第129話 8 一週間後

 一週間が過ぎた。

 とりあえず女の体には慣れた。カーラは可愛らしい服を着て欲しいようだが、無理強いはしない。

「せっかく可愛いのに……」

 カーラがいくら切なそうにしても、これだけは譲れない。

 セイは男装しつつ、いや、中身は今でも男なのだが――体感的には数ヶ月を過ごしていた。



 考えてみれば、女体化したというのは悪いものでもないのかもしれない。

 地球でのセイは、マイノリティであった。

 可愛い女の子と美しい女の子が会話していれば、それを見るだけで幸せな気分になった。

 だが、あくまでもセイは傍観者であった。

 しかし今は、自分自身が女である。つまり百合を実践出来るということだ。これは素晴らしいことではないのか。

 ……このあたりのダメダメな精神の柔軟さが彼の、何度死んでも狂わないメンタルの強さにつながっているのかもしれない。



 ……それでもナニが消えたというのは相当のダメージを与えているのだが。







 普段は家の風呂を利用しているのだが、たまにはということで大きな浴場へやってきた。

 セイは公衆浴場に集まる女性たちを眺める。 

 ドワーフが多い。当たり前である。この世界のドワーフは、女性でも髭が生えている。

 ハーフリングの女の子は、可愛いかもしれないがさすがに対象外だ。見た目が完全なロリである。

 獣人たちもやはり対象外だ。単に獣耳がついたものではなく、直立歩行する獣である。並のケモナーでも対象外だろう。セイはノーマルなのだ。

「潤いが足りない……」

「何のことだ?」

 隣でゆったりと湯船に浸かっているリアは、見事に腹筋が割れている。ついでにおっぱいが浮いている。

 湯に浮くおっぱいという奇跡を、セイは初めて目の当たりにしていた。

 その隣のカーラは、少し腹部が大きくなってきていた。



「異世界の冒険となれば、ヒロインの女の子が必要だと思うんですよ。でも今のところ、ヒロイン候補さえいないじゃないですか」

 それに首を傾げたリアはしばし考え――。

「ヒロイン」

 びしっとセイを指差した。

「ち、違いますよ。だってそれなら主人公が他にいて、俺がそいつと……きもい……」

 セイがゲイだったら、あるいはバイだったら、簡単な問題だったろう。

 だがセイは、精神は完全に男なのである。女の子同士が絡んでいるのは大好きだが、自分自身も性欲の対象は女の子なのだ。

 いやバイであっても、タチとネコで全く違うのであろうが。



「まあ、気持ちは分からないでもない」

 ゆったりと乳を湯に浮かせながら、リアは呟いた。

「私は元人間といったろう?」

 それは確かに覚えている。竜の血脈という祝福が、竜に至る道だと聞いたから、それで神竜となったのだと思っていたが。

「実はさらにその前があってな。私の前世は地球人で、おまけに男だったんだ」



「……は?」

 地球で42年間男として過ごし、この世界で女として生まれた。

 思春期に至るまで、その違和感は強烈だったらしい。

「その頃は地球からの転生者はけっこう多くてな。他はほぼ確実に前世の性別と同じだったから、私も戸惑ったよ」

「どうやって自分の中で折り合いをつけたんですか?」

「女が女を愛しても構わないだろう? まして私の場合、ちゃんと子供も出来るのだから」

 凄いです、師匠。

「お前の場合、女の子を相手にしても攻めだよな?」

「はあ……まあ……そうですが……」

 今更だが、公衆浴場でする話題ではないと思う。

「こちらに来ている状態のお前が誰かと子供を作っても、魂はこちらの世界の所属になるから、それは安心してもいいぞ」

 何を安心すればいいのか分からないが、とりあえずセイは頷いた。







 セイはテレビを見ていた。

 風呂上りにテレビ。地球の感覚で言えば全くおかしくないだろう。

 だがここは異世界である。ファンタジーの世界である。そこにテレビがある。

 ちなみにこの家に、衛星放送用のアンテナなどはない。ドワーフの里の他の家にもテレビはない。

 だが現実にテレビはあり、ちゃんと放送されている。

「ニホン帝国の放送を魔法で引っ張ってきているだけだ」

 リアはそう言うが、なんでも魔法で片付けていいものではないと思う。



 放送している内容は、激化する人間と悪しき神との戦争に関するものだった。

 しごく真面目な内容だ。現場からの映像です、とアナウンサーが言って、天にも届く悪しき神が、人間の軍勢を蹂躙している映像を流す。

「これと戦わせようなんて、勇者も無茶振りされてるよな……」

 歩兵と戦車がレーザー光線のような攻撃で蒸発している。これのどこがファンタジー世界なのだろう。

 天まで届く悪しき神というのは確かにファンタジーなのかもしれないが。

「押されていますね」

「まあ、仕方ないな。あの程度の神でも、戦うにはレベル150はいるだろう。成竜では厳しいかな」

 勇者が30とか40というのだから無茶な気もするが、カーラは実際300オーバーである。



「これ、どこの映像なんですか?」

「竜爪大陸だな。具体的にはこの辺だ」

 地図を見せられ、指で示される。南アメリカ大陸か。

「そういえばここはどの辺りなんですか?」

「竜骨大陸、この辺だ」

 ユーラシア大陸中央。戦場とは大陸を越えて離れている。あまり心配はいらないのだろうか。

「この辺りは平和なんですか?」

「ああ、この大陸の神々は、ほとんど滅ぼしてある。隠れている神もいるだろうが、せいぜいレベル150あれば充分だろ。それぐらいなら私が片手間に倒してしまってもいいしな」

 片手間に神を倒す神竜様っぱねえっす。



 放送は続き、今度は違う大陸の映像が流れる。こちらは人の軍勢が優勢のようだ。

「今のは竜牙大陸だな。2000年ぐらい前に、イリーナがレベルアップ目的でかなり減らしたから、人間でも対抗出来ている。ニホン帝国の力も大きいしな」

「日本帝国ですか?」

「ああ、お前のいた地球とは違う地球、平行世界の地球からやってきた日本人が築いた国だ。この諸島部だな。面積は小さいが、無茶苦茶強い国だぞ」

 リアは簡単に3000年前の大崩壊の話をした。

 ネアースと地球の衝突の危機。

 それに対してネアースは、先代の暗黒竜バルスが命と引き換えに地球を破壊した。

 生き残ったわずかな地球人はネアース世界に入植。

 特に日本人が固まったのが、ニホン帝国である。







「そういえば、肝心の勇者を召喚したのはどこの国なんですか?」

「……どこだったっけ?」

「ネオシス王国です」

 リアはきっぱり忘れていたようだが、さすがにカーラ先生は違う。

 竜翼大陸と呼ばれる北アメリカ大陸の南部を指差す。

 南北アメリカ大陸は、悪しき神々と人間種の戦いの主な舞台となっているそうだ。

 おかげで国境線がぐだぐだらしい。

 しかも元々悪しき神々が創造した種族が向こうに寝返る例もあって、種族差別問題が再燃しているとか。

 本当にぐだぐだである。



「勇者の力を借りたいというのは分かりますが、現在断片的に伝わっている召喚儀式は、本来のものではないですからね。神と戦えるだけの戦力になるかは疑問です」

「本来の召喚儀式なんてものがあるんですか?」

 その問いに、カーラは本棚から歴史年表を取り出した。

「ここに第一次千年紀、第二次千年紀、第二次大崩壊というのがあるでしょう? この三回が、古来から伝わってきた正しい勇者召喚の儀式で勇者が召喚されたものです」

「そういえば暦ってどうなってるんですか?」

「統一暦と白銀暦という二つの暦がありますが、統一暦の方が一般的ですね。私とリアが参加したのは、この第二次大崩壊という戦争でした」

 おや? それはつまり……。

「カーラ先生も3000年ぐらい生きてるんですか?」

 リアは分かる。なにしろ神竜様だ。だがカーラは神竜ではないはずだ。

「私の方がリアより4つ年上ですね」

 それが一番驚きの事実であった。確かに言われてみれば、リアはカーラに甘えている節があるが。姐さん女房なのか。



「話を戻しますと、この前の三回は正しく強力な勇者を召喚しました。ですが1800年前にも一度、勇者は異なる儀式で召喚されたのですが、前の三回の勇者に比べると明らかに弱いものでした」

「違いはそれだけじゃなくてな。4回目の勇者召喚は15人も召喚されたんだよ。前の三回は一人だったのにな」

 そして今回は36人である。

「確か魔王と勇者の戦いに巻き込まれて神竜は消滅してるんですよね? なら今の弱い勇者なら、神竜の力で簡単に倒せるんじゃないですか?」

「多分そうなんだが、前回の勇者召喚でも、例外的にそこそこ強いのが二人いたからな。やっぱり勇者とは戦いたくない」

「問題はいくら抹消しようとしても、どこからか勇者召喚の儀式が出てくることでしょうね。この調子ならまた1000年ぐらいしたら勇者が召喚されそうですが」

「たぶん封印されてる神が神託を告げているんだろうな。勇者なんていらない平和な世界になればいいんだが……人間はとにかく戦いたがって正義ぶりたがるからなあ」

「それでもまだ今回の召喚は分かりますが、アセロア王国の場合は弁護の余地がありませんでしたね」

 なんでも魔族との戦いを有利に進めるために、人間至上主義の国家が召喚したそうだ。

 リアとカーラも15人を地球に送り返すために骨を折ったらしい。

 アセロア王国自体は怒った竜の手によって滅ぼされた。

 神竜たちは基本勇者を排除する方針のため、今回は地球の神を脅してセイを呼びつけたというわけだ。







 それにしても、である。

 近代兵器が、全く通用していない相手を倒すために呼ばれた勇者。それとあるいは戦わなくてはいけないという。

 この一週間でセイは相当強くなった。レベルも15まで上がっている。だがそれでも、勇者には勝てないのではないだろうか。



 セイはそう思うが、半分は正解であり、半分は不正解である。

 勇者には勝てない。今はまだ。

 だがどれだけ強くなっているかは、セイの想像以上なのだ。

 セイが戦っているのは、この世界に来てからリアだけである。

 剣神とも呼ばれる剣の腕を持ち、さらに神竜の能力を持った存在。

 人間の姿で戦うならば、世界最強の存在であろう。

 そして当たり前のようになってしまって気付いていないが、セイは不死身である。

 相討ちになれば必ず勝てるのだ。どれだけ無茶な戦法が取れるか、分かっていない。



「しかしネオシス王国も愚かなことをしたものですね」

 カーラが溜め息をつくように言ったので、セイは不思議に思った。

「勇者召喚を行った国は、竜に滅ぼされます。アセロア王国がそうであったように」

 セイの視線に答えて教えてくれた内容は、衝撃的なものだった。

「竜は勇者とは戦わないんじゃなかったんですか?」

「勇者とは戦いませんが、召喚を行った国……それと行おうとした国は滅ぼされます。儀式が拡散しないように」

 カーラの冷静な声が、今はとても冷たく聞こえた。



「勇者召喚なんぞやってたら、世界の危機になるからな。それよりは関係者を丸ごと消したほうが、結果的には世界のためになるんだよ」

 もっとも、とリアは続けた。

「国を滅ぼそうとした竜を返り討ちにした人もいましたなあ、竜殺しさん」

「あの頃は私も若かったのです」

 少し俯いてカーラは言った。

 そういえばカーラの称号に竜殺しというのがあった。

「それはまた、違うときに話してやろう。大崩壊の時にあった諸々の中の一つだからな」

 そう言われて、セイはさらなる詳細を訊くことが出来なくなった。

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