第136話 15 盗賊

 旅は順調に進んだ。だが、気になる情報が一つあった。

 ドワーフの里への街道はそれなりに交通量も多く、立ち寄った村などでは情報も集まる。

 その中の一つに、最近この周辺で盗賊が暴れているというものがあった。

「騎士の人も言ってたね……」

 マコが難しい顔をする。ネオシス王国にいた頃は、盗賊退治は軍の重要な仕事だったのだ。

「珍しいね。辺境でもオーガスに盗賊が出るなんて」

 ククリは経験から、この辺りが安全だと知っている。

「ふむ、この中で対人戦闘……いや、人殺しの経験がある者は?」

 ケイオスの言葉に、彼自身とククリが手を上げた。



 平和な日本で生きていたセイとマコはもちろん、ほとんど里から出たことのないガンツも、人殺しの経験は無い。

 セイはリアの引率で、マコは勇者のグループで、それぞれ魔物を退治したことはあるが、人間相手は無い。

「戦力的には問題ないのだが……」

 ケイオスは考え込んでいるが、ククリは楽天的だ。

「大丈夫だよ。殺さない程度に痛めつけるならいけるでしょ? それにむしろ、遭遇する可能性の方が低いと思うけどな」

 話を振られているのはセイとマコだ。ガンツはなんだかんだ言って、大丈夫そうだからだ。

「自分が傷つくのは平気なんだけど、人間を殺すのはなあ……」

「槍が鈍るかもしれないなあ……」



 殺人への禁忌が残る二人を見て、ケイオスは溜め息をついた。

 二人が地球からの転移者であるとは、まだ言っていない。そして日本では、家畜を殺すことさえ自分の手では珍しいことも。

「まあ10人程度ならどうにでもなる。20人だと、守りながら戦うのは少し厳しいかもしれん」

「あ、大丈夫。さすがに自分の身を守るぐらいは出来るよ」

「あたしもだよ」

 ケイオスは心配性ではない。ただ、慎重なのだ。

「魔法もあるし、まあ大丈夫か……」

 ケイオスの判断は間違っていない。だが、前提となる情報の認識が間違っている。

 今まで一人も、その盗賊団に遭遇して生き残った者はいないという情報を、彼は知らなかった。







 街道の上に、盗賊の蹂躙に遭った馬車の、残骸があった。

 護衛であったろう8人の男たちは全て殺されていて、護衛対象であったろう商人も殺されていた。

 ただ殺すのではなく、手足の末端から切り刻む殺し方だ。

 カタカタと震えるマコの肩をセイは抱き、ケイオスは護衛の死体を調べている。

 ククリは戦闘のあった周辺を調べる。盗賊がどこから来てどこへ行ったのか、街道外れの草地に残っている。

「凶悪だな……。護衛はいずれも、それなりのランクの傭兵だ。それを全部、接近戦で殺している。数は30人ぐらいかな」

「戦ったら勝てる?」

 セイの問いに、ケイオスは首を振る。

「このランクの傭兵を皆殺しにする相手なら、私一人では難しい……。それと、少し妙なこともある」

「妙なこと?」



 ケイオスは死体の傷を示す。気分を悪くしながらも、セイはそれを見つめる。

「傷口がほぼ同じ、つまり同じような武器で殺されている。そして矢傷がない」

「武装が統一された盗賊団ってこと?」

「そうなのだが、盗賊団が武装を統一するか? それに足を止めるための弓を使わないなど、聞いたことがない」

 それと、盗賊の死体がない。

 盗賊なら仲間の死体から金目のものだけを持って、死体は放置するのが多いらしい。

「つまり、盗賊団に犠牲者が出ていない?」

「そもそもそんな集団を盗賊団と呼べるのか……」

 嫌な予感に苛まれるケイオスに、ククリが近寄ってきた。



「あんまり慣れた盗賊団じゃないね。同じ方向から来て帰ってる。足跡の痕跡もばっちり」

「人数は分かるか?」

「20人ぐらいだね。もう少し少ないかもしれない」

 それはケイオスの読みより少ない。そしてその盗賊が帰った方向は、迷宮都市への進路の少し外れだ。

「少し待って。調べてみる」

 セイはマップを展開する。数キロ先に、人間が一人いる。

 その詳細を鑑定したセイは、思わず息を飲んだ。

 賞罰欄には殺人と強盗、強姦。祝福には『分身』のレベル5。



 そして称号は、異世界からの勇者。



 確かに地図に示された点の一つは、この近辺だった。

 里から近いので、もう一人回収するかどうか迷ったが、マコが死に掛けていたので後回しにしたのだ。

 最近、盗賊が出ると言っていた。つまりあの時回収していれば、この結果はなかったのだ。

「マコ、盗賊の正体が分かった」

 馬車に戻ると、憂鬱な気分でセイは告げた。

「勇者だった。金田正雄」

 目を見開くマコ。その反応が、事実を如実に物語っていた。

「金田君……帰国子女だった。少し文化が違うから変わってたけど、そんなことしないと思ってたけど、こっちの世界に来てからは確かにちょっとおかしかったけど……」

 多少わがままと言うか、自己中心的なところはあったが、それでも問題になるほどのようなことはなかったという。

 むしろ強い者には巻かれるタイプだった。







 これは、自分の戦いだ。

 セイは覚悟を決めた。地球から召喚された者が、既に何人もの人間を殺している。

 自分は殺されてもいいが、確実にこいつは殺そう。殺さないといけない。

「マコはククリと、ここに残って。ケイオスとガンツは付き合ってほしい」

 おそらく危険はないだろうが、馬車を守るために二人には残ってもらう。

「戦うつもりなら、この少し先に村があるから、馬と馬車はそこで預かってもらう方がいいだろう。正体不明の相手だ。戦力は多いほうがいい」

 ケイオスはそう言う。確かにそうなのだが、マコにクラスメイトと殺し合いをさせるのは酷だろう。

 それに鑑定によると、3人で充分なのだ。むしろセイ一人の方が、確実に被害が出なくて済む。

「あたしも行くよ。……止めないといけない」

 マコを戦場から遠ざける理由が、なくなってしまった。

「いいけど、殺すよ? 相手の祝福を考えると、出来れば不意打ちで殺したい」



 分身。マコに事前に聞いておいたが、これはそれなりに厄介な能力だ。

 自分の分身を作り上げる。持ってる技能や装備も全く同じように。

 作れる分身の数と、分身との距離は、レベルを上げるほど増え、遠くなる。

 レベル5で32人。距離は500メートル。

 レベルが10になっていれば、1024人の分身を、1キロの距離で展開出来る。まさに一騎当千だ。

 さらに分身で倒すことでも経験値が入り、技能レベルが上がっていく。非常に効率よく強くなれる祝福だ。

 だが攻略法は簡単だ。今のレベルなら、それほど能力値も高くない。

 おそらく強くなる効率を考えず、自分の欲望だけに従っていたのだろう。



「広域殲滅魔法で攻撃すれば確実ですね」

「1000人程度なら斬り殺せばいいだろう」

 他の勇者の持つような、壊れた性能ではない。超絶した力を持つ二人はそう評価する。

 カーラとリアはそう言っていたが、セイはまだそこまで強くない。

「少しだけ、話す時間が取れないかな?」

「……いいけど、殺すのはこちらのタイミングでするから」







 草原の中にちょっとした大木があった。

 少年はそれを背にして座っている。周囲には、陵辱された女性の遺体。

 奪った携帯食を齧りながら、少年はにやにやと笑っている。

 風上から金属鎧の音が聞こえて、彼は立ち上がる。

「金田君……」

 ドワーフとリザードマンを従えた少女が、そこにいた。



「ツバキさん……」

「金田君、どうしてこんなことを…」

「どうして? どうしてしちゃいけない?」

 狂いかけているのか、少なくとも正気を失った様子で、キムは叫んだ。

「僕には力がある! 力があれば誰かに従わなくてもいい! むしろ僕が支配してやる!」

「そんなの駄目だよ! あたしたちの力は、人を守るためにあるんだから!」

 金田の足元の女性を見ても、それでもマコはそう言った。

「うるさい! 日本人の女の癖に! そうだ! お前も僕の奴隷にしてやる! 日本人の女なら、いい奴隷になるだろう」

「救いようがねえな」

 ケイオスが呟き、ガンツが頷く。

「なら、止めるよ」

 マコが言って、槍を構える。それが合図だった。



 にやにやと嫌悪感を与える笑みを浮かべていた金田の背に、二本の短剣が突き刺さっていた。

 風下から回り込んだククリの投擲だ。そしてすぐ傍から飛び出したセイが、金田を地面に叩きつける。

「念のため聞いておくが、素直に地球に帰るつもりはあるか?」

「うるさい! お前も日本人か! 贅沢な日本人のくせに上から物を言うな!」

 背中の傷も感じられないほど、怒りの感情が激しいのだろう。セイは笑みを浮かべた。

「ありがとうよ」

 刀を延髄に突き刺して、金田を殺した。

 クズで良かった。良心が痛まなくて済んだ。



 それから一行は、金田の死体を帰還させた。

 初めての帰還石の利用だが、何も問題はなかった。

「来世では、もっとまともに生まれてこいよ」

 傭兵と商人、女性の遺体も処理する。下手に土葬するとアンデッドになるので、火葬が主流らしい。

 肉の焼ける匂いに、マコは吐いていた。

 遺品は出来るだけ回収した。迷宮都市のギルドか詰め所に行けば、親族なりに渡してくれるだろう。

 盗賊団の殲滅については報告しないことにした。あまり目立ちすぎるのはよくない。それにもう、盗賊団が出ることはないのだ。

「それじゃあ行こうか」

 ククリが馬に鞭を入れて、旅路を再開する。

 セイとマコは重い気分で、しばらく過ごすことになった。







「ということがあったんです」

 その夜、セイは通信機でリアに事の次第を報告した。この通信機、どう見てもスマホなのだが、通信以外の機能はない。ただし世界のどこからでもつながるという。

「師匠、聞いてます?」

「聞いてるが、お楽しみの最中を邪魔されたのでな。ちょっと機嫌は悪い」

 カーラの吐息が、向こうからかすかに聞こえてくる。またやってたのか、この人は。

「それで訊きたいんですけど、勇者がこっちで死んだ場合、地球ではどうなるんですか?」

「死ぬ。魂と肉体が切断されたわけだからな」

 やはり死ぬのか。やはり殺人になるのか。賞罰欄に殺人はないが、正当防衛になるのだろうか? 結構一方的だったが。

 それを尋ねると、犯罪者を殺しても殺人の賞罰はつかないという。その辺りは柔軟なシステムだ。

 あと、戦争でも殺人の賞罰はつかないらしい。戦争なら、法に反しているわけでもないからだ。

「それと重要なんですが、帰還した場合、記憶とか能力とか祝福とか技能とかはどうなるんですか? 普通に地球に帰還したら、えらいことになると思いますけど」

「ラナとテルーに結界を張らせたので、こちらの世界で得た物は剥ぎ取られる。細かい調整は地球の神任せだが」

 まあそうしなければ、地球は大混乱だろう。超人が何人も出現することになる。



「機嫌が悪そうだな」

「初めて人を殺しましたからね」

 これは精神耐性でどうにかなるものではないだろう。

 混乱などはしていない。ただ、気分が悪いだけだ。

「何事も慣れだ。嫌なら圧倒的に強くなって、一方的に帰還を承諾させればいい」

 死んだほうがマシという目に遭わせれば、それは帰還したくもなるだろう。

「分かりました。報告は以上です」

「そうか、頼むぞ」

 切る瞬間またカーラの嬌声が聞こえた気がしたが、ナニをやってるんだろうね、あの人も。

 ……いや、ナニをしてるんだろうけどさ。



 野営地に戻ったセイは、遅れて食事を始めた。

 マコと自分は顔色が悪いと分かる。マコの食欲がないというのは、よほどのことだ。

 そこでセイは食事を終えた後、特性の魔法を使って見せた。

 珍しくカーラではなく、リアから教わった魔法だ。

 その名も風呂魔法!

 土と水と火の魔法を合わせて、一瞬で湯船を作る。壁を作ってあるので、覗き対策もばっちりだ。いや、仲間の男性は、全て種族が違うのだが、気分の問題である。

「やった! 嬉しい!」

 女の子はお風呂好きである。それはしずかちゃんの時代から変わってない法則である。

「入ろう入ろう」

 マコはセイの手を引いていく。



 え? 一緒に入っていいんですか?

 それはまあ大きな湯船ですから、入れますけどね? いえいえ、そんなつもりで大きく作ったわけではないですよ?



 鎧と服と下着を大胆に脱いだ少女の肢体が、月明かりの下に晒される。

 しなやかでのびやかで、まだ未完成な青々しさ。それゆえのエロティック。

(女の子サイコー!)

 魂で絶叫しながら、セイはマコと背中の流しっこなどをするのであった。

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