第134話 13 旅立ちの日

(女の子って良い匂いだ…)

 マコに抱き枕にされながら、セイは絶頂を味わっていた。

 並べられた布団に、セイとマコは入った。それだけでも興奮したが、マコが話しかけてきたのだ。

「ねえ、一緒に寝たら駄目かな」



 もちろんいいですとも。何も問題はありません。

 だって自分、女の子ですから!



 マコはすうすうと穏やかな寝息を立てていたが、セイは緊張のあまり眠れない。

(こ、こういうのに対する精神耐性ってないのかな!? むしろない方がいいのかな!?)

 ばっくんばっくん心臓が動いているセイだが、マコがう~んと起き上がったので、さらに緊張した。

 マコはセイが起きているのに気付いていないのか、部屋を出て行く。

(お、おしっこかな?)

 しばし待ったが、帰ってこない。セイは好奇心を抑えきれず、部屋をそっと出ようとする。



 ……マコはリアとカーラの寝室を覗いていた。

 そして鋭敏になったセイの聴覚は、わずかなカーラの嬌声を聞き取る。

「リア、駄目です……二人が……」

「ここは駄目とは言ってないが?」

「でも……うん! お腹の子に……」

「だから優しくしてるだろう?」

 ……うん、状況は分かった。

 そりゃ二人は夫婦ですからね。夜の営みもあるでしょうよ。

 でもマコさん! あなたそれ見ながら自分でも慰めてますね!?



 もはや完全に覚醒したセイは、カーラとマコが果てるのに合わせて、慌てて布団の中に戻った。

 しばらくしてマコが戻ってきたが、セイを包むその体は、完全に雌の匂いを発している。

(眠れねえええっ!)

 セイは翌日、寝不足なまま修行に入り、とりあえず一回殺された。これで頭もすっきりだ。

 ……ちょっと不死身の使い方を間違えている気がするが、気のせいだろう。







 朝食の席に座る。リアとカーラは仲良く並んで座っている。人数が増えたので今日からはテーブルだ。

 彫刻のようでいて穏やかさを感じさせるカーラからは、あの声から想像される痴態は感じられない。

 隣のマコも何食わぬ顔でパンに手を伸ばす。

「二人とも、盗み見や盗み聞きは感心しませんね」

 ごく普通の声音で、カーラが場を凍結させた。

「まあ、思春期だし、仕方ないだろう。なんなら相手してやろうか? いっそ4人全員で――」

 その瞬間カーラが、リアの口の中にパンを突っ込んだ。



 その日セイは、マコと模擬戦をした。

 マコの得物は槍だ。別に剣でも良かったのだが、近い距離で戦うのは怖いと、槍を選んだらしい。女の子らしい理由である。

 だが筋力は女の子のものではない。さすがはセイに並ぶ能力値で、暴風のように槍を振り回す。

 しかし単に速くて重いだけでは、セイの敵ではない。

 木刀を槍に絡めて、そこから接近戦に入る。

 体術も駆使して両者が武器を放すと、そこから背負い投げで床に叩きつける。

 もちろん相手は女の子なので手加減した。



「ふあ~、強いねえ」

 マコは感心するが、そんな彼女も、騎士たちに比べればはるかに強い。

「あまり時間もかけられないからな。槍と短剣をメインに鍛えてやる」

 リアがマコを教える間、セイはガンツを相手とする。

 相変わらずやりにくい。斧もそうだが、盾を叩きつけてくる攻撃が厄介だ。

 何よりダメージが通らないのが辛い。不死身の自分と戦う敵は、多分こんな気持ちになるのだろうと思った。







 午後からはカーラ先生の魔法教室である。

 マコも熱心に聴いている。分からないところは積極的に質問する。

 この日カーラは、重要な魔法を教えた。

 自分のステータスを偽装隠蔽する魔法である。相手が鑑定を持っていた場合、非常に有効な魔法だ。

 授業が終わると、それまでカーラから学んだ部分を、セイがマコに教えていく。

 他人に教えることで自分の復習にもなる。効果的な勉強だ。

「固まって飛ばされた連中もいるらしいな……」

 リアとカーラはキッチンのテーブルで、地図を睨んでいる。

 おそらく次の勇者を、どう回収するかを考えているのだろう。地理的なことは分からないので、二人に任せるセイである。



 魔法の勉強が一段落したら、4人で揃ってテレビを見る。

 マコはテレビがあることに驚いていたが、これも魔法だと納得させた。

「ニホン帝国やガーハルトでは宇宙開発の話も進んでるんだぞ」

 もはや地球とどちらの文明が上か、分からないほどである。それでも戦争で剣や盾が役立つのは、魔法が関連しているからだが。

 戦争の結末を決めるのは、やはり陸上戦力なのである。

「あ~、ネオシス滅亡か……」

 リアが残念そうに言ったのは、勇者召喚の儀式を行った国が、悪しき神々の陣営によって占領されたというニュースを見たからである。

 マコは辛そうな顔をしている。おそらく親しくなった人もいたのだろう。それでも勇者を転移させてくれたのだ。

「でも竜の怒りで、神も倒されたみたいですね」

「アホだなあ。竜が巣に戻るまで待っていれば良かったのに」

「人間側としては幸運ですね」



 まだテレビを見たそうなマコを連れて、二人は布団に入る。

「皆、大丈夫かな……」

 小さな声でマコが呟く。おそらくクラスメイトには友達もいたのだろう。

「大丈夫だよ、きっと。勇者は強いんだから」

「うん……。そっち行っていい?」

「いいよ」

 セイの布団に潜り込んで、マコはへへと笑った。

「それにしてもリアさんとカーラさんが、あんな関係だと思わなかった。カーラさんのお腹のお父さんって誰なのかな?」

 そこでセイは、リアが竜についての知識をマコに教えてないことに気付いた。



 教えたらまずいだろうか。いや、特に止められてもいないし、不都合はないと思う。

 そしてセイが竜の生態について教えると、マコは当然のごとく驚いた。

「へえ、するとリアさんがお父さんなんだ」

「お父さんというか、親父っぽいよね、あの人」

 セイの言葉に、マコはくすくす笑う。

「女の人同士ってどうなのかな?」

 薄暗闇の中で、マコがセイを見つめる。

「本人たち次第じゃないかな。俺は結構好きだけど」

「え、セイちゃん大丈夫なの?」



 むしろ大好物です。

「じゃあ、ちょっとだけ、試してみない?」

 マコの囁き声に、セイは硬直する。

「嘘ウソ、軽い冗談だよ」

「え、結構残念なんだけど」

 思わずそう言って、セイはマコを見つめる。マコもセイを見つめてきていた。

 マコが頭を動かして、軽く唇を合わせた。

「へへ、キスしちゃった」

「俺、ファーストキスだったんだけど」

「偶然だね、あたしもだよ」

 セイは少し体を起こし、マコに覆いかぶさる。

「え、何、この先もしちゃうの?」

「だ、駄目かな?」

「う~ん、ちょっと興味はあるけど……」

 これは押すべきだと、セイは判断した。

 マコの柔らかな膨らみ、髪の匂い。震える吐息。



 そして全てを台無しにして、勢い良く襖が開いた。

「他人の家でやらしいことしてる、悪い子はここかー!」

 大魔王のように立つリアは、カーラに耳を引っ張られて寝室のほうへ消えていった。

 呆然としていた二人。そのうちマコがへらりと笑った。

「寝よっか。そんな雰囲気じゃなくなっちゃったね」

 セイはまだその気があったのだが、マコはおやすみ~と言って、すぐさま夢の世界へ旅立っていった。

 初めて本気で師匠を恨みつつも、セイは素直に眠りに就いた。血の涙を流していたのは彼女だけの秘密である。







 おそらく、死んだ回数は千回を超えたろう。

 その日セイは、初めてリアに傷を与えることに成功した。

 にやりと笑った師は、即座に反撃してセイを殺したが、本当に嬉しそうだった。



「28日か……。まあ、これでいいだろう」

 セイがこの世界に送られて、それだけの日が過ぎていた。

 体感的には数年ほど経過している気がするのだが、実際はわずか一ヶ月足らずである。それにセイの外見もほとんど変化していない。

 だがこれは分かる。セイの祝福に『不老長寿』というものがあるからだ。暗黒竜の血族により発生した祝福らしい。

「あまり時間をかけても仕方ないしな。勇者を殺してこい」

「いや、出来れば話し合いで解決しますけどね」

 旅の同行者はマコ、そしてククリとガンツである。



 ククリの幌馬車に3人が同乗して行くのだが、それぞれにメリットがあった。

 セイとマコは野営の仕方を、旅なれたククリに教えてもらえる。ガンツは修行の旅だ。

 ガンツを加えた三人は、旅の護衛になる。またセイの無限収納に、荷物を収納出来る。

 そしてククリは、この旅に可能性を見ていた。始まる前の物語の可能性を。



 4人は新品同様の装備に身を固めていた。全てリアが用意したものである。

 そしてリアから渡されたのは、それだけではない。

 転移石。勇者探しの旅が順調に進まない時、一度戻ってくるための魔法具である。

 そしてついでに、こっそりセイにだけ渡された物がある。

 セイはその存在を知っていた。もっとも利用したことはなかったが。

 それはある時は水筒代わりに、またある時は土嚢代わりに使える、ゴムで作られた品物である。

「お前がナニ出来る時は、必ず相手が妊娠するタイミングなんだから、必ず使えよ」

 セイは無言で頷くと、それをフォルダの隔離された奥に入れた。



「頼んだぞ~」

「気をつけてね~」

 リアとカーラ以外にも、多くの住人が門の前で手を振っている。

「大丈夫でしょうか、皆」

「信じるしかないな」

 リアとカーラは呟く。マコから聞いた今回の勇者は、どれもこれも壊れた性能を持っていた。下手をすれば、神に至る可能性も高い。

 だがセイにはそれに対する攻略法も授けてある。あとは、分からない能力を持っている者に、その場でどう対処するかだ。



 見送る者たちに手を振り返し、幌馬車は街道を行く。

「さあ、冒険の始まりだ!」

「レッツゴー!」

 セイとマコの声が、草原に響く。

 時に統一暦6004年の初夏のことであった。



   旅の準備編  了

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