第128話 7 不死者の日常的修行

 知らない天井というか、真っ白い空間だった。

 そうだ、神聖なる時の間だ。セイは起き上がると、あぐらをかいてこちらを眺めるリアを発見する。

「……いったい何が……」

「ガラッハは扱うのに膨大な魔力が必要だからな。触れた瞬間、全ての魔力を吸収されて気絶したんだ」

「そういうことは先に言ってください……」

 立ち上がる。大丈夫、異常はない。魔力は回復している。

 自分を鑑定してみると、祝福欄に新たに高速魔力回復というものを見つけた。

「どれぐらい気絶してました?」

「4時間ぐらいだな。さて、それじゃあ修行を始めるか」



 まずはランニングである。呼吸を整えながら、体内の魔力の循環も気にしつつ走る。

 へろへろになる頃、リアが尻を叩いてくる。薄い空気を必死で吸い、倒れるまで走り続けた。

 ばったりと倒れたセイの手に、刀が渡される。

「さあ、素振りの開始だ」

「ちょ、ちょっとだけ休憩を……」

「敵は待ってくれないぞ。立て! 立つんだじょー!」

 何か分からない力に導かれて、セイは立ち上がる。

 ふらつきながらも刀を振りかぶり、振り下ろし。

 そして自分の左足を斬ってしまった。







『治癒』

 一瞬で治癒した足。動かしても異常はない。

「痛みで覚えたろう。さあ、もう一度素振りだ」

 刀の重みを感じつつ、素振りを続ける。今度は自分を傷つけないように、ゆっくり、正しく。

 リアは姿勢や足運びは細かく修正してきたが、今までのような無茶なことは行わない。

 面や胴、小手を打つ剣道の素振りを続けさせた後、スネや指先を狙った太刀筋を示す。

 剣道では有効とならない部位でも、実際に真剣で斬られたら戦闘力を喪失するだろう。

「だがこの世界では、胴を斬られたぐらいでは死なないやつが多いからな。心臓も2個以上持っていたりもするし。確実なのは頭だが、脳を破壊しないとそれでも安心できない」

 なるほど、対物ライフルでも安心できないわけである。



 そしてまた、リアとセイは組打ちをする。

 リアの木刀の攻撃が、見える。

 見えるだけで防ぐのは難しいのだが、昨日に比べると格段の進歩である。

 それでも最後には全身の骨を砕かれて崩れ落ちるのだが。

『復元』

 全身が治癒されたセイは、リアに何が悪かったのか口頭で教えてもらう。

 立ち上がり、ゆっくりと型をなぞる。

 これは剣道ではない。剣術だ。

 居合いの練習もあった。慣れないうちは、刀を鞘からただ抜くという行為も難しい。



「お前は無限収納を持ってるから、刀以外の武器の扱いも教えてやろう」

 基本的に魔力をこめた刀で斬れないものなどないのだが、やはり武器の相性というのはある。

 まず、槍。間合いが刀よりも遠い。これは相手が接近戦を得意とする場合、その外から攻撃することが出来る。

 それから斧、戦鎚、鞭、斧槍、はては蛇腹剣などのネタ武器まで出してくる。

 一通り試し、結局木刀で頭を砕かれて死亡し、またしばらくして起き上がる。

「どうだ? 今度は相手が色々な武器を使ってくる状態を想定してみようか」

 槍で心臓を貫かれ、戦鎚で首を砕かれ、またまた死んだ。







「次は無手でやってみるか」

 鼻歌でも歌いそうな機嫌のいいリアに、地面に腰を下ろしたままのセイは問う。

「あの、盾とかないんですか? ゲームならパーティーで敵を倒すとき、盾役は必須なんですが」

「盾か。私は使わないな。少しは教えられるが…」

 リア曰く、盾で防御するより、魔法で防御した方がいいらしい。

 まずは魔力障壁。魔力をそのまま身に纏い、相手の攻撃を防ぐもの。

 それから、障壁の魔法。魔法として発動しているので、術式の構成が必要となる。

 咄嗟の場合は魔力障壁、余裕があるなら魔法障壁と、使い分けるのがベストである。

「まあ実戦では手甲を用意してやるから、それを盾代わりにすればいい」



 苦手だと言いながらも、リアは右手に刀を持ち、左手に大盾を持った。

 それに向けてセイは刀を振るのだが、盾で受け止められ、受け流され、体勢の崩れたところに刀が振られる。

 首を落とされて、セイはまた死んだ。



 そして体術の訓練である。

 この世界で対人戦闘をするなら、実はこれが一番効果的らしい。

 紛争地域では普通に武器が使われるし、平和な地域ではそもそも武術を学ぶものが少ない。

 リアはこの、組打ちを含めた体術の技術が、刀や槍と同じぐらい得意だった。

 投げられ、絞められ、極められ、打たれる。

「手加減するには一番優れているだろう」

 そう言いながら絞め技をかけてきて、セイはギブアップする間もなく気を失った。







 目を覚ましたセイはまだ神聖なる時の間にいて、まだまだ続きそうな修行に冷や汗をかいたのだが、リアはそんなセイの消耗度を把握していたらしい。

「ここでは出来ないことをする。里の外に出るぞ」

 そう言って部屋を出る。階段を降りていくと、カウンターでカーラが台帳のようなものを見ていた。

「ちょっと出てくる。少し昼は遅くなるかもしれん」

「分かりました。セイ、気をつけてくださいね」

 微笑むカーラ。年上のお姉さんっていいよね! 妊婦だけど。

 ぺこりと頭を下げたセイは、リアの後について行く。三歩遅れて師の影を踏まず、である。

 二人の進路は、ドワーフの里の外側へ向かっていた。気が付くと、ドワーフ以外の種族が多くなっている気がする。

「どこへ行くんですか?」

「お前、馬には乗れないだろう?」

 それは乗れない。セイの実家は栗東でも美浦でもないのだ。

「この世界の移動手段はいろいろあるが、田舎では馬が一番速い。まあ飛行の魔法を覚えたらその方が速いんだが、戦争に巻き込まれた時なんかは馬に乗れるのは重要だしな」



 リアが案内したのは、里の門の近くにある厩舎であった。管理人とリアとの間で軽い挨拶がされる。

 中には馬はもちろん、巨大なトカゲや飛竜までいる。

 飛竜に乗るのはロマンだな、などと思っていたが、はっきり言って怖い。馬はつぶらな目が愛らしい。

「どの馬がいいと思う?」

「鑑定していいんですか?」

「ああ。選んでみろ」

 セイが選んだのは、一番知力が高い馬だった。

 それに対してリアは敏捷性の高い馬を選ぶ。



「いいか、馬はプライドが高い生き物だが、同時に相手を見下す生き物だ。斜めから近寄って、首を軽く叩いてみろ」

 セイの動作に、馬はすりすりと顔をこすりつけてきた。可愛いものである。

「あと、馬は臆病な生き物でもある。最初のうちは、あまり急に動かないようにな」

 手綱を持って馬房を出た馬に、リアは腹帯を絞め鞍を乗せる。

「よし、乗ってみろ」

 リアにフォローされながら、セイは馬に跨った。意外と高くて、ちょっと怖い。

「背筋を伸ばして、肩の力を抜け。手綱は軽く持て。鐙にあまり頼りすぎるなよ」

 リア自身は華麗に馬に飛び乗り、里の外へ出て行く。



 石造りの街道が続き、その両脇は草原となっている。

「ついて来い。しばらくは馬に任せていればいい」

 リアの馬が進むと、セイの馬も進んでいく。賢い。

 なだらかな丘を越え、徐々にスピードが増していく。

 セイは自分では何もしていないのだが、なんだか楽しくなってきた。

 そんなだからリアの馬が急停止した時に、そのままの勢いで鞍から飛んでいってしまった。

「止まるときは手綱を絞るんだぞ」

 先に言っておいてほしいことである。







 乗馬教室は、太陽が南天に至るまで続いた。

 選んだ馬が良かったのか、セイはそれまでに馬を行きたい方向に行かせることが出来るようになっていた。

 昼過ぎに二人は里に帰り、馬を戻す。その際セイは馬をブラッシングするように言われた。

「乗るだけじゃ駄目なんだ。ブラッシングしてコミュニケーションを取らないとな」

 そう言われて丁寧にセイはブラッシングを行った。



 リアの家に帰ると、昼食の後魔法の授業が始まる。

 地球にいた頃は座学など眠くて仕方がなかったセイだが、この世界での授業は楽しい。

 カーラの教え方が上手いのと、何よりマンツーマンで教えてくれるからだ。

「死霊魔法はアンデッドを生み出し、操り、支配する魔法です。あまり趣味のいい魔法ではありませんが、需要はなくなりません」

 どうしてか分かりますか? とカーラは視線を投げてくるが、アンデッドのない世界からきたセイには分からない。

「アンデッドは疲れないし文句も言わないからな。地球のロボットと似たようなもんだ」

 もっともアンデッドでも、高位の存在は強烈な自我を持つらしいが。

「ついでに言っておくと、この世界では吸血鬼はアンデッドではなく一つの種族の扱いだ。真祖ならエルフより長生きだから、強い個体が多い」



 ゾンビやスケルトンは基本的に雑魚だという。この世界の魔物で一番弱いと言われるのがゾンビだが、臭いので戦うのを避ける者が多い。

「ゴブリンはどうなんですか?」

「あれは魔物ではなく魔族です。この街ではあまり見かけませんが、普通に社会で生活してますね」

 ここでセイの関心が種族の違いに移ったので、カーラの授業は一般教養のものとなった。



「この世界の知的生命体を分けると、竜、神、人間、亜人、魔族、悪魔となります。このうち亜人が良き神々、魔族が悪しき神々の手によって生まれたと言われていますが、現状は違います」

 人間は6000年前にこの世界にやってきた、滅びた世界の住人だという。

 4000年前にこの世界に召喚された勇者アルスは、魔王を倒した後、魔族をまとめて1000年かけて文明化し、人間や亜人と良い関係を築いた。

 いまではゴブリンもオークもオーガも吸血鬼も、立派な社会の構成員である。

 ところが最近邪神だの魔神だのが復活して、過去に生み出した魔族をまた自分の配下に加えようとする動きが活発らしい。

 さらに悪しき神々はまた新たな種族を生み出したり、他の世界から悪魔を召喚しているそうな。

「他の世界からの召喚って、まずいんじゃないですか?」

 勇者を殺せと言われているセイにはごく普通の疑問だった。

「いい質問ですね。ですが悪魔は、交わらない世界から来ているので、世界の衝突の危険はないそうです」

「と、ラナは言っていた」

 まあ神竜がそう言うのなら、その通りなのだろう。

 ゲームの雑魚のゴブリンや、エロゲーで大活躍のオークさんが普通に暮らしているというのは驚きだが、さすが異世界と思っておこう。

 それからセイは、多くの亜人や魔族についての知識を叩き込まれるのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る