第124話 3 女神の過剰な恩寵

「ではまず、肉体への耐性を与えましょう」

 水色髪の女神が言って、セイの肉体に光が吸い込まれる。

 肉体の強度が上がった気がした。気がしただけで、ひょっとしたら勘違いかもしれない。

「これで痛覚への耐性、毒、麻痺、疾病、沈黙、暗闇、衰弱、飢餓、出血などへの耐性がつきました。ですが肉体の能力自体が上がったわけではないので気をつけてくださいね」

 これはチートではないのだろうか。

 何より毒と疾病。これがセイは怖かった。異世界であるからには未知の毒があるだろう。病気も色々あるに違いない。それに耐性が付くとはありがたいことだ。



「なら精神の耐性も必要だな」

 銀髪の女神が放つ光が、セイに吸い込まれる。すると何だか、混乱している頭がすっきりした。

「恐怖、混乱、魅了、幻覚、威圧……まあ精神に与える攻撃を軽減することが出来る。あくまで軽減だ。たとえば神の神威なんか食らったら、動きが鈍くなるのは間違いないぞ」

 これもありがたいことだ。混乱しないのは戦闘において重要だし、魅了なんて食らったら、いくら肉体に耐性があっても無意味だろう。



「じゃああたしは魔法に対する耐性を与えるか」

 赤毛の少女が言う。

「治癒魔法に対する耐性まで与えるなよ?」

 黒髪の女神に言われて、少女は一瞬動揺したようだった。

 それでも赤毛の少女は耐性を与える。これで魔法を食らってもかなり効果は軽減されるとのこと。

 もし魔法使いと戦うことになれば、これだけでかなりのアドバンテージとなるだろう。



「え~とね、死んだら困るんだから、不死身にしてあげようかと思うんだけど」

 金髪の少女がとんでもないことを言い出した。

 不死身。ライトノベルのレーベルではない。

 そんな無茶苦茶な祝福に、他の女神たちは軽く頷いている。

「確かに、それは重要だな。勇者以外にも邪神どもの眷属と戦う機会はあるだろうし、レベル5だと下級悪魔との戦いでも死ぬだろうからな」

 当たり前のように黒髪の女神は言うが、不死身というのは完全なチートではないのだろうか。

 王様の前で「死んでしまうとは情けない」とも言われず、セーブポイントに戻されるわけでもない。そんなことが本当に可能なのだろうか。

「言っておくが、不死身だからといって油断するなよ。細胞一つ残らない単位で消滅させられたら、さすがに死ぬからな。たとえば竜のブレスや、死神の精神を殺す攻撃を食らえばそれまでだ」

 黒髪の女神はセイの疑問に正確に答えてくれた。

「不滅という祝福もあるが、これは神のものだしな。それに不滅でも、滅ぼす方法はある」

 なんだかだんだん不安になってくるセイである。不死身であっても油断できない世界とは、いったいどうなっているのか。

「五体バラバラにされて封印でもされたら、それで終わりだからな。ちなみに神の中にはそうやって封印されていたのもいる」

 いるのか。



「さて、ここまででかなりの祝福を与えたわけだが……」

 黒髪の女神は他の四柱の神を見つめる。

「これだけでは、どうにもならんよな?」

 セイのレベルは5のままである。筋力や敏捷力が上がったわけでもないし、魔法も使えない。

 喧嘩にちょっと自信がある人間が、おそらくしっかりと武装した兵士や、自然を闊歩する魔物と戦う。

 うむ、無理である。

「あの、銃とか使えませんかね? それなら遠くから一方的に攻撃できるんですけど」

「銃か。選択肢の一つとしてはいいかもしれんが、少し強い魔物相手には火力不足だな」

 銃が存在する世界らしい。

「ちょっと高位の魔法使いとなると魔法障壁で銃弾など防いでしまうし、戦士でも身体強化で防ぐかかわすか、とにかくそれほど有効ではない」

「対物ライフルとかありませんかね? フォルダにしまっておけばいつでも取り出せますし」

「悪くはないが、遠距離戦なら魔法の方が応用がきくし、白兵戦に持ち込まれればそこでアウトだな」

 ファンタジー世界で科学無双は無理のようである。



「まあ、全部使えるようになればいいか」

 黒髪女神様はそんなことを仰った。

「何か武器は使えるか? 体術でもいいが」

「剣道初段です。剣道っていうのは、竹で出来た竹刀という武器で――」

「ああ、分かる。剣道なら私も四段までは習得したからな」

 この世界には剣道もあるのか。

「私はな、今でこそ神様なぞしているが、元は地球の出身なんだよ」

 セイの疑問に、女神は答えてくれた。さりげなく言ったが、かなり重要なことではないのか?

「そうだな、ベースの武器による戦闘は私が教えよう。魔法についてはカーラの方が教師としてはいいだろう。ある程度強化してから旅に出ればいい」

「おいおい、何年修行させる気だよ。あんまり時間はないんだぞ?」

 赤毛の少女に、黒髪の女神は胸を張って答えた。巨乳である。

「時々修行を求めてくる者が多いのでな。神聖なる時の部屋というのを作ったんだ」



 精神と時の部屋ではない。間違わないように。



 外の世界が一日過ぎる間に、その部屋では一年の修行が出来るという。

「それなら外の世界の修行も合わせて、一月もあればかなり強化出来るだろう」

 一日が一年なら、30日で30年。

 それは確かにそれだけ訓練すれば、無茶苦茶強くはなるのかもしれないが。

「さすがにそれは……」

「心配するな。ずっとそこに閉じこもって生活するわけではない。外でしか学べないこともあるしな」

 セイの内心を見透かしたように黒髪の女神は言った。



「改めて名乗ろう。私は暗黒竜レイアナ。親しいものはリアと呼ぶ」

「小島聖です。ひじりと書いてセイと読みます」

 水色髪の女神が言った

「私は水竜ラナ。水の中から時々あなたに神託を告げるかもしれません」

 銀髪の女神が言った。

「我は風竜テルー。もし行き詰ったら、大気に乗せて我が名前を呼べ。暇だったら力を貸すかもしれん」

 これはゲームに熱中して「今忙しい」というタイプだとセイは思った。

「あたしは火竜オーマ。基本暇だから、旅に誘ってくれてもいいんだぜ?」

 にぱっと笑う少女は、本気で思っていそうだ。

「私は黄金竜イリーナ。迷宮を作ったばかりだから、遊びにきてくれると嬉しいな」

 金髪の少女は言うが、そんな暇はあるのだろうか。

「これに幼き2柱の神竜を合わせて、世界を守護する七大神竜となる」

 リアはそう言ったが、その2柱はどうしていないのだろう。

「残る2柱はまだ幼いからな。おねむの時間なのだ」

 神様がおねむですか。



「それでは、行くとするか」

 リアがそう言って、ラナが頷く。

「任せましたよ、レイアナ」

「あの、皆さんもありがとうございます」

 セイはいちいち頭を下げた。その様子に、女神たちは微笑んでいる。

 この『勇者殺し』はハズレじゃないと、内心では快哉を上げている者もいた。

 彼女たちは神竜。

 世界を守るべきもの。世界を守るためなら、人間など滅びてもいいと考える存在。

 その中でリアとイリーナだけは少し違うのだが。

「頼みましたよ、人の子よ」

 ラナの言葉が耳に残り、そしてリアとセイは転移していた。







「あれ?」

 転移した先は、和風の七畳間だった。

 確かに畳が敷かれているし、和箪笥があるし、丸い蛍光灯がある。

 何より部屋の真ん中にはちゃぶ台が置かれている。

「あの、レイアナ様?」

「私のことは師匠と呼べ。それで何だ?」

「師匠、ここって日本ですか?」

「いや、ネアースだ。ここは日本家屋っぽく作られているだけだ」



 その時階下から、とんとんと足音がして、誰かが上がってくる。

「リア、お帰りなさい」

 銀髪碧眼。慈愛の笑みをたたえたエプロン姿の美女。

 思わず拝みたくなるほどの美しい女性である。そして彼女に歩み寄ったリアは、自然に唇を重ねた。

「ただいま、カーラ。彼がしばらく居候させるセイだ」

「そうですか。セイ、よろしくお願いしますね」

 その言葉を、セイはまともに聞いていない。直前に目にした光景が、脳裏に焼きついていた。

 美女同士の接吻。燃え上がる萌えの魂。



 そう、セイの持つあまりにも因果な性癖。



 彼は百合男子だった。



「リアル百合キター!」

 思わず叫んだ少年を、誰が責められようか。

 この反応にカーラは目を丸くしたが、リアはセイの頭をがっしりとつかんだ。

 痛い、痛いです。

「誰が百合だ。私たちはちゃんとした夫婦だ」

「ふうふ?」

「私が夫で、カーラが妻だ」

「またまたご冗談を」

 猫のように笑ったセイだが、リアの目は真剣である。



「よしセイ、この世界の常識の一つをまず教えてやろう」

 どっかと座ったリアの前に、セイは正座する。

「この世界において最強の存在は、神ではなく竜、特に神竜だ」

 七大神竜と言っていたから、それのことだろう。セイは理解する。

「そして竜は全て、例外なく女だ」



 お、おおう。



「そ、それじゃあどうやって繁殖するんですか? 人間とかとくっついたり?」

「いや、状況に合わせて、片方が一時的に男の機能を持つ。実際私とカーラの間にはこれまでに3人の娘が生まれているし、今もカーラは妊娠中だ」

 人妻妊娠。そして百合。

 業の深いセイだが、これにはさすがに驚かされた。さすが異世界である。素晴らしい。

「人間に子供を産ませた竜は他にもいるんだけどな……。私の先祖とか。人間を夫にした例は……ちょっと聞いたことがないな」

 転移一日目にしてはやくも驚かされたセイだが、これはこれでいいではないか。

「ちなみに武術は私が、魔法は理論面ではカーラが教えるから、そのつもりでいるように」

「わ、分かりました。よろしくお願いします、カーラさん」

「私が師匠なのだから、カーラのことは先生と呼べ」

「……はい、よろしくお願いします、カーラ先生」



「さて、それじゃあ修行は明日からにして、そろそろ夕食にするか」

「分かりました。セイ、手伝ってくれますか?」

「はい、何をしたらいいでしょう」

 立ち上がって居間と隣接した台所に向かうセイだが、その途中でガラス窓の外をなんとなく見つめた。

 ガラスが使われているなら結構文明のレベルは高いのだろうなと思ったが、窓から見えた光景は、暗闇の中に石造りの建物が立ち並び、同じように窓から光があふれているというものだ。

「……師匠、ところでここはどこなのでしょうか?」

「ああ、ドワーフの里だ」

「どわーふ?」

 あれ? この人……竜で神様なんだよね?

 どうしてドワーフの里に住んでるの?



 そんな疑問を持ちつつもセイはカーラの用意した食事を運び、あまり減っていない腹の中に収めていった。

「お代わりは?」

「あ、お願いします。ところで、どうしてドワーフの里に住んでるんですか?」

「私の本業が鍛冶屋だからだ。神様は副業でやっている」

 なんと兼業神様であった。

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