第126話 5 カーラ先生の魔法教室

 なぜかちゃぶ台が片付けられ、学校にあるような机と椅子が用意された。

 そしてカーラの服装も変わっている。黒のタイトスカートに白いブラウス。髪は結い上げて、レンズの入ってないメガネをかけている。

 さすがにストッキングは履いていても、靴は履いてないが。

「あの……なんで着替えたんですか?」

 ホワイトボードにマジックに指示棒という小道具まで用意されている。

「私の趣味だ」

「リアの趣味です」

 二人の声がハモり、セイは絶句した。

 え? コスプレでエロいプレイとかしちゃうの?

 夫婦と言うからにはリアが学生役だろう。それでカーラ先生を攻めちゃうの?



 セイの脳裏は桃色の妄想に侵される。

 そのリアは居間の隅で寝転がっている。仕事とかしなくていいのだろうか。

「店番とかいいんですか?」

「誰か来れば呼ぶだろう。私の可愛いカーラが生徒と二人きりというのも少し問題だしな。お前の自制心に確信が持てるまでは、ここにいるぞ」

 さすがに妊娠中の人妻で女教師というのはセイの手に余るのだが、リアはそれでもイケる口なのだろうか。……イケる気がする。



「それでは始めます。まず魔法の基礎ですが、約2000年前までは、6つの元素魔法というのが信じられていました。光と闇、地水火風の6元素ですね」

 おお、ファンタジーっぽい。

「しかし現代では、これはほぼ完全に否定されています。光と火は同じ、エネルギーの発現。地は固体、水は流体、風は気体、闇は無と捉えられています」

 少しファンタジーっぽさが減った。

「ですが長年の蓄積により、実際に魔法を使う術式は6つの元素に分かれていますので、やはり6元素と覚えて問題ありません。より高度な魔法を使う際には、これを思い出してください」

 すみません、既によく分かりません。

「まあノートに書いておけ。実践で自然と分かるから」

「はい」

 支給された赤ペンで、チェックしておく。



「そして実際に魔法を使う上で重要なのが、魔力感知、魔力操作、術式構成の3技能です」

 魔力感知は自分、もしくは周囲にある魔力を感じ取る能力。魔力操作はそれを文字通り動かす能力。

 そして術式構成は、実際に魔法を発現させる能力だ。詠唱や魔方陣、魔法具、そして頭の中で術式を構成する4つの手段が、ほぼこれにあたる。

「まずは簡単に魔力感知をしてみましょう。では立って」

 言われた通りに立ったセイの横にカーラが位置する。

「膝を軽く曲げて、背筋は伸ばし、自分の臍下3センチあたりを意識してください」

 それは地球で言う丹田という部分だ。

「そこを暖めたり、冷やしたりイメージしてください。力を集中するのでもいいですよ」

「……あ、なんとなく暖かくなったような……」

「それではその暖かさを、体の中を巡らせるようにしてください」

 これもなんとなく分かる。

「地球と違ってネアースは魔力が多いからな。けっこう簡単だろ」



「魔力操作までは、多くの人間が成功します。ですが次の術式構成で、ほとんどが躓くのです」

 カーラはそう言って、自分の人差し指を立てる。

「火よ、我が指先に かすかに 灯れ」

 そして小さな火が生まれた。

「おお~」

「今のが詠唱による術式の構成です。最後に魔力を流し込むことによって、火が術式通りに発現しました」

 魔力の供給を止めると、火は消える。

「ちなみに漢字を多く使った方が効果的だぞ。あれは表意文字だからな」

 煎餅をばりばりと食べながらリアが付け加えた。ケツをぽりぽりと掻いている。



 それからカーラは、6元素魔法と呼ばれる元素魔法の他に、どんな魔法があるのかを説明した。

 死霊魔法、治癒魔法、精神魔法、時空魔法、無限魔法、虚空魔法などである。

 このうち無限魔法はかつて創世魔法と呼ばれていたのだが、やはり2000年ほど前に呼称が変わったとのこと。

 これらも便宜的に分けられているだけで、実際には治癒魔法は水魔法や時空魔法で同じことが再現可能だとも言った。

 そして現在、虚空魔法を使える者は存在しないとも。

「神様でも使えないんですか?」

「使えません。史上唯一使えたのが3000年前に召喚された勇者です。彼はすぐ他の世界に送られたため、その跡を継ぐものもいませんでした」

「どういう魔法かと言うと、この宇宙が存在する以前の状態を扱う魔法だ。それだけは分かってる」

 ビッグバン以前の話ですか。それは分かりませんね。







 座学は終わって、またあの白い空間へとリアとセイはやって来た。

「心配するな。今度は魔法の訓練だからな。死ぬような無茶はしない」

 び、びびってなんかないし!

「まずは魔力を感知して、操作して、掌に集めて、放ってみろ。放つ瞬間に放て、とか言うと効果的だ」

 セイが言われた通りにすると、確かに掌から無形の力が放たれ、空気を揺らすのが分かった。

「魔法の方が才能あるみたいだな。じゃあそれをもう無理だと思うまで繰り返してみろ」

 簡単なものでも魔法が使えて嬉しかったのか、セイは何度もそれを繰り返した。



 そしてある程度すると、気分が悪くなる。吐き気にも似たものだ。

「それがMP酔いというものだな。魔力を限界近くまで使うとそうなる。慣れたら本当に限界まで使えるようになるんだが、今は1割近く残っていても限界だろう」

 そこまで言われて、セイはやっと思い出した。

 万能鑑定。神様との交渉によって手に入れた力。これまで使っていなかった。

 自分に対して鑑定を使う。すると魔力の数値が、満タン状態の1割ほどまで減っている。

 セイの背中にリアが触れる。するとそこから魔力が流れ込んでくる。吐き気が消え、体調が戻る。

「よし、今度は言葉を出さず、頭の中だけで考えてやってみろ。限界までな」

 鬼のようなリアの言葉に、セイは従った。



 魔力を本当に限界まで使うと気絶するらしい。

 白い空間を見つめながら、セイはむくりと起き上がった。

「おお、起きたか」

「あの、どれぐらい気絶してました?」

「6時間ほどだな。魔力は回復しているな?」

「どうして今は魔力を渡してくれなかったんですか?」

「自己回復能力がつかないからな。気絶するまで魔力を使うことを何度も繰り返すと、魔力の回復速度と上限値が上がるんだ」

 結局魔法もスパルタである。

 地球では体育の授業が好きで、椅子に座っているのが苦痛だったセイだが、ここでは机と椅子が恋しい。カーラ先生ラブである。



「まあ、肉体も精神もあまり痛めつけすぎると壊れるからな。今日はもうそれほど魔法の実践はしない」

 リアはそう言うと掌から火球を出し、いつの間にか用意された的にぶち当てる。

 かすかな焦げ目がついただけで、的はまだそこにある。

「火球の魔法を使って的に当てたら今日は終了だ。やってみろ」

 それから数時間、休憩を挟んでセイは火球を作り出し、的に当てようとした。

 火球を作り出すのは難しくない、だがそれを当てるのが難しい。

 リアは座り込んでそれを見ている。アドバイスはないらしい。



 調整に失敗して二度目の気絶を経験し、セイはふと思いついた。

 カーラはあの小さな灯火を作るのに詠唱をしていた。詠唱を工夫したら、的にも当てやすいのではないか。

 火球を生み出す。これはもう既に、詠唱をすることもなく頭の中で考えて行える。

「導かれよ」

 火球が放たれ、そしてセイの意思通りに曲がり、的に直撃した。

「よっしゃ」

「ふむ、本当に魔法の方が才能があるようだな。……知力は低いのに」

 それは言わないでほしい。

 セイの能力値で一番高いのは精神力、そして一番低いのが知力だった。

「単にカーラと私の教え方がいいだけかな?」

 それはそうかもしれないが、色々と台無しである。







 鏡から家に戻ると、まだ夕方にもなっていなかった。

 体感では数日は経過しているようなのだが、まさに神の力は凄まじい。

「少し疲れてるだろ。夕食まで寝ておけ」

 確かにあの空間では疲労が抜けていない。頷いて部屋に戻ると、布団の上に寝転んだ。

 穏やかな眠りがセイを包み、安らぎが訪れる。



 薄闇の中、肩を揺らされてセイは起きた。

「起きろ。お前の歓迎会をするぞ」

 リアに促されて立ち上がったセイは、勝手口から外に出る。

 既に日は没している。金属を叩く音も少ない。

 この里で一番大きいと言われる酒場に、セイは案内された。



 ドワーフである。どこを見てもドワーフだらけである。店員もドワーフである。

「皆、よく集まってくれた。私の新しい弟子を紹介する。セイだ。死なないしぶとさを持っているので、よろしく頼む」

 どういう紹介の仕方だと思ったが、ドワーフは一斉に酒盃を掲げた。というか既に飲んでいる者もいる。

「まあ一杯やれ」

 ドワーフに言われたセイは困ってしまう。

「あの、俺まだ15歳なんですけど」

「心配するな。この世界の国家はほとんどが15歳で成人だ。急性アルコール中毒で死ぬこともないんだから、飲んでみろ」

 まあ、確かに死なないのであれば。

 喉が燃えるような強い酒を、セイは飲み下した。

 カーラは厨房で料理の手伝いをしながら、にこにこと笑っている。さすがに妊婦は酒は飲まないらしい。



 強い酒を何度も飲まされて、セイは一気に酔っ払った。そういえば色々な耐性をもらったはずだが、酒精耐性というのはなかったのだろうか。

 ステータスを見てみるとなかった。なぜだろう。

「よし、今度はこれを飲んでみろ」

 リアから勧められたのは、血のように赤い酒だった。もはや何でも来いの精神で、セイはそれを一気飲みする。

 体が爆発したかのようだった。

 熱い。液体が体中を巡り、細胞を書き換えていく感覚。

 そしてセイは、本日二度目の死を迎えた。

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