第125話 4 ドワーフの里
「知らない天井だ……」
今度こそそう言って、セイは起き上がった。
元々寝起きはいい方だ。まして昨日は早めに就寝した。時計を見れば午前6時。季節的にまだ日は昇っていない。
もそもそと着替える。この服は昨日カーラが用意してくれたものだ。下着など頼みにくいものもあるだろうから、ということでちょっとしたお金も貰っている。
荷物のない四畳間から廊下に出て、居間に入る。そこでは既にリアとカーラが待っていた。
「もう少し早起きしたほうがいいな。まあ初日だからいいだろう。早速修行に入るぞ」
リアは手元で研いでいた包丁をカーラに渡し、カーラは朝食の準備をする。
そして師弟二人は、まだセイの知らなかった部屋の襖を開ける。そこにあったのは、全身の映る姿見であった。
「ついてこい」
鏡の中にリアが入る。そのファンタジーな光景に感動しながらも、セイは後に続く。
そこは白い空間だった。
空は白く、大地は白く、果てはなく白い。鏡以外には何もない。
そしてなぜか体が重い。勘違いではないだろう。歩くぐらいなら問題ないが、少し走れば息が切れそうだ。
「現在この空間は重力が1割り増し、大気濃度が1%減っている。ここで修行する意味は分かるな?」
「負荷をかけて、筋力と心肺機能を高めるんですね」
「そうだ。とりあえず準備運動をしたら、軽く走ってみようか」
柔軟運動をすると、リアはセイの体の柔らかさに嬉しげな声を上げる。
「いいぞ、やはりなかなかの素質だ」
その言葉に、セイは思い出す。
「あの、俺のこと才能はないが素質はあると言ってましたけど、どういうことでしょう?」
しっかりと覚えている。そう言ったのはこの黒髪の女神だ。
「才能とはな、一を聞いて十を知る。そういうもののことを言う。対して素質は一を教えれば一を、十を学べば十を順調に覚えていくものだ」
「才能に素質は勝てませんか?」
「才能には欠点があってな。才があるゆえに油断したり、必要な過程をすっ飛ばして高みに上ることがある。素質があれば、努力次第で才能には勝てる」
そこでリアはにんまりと笑った。
「幸いお前は、どれだけ過酷な努力をしても、壊れないという素質があるからな」
背筋を伝わる汗。嫌な予感ががんがんとする。
とりあえず走り出したセイだが、すぐに息が切れてくる。足が重い。筋肉疲労ではなく、実際に重い。
顎が上がりながらも、数キロは走っただろう。いつの間にかスタート地点に戻っている。
「よし、それでは実際に打ち合ってみるか。武器は刀でいいな?」
喜色満面のリアに渡されたのは、刃のある真剣であった。
対するリアは木刀である。
「え、いいんですかこれ」
木刀と真剣の殺傷力はそれほど変わらないという話もあるが、実際に刃のある武器を持ったのは初めてである。
「大丈夫だ。最初は手加減してやるから。全力で斬って来い」
そういう問題ではないのだが、ためらいながらもセイはリアに向かって、刀を振り上げた。
振り下ろした刀は、リアの肩を打って……そして止まっていた。
「駄目だな。刃筋が立っていない。それに刀は、叩くものではなく斬るものだ」
そう言ったリアは片手で木刀を振りかぶる。次の瞬間、木刀は消えていた。
そして見えない攻撃がセイの肩を打ち、肋骨まで見事に砕いていた。
勝負あり。だがリアの攻撃は止まらなかった。
見えない攻撃が全身を打つ。一撃ごとに骨が確実に砕かれていく。
「どうした? 痛覚耐性があるはずだ。まだ動けるはずだぞ」
いや、骨が砕けていたらそれは無理でんがな。
セイはその場に崩れ落ち、ようやくリアはちょっとやりすぎたかな、といった感じで苦笑していた。
そして修行は、そこで終わりではなかった。
『復元』
破壊された肉体が完全に元に戻る。
そしてまた見えない木刀で全身の骨を砕かれる。
『復元』
刀を構えて、防御に専念する。リアはゆっくりと木刀を振ってくる。
三撃目で、体が動かない体勢になってしまっていた。関節は逆には曲がらないのだ。
そこへゆっくりと木刀が振りかかり、頭蓋骨を破壊した。
セイはやっと意識を失うことが出来た。
気が付いたらそこは居間だった。
「起きたか。食事だぞ」
リアは何事もなかったかのように振舞っているが、あの瞬間、確かにセイは死んだ気がする。
不死身。そうなのだろうか。実感が湧かない。
「まったく、初日からやりすぎですよ」
カーラが運んできてくれたのは洋食の朝ごはんだった。セイは和食派なのだが、もちろん文句を言うことはない。
「いや、全力で鍛えても大丈夫な弟子なんて初めてだからな。ちょっと張り切りすぎた」
あっけらかんとリアは言うが、やはり死んでいたようだ。
「いきなり殺して悪かったな。まあ初日だし、今日の午前中はこの集落を案内してやろう」
「午後からは私が魔法について教えます。残念ながらあの空間には入れないので、この部屋で教えますが」
「ここでやるんですか?」
「あの空間は妊婦には悪影響を与えるからな。心配するな。カーラは魔法を教えることについては私より上だ。世界一と言ってもいい」
もそもそとセイは食事を終える。しっかりと噛んで、消化を良くする。
「ご馳走様です」
食器を流しに持っていくと、そのまま水に浸けておいてと言われた。お言葉に甘えてそうする。
新聞らしきものを読んでいたリアがそれを畳み、立ち上がる。
前から思っていたことだが、この女性は立ち姿も美しい。動作はかなりおっさんくさいが。
「それじゃあ行って来る。店のほうは頼んだ」
また接吻して、リアは階段を降りていく。
それに続いたセイは、そういえばこの家の一階をまだ見ていないことに気付いた。
一階は武器や防具を売っていた。入り口のガラスから薄明かりが射し、無骨で玄妙な空間となっている。
「一階は武器防具屋だ。大半は私が作ったもので、弟子や知り合いの作品もあるな」
セイの関心を少なからず刺激したが、リアは勝手口の方から外へと出て行く。慌ててセイもそれに続く。
外に出ると、そこはファンタジーの世界だった。
歩いているのは半分以上がセイの胸までしか身長のない人間――ドワーフだ。しかし彼らの腕周りは丸太のように太い。
そしてドワーフ以外の種族もいる。直立した犬や猫。そして身長はドワーフと同じぐらいだが、子供にしか見えないのは……子供なのだろうか?
「小さくて細いのはほとんどがハーフリングだな。小さくて太いのがドワーフだ。あとは猫獣人、コボルト、たまにそれ以外の獣人もいる」
「エルフ! エルフはいないんですか!?」
地球の神はいると言っていた。異世界ファンタジーならエルフは基本装備だろう。
「エルフは森の中に住んでいるからな。普通は見かけない。たまに旅のエルフが買い物に来るぐらいだ」
ちょっとだけがっくりとしたセイだが、リアはどんどんと迷いなく太い道を進んでいく。そしてこの里の奥、一番大きな建物に入っていく。
「大親方、いるか!」
朝から既に金属を叩く音がする。そこへリアの大声が響く。
「なんじゃい、朝から騒々しい」
奥から出てきたのは深い皺を顔に刻んだ、白髪のドワーフだった。
「新しい弟子だ。しばらく里で世話になるから、よろしく頼む」
「セイです。よろしくお願いします」
「ふむ、細いな」
大親方はジロリとセイを睨むと「今度は何日もつか……」とわざわざ聞こえる声で言った。
「まあ最近は、私も加減を覚えてきたからな。それにこいつは、しぶといんだ」
加減と言うが、さっき一度殺されたばかりである。
「なるほど。まあリアに鍛えられれば強くなれることは間違いない。励めよ」
「はい」
大親方の家屋兼工房を出た二人は、そのすぐ近くの工房に入る。
「姉御、おはようございます!」
鍛冶を行っていたドワーフが、手を止めないまま挨拶をする。するとここがリアの工房ということか。
「皆に紹介しておく。新しく弟子になったセイだ。鍛冶の腕は仕込まないが、見ておいてやってくれ」
「鍛冶じゃないってことは、腕っ節の方ですか?」
「ああそうだ」
リアがそう言うと、一同は一様に気の毒そうな顔をした。
嫌な予感がするセイだが、リアは簡単な説明をすると、すぐに工房を出た。
それから宿屋兼酒場兼食堂。道具屋。魔法具屋などを案内して、おおよそ昼になる。
「北にある山が鉱山だ。おおよそは鉄を産出するが、ミスリルも少し採れる」
「ミスリル、あるんですか。オリハルコンとかは」
「オリハルコンはさすがに滅多にないな。まあ私はけっこうな量を持っているが」
「やっぱりよく斬れるんですか?」
「私は鉄が一番好きだな。オリハルコンも悪くないが、防具に使うことの方が多い。刀にはやはり鉄だよ」
家に帰ると、既にカーラが昼食を用意して待っていた。
肉と野菜と穀物のバランスのいい食事である。そういえばこちらの世界に来てから、まずい食事というものを味わったことがない。
「この世界の食事のレベルはどうなんですか? カーラ先生が特別に上手いんですか?」
「カーラが料理上手なのは間違いないが、食事のレベルは地方によるな。貧しい国は食事も貧しい」
そのあたりの事情は地球とおなじなのだろう。
「さあ、それでは少し休んだら、魔法の勉強をしましょうか」
カーラがそう言って、セイのテンションはこれまでになく上がった。
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