのギミックが発動。槍が十文字槍となる。

 その槍を引き抜き、ゴーレムの様子を見る。



 コアが破壊されたゴーレムは、ゆっくりとその場に沈んだ。一撃である。

「コアが壊れちゃった……」

 少ししょんぼりとしてマコは言うが、巨大な魔結晶は無事だ。

「魔力は大丈夫? 三つもギミックを発動させたけど」

「ん~、ちょっと減ってる。何か食べたら大丈夫だと思う」

 そこで一行は野営をすることにした。7階の魔物の特性について、ケイオスとネロの注意があったからだ。



 時計によると早朝の時間、セイは目が覚めた。

「おう、早いな」

「うん、おはよう」

 最後の時間帯の見張りをしていたネロの前で、セイは刀を抜いて型の練習をしていく。

 自分は強くなった。武器の性能を別にしても、その自覚は間違いないだろう。

 だがこれは、あくまで武器の性能に頼った力押しだ。リアのような人外の領域をはるかに超えた高みには、まだまだ至らない。

 あの師匠ならおそらく、単独で武器もなしで、この迷宮を踏破するだろう。

 勇者たちのことも考えると、訓練を休む訳にはいかない。

 ちなみに何度も死んでは甦ることを繰り返した結果か、セイは睡眠軽減という祝福も持っている。

 そんなセイの訓練を、ネロは黙って見つめていた。







 7階の魔物は、ほぼアンデッドである。

 ゾンビやスケルトンは、正直弱い魔物である。ゴーストやレイスのような直接攻撃の効果がない、それでいてこちらの精神にダメージを与えてくる敵が厄介なのだ。

「骸骨騎士が雑魚で出てくるしな。魔法の使い手や魔法の武器がないと、ここで詰む」

 ネロは解説する。実際魔法を使えない彼は、滅多にこの先には行かない。

 土壁の迷宮なのだが、セイもここでは壁壊しを行わない。

 実体のない敵が、壁をすり抜けて全方位から攻撃してくるからだ。

「なんだかお化け屋敷みたい……」

 薄暗い通路に冷たい空気。松明の作る影が、何か他のものに見える。

「あたし、お化け苦手なんだよ~」

「お化けなんていない……って言えないのがこの世界なんだよな」



 マップを詳細に見つめ、最短で魔物のいないルートを探る。

 だが壁を通過する魔物がいる以上、遭遇は避けられないだろう。ならば最短を通過するのみ。

 とりあえず精神攻撃に抵抗する魔法を全員にかけて、セイは先頭に立って迷宮を走り出した。

「お、おい、罠は大丈夫なのか?」

 ネロが心配そうに声をかけてくるが、セイは平然としたものである。

「精神に働きかける罠があるみたいだけど、魔法をかけたから平気だよ」

「そ、そうなのか。本当になんでもありだな、お前」



 時折現れる魔物を、魔力をまとったセイの刀が切り裂いていく。

「やべえ、こいつ本気でやべえ……」

 ぶつぶつと隣で呟くネロを視界にいれつつ、セイは駆け抜ける。

 そしてこれまでで最短の時間で、階層主の部屋に至った。

「でかっ!」

 思わず叫んだセイが目にしたのは、骨の巨人であった。

 ストーンゴーレムからこちら、どんどんボスの大きさが増してくるが、これは10メートルはあるであろう。

 両手にそれぞれ骨製の斧を持った巨人は、部屋に入ったセイたちに、機械的に武器を振り下ろしてくる。



「散開!」

 セイの号令で、ネロとククリは入り口付近で待機し、戦士たちはそれぞれの方角に散る。

 早速ガンツが巨人の足に戦斧を叩きつける。骨のくせに硬度が高いのか、少しの罅しか入らない。

 もっとも、少しでもダメージが通るなら、それで問題はない。

 より強力な攻撃を当てればいいだけだ。

『火球』

 セイの放った火球が巨人の頭部に着弾した。……別に魔法を使ってもいいのだ。接近戦は危険だし。

 はたして骨を焼くほどの威力があるかは疑問だったが、巨人は斧を捨て、ガリガリと自分の頭を掻いている。思ったよりも効果的だ。

『火球』

 それを見たケイオスも火球の魔法を使う。セイと違って詠唱があったが、確実に発動している。

 セイが魔力で武器を強化し、魔法で肉体を強化する。巨人の足の骨を狙うと、あっさりと切断できた。

 身動きの取れなくなった巨人を、遠距離からマコが槍を伸ばして叩く。

 危険を冒さず着実に、巨人の骨を削っていった。







「相手がデカイと、役に立たねえな」

 きまり悪そうにネロは言うが、こういうのは役割分担だろう。

 彼は斥候が仕事、戦闘はセイたちの仕事。

 そう言うとネロは、耳を掻きつつ頷いてくれた。

「しかし、ここまでこんなに簡単に来れるとはな……。凄まじい戦闘力だ」



 魔結晶を取り出したケイオスが言うには、7階で誰かが脱落する確率が非常に高いようだ。

 アンデッドの精神攻撃が問題なのだが、セイは精神攻撃に対応する魔法をみっちりと仕込まれている。

 不死身の彼が脱落するとしたら、心を折られたときだ。

 そのためカーラは熱心に、精神攻撃に対抗する魔法を教えてくれた。

 ……何より日に何度も殺されたセイの精神は、異常なほどに強靭となっている。

 狂わずに死に続けるというのは、そういうことなのだ。



 そして一行は8階へと向かう。

「普通なら、この辺りで一度戻るのだがな」

 ケイオスはそう言うが、このパーティーは普通ではない。

「転移魔法でも使えるならともかく、もう一度一階から来るのなんて面倒だよ」

 セイがそう言って、マコが頷く。ククリはリュートを鳴らしてわくわくしている。

 ネロは溜め息をつきつつ、その実嬉しそうに先頭に立つのだった。







 第8階層。ここの魔物は、自然界にいない魔物が多い。

 かつて神代の頃に作られた魔法の合成獣が、通路を徘徊している。

「単純に、ここの魔物は強いんだ。それだけでなく毒を持ってたり麻痺させたりで、ろくなもんじゃない」

 解説役が固定しだしたネロは、やはりここでも流暢に知識を披露する。

 何度も探索者はこの階層に到達しているので、魔物の数も減りそうなものだが、迷宮とはそういうところではないらしい。

「魔素溜まりって言えばいいのかな。魔力が異常に噴出す場所があって、そこから魔物が生まれるんだ」

 確かにここは魔力にあふれた空間だ。呼吸するだけで魔力が回復する。

 セイにはそれほど関係ないが、マコやガンツは魔力の残量を気にせず武器のギミックを使えるので、それほど苦戦もしない。



「それにしても、ドゲイザーか……」

 マップを確認しながら、セイは難しい顔をする。

 階層主の名前である。どんな魔物かと言えば、強力で変な魔物である。

 まず魔法を反射する能力を持っている。どの程度の魔法まで反射できるのか分からないが、あまり破壊力のある魔法を使って、迷宮自体を崩落させたら問題だろう。セイがいくら不死身でも、脱出出来ない可能性が大きい。

 そして数々の、特殊な光線を発射するらしい。鑑定で確認出来るのは、以下の通りである。

 催眠、魅了、石化、冷凍、生物分解、金属分解、熱線、呪詛、猛毒、麻痺の10種類。

「過去にここを突破したやつらは、何人か犠牲覚悟でタコ殴りにするか、部屋の外から兵器で狙撃したらしいな」

 ケイオスが言う。自分の経験も踏まえて。

 なるほど、兵器か。

 魔法を反射しても、兵器なら反射出来ないのが分かっているのはありがたい。



 セイが取り出したのは対物ライフルである。

 どんな戦い方も出来るように、と念のためリアが持たせておいてくれた武器だが、ここでまさしく役に立つ。

「あ~、外から狙うのか。じゃあ関係ないな」

 ぽりぽりとネロが言うので、念のために確認してみる。

 彼が言うには、この階層主の部屋では魔法が使えないらしい。正確には魔法が魔力に拡散してしまうようだ。

 なるほど確かに、この戦い方なら何も問題はない。



 階層主の部屋のすぐ外、伏せた体勢からセイはドゲイザーを狙う。

 ふよふよと漂う、黒い大きな球体だ。巨大な目を持ち、頭の上には触手が生えている。部屋の中に入っていないからか、こちらを敵と認識した様子もない。

「くたばれファンタジー!」

 謎の気合を入れて、セイはトリガーを引いた。



 空気が抜けたような黒い塊が、床に落ちている。

 大きな魔結晶が取り出されたが、残念ながらかなり粉々になっている。

「まあバラバラでもそれなりの金にはなるさ」

 ネロはご機嫌で破片を集める。これだけでも一財産だ。

「なんだか階層主より、普通の敵の方が強かったね」

 マコがしみじみと言う。主に科学様が悪い。

「人間ってやっぱり強いものなんだよ」

 なんとなくセイはそう言った。深い意味はない。

「いよいよ9階か……」

 緊張しているケイオスの足辺りを、ぽんぽんとガンツが叩く。

 そのガンツの頭を、ぽんぽんとケイオスが叩き返した。

 そう、次は9階層。

 いよいよ迷宮も終盤である。

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