第132話 11 神竜の騎士

 もはや死ぬのが日常的になり、当たり前のように甦る日々を過ごす。

 暗黒竜の血族という祝福の影響か、他にも色々な祝福が増えている。

 技能レベルも各種上がり続け、レベルもささやかながら上がり、なんとガンツとまともに殴り合えるようになった頃。

 珍しく真剣な顔で、リアはちゃぶ台越しにセイと向かい合っていた。

 いや、どうでもいいことで真剣になるリアであるから、真剣な顔自体は珍しくないのだが。

 カーラもちょっと憂鬱そうな顔をしているので、本格的に問題が生じたらしい。



「勇者どもが転移した」

 どういうことかと無言で続きを待っていると、リアは詳しい説明をしてくれる。

「召喚した国……えっと……」

「ネオシス王国です」

「そう、その王国がラナ配下の竜によって滅ぼされたんだが」

 国を滅ぼすのか、竜。

 しかも神竜ですらなく、配下の竜であるのに。

「そのネオシス王国から、勇者が世界各地に転移したんだ」



 それは王国にとって、人類のためを考えた末の手段だったのだろう。

 悪しき神々と戦うための勇者。それを生き延びさせるというのは、人間の立場からすれば納得出来る。

 だがセイの立場からすれば、世界各地というのが問題だ。

 ネオシス王国にいてくれれば、一度に対面して、帰りたがっている勇者をすぐに帰せた。

 だが世界各地に飛ばされたなら、セイも世界各地を巡らないといけなくなる。

「一応サージが転移先を追ってくれたんだが、全ては追いきれなかったんだ」

 無地の世界地図に、34箇所の点がある。

 数が合わないのは迷宮にでも飛んでしまったのか、それとも事故で消滅したか。また魔法での追跡が不可能な祝福を持っていたり、認識阻害の祝福を持っていると考えられる。

 そしてこの里のすぐ傍にも、転移した点が一つある。



「予定を先取りして、この点だけは処理しておきたい」

 そう言ったリアはセイの額に触れる。

「神竜レイアナの名において、汝を騎士に任ずる」

 かすかな光がセイの中に入る。特に強くなった気はしない。

 ステータス画面を見ると、称号に『神竜の騎士』と言うのが加えられていた。何この中二心をくすぐられるネーミング。

「これでお前は騎士になった。以後はセイ・クリストールと名乗るといい」

 騎士と言うからには貴族に準ずるものなのだろう。ハーレムルートが開いた気がする。

「それと、身分の保証だな。先にそっちを済ませるか」

 リアはセイの手を取ると「ちょっと行ってくる」と言って転移した。







 白亜の王城の前に、二人はいた。

 リアはいつもと違い、漆黒の鎧に身を包み、裏地が赤い黒マントまで身につけている。

 セイもまた、同じような防具を身につけている。マントはないが。

「え? どうやって?」

「無限魔法で作ったんだ。サイズは合っているはずだが」

 この鎧、皮製っぽいが柔らかく硬い。

 変な表現だが、動きを阻害せずに攻撃を防いでくれると言うか。



 リアは王城に向かって進み、セイもそれに続く。

 当然のように衛兵に止められる。

「止まれ! 何者か!」

 実直に任務を果たす衛兵に、リアは懐から出した短剣を見せる。

「始祖リュクレイアーナである。通るぞ」

 リアの威圧が、衛兵の動きを止めた。

 そのまま王城に入っていくリア。セイは「お邪魔します」と言いつつそれに続く。

「ここ、どこなんですか?」

「神聖オーガス帝国の首都、マネーシャだ。私の……いや、私たちが作った国だ」



 リアはずんずんと勝手知ったる王城を進む。

 途中で止められることもあるが、威圧してその相手の動きを止めてしまう。

 やがて顔見知りを見つけたようだ。

「おお、ロビンじゃないか。……禿げたな。皇帝はどこだ?」

 声をかけられた老人はあんぐりと口を開けていたが、すぐに立ち直った。

「これは始祖様。本日はなんの御用で」

「うちの弟子の身分証明証を作ってもらおうと思ってな。貴族にしておいた方が色々と便利だろう」

「は、陛下に知らせてきます。ただいま執務をなされておりますので」

 どたどたと走り出した老臣の後を、ゆっくりとリアはついていく。ちなみにその老臣、鑑定によると帝国の宰相らしい。

 セイは豪勢な城の内装に目を奪われていたが、リアがゆっくりと歩いていくので迷うことはない。



 やがて辿り着いた部屋の前で、先ほどの老臣が待っていた。

 深く頭を下げる老人の薄い頭を、ぽんぽんとリアは叩く。すると死滅したはずの毛根が甦った。

 魔法すげえ。

「おう、遠い子孫。久しぶりだな」

 ノックもせずにドアを開けたリアは、そう言って部屋の中へ入った。

 落ち着いた調度品がそこそこ飾られた、実用的な部屋である。その奥の大きな机を前に座っているのは、鋭い目付きの老人だ。

 セイの鑑定によると、この人物が皇帝らしい。文系官僚的な技能を多数に持っている。

「お久しぶりです、始祖様」

 リアはソファーに座ると、その隣にセイを座らせる。

 立ち上がった皇帝はリアに対面して座った。その後ろに宰相が立つ。







「早速だが、こいつの後ろ盾になってほしい」

 率直なリアの物言いに、皇帝も素早く反応した。

「かしこまりました。公爵の爵位が一つ余っていますので、それでよろしいでしょうか?」

「まあ充分か。ああ、ちなみに役割を振って旅をさせるから、貴族の義務を負わなくてもいいようにしてくれ。領地もいらない」

「はい。では早速」

 皇帝は宰相から杖を受け取り、セイの肩先に触れさせる。

「授爵、パーラ公爵」

 光がセイに吸い込まれる。同時にステータスが更新された。

 身分の欄が平民から、神聖オーガス帝国公爵となっている。名前はセイ・クリストール・パーラとなっていた。

「これでよろしいでしょうか?」

「ああ、ありがとう。ついでに、最近困っていることはあるか?」

「そうですな……。ガーハルトとの間の緩衝地域の国が、多少治安が悪くなっております。仕事が多くて困っているというのは相変わらずです」

「皇太子に仕事は振ってあるのか?」

「まあそこそこに、こなしてはいるのですが……」

「官僚を揃えた方がいいだろうな。何も皇帝が全て、お前のように有能すぎる必要はないのだし」



 セイは宰相に呼び出された騎士によって、宮廷の中を案内してもらっていた。

 リアと皇帝の話が政治向きで長くなりそうだったので、暇つぶしでもしてろということだ。

「それで閣下、あちらが騎士の訓練場です」

 閣下という呼ばれ方は、なんだか急に偉くなったような気がする。調子に乗らないようにしよう。

「凄い熱気ですね」

「は、ありがとうございます」

 訓練を行っている騎士たちは、どれもレベルが高い。平均で50はあるのではないか。

 だが、なぜだろう。

 いまだレベルが30でしかないセイの方が能力や技能が高く、実際に戦っても勝てそうだ。

「あの、私も混ぜてもらって構いませんか?」

 そう尋ねると騎士は驚いたが、責任者の方に駆けて行く。

 やってきたのは明らかに群を抜いた強さを持った騎士だった。実際、レベルも90ある。セイもこれには勝てないと思った。



「閣下……実戦の経験はおありですか?」

 名乗りもせずに、騎士は問いかけてきた。まあ鑑定で名前は分かっているのだが。

 侮られるのは仕方ないだろう。今のセイの見た目は、十代半ばの少女なのだから。

「それが、ないのです。ですから余計に混ぜてもらいたいのですが」

 下手に出たのは効果的だったようだ。騎士団長に呼ばれて、まだ若い騎士がやって来る。

「閣下のお相手をしろ。怪我には注意するように。閣下は剣を使いますか?」

「出来れば木刀を」

 幸いなことに木刀はあった。というか騎士にも刀を使っている者がいる。目の前の相手は刃引きした剣と盾という組み合わせだが。

「それでは、よろしくお願いします」

 剣を立てて宣言する相手に対して、セイも刀を立てて答礼した。







 遅いし、軽い。

 相手の攻撃を回り込んで回避したセイは、相手の両腕と胴を打った。

 セイと同じレベル30の相手だったが、勝負にならなかった。

 鑑定で見ると、能力値と技能レベルが隔絶している。これでどうして自分はレベル30なのか。

 続いて団長が徐々にレベルの高い騎士を呼んでいくが、セイの相手にはならない。

 レベル50の騎士でも、数合打ち合えば、セイが勝つ。ガンツの方がよほど強いのではないか。

 当惑する騎士団長に、声がかけられた。

「団長、そのお嬢さんは神竜の騎士で、暗黒竜の血族だ。おまけに師匠は剣神だ。並の騎士じゃ相手にならねえよ」

 訓練場の奥から現れたのは、少し鎧の形が違う騎士だった。

 セイはお嬢さんと呼ばれたことにも衝撃を受けたが、男の話の内容はもっと衝撃的だった。



 鑑定された。セイはすぐに気付く。

 鑑定し返すと、確かに相手は鑑定を技能で持っている。

 そして能力値とレベルを考えると、セイよりやや強そうだ。

「俺がやる」

 そして木刀を手にした騎士は、セイと相対した。



 刀の扱いは、セイよりも上手い。それは一合打ち合って分かった。

 肉体的な能力も上だ。それに刀だけでなく、蹴りや体当たりも加えて攻撃してくる。

 なるほど実戦的だが、セイは気付いた。

 リアが普段行っている攻撃方法も、実戦に起こりうる状況を元にしているのだと。

 剣術の技能も肉体の能力も相手がやや上、だが純粋に戦うだけなら、セイの方が上だ。

 接近する。相手の体当たりをかわし、セイは相手を投げた。

 地に伏す相手の首筋に、木刀を軽く叩き込む。



 むむとうなった団長は、それこそ自分が相手になろうかと踏み出したが、そこで制止の声がかかった。

「セイ、帰るぞ」

 宰相を伴ったリアがいた。宰相に対して礼をする騎士たちだが、セイはどうしていいか分からない。

「レベル90か。まあそこそこだな。まだ伸び代はあるから励むことだ」

 団長の肩をこつんと叩き、リアはセイの肩に触れる。

「ではまたな」

 次の瞬間には、二人は転移していた。







 二人は南北に向かって続く街道に立っていた。

「そういえば師匠、さっきの模擬戦で気になったんですけど」

「ん?」

「俺より明らかにレベルの高い人が、能力値はずっと下だったんです。何ででしょうか」

「ああ、種族によりベースとなる能力が違うからな。たとえば10レベルの竜と10レベルの人間が戦うと、確実に竜が勝つ」

「俺って、人間じゃなくなってるんですか?」

「いや、人間だとも。だが私の血を飲んだことで、ベースの能力値が大幅に上昇してるんだ」

「人間って、ひょっとして弱いですか?」

「弱いことは弱いんだが……魔法で工夫したり、武器を工夫したりするのはいつも人間だからな。最終的には人間が勝つんじゃないかな」

 いまいち納得出来ないセイだったが、今はそれを考えている時ではない。



「北に向かえばドワーフの里だ。さて、この辺りに勇者が一人いるはずなんだが……」

「マップが使えませんかね?」

「いいな。試してみろ」

 セイはマップを使う。半径20キロ程度の、やや歪な円が地図となって頭の中に浮かぶ。

 生きている人間はいるだろうか? セイの疑問に、マップは答えてくれる。

 鑑定で青い光がマップの中で動いている。これが人間だろう。

 勇者はいないか? 考えて鑑定してみると、一つだけ反応があった。



「南です。街道の上でじっとしています」

「休んでいるのかな?」

 状態がどうなっているのか、マップと鑑定を合わせてセイは確認する。

「飢餓状態です」

「それは問題だ」

 走り出した二人だが、すぐにリアに置いてけぼりにされる。それでも丘を一つ越えたところに、その人物は倒れていた。

 軽装鎧に槍を持っている。幸い獣に襲われた様子は見えない。本当にただの飢餓状態のようである。

(さて、話が通用する人だといいんだけど……)

 セイは期待と不安をもちながら、勇者に駆け寄った。

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