第138話 17 最先端の探索者

「試練の迷宮について、いくつか教えておこう」

 夕食を終え、珍しくウイスキーなどをゆったりと飲みながら、リアは語った。

「あそこは力技でも突破できる。セイの祝福を考えれば、何も問題はないだろう」

 それでも各階のボスについては、簡単な攻略法を教えてもらった。問題は、最下層の吸血鬼だ。

 リアが踏破した時にはいなかったラスボスである。

「吸血鬼って、そもそも魔物じゃなくて魔族なんですよね?」

「そうだ。不死の王ならともかく、普通の吸血鬼なら……いや、それでも普通は難しいか」



 吸血鬼には3種類ある。まず真祖とも呼ばれる不死の王。これは非常に珍しい存在で、吸血鬼同士から稀に生まれる。

 そして普通に生まれる吸血鬼と、真祖に血を吸われて吸血鬼化したもの。これを通常は吸血鬼と呼ぶ。

 吸血鬼が人間の血を吸って、己の眷属としたものを、下位吸血鬼と呼ぶ。

「下位吸血鬼が長く生きて、通常の吸血鬼の能力を得ることはあるが、基本『親』である吸血鬼には逆らえない」

 もっとも現在の吸血鬼は、普通に社会で生きている。種族特性上ほとんど夜にしか動けないが、それでも種族としてのベースの能力は高いので、働くのに困ることは無い。

 血液の獲得手段も、普通に店で新鮮な血液が売っている。今では吸血鬼が人から血を吸うことを、禁止した国も多い。むしろ吸血鬼自身が、直接吸うのを嫌がる時代だ。

「その階層主は、アルバイトでもしてるのかな……」

「いや、それはない」

 考え込んでそう言ったリアに、マコとセイは同じツッコミを入れたものだ。



「おそらく、兵器の発達が問題だったのではないでしょうか」

 さすがはカーラ先生、推理も鋭い。

 3000年前は個人で携帯できる、高位の巨人を倒すような兵器はなかった。

 魔法に関しても、神々の落とし子と言われる巨人は、強い抵抗力を持っている。

「確かに、うちのパーティーの魔法使いの魔法も、ほとんど効かなかったな」

「ですが魔法を介さない、純粋な火力なら、魔法防御に関係なくダメージを与えられたのでは?」

 ニホン帝国やガーハルトの探索者が、迷宮を踏破したという話は聞いていた。詳細は知らなかったが、軍の人間が混じっていたらしい。

「そこで吸血鬼です。物理的な攻撃はあまり通用せず、魔法に対する耐性も高い。新たな迷宮の階層主としては充分すぎる戦力でしょう」

 試練の迷宮は、6人までのパーティーでしか入れない。そういう仕掛けが施されている。

 だが近代兵器では、大型の物は迷宮ゆえに持ち込めない。しかし携帯出来る火力の高い兵器があれば、サイクロプスは倒せる。

「もしくは宝物庫を持っている人間が戦車を積み込み、サイクロプス戦で砲撃を加える」

 セイの言った手段に、リアも頷いた。科学が幻想を凌駕しようとしている時代だ。

「もはや刀一振りで成り上がる時代じゃないんだなあ……」

 寂しそうに言ったリアの表情が印象的だった。







 巨大な門を開け、長い階段を降りると、天井と壁面が青白く発光する石の通路に降り立った。正面には、大きな金属製の鏡のようなものがある。

 これに触れて呪文を唱えると、迷宮の中に転移できる。その上限が6人なのだ。

 そして地下1階に、6人の探索者が立った。

「それでは、迷宮攻略を始めま~す」

 セイののんびりとした声に、マコだけはお~と手を上げる。

「まあ、一階は任せておきな。地図も頭の中に入ってるしな」

 自信満々で言うネロには悪いのだが、セイのマップは迷宮の中でも有効のようだ。

 しかも宝箱、罠、魔物といった単語で判別まで出来る。

「じゃあ行こうか」

 そう言ったセイは、巨大な戦鎚を取り出した。そして迷宮中央に向かう壁に向けて、全力で振り下ろす。

 石壁が破壊されて、通路となった。



「さ、これでショートカット出来るよ」

 迷宮を知るケイオスとネロはあんぐりと口を開けている。先に立ち直ったのはネロだ。

「馬鹿お前! 迷宮の壁を破壊したら、魔物を呼び寄せるんだぞ!」

「あ、ごめん。じゃあ敵が二方向からに限定される場所に行こうか」

 前後からの挟撃。それに対して、セイは言った。

「こちらの方向からの敵は、全部俺が引き受けるよ。マコとガンツとケイオスでそちらはお願い。ククリとネロは、しとめ切れなかった分をやって」

「一人で大丈夫なのか?」

「ケイオス、俺は魔法戦士だよ」

 会話をしている間にも魔物の気配は接近してくる。

「やむをえんか。ネロ、援護を頼むぞ」

「ああ、どうしてこんなことになったんだ……」

 ネロは短弓を準備して、戦闘に備えた。



 ケイオスの火球の魔法で、戦闘は開始された。

 盾持ちが二人もいるので、魔物を後ろに突破させることは無い。マコの槍が、確実に爬虫類系や昆虫系の魔物を倒していく。

 そしてセイは、魔法の誘導矢を何十本も連続で放っていた。

 セイとマコの能力値の中で、一番差があるのは魔力の量である。

 神竜刀ガラッハを持たせるという手段で何度も気絶させられたセイは、魔力の絶対量が増大している上に、高速魔力回復の祝福も持っている。

 一人固定砲台だ。接近すら許さず、100に近い魔物を倒す。



 もう一方も、ゆとりを持って対処できた。

 高レベルの探索者が5人がかりである。しかも途中からは、手の空いたセイが、こちらにも魔法の矢を放ってくる。

 マップの魔物に照準を合わせ、誘導矢を放つ。外れることはなく、一撃で魔物を倒していく。

 それはセイにとって、戦闘ですらなかった。ただの作業だ。

「無茶苦茶だ」

「同感だ」

 ネロの呟きに、ケイオスも同意した。







 戦闘が終わり、魔石を回収する。

 実は戦闘自体より、こちらにかける時間の方が長かった。

 魔物の死体も、金になりそうなところは回収していく。

 正直ネロは、これだけでもう、本日の稼ぎとしては充分だと考えていた。

「ねえセイ、せっかく道を短くしても、これだけ魔物が寄ってきたら、あんまり意味がないんじゃないかな?」

 マコの指摘はもっともで、ククリも頷く。ガンツは何も言わないが、多分同意しているのだろう。

「そうだね、次からは最低限の所だけを壊していくよ」

「そ、そうか。じゃあ行くぞ」

 呼吸を整えたネロは、短縮された通路を先頭に立って歩き出そうとする。

「あ、待って。ここを壊したら、すぐに一階のボス部屋に着くから」



 戦鎚を振り上げるセイを、慌ててケイオスが制止する。

「待て、ちゃんと地図は見たのか?」

「あ~、俺の持ってる祝福に、マップっていうのがあってさ。それでこの階は全部分かってるんだ」

「おい、お前の祝福はいったい幾つあるんだ」

 ケイオスが今までに聞いたのは、不死身、無限収納、マップの三つである。

 普通なら、どの一つを持っていてもとんでもないものだが、それが三つもある。

「色々あるけど、全部はちょっと……」

 祝福や技能というのは、探索者や冒険者の生命線だ。それを公開することは少ない。

「とりあえず暗黒竜の血族っていうのと、肉体や精神の耐性、魔法に対する耐性もあるよ」

「剛力と剛身と頑健もだな」

 ガンツが追加で言った。



 ケイオスとネロはまたあんぐりと口を開き、ククリは面白そうな表情をしている。

「いったいどうしたらそんなことが……」

 腕を組むケイオスに、簡単に答えた。

「師匠の修行はそれだけ無茶だったんだよ。何しろ俺、不死身だからさ」

 ケイオスとネロは納得のいかない顔をしているが、あの無茶な修行を話す気にはなれなかった。

 生き返ることを前提とした修行など、誰かに話す気にはなれない。忘れたい過去である。

「それより、お腹が空いたよ……」

 マコがそう言って、一行は早い昼食にすることにした。







 ケイオスとネロが残った魔物の死体を解体していき、ククリとマコが食事の用意をする。倒したばかりのトカゲや虫も食べる。

 セイは休憩しているように見えるが、ちゃんとマップで索敵を行っている。ガンツは周囲の警戒だが、これは本当に念のためのものだ。

 時折近づいてくる魔物には、マップと連動させた魔法の矢を放つ。

 かくして一行は安全に、豊かな食事を終えるのだった。

 マコの食事量にネロが驚いていたのは今さらである。

 そしてマコは、硬鱗の祝福を得た。ケイオスと同じ、ダメージを受ける攻撃に、皮膚が鱗のように硬くなるという、なかなかの祝福である。

 トカゲの鱗や、虫の甲殻が影響したのだろう。



 1階の中心、次の層へと進む広い部屋で、階層主の骸骨騎士が待っていた。

「弱っ!」

 鑑定したレベルは35。武器の相性の問題でマコには不利だろうが、それでも前衛の4人なら、誰でも一対一で勝てる相手である。

「うむ」

 進み出たのはガンツだ。戦斧の重さなら、骨を叩き潰せるだろう。

 実際にそうなった。

 低い位置から骸骨騎士の足を砕き、盾を叩き割り、最後に頭を砕く。それで骸骨騎士は動きを止めた。

 大きな魔石を手に、鼻から大きく息を吐き、ガンツは帰還した。







 2階へ移動する。ここは一見自然のように草が生え、壁を覆っている。

 天井の光も強く、植物は光合成をおこなっているのだろう。

「ここの魔物は、主に普通の動物が魔物化したものなんだが……まあ大丈夫だろう」

 ネロは溜め息をついている。それに対して、魔物のレベルをマップで鑑定した、セイは提案する。

「この階でパワーレベリングしない?」

 パワーレベリングという言葉が分からなかったのか、皆が首を傾げる。

 この中でもっともレベルが低く、それに比して戦闘力も低いのはククリである。

 ものすごく素早く、魔法に対する耐性も高いハーフリングだが、肉体の頑強さはそれほどでもない。レベルは上げておいたほうがいいだろう。

「魔物を瀕死にして、それをククリに止めをさしてもらうんだ」

「確かに、止めをさした者が一番魔素を吸収するという話は、聞いたことがあるな」

 ケイオスが頷く。ククリは自分の本業は吟遊詩人だと思っているのだが、レベルが高くなるならありがたい。



 そしてまた、一階と同じことが行われた。

 壁を破壊して、二方向からの敵にダメージを与えていく。丁度いいダメージを与えるのが、かえって難しかった。

 ククリは目の前に投げ出される、戦闘力を失った魔物たちを、投擲や弩で殺していく。たまに殺しきれない分は、ネロが片付ける。

 しばらくして、頭がぐらんぐらんとしてくる。

「ちょ、ちょっと待った。なんか気分が悪い」

 ククリの言葉に反応したのはケイオスだ。彼は急激なレベルアップにより、体調が悪くなるということを聞いたことがあった。

「レベルアップ酔いだ。セイ! 敵を殲滅させるぞ!」

 MP酔いと同じようなものだろうか。そう思いながら、セイは魔法の矢の出力を上げた。

 殲滅まで、それほどの時間はかからなかった。



「あ~、悪いな、足手まといになっちまった」

 迷宮の壁を背に、ククリは呟く。これまでの彼の生涯で、仲間に迷惑をかけるという経験はなかった。最悪でも全力で戦場から離脱したからだ。

「気にせず休もうよ。俺なんか師匠に殺されたり、魔力切れで気絶したり、色々されてるから気持ちは分かるよ」

 それに対してククリは「おう」と答えるのだが、やはり回復には時間がかかるようだ。

「レベルアップ酔いか。聞いたことはあるが、実際に見たのは初めてだな」

 ケイオスも頷く。

「もう今日は少し移動して、野営にしようか。少し時間は早いかもしれないけど」

「よし、じゃあ解体でもするか」

「あ、ちょっと待った」

 動こうとしたネロを、セイは止めた。







「他の探索者がやって来る。6人組」

 セイの言葉から間もなく、確かに6人の探索者が現れた。

「おう、ケイオスとネロか。……そっちの4人は新顔だな。それにしてもなんだこりゃ」

 どうやら顔見知りらしい。男たちが見つめるのは、セイたちが殺しまくった魔物である。まだ解体はしていなかったので、凄惨な現場となっている。

「おう。うちのリーダーが無茶苦茶でな。壁を壊してこいつらを呼び込んだんだ」

 その言葉に、探索者たちの表情が固まる。

「壁を壊すって、馬鹿じゃねえの?」

「俺もそう思うんだが……結果はこれでな。あの寝転んでるのも傷を負ったわけじゃない」

「そ、そうか。なんだか大変そうだな。俺たちはもう行くわ」



 立ち去った探索者たちを見送ると、警戒役のセイとククリ以外の4人で魔物を解体する。

 虫ならともかく、動物ならマコも慣れたものだ。魔石の回収と毛皮の剥ぎ取り、牙や爪も取り、肉を捌く。

 ククリをケイオスに背負ってもらって、野営に適した場所に移動する。

「鳴子を仕掛けてくる」

「一応お願いします」

 セイのマップは今のところ完全に機能しているが、ひょっとしたら感知出来ない魔物がいるかもしれない。

 致死感知と合わせればほぼ完璧に思えるが、あれはセイ個人に働く技能だ。どこに抜け穴があるか分からない。



 無事に戻ってきたネロは、そこにありえない光景を見た。

 料理をしているのはいい。携帯食で済ませるのも多いが、余裕があるなら暖かい食事をするべきだろう。

 しかしその傍に存在する、湯気を出す穴はなんなのか。

「あ、お風呂沸いてるから。先に失礼するね」

 土壁を作ったセイとマコが入浴していく。それを見たネロは、視線でケイオスに説明を求める。

「慣れろ。俺はもう諦めることにした」

 釈然としない気持ちのまま、ネロは料理の手伝いをし始めた。



 毛布にくるまって順番に睡眠を摂ったが、何も問題はなかった。

 セイが起きている時はマップで魔物を遠くから排除したし、眠っている時も、少し魔法の術式構成を改良したのだ。

 マップに表示された魔物に対し、待機させた魔法の矢が自動的に攻撃するようにした。

 かくして一行は良質の睡眠を迎え、迷宮探索を続けるのである。

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