第137話 16 迷宮都市
迷宮都市と呼ばれるその都市は、正確にはシャシミールという名前である。
4000年の歴史を誇るその都市は、交通の要所であり、この世界のエネルギー源である魔石の産地ということもあり、門前には多くの商人や冒険者が並んでいた。
しかしククリの操る幌馬車はそれを無視して、貴族専用の出入り口に向かった。
もちろん衛兵に止められたのだが、セイの持つプレートと、リアにもう一つ持たされた、印章入りのオリハルコンの短剣が物を言った。
貴族のプレートの偽造は、重罪だが不可能ではない。しかしオリハルコンの短剣を持つとなると、これは貴族でしかありえない。
「便利だね~、貴族って」
商人としての関税も払わずに通過できたので、ククリは上機嫌である。
「まずは宿を決めよう。なかなかお勧めの宿がある」
ケイオスはそう言ったが、ククリはそれも首を振った。
「この都市の太守は、オーガスの貴族だよ?」
「それと、衛兵の詰め所にでも、遺品を届けに行かないと……」
ひとまず馬車を止め、ククリはセイからプレートと短剣を預かると、ケイオスをお供に街を上流階級の住む方向へ駆けて行く。
残りの三人で衛兵の詰め所に行くと、いろいろと訊かれることが多かった。遺品は責任をもって届けられるという。
三人に合流したククリは、太守から別館の使用許可をもらってきていた。これなら馬の世話も任せられる。
この辺りの抜け目の無さは見習うべきであろう。
太守は訪問客の若さに驚いていたが、ちゃんとカーラから礼儀作法も教えてもらっていたセイは、完璧な挨拶をした。
ここの太守は都市の選挙で選ばれ、任期中はオーガスの伯爵として扱われる。であるからして、玄関口までセイたち一行を出迎えてくれた。
「それで、修行のために冒険者にですか……。ちなみに師はどなたに?」
「剣神レイアナです」
その答えに、太守はお茶を吹き出した。
メイドたちが慌てて太守の傍による。着替えてきた太守は咳払いをして、再びセイと向き合った。
「失礼しました。竜帝リュクレイアーナ様ですか……。なるほどドワーフの里におられると聞いてはいましたが……」
護衛のように立つガンツを見て、太守は納得する。ちなみに着席しているのは他に、一応騎士であるマコだけである。
威厳を持って立つケイオスはともかく、ククリはきょろきょろと部屋を見回している。
ハーフリングの習性と言うべきか、商人の習癖と言うべきか、金目の物を見つめている。
「ここに滞在の間は、別館を自由にご利用ください。晩餐にてもてなしさせていただきます」
「折角ですが、早速今から迷宮に挑むつもりです」
リアやカーラはなんだかんだ言って、時間に対する感覚がおかしくなっている。
あの盗賊勇者を殺したセイは、少しでも早く勇者たちを帰還させるべきだと考えている。もちろん勇者の力に暴走しない者もいるのだろうが、早いにこしたことはない。
「いや、それはやめておいた方がいい」
止めたのはケイオスだった。このリザードマンは、迷宮と言うものを知っている。
「旅の疲れというのは体の奥深くに溜まるものだ。今日は充分な睡眠を取り、明日から攻略すべきだ」
なるほど、とセイは頷いた。自分はともかく、他の者は多少疲れているだろう。ここは経験者の言葉に従うべきだ。
太守の別館は、それだけで超高級ホテルのスイートルームのようなものであった。
従者用の部屋もあるので、誰も文句は言わない。普通の宿ではありえないふかふかのベッドで、ククリは飛び跳ねた。
夕の晩餐に招待されたセイは、マコと共に騎士服を着て出席した。
これもいつの間にかリアが用意してくれていたものだが、いつそんな暇があったのだろう。というかサイズがピッタリなのがおかしい。
ちなみに他の三名は、別館で食事である。こちらも従者に対しては立派な料理が用意された。
凛々しく男装したセイとマコに、太守は相貌を崩した。それから晩餐と、貴族としての会話が始まる。
軽い世間話から入り、最近盗賊が出て困っているという話題も出たが、次第に太守の目はマコの方に向けられていった。
食べるのが早い。それはいい。
足らない人のために置かれたパンが、ものすごい速度で消費されている。
「すみません、彼女は暴食という祝福を持っていまして、食べれば食べるほど強くなるのですよ」
愕然としていた太守は再起動し、追加の料理を用意させる。
だが料理するより、食べるほうが早い。最後にはとりあえず量をというわけで、シチューの類が大鍋で持ってこられた。
十人前のそれは、全てマコの胃に吸収された。
食べ過ぎて恥ずかしいな、と思ったマコが食べるのをやめなければ、はたして太守の館に食料は残っただろうか。
……翌日から迷宮都市の食材の値段が、微妙に上がったのは余談である。
別館には風呂があった。
素晴らしいことに、ぎりぎり二人で入れる大きさという風呂である。
セイとマコは仲良く浴槽に入り、足を絡め合った。
微妙な部分が爪先に当たってしまうのは、不可抗力であろう。
ベッドはキングスサイズなので、当然のように二人で寝た。
やはり女の子は最高である。
朝食の席は太守とは別であった。別館で摂ったが、この方が肩が凝らなくていい。
「さて、じゃあ行こうか」
改めてセイが促す。装備を確認し、何より食料を確認し、一行は太守の館を出た。
都市の西側に迷宮の門はあり、その手前に探索者ギルドがある。
ここで登録しないと迷宮には入れない。ケイオスはもちろんだが、実はククリも登録はしてある。
「いてら~」
手を振るククリたちに背を向け、3人はギルドの中に入っていった。
中の様子は、ドワーフの里にもあった冒険者ギルドとそれほど変わらない。
だが決定的に違うのは、人口密度の差だ。探索者がとても多い。
冒険者と違って探索者は、一つの場所に拠点を置いて活動することが多い。それだけここは稼げる迷宮なのだ。何より死なないというのが大きい。
物珍しそうにきょろきょろとする二人と違い、ガンツはずんずんと受付に向かう。
「登録したい」
「はい、登録ですね。ではこちらに記入をお願いします」
がしがしと乱暴な筆体で書いていくガンツ。二人も同じように紙を受け取り、記入事項を書いていく。
戦闘スタイルなども項目にあったが、とりあえず前衛と書いておく。
「おいおい、チビと嬢ちゃん二人、来るところを間違えてないか」
そんな声がかかったのは、ちょうど書き終えた時であった。
柄の悪そうな、6人組の探索者である。テンプレである。
実際の戦闘力はともかく、凶悪な面の探索者に、マコは少し緊張している。
「死なない迷宮でしょう? 修行にはもってこいの場所だと思います」
「けっ! それで俺たちの稼ぎが減ったらどうしてくれるんだ」
探索者は魔物の素材と、魔石を狩って生活している。ならば競争者はいない方がいいのだろう。
だがそれは、そちらの勝手な理屈だ。セイには関係ない。
横目にギルドの職員さんを見ると、見事に無視している。
「ギルド内での喧嘩は禁じられてますか?」
「武器の使用は禁じられています」
「じゃあ素手ならいいんですね」
「おいおい、お嬢ちゃん、何を言ってるのか分かってるのか?」
「素手であなたたちを叩きのめしても、問題にならないということですよね」
とことこと無防備に人間の探索者に歩み寄ったセイは、そのまま無防備な男の鳩尾に肘を入れた。
「げはっ」
ギルドから飛び出していく男。それを見た残りの5人に戦意が浮かぶ。
だが一人はガンツに向こう脛をひどく殴られうずくまり、マコは片手で一人ずつの襟首を捕まえると、ギルドの外に放り投げた。ちなみに片方は人間より巨大なオークである。セイも続いてすぐさま、また一人の男を蹴り飛ばしていた。
唯一無事な男は、事態を把握できずに周囲を見回している。周りの探索者は、特に助けようとはしない。
「騒がしいな。何があった?」
そう言ってギルドにケイオスが入ってくると、残った男の顔が明るくなる。
「ケ、ケイオスの兄貴、助けてくれ。このお嬢ちゃんたちに仲間がやられたんだ」
「ん?」
「絡まれたのでちょっと、殴ったり投げ飛ばしたりしました」
肩をすくめたセイに、ケイオスは頷いた。
「なるほど、よく分からんが、なんとなく分かった」
そしてケイオスは唯一無事な男の頭を掴み、ゆっくりと言って聞かせた。
「いいか、この3人は私の新しいパーティーメンバーだ。戦闘力は私も認めるところだ。下手なちょっかいはやめておけ」
「へ……」
唖然とする男の頭をケイオスは放す。男はギルドから逃げていく。
男を追いかけるように外に出たマコは、その実自分が投げ飛ばした相手に声をかけていた。
「大丈夫ですか? 怪我したところがあるなら治癒しますよ?」
「あ、いえ大丈夫ですので」
仲間に肩を貸しながら、男たちは去って行った。
「早速面倒が入ったが、では行こうか」
ケイオスに促されて2人はギルドを出ようとしたのだが、扉のところに立つ男が一人いる。
虎縞の猫獣人の男だ。片頬に傷があり、猫の獣人であるにも関わらず、ダンディズムを感じる。
「ようケイオス、早いお帰りだな」
「ネロか。まあ剣神様には、お会いできなくてな」
どうやら顔見知りのようだ。それも悪い関係ではない。
「若いのになかなかの腕だな。だが斥候がいないんじゃないのか?」
ふむ、とケイオスは考える。
そこにひょこりとククリが顔を出す。
「なんかあった?」
「たいしたことではない。ククリ、お前は迷宮に慣れているか?」
ハーフリングは斥候としても、優秀な素質を持っている。だが、経験はどうなのか。
「試しに潜ったことはあるけど、あんまり自信はないな。そういやそういうのに適した人がいないね」
普通の罠なら、セイが不死身を活かして攻略するのだが、出来ればそれは遠慮したい。
「そうか。……セイ、この猫獣人の男を雇わないか? 腕は私が保証する」
「ケイオスがそう言うなら構わないけど」
セイの言葉にネロは唇を吊り上げた。
「決まりだな。じゃあ魔石は山分け。宝物は等分でどうだ?」
「魔石も素材も宝物も等分だ。その代わり、5層までは確実に潜ってみせよう」
「そんなに潜っても、運べないだろうがよ」
「こちらには宝物庫持ちがいる」
ケイオスに見つめられて、セイは何も無いところから剣を取り出した。
少し驚いた後、ネロの笑みが深くなる。
「どれぐらい持てる?」
「そうだね、この建物全部を入れるぐらいは、大丈夫だと思う」
「よし、なら全部等分でいい」
ネロはぽんぽんと肉球付きの手を打った。
「改めてよろしくな。ネロだ」
「俺はセイ、こちらがマコ」
「ガンツ」
「で、おいらがククリだよ」
かくして迷宮に挑むパーティーが、また一つ誕生した。
彼らの行く先に何があるのか、今はまだ誰も知らない。
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