第123話 2 神との熾烈な交渉

 神様とセイとの間に、うっすらとした板が現れた。

 それには様々な祝福――ギフトが表示されているが、グレイアウトしているものも多い。

「これはおぬしの魂の強度で獲得出来る祝福の一覧じゃが、さっきも言ったとおり、戦闘力に直結したものはない。さあ、選んでくれ」

 選べと言われても、多すぎて分からない。

 それでもセイは現代日本に生きる男の子である。どういった祝福が必要かぐらいは、ゲームやラノベで知っているのだ。

「相手の強さが分かるものってありますか?」

「鑑定の類じゃな。いくつかあるぞ」

 表示の仕方が変わって、幾つかの祝福が並ぶ。

 鑑定。能力鑑定。物品鑑定。魔物鑑定。技能鑑定。万能鑑定。看破。などなど。

「これは何がどう違うんですか?」

「うむ、能力鑑定は生物の能力を鑑定するもの、物品鑑定は物の性能などを鑑定するもの。両方を合わせたのが鑑定じゃな。ただ鑑定では偽装や隠蔽で騙されるからのう。看破か万能鑑定ならその心配もない。万能鑑定なら神以外の能力を全て暴くことが出来るぞ」

「それじゃあ、まずはこれを選びます」



 万能鑑定を選ぶと、それまで光っていた祝福がグレイアウトしていた。選べる上限が決まっているのだろう。

「じゃあ次は、アイテムボックスはありますか?」

「宝物庫か。これも性能がいろいろあってな」

 宝物庫。無限収納。時空収納とある。

「あの、これパソコンのフォルダみたいな感じのアイテムボックスってありませんかね?」

「ふむ、では無限収納をフォルダのようにしておくか。ちなみに中の時間はほぼ停止しておるから、生き物はほぼ生きられんぞ」

「ほぼってことは?」

「死体の中でも生きた細胞とかはあるじゃろ? それぐらいなら入るということじゃ」



 さて、またグレイアウトした祝福が多い。それでもまだまだ無数にあるのだが。

「強奪ってありませんかね? 相手のスキルを奪って自分のものにするという、物語では定番のものなんですけど」

「ないのう。スキルは基本、鍛錬や条件を満たして得る結果であって、存在するからそのスキルを使えるというものではないからのう。それに戦闘力に直結したものは駄目といったろう」

 封印といった、一時的に相手の技能を使えなくするものはあるらしいが、使える条件がシビアだという。

 第一これも戦闘で有利になるものだ。

「じゃあ転移はどうでしょう」

「無理じゃな。これはポイントが足らん。短距離転移なら獲得出来るが、これは戦闘力に直結するからのう」

 転移で相手の背後から暗殺。そんな器用な真似は駄目らしい。







 それからもあーでもない、こーでもないと話は続く。

 セイは命がけだし、神様も真剣だ。数時間もかけて祝福を選んでいく。

 忍び足などといった地味な祝福はあるのだが、どうもセイの食指が動かないのだ。なんと言っても戦闘力に直結する祝福が得られないというのが辛い。

「え~と……じゃあマップはどうでしょう?」

「地図か? まあそれならポイントも足りるが……」

「この地図にですね、ちょっとした機能を付け足してほしいんですよ」

 セイの提案に神様は渋い顔をするが、確かに出来なくはない。

「しかしのう……。ポイントがのう……」

「そこは神様の力でなんとか」

 伏して拝むと、セイの信仰心が神様に流れ込んでくる。

「うむ、これならなんとかなるかのう……」

 神としての力をほんの少し切り分け、セイの魂に付け足してみる。



 なるほど、確かに上手くいく。

 セイが頼んだのは、マップの改良と、万能鑑定の接続。

 つまりマップで把握した人物や物品を、鑑定するというものだ。

 実はこれが、凄まじく高難易度の魔法で再現可能なのだが、セイはもちろん神さえもそれを知らない。

 何しろ地球にそんな魔法はないのだから。

「さて、祝福に使えるようなポイントは残っておらんが、この端数をどうするか」

 この端数で、肉体や精神の能力を上げることが出来るのだが、何を上げても戦闘力に直結するだろう。

「あ、そういえば」

 セイはふと気になった。ラノベでは大概最初からどうにかなっているものだが、一番重要なことでもある。

「向こうの世界の言葉って分かりますかね?」

 その指摘に、神は動作を止めた。

「忘れておった……」



 神様曰く、あちらの世界の公用語は大陸共通語、英語、日本語の三つらしい。

 なんで英語と日本語があるのかと言うと、過去に違う地球が接触しているからとのこと。

 大陸共通語の翻訳機能はそれほどポイントも必要なかったので、どうにか残りのポイントで獲得できた。

「基本的に大陸共通語が使えればたいがいの土地で大丈夫じゃが、ドワーフやエルフといった亜人や魔族の集落では通じないかもしれんから、気をつけるのじゃぞ」

「はい、分かりました」

 そして神様から渡されたのはどこにでもありそうな白い石。

「これは帰還石と言ってな。これを額に当てて帰還と願うことによって、地球に戻ってこれる」

 最後には自分の額に当てて帰還と思えば、セイも帰って来れると言うことだ。

「それでは、送るかのう」

 頼んだぞ、と神様が手を広げると、星空に変化が現れた。







 足の下に惑星がある。地球に似た青い星だ。

 思わず座り込んだままのセイの周囲を5柱の女神が囲んでいた。

 ……いや、本当に女神なのだろうか?

 白い布をまとい、杖を持った銀髪と水色の髪の女神。その美しさと、何もせずとも伝わる威厳で、この2柱が神だとは分かる。

 丁度背後に立つ金髪の少女。これもまた、黄金の鎧を身に纏い、黄金の大剣を背に負っているから、戦の神と思えなくもない。

 だが、赤毛の女神。

 丈の短い服を着て、顔は薄汚れ、足や肩をむき出しにしている少女。地球ならスラムの浮浪児に思えるだろう。

 そしてきわめつけの最後の一人。いや1柱。

 ツナギを着ている。

 ツナギの袖の部分を腰で縛り、剥き出しになった上半身は袖を落としたタンクトップという格好。手にはハンマーを持っている。

 なんじゃこりゃ。



「あの……」

 質問しようとしたセイは、女神の溜め息を受けた。

「これは弱い」



 銀髪の女神の言葉に、少しショックを受ける。

「仕方ないでしょう。勇者と同じ力を与えては、それこそ本末転倒なのですから」

 水色の髪の女神に言われ、銀髪の女神はまたも吐息をつく。

「まあ、あたしたちが力を授ければ、なんとかなるだろ」

 赤い髪の少女が言うと、金髪の少女も頷いた。

「才能はないが、素質はある」

 黒髪の女神が言って、彼女たちの方針は決まったようだ。



「かなり強い力を与えなければいけませんね」

 水色の髪の女神が言って、考え込む。

「いや、まずは死なないことを第一にしなければいけないだろう。36人分も無理やり送還するなら、我々の力もかなり消耗することになる。一人でも多く彼に頑張ってもらわないといけない」

 銀髪の女神が言って、それに女神たちは頷く。

「それにしても……いくら戦闘力に直結した祝福が駄目とは言え……」

 銀髪の女神はまだ言い足りないようだ。

「万能鑑定って……こんなもの神眼や竜眼の下位互換ではないか。どうするんだ、こんなもの。神照看破の魔法で完全に代替出来るぞ」

「いや、その認識はおかしい」

 黒髪の女神が擁護する。

「普通の人間は神眼や竜眼なんて持ってないからな。術理魔法で手に入れるにも、何十年かかるか分からん。神や竜と比べるのがおかしい。それに神照看破は魔法だから魔力も必要だし、タイムラグがある」

 どうやら一番俗っぽい格好をした黒髪の女神が、この中では一番まとものようだ。

「無限収納も、時空魔法を使えば身に付くものですが」

 水色髪の女神も、それに文句があるようだ。

「だから、私たちと一緒にするな。祝福も持ってない人間が時空魔法を習得して、時空収納まで使えるようになるのに、何年かかると思っているんだ? それにこれは無限収納だ。魔力に左右される時空収納より上限がない分使えるだろう」

 なるほど、と水色髪の女神も頷いた。



「それと、マップ。地図か。こりゃどうなんだ?」

 赤毛の少女に言われて、今度は黒髪の女神も沈黙した。

 女神たちは首を傾げる。前二つの祝福にはなかった反応だ。

「単体ではただの地図だが、魔法や万能鑑定と組み合わせると、戦闘の役に立つというか……不意打ちが可能になるな」

 黒髪の女神が言うと、他の女神が関心を示す。

「マップの人間を鑑定することでその能力を事前に察知できるし、魔物に突然襲われることもなくなる。それに魔法の誘導矢などと組み合わせると、敵の視界の外から攻撃が出来る」

 なんと最後まで唸ってひねり出した祝福が、女神たちには一番高評価らしい。

「なるほど、総合的に見るとなかなかいい選択だ。賢いぞ」

 わしわしと少し乱暴な手つきで、黒髪の女神がセイの頭を撫でた。



「まあレイアナが言うならそうなのでしょう。私たちには人間と戦った経験などほとんどありませんから」

 水色髪の女神の言葉に、セイはやはりこの黒髪の女神が一番人間に近いのだと確信した。

「しかしそれでも、勇者たちと戦うには戦闘力が低すぎる。おまけに今は邪神共も復活しているからな」

 銀髪の女神が溜め息をつく。この女神様、溜め息が多い。

「仕方ないだろう。それは私たちが加護を与えていくしかない」

 頼りがいのある黒髪の女神を、セイはほとんど拝まんばかりの目で見る。

「それでは、私たちの祝福を与えるとしましょうか」

 水色髪の女神が宣言し、女神たちは頷いた。

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