第130話 9 草原の吟遊詩人
通算で、何度死んだか分からない。
とりあえず本日5回目の死を迎えて、セイは復活した。
「お前、どうせ自分は死なないと思って、防御が疎かになってないか?」
そんなことを言われて、リアは致死に至らない、それでいて痛みを与える攻撃を繰り返す。
必死で防御するのだが、それでも最後には頭を破壊されて死んでしまう。
しかし、いつの間にかセイは目に見えて分かる進歩を遂げていた。
リアの攻撃のうち、致死に至るものとそうでないものが、判別出来るようになってきたのだ。
最後にはやはり全身をボキボキに折られて死ぬのだが、カーラから教えてもらった治癒魔法を使って、より長く戦闘が続くようになっている。
(これが死の線か)
戦闘続行可能な傷。不可能だが死なない傷。そして即死の攻撃。
それは結局、死に至る過程を長くするだけなのだが、それでも進歩は進歩だ。
「何か掴んだようだな」
「はい、致命傷を与える攻撃と、そうでない攻撃が見切れるようになりました」
「ほう……『致死感知』か」
セイの技能欄にその技能があった。まだレベルが1ということは、この上がさらにあるということだろう。
「じゃあ、こうすればどうだ?」
リアが木刀を振りかぶり、次の瞬間、セイの視界は死の線で埋め尽くされた。
致命傷を数百回同時に受け、セイは死んだ。
「ひどいです、師匠……」
女の子座りでうなだれるセイに、リアはからからと笑った。
「どうしたら今の攻撃は避けられたと思う?」
「そうですね、回避は間に合いそうになかったですし……防ぐ?」
「そうだな。せっかく盾を持ってるんだから、瞬間的に装備すれば防げたかもしれん。もしくは、私の木刀を破壊すれば良かった」
理論的には出来るのかもしれないが、実際にそれを行うのはフォルダを自在に操らなければいけないだろう。
戦闘力に直結しないはずの祝福だが、使いようによっては立派に戦闘で役に立つではないか。
「こうして考えると、やはり魔法の時空収納より優れているな。槍で中距離から攻撃した後すぐに戦鎚に持ち替えて、相手の盾を衝撃で飛ばし、最後に刀で止めをさす」
うむうむとリアは頷いているが、早速試してみようということになった。もちろんセイが防御側である。
予想通りに死んだ。
復活したセイは、今度は魔力障壁と魔法障壁も重ねて、必死でリアの攻撃を受ける。
雨のように降り注ぐ攻撃の連打。それが止まるまで、ほとんど無限の時間を感じた。
だがやがて、それは終わりを迎える。
最後に放たれたリアの木刀に対して、セイは両手に持った虎徹で迎撃する。
真剣と木刀が打ち合わされ、そして木刀の方が切断された。
当たり前と言えば当たり前の結果なのだが、セイは驚いていた。リアなら木刀で真剣を打ち砕くことぐらい、平気でするのだから。
リアも驚いたようだ。だがすぐに笑顔に変わる。
「思っていたより才能もあるみたいだな。いや、後天的なものかな」
そう言った次の瞬間には、リアはセイと触れ合う距離まで間合いを詰め、そして体術で弾き飛ばしていた。
「相手が武器を失ったからといって、油断するなよ。素手で人を殺す手段など、いくらでもあるんだからな」
その言葉を聞きつつ、セイは気絶した。
その日の夕方、リアとカーラはセイを連れ、里の食堂にやって来た。
ドワーフどもが酔っ払っているのはいつものことだが、今日はやけに静かだ。
その原因は、席の一つに腰掛けて、リュートを鳴らす吟遊詩人にあった。
背が低い、ハーフリングの少年……に見えるが青年だろう。
ハーフリングは草原に集落を築く種族だが、よほどの例外を除いて、青年期に旅に出る。
そして伴侶を見つけて集落に戻るというのが、一般的なハーフリングである。
彼らは小柄だが、人間など及びも付かないほど足が早く、そして手先も器用だ。
ドワーフと違って鍛冶仕事はあまりしないが、細工物を作る腕は素晴らしいものがある。
そして彼らは、盗賊としても優秀だ。他人の家に上がりこんで、無断で食料をちょびっと分けてもらうという困った習癖がある。
なにしろ生まれて最初に与えられる玩具が、南京錠と針金と言われているぐらいなのだ。
吟遊詩人のように諸国を放浪することもあり、そのおひねりで旅費を稼ぐことも多い。
そんな説明をカーラはしたが、彼女は少し動揺していた。
なぜなら、彼が紡ぐ歌が、竜殺しの聖女の歌であったからだ。
愚かな王国が、勇者を召喚しようとした。
しかしそれは事前に察知され、竜によって王族は皆殺しにされる。ただ一人を除いて。
竜眼の女王ギネヴィア。
名も無き偉大な魔法使い。
竜殺しの聖女カーラ。
5人の英雄が竜に立ち向かい、生き残ったのは3人。
最後は見事カーラが竜の心臓を貫き、王国を守った。
「あれって、本当の話ですよね?」
「多少の誇張はありますが、おおむね事実ですね」
3人は食堂の一隅に座り、料理を頼む。
歌い終わったハーフリングがテーブルを回り、おひねりを頂戴していく。
普通は鉄貨か銅貨である。だがリアが入れたのは、金貨であった。
思わず振り仰ぐ青年に向かって、リアは注文をつけた。
「竜帝と試練の迷宮は歌えるか?」
笑って頷いた青年は、軽妙な声で歌いだした。
リュクレイアーナという王女がいた。
活発でお転婆な少女は、ある日王宮を飛び出して、冒険の旅に出た。
冒険の途中で仲間を増やし、試練の迷宮へと挑む。
そこは死者の復活する迷宮。不死の迷宮とも呼ばれている。
王女は猫獣人の少女を加え、迷宮の最奥に至る。
そこで待っていたのは不死の象徴ヴァンパイア。
倒れる仲間を乗り越えて、見事王女は迷宮を踏破した。
見事な歌であった。青年も満足顔だ。
だがリアは難しい顔をしている。それでも銀貨を一枚渡したが。
「なあ、ちょっと聞いていいか?」
不審な顔のリアに、青年は笑顔で答える。
「なんだい、姉ちゃん?」
「いや、私が倒したのはサイクロプスなんだが、今は最後の層は吸血鬼が守っているのか?」
その言葉に青年はきょとんとして、リアとカーラを交互に見つめる。
「……黒髪に金の竜眼、銀髪に碧眼……」
ぶつぶつと呟く青年は、かなり当惑している。
「ひょっとして、本人?」
「私がリアで、こちらがカーラだ」
「うわ! 本物だ! ドワーフの里にいるって聞いてたけど、ここだったんだ!」
青年はぴょんぴょんと跳び上がりながら、リュートを掻き鳴らした。
青年はククリと名乗った。
ご多聞に洩れず、彼も行商人と吟遊詩人まがいのことをして、旅費を稼いでいたらしい。
このドワーフの里に寄ったのは、届け物を頼まれたからである。ついでだからとリュートを鳴らして旅費を稼いでいたのだが、まさかこんな出会いがあるとは思ってなかった。
「というわけで色々冒険譚聞きたいな」
「そうだな……。コルドバの奴隷狩りの話とかどうだ?」
「聞いたことないや。どんなの?」
「まあ、地味な話だからな」
そう言いながらもリアは、自分の経験した3000年前の出来事を話している。
「あれ? カーラはいつ出てくるの?」
「カーラと出会ったのはわりと後の方だぞ。なんだか知らないうちに、最初からの仲間になってたりするが」
リアとカーラ。二人の組み合わせは、吟遊詩人の詩の鉄板なのだ。
確かに長い時を一緒に過ごしているのだが、リアが無茶をしていた頃は、まだカーラと出会っていない。
そもそもそうでないと、竜殺しの話と試練の迷宮の整合性が取れないではないか。
「まあ物語は色々あった方が面白いからね! 歴史書じゃないんだし!」
ククリは多少の民間伝承との齟齬は気にしないようだ。
確かに歴史と物語は違うのだから、それでいいのかもしれないが。
リアとカーラの話を聞くと、ククリは即興で詩にしてしまったりする。
オーガキングとの戦いは、オーガキングとの力比べに変わったりもしていた。
「師匠って、色々してるんですね……」
「そりゃ3000年も生きてたら色々あるわな」
「でも13歳で親元を飛び出したりして……ちょっと無茶ですよ。しかもお姫様だったんでしょ?」
「その時既に、騎士団で一番強い騎士より強かったからな。前世で覚えた生存技能もあったし、何より政略結婚の駒にされそうだったからな」
「なるほど」
心は男、体は女。そんな状態で政略結婚に使われそうになったら、それは逃げ出すだろう。
酒場のドワーフがリアとカーラの冒険譚に耳を澄ましている間に、ククリはどんどんと詩を作り出していた。
食事も終わり立ち去ろうと三人が立ち上がった時、ククリがそれを引き止めた。
「ねえ、また話を聞かせてもらっていいかな? いろんな詩が思いつきそうなんだ」
「暇なときなら構わないぞ。武器や防具を売ってる店だから、聞いたらすぐに分かるだろう」
「ありがと。じゃあまた明日!」
早速明日来るらしいククリに苦笑し、三人は食堂を出た。
「良かったんですか? なんだか凄く付きまとわれそうな気がするんですけど」
「こちらも頼みたいことがあったからな。ちょうどいい」
リアはそう言って天を見上げた。
ドワーフの里は煙が上がるが、それでも月は見えている。
「星座は地球と同じなんですね」
「まあ、地球を破壊してその後釜に座った惑星だからな」
そういえば大崩壊というのがあったのだ。
とんでもない歴史を持つこの世界。リアとカーラはその歴史の生き証人なのだ。
セイは初めて、この二人は孤独ではないのだろうかと思った。
だが手を恋人つなぎで帰路を進む姿を見て、口から砂糖を吐き出したくなる気分にもなった。
天を流れる星に向かって、切実にセイは願った。
可愛い女の子の恋人が欲しいと。
……今なら男の娘でもいけるかもしれない。
「そういえばドワーフもそうでしたけど、ハーフリングも師匠に普通に応対してましたね」
それの何がおかしいのかと、リアは首を傾げる。
「普通神様って言えば、もっと敬われるものじゃないですか?」
「そりゃ、現世利益があるならともかく、竜は基本的に人間や魔族に何が起こってもノータッチだからな。弱い祝福しか与えてくれなくても、封印された神のほうを敬うだろうよ」
「ああ、なるほど」
「例外はラナぐらいだな。あいつは湿地帯のリザードマンの守護神として敬われてるし、実際に守っているからな」
「3000年前までは黄金竜クラリスと暗黒竜バルスも人間の信仰の対象でしたが、今は地方に少し祭祀が残っているぐらいですね」
「いや、一応私は今もオーガスでは信仰されているぞ。アホな皇帝が出たら鉄槌を加えているし、自然災害もあまり起こらないようにしてる」
「まあ、私たちの子孫ですから、それぐらいはしないといけないですしね」
最近はドワーフの中にリアを神格視する者がいたりもするが、実際の本人はこんなものである。
「それでもこのドワーフの里が3000年間一度も侵略されてないのは、やっぱり私がいるからだろうな」
セイがこの世界の厳しさを知るのは、まだ先の話である。
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