第127話 6 ナニがない!?

 熱い。苦しい。痛い。

 死んだほうがマシだと思える倦怠感が、セイを襲っていた。

 駄目だ。耐えられない。気絶してしまおう。

 汗だくになりながら、夢の中のセイは意識を手放した。







 ひどい夢だった。

 いや、あの苦しみは夢だったのだろうか。体にはまだ違和感がある。

「う~……」

 胸を抑えて、セイは気が付いた。

 柔らかい。

 あの鍛えた胸筋はどこへいったのか。そこにあるのはささやかで形のいい乳房。

「……なんじゃこりゃ……」

 そしてセイは気付く。ここ数年、絶え間なく起こっていた朝の生理現象がないことに。甲高くなった声に。

 おそるおそる下着をめくる。

 ナニがなかった。

「なんじゃ! こりゃ~!?」

 少女の絶叫が家の中に響いた。



 どたどたと居間に踏み込むと、リアとカーラは既に起きていた。

 どちらに相談すべきか。それはもちろんカーラなのだろうが、にやにやと笑うリアの顔は、全ての事情を察知しているようだった。

「どうやら上手くいったようだな」

 死んでも平気なセイのメンタルだが、さすがにこれはきついものがあった。

「師匠の仕業ですか……」

「人聞きの悪いことを言うな。能力値は全て上がっているはずだぞ」

 確認して見ると、確かにセイの能力は上がり、昨日にはなかった祝福も増えている。

 だが、性別が女になっている。

 ナニがない。

 ナニが消えた。



「いったいどうして……」

 元々女顔だとは言われていたが、これは異世界では普通のことなのだろうか。

「昨日、赤い酒を飲んだろう?」

 飲んだ。頭がフットーしそうになったのでよく覚えている。

「あれはな、私の血だ」

 血を飲んだだけで、何ゆえこうなる。

「竜の血というのはな、本来凄まじい力を与えると同時に、劇毒でもあるんだ」

 ぶっちゃけると、かなり高いレベルの生物でなければ、あの量は飲めないらしい。

 しかしセイは不死身である。低いレベルだが、とにかく死なない。ならば試しに飲ませてみよう。

 その結果の女体化である。

「それに関しては、私の考えが甘かったな。肉体をここまで変えてしまうとは思わなかった」

 マジすまん、とリアは弟子に頭を下げた。







 セイのステータスの変化は、能力値と性別だけではない。

 称号欄に『剣神の弟子』そして祝福欄に『暗黒竜の血族』という表示が加えられている。

「う~ん、さすがに『竜の血脈』は無理だったか」

「なんですか、それ」

 残念そうにリアは言うが、セイには悪い予感しかしない。

「試しにカーラの能力を見てみろ」

 物語のお約束として万能鑑定はもっと使うべきなのだろうが、そういえばセイはほとんど使っていない。言われたので遠慮なくカーラを見つめて鑑定してみる。

「……祝福に『竜の血脈』と『神の血脈』というのがあるんですけど……」

 というか、それ以前の問題で、カーラは強い。

「竜の血脈は神竜に至る可能性を持っているということだ。もっともカーラは神の血脈も持ってしまっているので、竜にはなれないんだがな」

 ちなみにカーラの称号には『竜殺し』『聖女』『神竜の花嫁』というものがある。



 ……もうこれ、カーラ先生だけで勇者なんかどうでもなるんじゃないかな。

 だって先生、レベル313もあるもの。勇者の30とか40なんて雑魚なんじゃないのかしら?



 思わず女言葉で思考してしまったセイだが、それを口に出す。

「勇者はともかく、復活した神々相手には、確かにカーラは戦力に数えるべきなんだが、妊婦に戦えとは言えないだろう?」

 出産後も体調が安定するのは少しかかるし、育児もしなければいけない。

 それは間違ってないのだろうが、このタイミングで妊娠とは間が悪い。

「そういえば、勇者を殺すのは神竜様的にはNGなんですか?」

 リアを鑑定したセイの脳裏には「鑑定不可」の表示が出ている。だがおそらく、リアはカーラよりも更に強いのだろう。それなら勇者など鎧袖一触できそうだが。

「……勇者なら問題なく勝てるはずなんだが、問題があってな」

 そこでリアは少し苦い顔をする。



「勇者は不確定要素なんだ。確かに戦えば邪神や魔神の方が強いんだろうが……3000年前に勇者と魔王の戦った余波で、神竜が1柱消滅した。その配下の竜全てと共に」

 勇者は異世界からのイレギュラーである。よって神竜は勇者との戦いは避けるとの暗黙の了解がある。たとえ勇者が神々よりはるかに弱いはずでも。

「1800年前にも勇者が召喚されたことがあってな。もうこっちの世界でどうこうするのが嫌になったので、今回はそちらの世界の神を脅して、勇者を駆除する人間を呼んだわけだ」

 勇者を駆除って。そんなゴキブリみたいに。

「邪神とか魔神とかとは戦わないんですか?」

「う~ん、基本竜は、世界の危機にのみ力を行使するんだ。邪神や魔神は人間への脅威ではあるが、世界を破壊するわけではないからな。私とイリーナ以外は静観の構えだな」

「師匠は戦う気があるんですか」

「ある。だが今は時期が悪い」

 それはカーラの妊娠と関連があるのだろう。そうそう神と戦う訳にはいかないに違いない。



「イリーナは戦いたがっているんだが、人間の戦力を増強して神に当たらせるのが基本方針だ。あいつには配下の竜が数えるほどしかいないから、戦力的にも厳しい」

 イリーナは黄金の鎧を身に纏った、ほよほよした感じの少女だった。セイの印象は悪くない。

「彼女は、その、弱いんですか? その神竜の基準で」

「いや、悪しき神々どもの最高戦力と、ほぼ互角の強さはあるはずだ。だが今も言ったとおり、配下の竜が……10匹ぐらいしかいないからな。それに神竜と神々が真正面から戦うと、えらいことになる」

 リアは体を伸ばして本立てから地図帳を持ってきた。

「これが、この世界の世界地図だ」

「……ちょっと地球に似てますね。でもオーストラリア大陸と南極大陸がない」

「それな、6000年前の神竜と神々の戦いで消滅したらしい」

「……」

「ちなみに神竜が己の存在と引き換えにすれば、惑星一つが消滅する。全力のブレスを何度か撃てば、大陸が消滅する」

 なんという過剰戦力だろう。セイは嘆息した。







「それはまあ、いいです。今度聞きます。それでこの体、元に戻るんですか?」

「元の世界に戻れば、ちゃんと戻るはずだ。……多分」

「多分って……それに機能はどうなってるんですか? たとえばその、生理とか」

「ふむ、保健体育の授業だな」

 リアに促されて、セイは座る。

「竜は人間と違って、排卵期がない。セックスしたら、避妊しない限りまず確実に子供が出来る。よって生理はない」

 おふう。

「お前の場合は男を相手にするなら確実に子供が出来るということだな」

「やめてください、気持ち悪い」

「逆に人間の女の子を相手にする場合、相手が排卵期……受胎条件が揃っていれば、自動的にペニスが生える」

 百合でフタナリですか。ちょっと属性が強烈すぎます。

「とりあえず、朝食の前に朝の修行といくか」

 いまだ混乱するセイを連れて、リアは神聖なる時の間に入った。



 体が軽い。

 セイが思ったのは、まずそれである。

「能力値が上がったのと、重力耐性が上がったので、楽に動けるだろう?」

 その通りである。渡された真剣も、昨日よりは軽く感じる。

「少し刀を選ぼうか」

 そう言ったリアは、どこからともなく取り出した、鞘に納められた刀を数十本、セイの前に並べた。

「まずは全部見てみろ」

 セイが刀身を見ていくたびに、リアはその刀の解説をする。虎徹。村正。安綱。などなど。



 実際に振ってみて自分の体重とのバランスを考える。すると一本の刀がちょうどいいと分かった。

「虎徹か」

 虎徹といえば地球でも有名な刀である。セイも知っているぐらいだ。……ゲームが元の知識だが。

「あの近藤勇も使ってた刀ですよね?」

「いや、あれは虎徹の贋作だったらしいぞ。勇が京都に行く時に土方歳三がプレゼントしたんだが、その時の歳三ではとても買えない値段だったはずだからな。実際は清麿だったのではと言われている」

「清麿ですか」

「清麿もいい刀だぞ。実際京都で勇はその刀を使ってるんだが、折れず、曲がらず、良く切れたそうだからな」

 ふむふむと頷くセイの前に、実際にリアは虎徹と清麿を並べて見せた。

 虎徹は見るからに良く斬れそうだ。姿かたちも優美である。清麿は虎徹よりも自己主張が激しい。だが良く斬れるというのは間違いないだろう。

 ただセイの好みとしては虎徹の方である。



「ちなみに師匠は何を使ってるんですか?」

「普段は虎徹だな。相手によって武器を変えることもあるが、たいていは虎徹だ。そして神レベルの相手となると、これを使う」

 リアが自分の影から取り出した、一本の刀。

 それは存在するだけで周囲を威圧するもの。神威の発露。

「神竜刀ガラッハ。神をも殺す最強の武器だ。……ちょっと持ってみるか?」

 そこまですごい武器と言うなら、ちょっとどころでない興味はある。

 笑みを浮かべたリアの顔に悪い予感がしないでもないが、まさか呪われた武器でもないだろう。

 セイは手を伸ばし、柄に触れ。

 その瞬間、魔力を全て失って気絶した。

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