最二部 神竜の騎士 迷宮都市
第135話 14 リザードマンの戦士
街道に行き倒れている、長身のリザードマンの戦士がいた。
「……なんか前にも、似たようなのを見た気がする……」
「お腹すいたのかな」
セイとマコは呟いた。
御者席のククリは振り返って意見を求めるが、セイは既にその戦士がどういう状態か鑑定していた。
脱水症状である。熱中症でもある。
「脱水症状か……。まあ黒いリザードマンは、渇きに弱いはずだしね。でも大概は水の魔法が使えるはずなんだけど……」
ククリは首をひねっているが、セイの鑑定によると確かに、水魔法の技能は持っていない。
賞罰欄に悪いことは書かれていないので、セイはそのリザードマンの男に歩み寄った。
「大丈夫ですか~?」
「み……水をくれ……」
死にそうなリザードマンに、セイは水筒を渡す。ごくごくと喉を鳴らして飲み干したので、ついでに水の魔法で頭から冷やしてみた。
「すまん、助かった」
しばしの後、回復したリザードマンは改めて座りなおし、セイに深々と礼をした。
鑑定して分かっているのだが、このリザードマンは強い。それも無茶苦茶に。
セイよりレベルが高く、技能もあり、素の能力値も高い。おまけに種族特性か、硬鱗という祝福を持っている。
背に大盾を負い、鎖帷子に武器は曲刀。相当守備に力を入れた装備である。
「改めて名乗ろう。ケイオスだ。冒険者をしている」
事情を聞くと、ケイオスは旅の途中だったようだ。
この道中では珍しくも魔物の群れに遭遇し、それを蹴散らしたまでは良かったのだが、水袋を破損してしまったそうな。
「不覚だった……」
街道沿いなら、途中で村なり川なりがあるし、旅人とすれ違うこともあるだろうと思っていたのだが、実際にはなかった。
なんとも運の悪い理由で死に掛けていたのを、セイたちが救ったというわけだ。
「歴戦の戦士でも、渇きで死ぬときは死ぬからね……」
不死身であるセイは、そう言ってケイオスを慰めた。
「それで更に頼みごとがあるのだが、水筒と水に予備があれば譲ってもらえないだろうか。もちろん対価は払う」
「ちなみにどこまで行く予定なんですか?」
「ドワーフの里だ」
セイとマコは目を見合わせた。ガンツが幌馬車の前面から出てくる。
「二日で着く」
歩いて二日の距離である。いくらリザードマンが渇きに弱くても、二日ならなんとかなるだろう。
「おお、ドワーフもいたのか。それなら尋ねたいのだが、ドワーフの里に剣神様がいるというのは本当だろうか」
剣神。
間違いなくリアのことである。そこを訪れるとなると、だいたい事情も分かってくる。
弟子入りか道場破りか、それとも武器を作ってもらうか。
「リアさんに何の用ですか?」
注意深くマコが問うと、ケイオスは喜んだようだった。リザードマンなので表情はよく分からなかったが。
「おお! 剣神様の知り合いなのか! それではやはり、そこにおられるのだな!?」
タイミングの悪いリザードマンである。
セイたちが出発したのに合わせて、リアは各地の神竜や知り合いとコンタクトを取るため、飛び回っているはずだ。もちろん勇者対策のために。
「今はいませんよ」
がっくりとうな垂れるリザードマンに、セイは優しい声をかける。
「そんなに会いたかったんですか? 何のために?」
「うむ、実は私は探索者も兼ねて、不死の迷宮に挑んでいるのだが……」
そしてケイオスの事情が説明された。
ケイオスは竜骨大陸の南東の湿地、リザードマンの集落に生まれた。
抜群の戦闘の才能があり、魔法も使える。だが彼は異質だった。
水の魔法が使えず、火の魔法が得意だったのだ。
水竜ラナの眷属として、これでは情けないと、修行の旅に出ることにした。
旅の途中で、なぜ水魔法が使えないのかは、すぐに判明した。
彼にはなんと、火の加護という祝福があったのだ。
火に強く、火の魔法を覚えやすい。砂漠のリザードマンの持つ特徴と同じである。
湿地のリザードマンとしては、なんとか水の魔法を覚えたいと思ったが、訓練しても上手くいかない。
そんな彼が知ったのは、不死の迷宮の噂である。
不死の迷宮。あるいは試練の迷宮とも呼ばれる。
この迷宮の最大の特徴は、中で死んでも生き返って、迷宮の外に放出されるというものである。
ちなみにその場合、所持金全部と装備全部を、剥ぎ取られるのだが。
その迷宮を踏破したものは、神にも近い存在から、願いをかなえてもらえるという。
ケイオスはそれを聞いて、あるいは一人で、あるいはパーティーを組んで挑戦したのだが、どうしても途中で止まってしまう。
そこで一度自分の実力を見直そうと、剣神と呼ばれる存在に弟子入りするため、旅立ったというわけである。
「話は分かりましたが、さっきも言ったとおり、リアさんは今いないんですよ」
マコが慰めるように言うと、ケイオスは溜め息をついた。
確かにこのリザードマンなら、リアに鍛えてもらえばすぐに強くなるだろう。だが今のリアは忙しいのだ。世界の危機だからして。
……そもそもリアの修行に、耐えられるかという問題もあるが。
「あの、良かったら一緒に迷宮に潜りませんか?」
一行のとりあえずの行き先はそこだ。武器を卸す予定になっている。
ついでに迷宮に挑戦してみろと、セイは言われている。実際の戦闘を経験するために。
セイの提案に、ケイオスは黙り込んだ。
若い人間の少女が二名、ドワーフとハーフリング。
正直、深い階層まで潜れるメンバーではないと思ったのだ。
「こう見えても剣神の弟子ですから、結構強いですよ?」
「剣神様の?」
ケイオスは首を傾げた。
立居振る舞いから、それなりの腕だとは分かる。
だがセイからは、強者につきものの、覇気とでもいうものは感じられない。
むしろ槍を持った少女の方が、そういった分かりやすい強さを感じる。
「試してみますか?」
「ふむ、そうだな……」
そして二人は向かい合った。
「本気で来てください。じゃないと意味がありませんから」
「む、分かった」
侮るでもなく、ケイオスは曲刀を構える。
それに対して、セイは無造作に接近した。武器も構えていない。
あまりにも無造作だったので逆にケイオスは警戒したが、間合いに入れば自然と体が動く。
曲刀の刃をセイは最小限でかわそうと……しなかった。
むしろ刃に当たりに行った。思わず武器を引くケイオスの喉元に、いつの間にか持っていた短剣が突きつけられる。
セイの勝ちである。
「本気じゃなかったですね?」
「いや、まさか当たりにくるとは思わなかったのでな」
思わず引いてしまったのだ。
「もう一度やります?」
「そうだな。それと、治癒魔法を使える者はいるか?」
セイとマコが手を上げると、ケイオスは息を整える。
「今度は少し、痛くなるかもしれんからな」
無造作に接近したセイの右腕を、ケイオスの槍は叩き折っていた。
そしてセイの左手に握られた短剣が、ケイオスの喉元で止まっていた。
セイの勝ちである。
折られた腕を治癒するセイに、ケイオスは嘆息した。
確かに手合わせでは負けている。だがこれが実戦だったら、ケイオスは勝っている。
いや、そうでもないのか。多少の痛みを我慢して攻撃できるのなら、同じようにケイオスを倒せるのだろうか。
治癒で癒せるのが前提なら、致命傷以外は無視して攻撃すればいい。
だがそれを強さと言えるのだろうか。
「ちなみに俺の祝福は不死身です」
その言葉に、ケイオスはあんぐりと口を開けた。
結局ケイオスは同行することとなった。
セイのでたらめな祝福もだが、マコが勇者だと聞いたからだ。
槍を持ったマコは確かに、分かりやすい強さでケイオスと攻防を繰り返した。
鼻息を荒くしたガンツとも戦ってみたが、荒削りな中に秘めた物がある。
今までに組んだパーティーの中では、おそらく一番強い。
「じゃあおっさん、よろしくな」
ククリがそう言って締めたが、ケイオスはそれに不満がある。
「私はまだ25歳だ。おっさんと呼ばれる年ではない」
リザードマンの寿命はおよそ100歳。確かにおっさんではないだろう。
むしろククリの方がおっさんであった。
街道を馬車は行く。
ククリに習って セイたちも御者をしてみたりする。
天気には恵まれている。季節もいい。
そんな中、セイのマップには、接近する集団が見えている。
「ん? 騎兵?」
目のいいククリが、彼方の丘から接近する騎馬集団を発見していた。
「大丈夫、騎士が率いている。巡回してるだけだと思うよ」
「分かるのか?」
「俺の祝福の一つでね」
確かに接近するのは、騎士に率いられた10の騎兵であった。
ククリはゆっくりと速度を落とす。正面に騎士が立ち、既に止まっている馬車に「止まれ!」と声をかけた。
「子供……ではないな。ハーフリングか? 何処へ行く?」
「迷宮都市だよ」
「ふむ、冒険者か? 荷を検めるぞ」
騎兵が幌馬車の中を検めるが、特に問題のあるものなど積んでいない。むしろ何もない。
「隊長、何も積んでいません」
「何も積んでいないだと?」
隊長と呼ばれた男の目が、鋭くなる。
考えてみれば水や食料も積んでいないのは、逆に不自然だった。
「俺が宝物庫を持ってるんでね。荷物はその中なんだ」
セイが言う。若干嘘が混じっているが、試しに予備の武器などを出してみせる。
「……身分証明証はあるか?」
セイが持っているのは三つ。一つはドワーフの里のギルドで発行されたものだ。そして残り二つは……。
「これでいいかな?」
セイの差し出した金色のプレートを見て、隊長の顔色が変わる。内容を確認して、さらに表情が変わる。
「どうかな?」
「失礼しました! お通りください! あと、この近辺で盗賊が見かけられていますので、ご注意ください」
「ありがとう。じゃあ、お仕事頑張って」
プレートを仕舞ったセイに、仲間たちが疑問の視線を向けてくる。
仕舞ったばかりのそれを、また出して見せていく。一番驚いたのはケイオスだった。
「オーガスの……公爵?」
「貴族なんだ? なんで?」
そんなマコも実は、ネオシスで騎士叙勲を受けている。
ガンツは顔色も表情も変えない。この一貫しているところは凄い。
「師匠が、身分証明証がいるだろうって作ってくれたんだ」
「そうか、剣神様は元は、オーガスの建国者であられたな……」
「そうなの? なんだかそんな感じじゃなかったけどな。カーラさんが実は王女様って言うなら、それは納得なんだけど」
マコのひどい言い様に、一応セイは擁護する。黒い鎧にマントを着用したリアは、確かに貫禄があった。
「貴族かあ。あ、それなら貴族特権使えるね」
ククリはくししと悪い笑顔をして、結局ケイオス一人が考え込んで、旅は続いていくのだった。
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