第133話 12 腹ペコ勇者

「おい、大丈夫か。しっかりしろ」

 リアが声をかける。飢餓状態というのだから、空腹よりもひどいはずだ。

「お……お腹すいた」

 リアが抱き上げると、少女の顔が露になった。

 鑑定はさすがに相手の容姿までは示してくれない。髪を肩口でそろえた、可愛らしい少女だ。年齢は16歳。

 直接鑑定で見ても、称号に勇者がある。これで間違いない。

「すぐに食わせてやるからな。あと少し我慢しろ」

 リアはセイと合わせて転移する。場所はドワーフの里の食堂だ。



「うう、食べ物……」

 瞳に光が戻る。匂いにつられているのだろう。

「大将! なんでもいいから、すぐに食えるもの作ってくれ!」

 リアの叫びに、料理人はおうと応えた。

 セイは最初はスープの方がいいんじゃないかと思ったが、少女は持ってきた料理をガツガツと問題なく食べ始めた。

 ものすごい食欲だ。追加で注文を出すが、すぐに少女の胃の中に収められていく。

 異常である。おそらく自分の体重以上に食べている。それでも満足しない。



 周囲の視線が集まり、少し余裕が出来てきたのだろう。少女の食べるペースが落ちてくる。

 それでも食べすぎだ。地球でフードファイトに出場すれば、優勝は確実だろう。

「あ、あの……」

 とりえず満足したのか、山のように積まれた皿を両脇に、少女は頭を下げた。

「す、すみません。あたしお金持ってないんです。この鎧と槍を売れば、なんとか足りるかもしれないんですけど……」

「多少の事情は分かっているから気にするな。食事はもういいのか?」

 動揺することなくリアは言ったが、セイは呆れていた。

「え……いいんですか? じゃあもう少しだけ……」

 そのもう少しとは、セイの一日分ほどであった。







「改めまして、ありがとうございます。椿真子と申します。職業は現在無職ですが、力仕事には自信があります。紹介してくれたらなんでもやりますが、でもえっちなのだけは勘弁してください」

 マコはそう言ってリアに頭を下げた。セイは呆然としながらも、マコのステータスを確認する。

 祝福に『暴食』というのがあった。おそらくこれが、尋常ではない食欲の理由なのだろう。

「私はリア、こちらはセイだ。それで、お前は勇者で間違いないな?」

 マコは少し驚いたようだが、頷いて肯定した。

「竜に王国が襲われ、転移の魔法で飛ばされた。これも間違いないな?」

「はい、間違いないですけど、どうして知ってるんですか?」

 そこでリアはセイに目を向ける。説明はお前がしろということだろう。

「俺の名前はセイ。地球では小島聖という名前だったんだけど、今はセイ・クリストール・パーラと名乗ってるんだ」

「地球……では?」

 マコが首を傾げる。それはそうだろう。

「え? 勇者じゃないですよね? ……ひょっとして、他の国で召喚されたとか?」



 それに対して、セイは説明を始めた。

 地球で事故にあって、神様に勇者を連れ戻すよう言われたこと。

 このまま勇者がいては、地球に危機が訪れること。

 帰るのに同意してくれれば、帰還石で帰せること。

「帰れるんですか! 良かった!」

 マコは立ち上がって喜んだ。少し泣いている。

 一方セイも安堵していた。この様子なら、すぐにでも帰りたいと言うだろう。

「それじゃあ、早速だけど帰還する?」

 セイの言葉に、だがマコはすぐには応えなかった。



 腕を組んで考えるマコ。何か問題があるのか。

「あたしの他にも勇者が召喚されているのは知ってるのかな?」

「ああ、36人だろ?」

「うん。実はその中に、ちょっと……かなり素行に問題のある人が何人かいるんだよ」

「不良とか?」

「そう、地球では不良で済んだんだけど……こっちの世界に飛ばされてから、制御が利かなくなったというか……」

 嫌な予感がする。勇者であることを掲げ、特権を享受するような輩であろうか。

「その……街の人に因縁をつけたり、女の人にえっちなことをしたり……」

「まあ、そういうやつらもいるだろうな」

 リアは流すが、セイはそういうことに潔癖な青少年である。

 女の子は幸せになってほしい! 出来れば可愛い女の子と!



「許せないな……」

「うん、だから出来ればあたしも、そいつらを帰すのに協力したいかなって」

 なるほど、責任感が強いのか、それとも同じ地球人として恥ずかしいのか。とにかくセイは理解出来る。

「どうでしょう、師匠」

 セイの問いかけにリアは、いつの間にか注文していた食事をしながら答えた。

「まあ問題はないだろう。10年以内に帰せなければ、その最初の一人になってもらえばいいし。ただ、危険だぞ?」

「大丈夫です! こう見えてもあたしは、結構強いんですよ」



 そう言われて鑑定してみたセイは驚いた。

 先ほどの死に掛けた状態に比べて、能力値が大幅に上昇している。それこそセイと同じぐらいに。

 なるほど、これが勇者か。

「暴食の祝福か。……食べれば食べるほど強くなり、食べた物によっては祝福や技能を得ることもある。デメリットは腹が減ってると、能力値が減少することか。一日抜いただけで飢餓状態になるのも悲惨だな」

「あれ? 何で知ってるんですか?」

「私は竜眼という祝福を持っていてな。それでお前の祝福を見ただけだよ」

 ほえ~と感心しているマコだが、リアは彼女の祝福の危険性に気付いていた。

 食べれば食べるほど強くなる。もし竜を食べたら、神を食べたら、どれぐらい強くなるのか。

 考えすぎかもしれないが、この少女は神に至る手段を持っているのではないか。



「それじゃあ、しばらくは私の家にいるといい。セイと合わせて、少し鍛えてやろう」

「いいんですか! ありがとうございます」

 セイもまた、喜んでいた。

 女の子登場である。しかもけっこう可愛い。

「さて、それじゃあまだ今日のノルマは終わってないな」

 リアは勘定を済ませると、青ざめたセイを引き連れて家に戻った。

 何も知らないマコは、普通にその後をついていった。







 いつものごとく、ククリとガンツが店にはいた。

「お帰りなさい。お客様ですか?」

 カーラは微笑をもってマコを迎える。マコは美人に対して、緊張しながら挨拶をした。

「勇者の一人だ。少し面倒を見ることになった」

 がしがしとマコの頭を撫でながらリアが補足する。

「そうですか。部屋はセイと一緒でいいですね」

 え? とセイは驚いたが、今は自分は女の子である。

 ビバ! 女の子! 女の子と一緒の部屋で眠れるなんて!

 ……どうせナニはないのであるが。



 そして神聖なる時の間に、カーラ以外の5人の男女が揃っている。

 とりあえず一回、セイは殺された。

「え? ええ~!?」

 致命傷を与えられたセイに、マコが駆け寄る。初歩の治癒魔法をかけるが、それではどうにもならない状態だ。

 そのはずなのにセイは復活した。真上にマコの顔があるので驚いたが。

「え? 生きてる? ひょっとしてここでは死んでも生き返るとか?」

「あ、言ってなかったっけ。俺、不死身なんだ」

 目を丸くして驚くマコを見て、セイは少し楽しかった。だが話はそれでは済まなかった。



 召喚された勇者の中にも、不死身の祝福を持つ者がいるらしい。

 何をされても死なないので、本人は喜んでいたという。だがそれは最初だけだった。

「ある日レベルを上げるため、近くの森に幾つかの班に分かれて入ったんですけど、強い狼の群れみたいな魔物に襲われて……」

 その勇者は、自分はどうせ死なないからと、一人で魔物に立ち向かい、他の者を逃がした。

 救援部隊が組まれ、すぐにその場へ直行したが、彼らが見たのは、延々と内臓や肉を食われ続ける不死身の勇者であった。

 食われている間にも、意識のある時間があったらしい。

 救出されて治療はされたが、勇者は――その少女は狂ったらしい。



「不死身って、そんなにいいもんじゃないよ」

 マコは断言した。その様子を知るがゆえに。

 セイは身震いしたが、自分は既に何百回か死んでいる。その中には全身をボキボキに折られて最後に止め、というパターンもあったはずだ。

「なんで俺、狂ってないんでしょう?」

「まずは、そもそもセイのメンタルが強かったということだな」

 リアは冷静にそれを分析した。

「そして発狂耐性があるから、狂いにくい。またほぼ一瞬で死んでいるから、意識を失うまでがすぐだ。あとは死んだらすぐに治癒、再生しているというのもあるな」

「え~と、俺、気絶耐性ってのが上がってきてるんですけど……」

「それを上回る攻撃で気絶させているんだ。優しいだろう、私は」

 にっかりと笑うリアに対して、セイは乾いた笑みで応えた。







 結局その日も、セイは何度も殺された。もはや慣れたものである。

 でも生きながら食われるというのは、さすがに体験したくない。

「まあ、ここまで徹底的に鍛えるのはお前が初めてだしな」

 普通の弟子入り志願者には、リアは死ぬか生きるか微妙なラインの鍛え方をするらしい。

 それでも数日で逃げ出すのがほとんどなのだが、セイの場合は「普通なら死ぬ。普通じゃなくても死ぬ。むしろ生きているほうがおかしい」と言うレベルの修行である。

 不死身であることを前提とした修行など、リア自身でさえ行ったことは無い。



 だが、だからこそ精神が狂わない限り、セイにはリアにも匹敵する可能性が残されている。また精神の異常に対する耐性もある。

 ベースとなる力も竜の血で与えられている。セイ自身が諦めない限り、どこまでも強くなる可能性がある。

 そしてセイは諦めない。

 自分でもどうして諦めずにいられるのか疑問に思うのだが、とにかく頑張れてしまうのだから仕方ない。

 全身の骨を折られても、まだ先がある。

 折れたままの腕を振り回し、リアへと攻撃する。

 足が折れても這いつくばって攻撃する。どうせ後できちんと治してもらえるのだ。



 マコはもちろん、見慣れたはずのククリやガンツも青い顔になるぐらい、セイは頑張ってしまった。

 そうだ。これはいい機会なのだ。腕がなくなれば足で、足がなくなれば歯で、相手を攻撃すればいい。

「一つ壁を越えたな」

 嬉しそうな声と共に、リアの木刀はセイの頭を破壊した。

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