第131話 10 若きドワーフ
ククリは毎日のようにリアの店を訪れた。
生来の盗賊と言われるだけあって、店の商品を前に葛藤していることもあるが、さすがにポッケにないないはしたりしない。
セイとも話を交わすことが多くなった。旅をしているだけあって、各地の事情に詳しい。
「そんじゃ今は修行中なのか」
「ああ、終わったら竜翼大陸に行く予定なんだけど」
「竜翼大陸か~。相当治安も悪くなってるって聞いたな」
「そうなの?」
「兵力が神との戦いに割かれてるからな。盗賊が増えるのは当然のことだろ」
日本で言うなら、警察官が軍隊として動員されるようなものだ。治安を維持する者が減っているということだ。
そんなククリは、しばらくこの里に滞在して、ドワーフの武器防具を仕入れていくそうだ。
比較的近くに試練の迷宮があるので、そこには大きな需要があるのだとか。
どちらかと言うと、リアの冒険譚を聞くのが主な理由のような気もするが、本人にも分かっていないようだ。
「この辺りは平和だよ。辺境に近いとは言っても、オーガス帝国は治安の良さに定評があるからね」
「危ない所を旅する場合はどうするの?」
「そりゃ、冒険者や傭兵を護衛に雇うのさ」
「冒険者! やっぱりいるの!?」
「もちろんいるさ。ここにもギルドはあるだろ?」
「知らなかった……」
ファンタジーの主役と言える冒険者。この世界でも活躍しているらしい。
その目的は遺跡や迷宮、魔境の探索から護衛、お使いと様々だ。
「お前、何にも知らないんだな」
不思議そうにククリは言ってくるが、詳しく聞こうとはしない。
ククリはそんなセイに対して、簡単な常識を教えてくれたりする。
迷宮に潜り、魔物から採取される魔石や素材、宝物を得るのが探索者。
冒険者は探索者も兼ねることが多いが、ギルドが違うと言う。
そして傭兵はまたギルドが違って、何よりの違いが戦争に参加するか否かだ。
「魔物の大発生なんかがあると、冒険者にも非常召集がかかるけどな。お前はやっぱり冒険者になるのか?」
「そうだね、うん、そうだと思う」
「女の冒険者は身の危険が大きくなるから、あんまりお勧めしないけどな。傭兵よりはマシだけど」
そこでククリは、これだけは訊きたいとばかりの顔をする。
「そういえばお前、なんでここに住んでるんだ?」
「リア師匠に武術を、カーラ先生に魔法を学んでるんだよ。それが一段落したら、言ったように竜翼大陸に行くつもり」
そう言うと、ククリは少し悪そうな顔をする。
「なんだか冒険の匂いがするぜ」
どんな匂いなのだろう。
とりあえずククリは、この世界におけるセイの友人第一号となった。
年齢を聞くと29歳だという。ほぼ倍の年齢差があるが、ハーフリングは年の差など気にしない。ちなみに平均的な寿命は200歳ほどらしい。
セイとククリの関係を、リアとカーラは良いことだと認識している。何しろ一人きりでこの異世界にやってきたのだ。友人は必要だろう。
セイの修行は当然続くが、ククリと話していると精神的な疲れが緩和される。人とのコミュニケーションは、やはり重要なことなのだ。
その日もセイは何度か殺され、朝食を食べ、馬を駆けさせた。
店に戻ると、ククリではないが小さな人影がある。
「うす」
ぺこりとリアに頭を下げたのは、ドワーフの青年だった。いや、少年だろうか。
ドワーフは髭のせいで年齢が判別しにくいのだが、彼は明らかに若々しい肌をしていた。
「ガンツ、どうした?」
リアとも顔見知りのようで、軽く声をかける。
「手合わせしてほしい」
「ふむ。いいが、こいつにも見せるぞ」
リアが親指でセイを示す。ガンツは頷くのみ。
神聖なる時の間に移動する。
「ここって3人以上でも入れるんですね」
「精神と時の間ではないからな」
重力が正常どおり、大気濃度も普通に調整される。そしてリアとガンツは向かい合う。
リアはいつも通りの木刀。ガンツは全身鎧に盾、得物は戦斧といったものである。
じりじりとガンツは間合いを詰め、リアの間合いに入る。だがリアは動かない。
自分の間合いに入ったガンツは、素早く斧を振りかぶった。正直、セイの想像以上の速度だった。
それを軽くかわしたリアは、木刀をガンツの頭に叩きつける。
ガンツはそれで倒れた。
「ちょっと師匠! やりすぎですよ!」
慌ててセイは介抱しようとガンツに駆け寄ったが、ドワーフはむくりと起き上がった。
兜を被っていたとは言え、いつもセイが即死させられる攻撃である。事実、リアの木刀は折れている。
「ドワーフがこの程度の攻撃で、死ぬはずがないだろう。ガンツ、まだやるか?」
ガンツは立ち上がり頷く。そしてまた同じような攻防が繰り返された。
10回ほどの同じやり取りがあった後、ガンツはだらんと武器を下げた。
「弟子にしてほしい」
いちいち言葉の短いドワーフである。酒場で見るドワーフは結構陽気なのもいるのだが。
「前にも言ったが、私は斧は専門じゃないし、人間とドワーフでは戦い方も違う。それでも強くなりたいなら、とりあえず走れ」
「ドワーフは遅い」
おそらく足が遅いと言いたいのだろう。瞬発力も持久力もありそうだが、足が短すぎる。
「それでも、だ。だいたい他にもドワーフの猛者はいるだろう」
ガンツは黙ったが、納得した様子ではない。
珍しく溜め息をついたリアは、ふとセイに目をやる。
「セイ、相手してみろ」
渡されたのは木刀である。さすがに真剣ではない。
「あの、俺は防具なしですか?」
「必要ないだろう?」
そりゃ不死身ですから必要ないですけどね。
ガンツは特に文句も言わず、セイと相対した。
直接向かい合うと気付くが、このドワーフはやはり結構強そうだ。ちょこっと鑑定してみたり。
レベルは30。……筋力と耐久力が人間の3倍はある。今のセイと比べても、5割増しといったところか。
ちなみに年齢は20歳。本当に若かった。
それにしてもあんなたおやかに見えても、カーラの方が筋力も耐久力も桁違いで高いというのはファンタジーである。
技能は斧術と鎚術、重量武器を持っており、種族特性か剛力や頑健といった祝福もある。
でも、ドワーフって泳げないんですね。まるで全身が鉄塊のようです。
木刀を構えたセイは、相手の隙を探る。隙だらけだ。まあ、リアに比べれば誰でもそうなのだろうが。
(盾が邪魔だなあ)
「言い忘れていたが、魔法もありでいいぞ」
それならば、とセイは魔法の矢を放つ。誘導機能を付けた矢は、四方八方からガンツに当たる。
だが彼の防御を貫くことは出来ない。ドワーフの全身防具、恐るべしである。
隙を見つけて攻撃するが、盾が邪魔でどうしようもない。フットワークを駆使するが、ガンツの視線は逸らせない。
かなり強くなったつもりでいたが、慢心だったようだ。盾が本当に邪魔だ。
「まあ、そのレベルなら盾が邪魔だろうな」
そう言われたセイは、リアの方法を真似ることにした。ガンツの攻撃を待つ。
じりじりと接近したガンツが、一気に攻撃に出る。
ああ、これなら死なない。
セイは余裕でかわし、頭部に木刀を振り下ろす。
ガンツはその攻撃を受けたが、何事もなかったかのように斧を振り戻した。
「お前の筋力じゃ、脳震盪も起こせないぞ」
なるほどその通りだ。
セイはそれから何度も、少なくとも10回以上は同じことを繰り返し、ようやくそれでガンツは膝をついた。
『治癒』
リアの治癒魔法で、ガンツはすっくと立ち上がった。
セイを見つめる瞳に、怒りや恨みといった負の感情は見えない。ただ、闘争心は感じられる。
「また来る」
そう言ってのしのしと、ガンツは鏡から出ていった。
「なんだか他のドワーフとは少し違いますね」
「若いからな。血の気が多いんだ。ドワーフは鍛冶と酒と同じぐらい戦いを愛する種族だが、あいつは特に戦いに傾倒している」
「また来るって言ってましたけど」
「お前の相手にはちょうどいいからな。こちらが頼みたいぐらいだよ」
それは、確かにそうかもしれない。
「ちなみに、盾が凄く邪魔だったんですけど、師匠ならどうやって攻略します?」
「私が真剣を使ったら、盾ごと真っ二つだ。木刀でも一応手加減はしてたぞ」
規格外の返答であった。
次の日から、毎日のようにガンツはやってくるようになった。
時間帯は様々で、カーラの魔法教室の時間にやってくると、一階の武器を眺めて時を過ごす。
ククリと一緒になったりすると、ククリが一方的に喋って、時々ガンツが頷くという構図になる。ちょっと面白い。
ガンツとの対戦は、セイに大切なことを教えてくれた。
リアに一方的にやられている状態ではどうにもならなかった、フェイントとか受け流しとかの技術である。
ちなみにガンツは、体術の技能こそ持っていなかったが、殴り合いではセイより強い。
なんとか組み合って、投げて関節を極めれば勝てる。そんな具合であった。
「ドワーフは技を磨くより力を鍛えるからな。もし勇者どもと戦うようになったら、この経験は活かせると思うぞ」
ちなみに面白がって、ククリも何度か戦いに参加した。
彼の戦法は、短剣で手数の多い攻撃を繰り返し、時折投擲するというものである。
そういえばリアは投擲術を使わなかったので、セイには新鮮だった。
後でリアに投擲を使わない理由を聞いたが、そんなもの魔力障壁を貫けないだろうという返答だった。
基本的にリアは魔法を防御面で使い、攻撃は白兵戦に持ち込むという戦法を取る。
「得意でもありますが、正確には、リアは白兵戦が好きなんです。直接自分で相手を叩き切るのが」
そう言うカーラは逆に魔法を得意とし、剣術はあくまで遠距離で仕留められなかった時のためのものらしい。
確かにカーラの剣術技能はレベル9で、ほとんど10だらけの、各種魔法のレベルと比べると低いと言えるのだろう。
それでも過去には、剣で竜を仕留めているのだが。
ちなみにリアの剣術レベルは10を超えているらしい。
この技能レベルというのは10が最大なのだが、かつて人間に頼まれて、神竜が作ったシステムだそうだ。
ステータス表記の細かいところは時々更新しているが、レベル10以上の表記を追加するのは面倒らしく、どの神竜も手を出していないらしい。
「あいつら暇なんだから、ちょっとは働けよな。特にテルー」
珍しくリアが愚痴をこぼす。
神竜とは基本的に寝て過ごすらしい。それでもラナは眷属に加護を与えているし、オーマは遊びまわってるし、イリーナは迷宮の周辺環境を整備している。
とにかく一番暇しているのがテルーなので、リアも次の神竜会議では議題にしたいと考えているそうな。
「次の神竜会議っていつなんですか?」
「……いつだろうな。まあ1万年以内には行わないとな」
なんとも気の長い話であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます