第139話 18 ベテラン探索者の慨嘆

「なんだかね、歯が丈夫になったみたい」

 いーと口を開くマコ。歯並びがいい。

「牙のある魔物を食べたからじゃないかな。能力値も上がってるね」

「う~ん、あたしも鑑定の技能欲しいなあ」

「お前、鑑定まで持ってるのか……」

 疲れた顔で言うネロ。まだ起きたばかりなのに。低血圧なのだろうか?



「それじゃあ二階の階層主だけど、誰が行く?」

 セイの言葉に、勢い良くガンツが手を上げる。

「いや、別に一人で戦う必要はないんだが……」

 ネロは嘆息する。常識的に考えて、この前衛4人で囲めば楽勝だろう。ネロ一人でも、互角以上に戦えるのだ。

 二階の階層主はヘルハウンド。地獄の魔犬と呼ばれる魔物だ。

「レベル45だからなあ……。じゃあまたガンツに任せようか」

 無言でガンツは頷いた。



 ガンツとヘルハウンドの相性は悪かった。

 ドワーフは一瞬の瞬発力はあるのだが、それを持続させることが出来ない。

 戦斧の一撃はかわされ、反撃を食らってしまう。

 リア謹製の鎧の防御力で、牙や爪は通さないが、突進の衝撃力は体に伝わる。

 ドワーフの頑健さゆえにダメージはないが、疲労は蓄積していくだろう。

 ガンツの一撃がヘルハウンドを捉えるのが早いか、それともガンツの体力が尽きるのが早いか。

 どちらにしろ時間がかかりそうだった。



「おりゃ」

 器用に狙いをつけたククリが弩から矢を発射する。

 かわしたヘルハウンドだが、そこに投げられた二本の短剣は、さすがに空中では避けられなかった。

 ダメージで隙を見せたヘルハウンドの頭を、ガンツの戦斧がかち割る。

「悪いね、邪魔しちゃって」

 気楽にククリは言ったが、ガンツはうなだれて「仕方が無い」と言った。

 やはり自分一人でしとめられなかったのが残念だったようだ。







 三階はまた石造りの迷宮だった。

「ここの魔物はほとんど木のゴーレムでな。魔石の他に、ゴーレムコアというものがあって、それが金になる」

 ネロが流暢に説明する。ちなみに階層主はストーンゴーレムだ。刃物との相性が悪い上に、下級の魔法もあまり効果がない。

 二階と違って攻撃は当たるので、今度こそとガンツは張り切っている。

 もっとも階層主の部屋まで行くのも、それなりに大変なのだが。

「ストーンゴーレム、レベル55だよ」

 あっさりと一行はそこに到達していた。どうやら杞憂だったらしい。

 マップ先生は好調である。



 階層主の部屋に、ガンツは飛び込んでいく。

 斧は一応刃のある武器だが、切れ味と同じくらい破壊力に優れた武器だ。

 ストーンゴーレムの攻撃も、一撃が重い岩の塊だ。泥臭い殴り合いが続く。

「助けなくていいかなあ……」

 マコは心配顔だ。セイは鑑定をしながら両者を見ている。両者の生命力の、減少具合を計っているのだ。

「まあ、切り札があるから、それを使えば大丈夫だけど……」

 リアの用意してくれた武器には、どれもこれも切り札が隠されている。

 双方の生命力の減り具合から見て、このままでもガンツが勝てそうだが、偶然の一撃というのはあるものだ。

 ドワーフの生命力がいくら旺盛でも、首を折られたら死ぬ。そんな危険は冒したくない。



「ガンツ、切り札を!」

 セイの言葉にガンツは無反応だったが、実際には従っていた。

 戦斧が白い輝きを放つ。持ち主の魔力を吸って、秘められた能力を発揮する。

 それは『破壊』の能力。物質であれば、どんな物でも破壊できるという。

 事実、一撃でゴーレムの腕が切断され、二撃目で胸部が破壊された。

 魔石とゴーレムコアを採取したガンツだが、あまり納得はいっていないようだ。

「修行が足りない」

 憮然とガンツは言った。自分に厳しい男である。







「なんつー早いペースだよ……」

 ネロは呟くが、同意する者はいない。一番普通に近い探索者であるケイオスが、もう慣れてしまったからだ。

 四階は石造りの迷宮で、壁には松明が等間隔で置かれている。ネロの知識ではそれなりに罠も多い。

 だがほとんど早足で、一行は四階を進む。宝箱は無視して、罠も回避して、最短ルートを進む。

 弱い魔物はセイが誘導付きの遠距離魔法で倒すし、強い魔物はケイオスとガンツ、マコの3人で対処する。

 セイが化物なのは分かるが、マコもたいがいだ。

 一日ごとというか、食事をするごとに強くなっているのが分かる。その分、量はたべるのだが。



 そして階層主。ここはミノタウロスだ。

「ミノタウロスって魔族じゃなかったっけ?」

 武器を操る知能があり、首から下は人間である。亜人か魔族か、どちらかだと思うのだが。

「どちらにしろ倒すんだろ? あとで調べろよ」

 セイの問いに、ネロは適当な返事をする。鑑定によるとミノタウロスは魔族で合っているのだが、なぜ迷宮の階層主をしているのかは謎である。

 実はお仕事であるのは、ミノタウロスと迷宮の主だけの秘密である。

「よし、たまには俺も頑張るかな」

 セイが刀を抜く。ミノタウロスのレベルは65もある。それなりの経験値にはなるはずだ。



「そういえば、お前がまともに接近戦をするところは見たことがなかったな」

 迷宮の壁に背を預け、ケイオスは完全に観戦モードである。

「おい、いいのか? ミノタウロスはストーンゴーレムより、更に強いんだぞ?」

 ガンツが戦斧を握っているが、さすがに躊躇する。ミノタウロスは巨体で、得物は巨大な両手持ちの戦斧。ガンツも蛮勇は発揮しない。

「大丈夫だよ。たまには体を動かさないと、技が鈍る」

 セイは独特の歩法で、ゆっくりとミノタウロスに近づいていく。大丈夫、必要以上の緊張はない。

 ミノタウロスは咆哮しながら接近し、戦斧を振りかぶる。



 ああ、弱いな。



 遅すぎる死の線を潜り、セイは一瞬だけ刀の性能を高める。

 リアによって虎徹・改と名付けられたその刀は、幾つものギミックが秘められている。

 その中の一つが鋭刃。単に切れ味を良くするもの。

 そして魔刃。魔力の刃を発生させるもの。

 リア相手には薄皮一枚傷つけただけのものだったが、果たしてこのミノタウロスはどうか。

 一振りで、逆袈裟にミノタウロスを斬っていた。



「お前、無茶苦茶つえーな……」

「武器がいいんだよ」

 ネロの賞賛にもセイはそう言うしかない。実際、ただの刀ではここまで斬れるものだろうか。

 ミノタウロスの皮膚の厚さを知っているネロは、その切断面に脅威しか感じない。

「戦斧は……どうしよう? ガンツ使う?」

 ミノタウロス用の巨大戦斧を、セイは持ち上げる。持ち上がらないことはないが、自分の体重とのバランスが悪い。

 ガンツもそれは同じで、首を横に振る。

「じゃあ戦利品として持っていこうか。魔石がないってことは、やっぱり魔物じゃないんだね」

 一行は鏡に触れ、五階へと進んだ。







「一応、一流探索者の目安は、五階に進めるかどうかなんだが……初挑戦で五階まで進んだってのは聞いたことがないな」

 ネロは説明する。これまでの階とは、まるで違った風景を目の前にして。

 白い柱が床と、高い天井から伸びていてくっつき、壁の色は赤い。

 天井は滑らかで発光しているが、床は荒地のような白さだ。

 広い空間が幾つも隣接している。そんな階だった。

「空間が広いから、四方から攻撃を受けることになるしな。まあこの中には、攻撃を避けるのが苦手な魔法使いはいないから、問題ないだろうが」



 襲い掛かってくる魔物を、魔法と武器で殲滅していく。

 マコも槍のギミックを使う。それは単に、長くなるというものであった。

 しかし長い得物を力任せに振り回せば、その範囲の敵全てを薙ぎ払うことになる。

「ヘルハウンドが雑魚で出てくるのか……」

 セイは魔法で対処する。ガンツは巨大な魔物に相性がいい。ケイオスもネロも問題はない。ククリは叫び声を上げながらも、楽しそうに攻撃をかわしている。

「解体は後だね」

 魔物の死体を無限収納に回収し、一行は足を止めずに階層の中心を目指す。



 そこには、悪魔がいた。

 巨大な肉体。ケンタウロスのように、下半身が馬で、上半身は人間だ。しかし顔だけが、黒い毛の山羊となっている。

「悪魔だ。レベルは75で、魔法も使ってくる」

 セイの囁きに、一同は武器を構える。

「よくぞここまで来た。脆弱なる者たちよ」

 悪魔は流暢に言葉を紡ぎ、手にした黒い槍を向けた。

「そしてここが、お前たちの探索の終焉だ」



 悪魔の周囲に、火球が現れた。

 同時にセイは全員に、魔法障壁の魔法を使う。

 放たれた火球は、全てケイオスが受け止めた。

 火の加護である。この程度の火魔法など通用しない。

 そのまま接近するケイオスに、悪魔は口から火を吐き出す。

 魔法の火ではないが、火であることに変わりはない。ケイオスには通用しない。

 そして、長身で見るからに強そうなケイオスに集中しすぎて、悪魔は他のメンバーから目を離してしまっていた。



 マコの槍が悪魔の胸を貫く。ちなみにこの槍の名称は、蜻蛉切り・改である。

 胸を貫かれ、悪魔の動きが止まる。この隙にガンツが足を払い、巨体を地に伏させる。

 ギミックを発揮したセイの刀が、悪魔の首を刎ねた。

「なあ、お前らひょっとして、一気に迷宮を踏破するつもりか?」

 悪魔の巨大な魔石……いや既に魔結晶となったそれを回収し、ネロはセイに問う。

「ちょっと事情があってね。出来るだけ旅を急ぐ必要があるんだ」

「……ひょっとして、俺は必要なかったか?」

「そんなことないよ。迷宮は何があるか分からないって聞いてたし、慣れてる人がいると心強いし」



 ネロはセイの言葉に、嘘が混じっていないことに気付く。

「……俺はそこそこ長く探索者をやっているが……もし最下層を攻略出来たら、引退しようかな」

 フラグを立てるネロだが、この迷宮では不死なので、フラグ回収の心配はない。

「探索者は過酷な職業だ。いくら死なないと言っても、死ぬときの苦痛は耐えがたいものがある。下手に飲み込まれて、溶かされたりなんかしたら最悪だ」

「それは、まあ普通はそうだろうね」

「俺も何度か死んでるんだが……徐々に精神が磨り減っていく感じがする。この探索が終わったら、小さな家でも買って嫁さんを見つけて……ギルドで後進の指導にでも当たるかな」



 ネロがそう決断したのは、セイとマコの異常な二人を見たからだ。

 安全マージンを確実に取り、着実に魔石を回収する。腕には自信がある。稼ぎはいい。

 だがこの二人は、迷宮の踏破を自然なものとして考えている。探索者になって最初の頃は、迷宮の踏破を夢見ていたネロだが、いつの間にかそれは無理なことだと気付いてしまっていた。

 ケイオスのような明確な願いがあるわけでもない。ただ、自分の名前が、踏破者として刻まれればそれで良かった。そしてその夢は今、叶いそうになっている。

「まあ確実に踏破出来るとは限らないけどね」

「お前たちならいけるさ」

 穏やかな気持ちになって、ネロはそう言った。

 そして一行は6階へと転移する。この先は、ケイオスやネロもあまり行ったことがない階層だ。

 それでもさほど緊張せず、一行は歩みを進めた。

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