第二部 神竜の騎士 序
第122話 1 見知らぬ天井ですらなかった
「知らない天井……じゃねえ!」
そこには天井すらなかった。
無限に広がる大宇宙。その中に畳が二枚浮いている。その一畳分に自分が寝かされていて、もう一畳のスペースでは、グラサンを取った亀○人のような老人がノートパソコンを叩いていた。
「あの……」
「うむ、気が付いたようじゃな。自分がどうなったか分かるか?」
「え?……」
記憶を辿る。確か学校から帰って剣道場に行こうとしたら、ボールを追いかけてきた幼女がトラックに轢かれそうになって……。
「あ、あの子、どうなったんですか!?」
「うむ、おぬしのお陰で無事じゃよ。ただ、ちょっと膝を擦りむいたけどな」
「そりゃ良かった……。あのトラック、何考えてんだ……」
「運転手も心臓発作で死んでおったからな。さすがに罪には問えまい」
「それは……仕方がないのか。え~と、それで俺、死んだんですか?」
宇宙空間に浮かぶ二畳間。目の前のアロハシャツを着た老人は、なんとなく神様のような気がする。
「まあ、その前に名前を聞かせてもらおう」
そう言われて、少年は名乗っていないことに気が付いた。
畳の上で正座して、きっちりと挨拶をする。
「小島聖です。ひじりと書いてセイと読みます」
「うむ、よろしい。気が付いておるかもしれんが、わしは神じゃ」
予想通りであった。
「それで、さっきのことですけど、俺死んだんですかね?」
「いや、死んではおらん。だが生きてるわけでもない。その狭間に存在しておるところだ」
神様曰く、セイの魂は生きてる状態と死んでる状態の丁度中間にあるらしい。
このまま放っておけばどちらかになるのだが、なんとか生き残っても、問題があるそうな。
「重度の障害を抱えて、一生を送ることになるだろうの」
半身不随かほぼ植物人間か、おそらくそのあたりに落ち着くだろうと。
「それは……」
両親や姉に、どれだけ迷惑をかけるだろう。それならいっそ、死んでしまったほうがいいのでは。
そうだ、そうしよう。一時的には悲しいかもしれないが、一生迷惑をかけて生きるよりは、その方がいい。
「じゃあ、いっそのこと、殺しちゃってください。親不孝になるけど……事故だし、仕方ないです」
「まあ待て。おぬしが死ぬと悲しむ家族はいるだろうが、それだけではないぞ」
神様はお茶を湯飲みに淹れて差し出した。
「あ、いただきます」
「お前が死ぬとな、お前が助けた子やその両親にも、一生消えない重荷を背負わせることになる。そう思わんか?」
さすが神様。人のことをよく分かっている。
しかしそれは、大きな障害を負って生き残っても同じではないのか。
「そんなお前さんに、一つ提案がある。提案と言うよりは頼みじゃな」
神様でも人間に頼むことがあるのか。
「地球とは違う、ある世界がある。そこで邪神とか魔神とか悪神とか凶神とか、まあもろもろの悪い神々が復活したんじゃよ」
「え? まさかそれを倒してこいとか?」
喧嘩には自信があるが、神様相手に戦えるはずはない。
「いや、そんな無茶は言わんよ。その世界で諸々の神々に対抗するため、勇者召喚の儀式が行われたんじゃ」
「勇者と共に神様と戦ってこいとか?」
それも無理じゃないかな。
小島聖。特技は剣道。趣味は将棋です。
「いやいや、それも違う」
神は首を振る。しかしこの話の流れで、何を頼もうというのか。
「お前さんにはその世界に行ってな」
ふむふむ。
「勇者たちを殺してきてほしいんじゃよ」
……。
「……え~!!」
神様曰く、異世界から何か、特に人間などの魂あるものを召喚すると、世界と世界の間に線が出来てしまうらしい。
その線は細いものだが、時間をかけると強固なものとなり、いずれ世界と世界が衝突することになるという。
「世界が衝突って……それじゃあ両方とも惑星が滅びるとか、そんな感じなんですか?」
「いや、それがな。向こうの女神の力はこっちの神の力よりも強くてな、一方的に破壊される」
ちょっと情けない顔で神は暴露した。
「大変じゃないですか!」
「うむ、だから勇者たちをこちらの世界に戻してほしい。もしくは、殺して欲しい。魂になれば線は消えるからな」
「はあ? 勇者を殺すんですか?」
「うむ。もしくは半殺しにして抵抗力を奪ってこちらに戻すか、了解の上でこちらに戻すか、三つの方法がある」
セイはその会話の中で、気になったことに言及した。
「勇者たちって言いましたよね?」
「うむ、勇者一クラス36人じゃ」
その数に思わず絶句するセイである。
まあ、それだけ人数がいれば、話し合いでこちらに戻ってくれる勇者もいるかもしれないが。
「期間は十年。一人殺すか戻すごとに、一年ずつ年数を増やしていこう。そして肝心のおぬしへの報酬じゃが、まず今回の事故での傷を、最低限のものとしよう。また地球で今後おぬしが生活する上で、わしの加護をやろう。どうじゃ?」
それは魅力的な報酬である。後遺症が残らない上に、残りの生涯を神様が守ってくれるというのならありがたい。
「その十年の間、こちらの俺はどうなってるんですか?」
「時間の流れを調整して、こちらでは一秒も経過していないようにする」
時間の調整って……。やはり神様である。
「もう一つ気になったんですけど、あちらの世界で俺が死んだらどうなるんですか?」
「こちらの世界でも死ぬ。最初におぬしが希望した通りにな」
それなら、死んで元々と考えればいいのではないだろうか。36人を説得するのは難しいかもしれないが、神と戦うために召喚されたとしても、普通の人間だろう。中二病を発症している人間はいるかもしれないが。
「あれ? ひょっとして勇者って、向こうの世界ではこっちの世界より強くなってたりします?」
「うむ、おそらくレベル30から40といった感じではないかのう」
「レベルあるのかよ……。ちなみに今の俺のレベルは?」
「5じゃな」
「無理ゲーじゃん!」
思わず叫ぶセイに、神様ものけぞった。
「せっかくですがやはり他の人間に頼んだ方がいいかと……」
なにしろ地球消滅の危機なのだ。セイに背負えるものではない。
「そう言うがな、実のところ、おぬしよりも適格な者がおらんじゃよ」
神様は困り顔で言う。
「何か条件があるんですか?」
「まず、日本人であること。これは人種がうんぬんでなくてな、使っている言語が、向こうの世界の魔法と非常に相性がいいんじゃ」
おお、当たり前なのかもしれないが、魔法はあるのか。
「それでな、おぬし、人を助けるために命を投げ出したじゃろ? そういう人間に行ってもらわんと……あちらで無茶をされても困るからの」
体が勝手に動いたのです。もう一度同じことをやれと言われても、たぶん無理です。
「さらに、魂の強度というのかのう。困難に打ち勝つための精神力。それが非常に優れておる」
そこまで誉められて悪い気はしないが、そもそも可能か不可能かという問題がある。
「でも、レベル30と5ではかなり差がありすぎますよ。もし向こうが地球に帰るのを拒否したら、俺じゃどうにもなりません」
「そこでわしからのプレゼント。祝福を与えようじゃないか」
「祝福?」
「祝福。ギフトと言ってもいいかのう。普通の人間は持っていない、不思議な力じゃ」
「なんかラノベっぽいというか、魔法みたいなものですか?」
「使いようによっては魔法より強力じゃ……が、戦闘力に直結してしまうものは授けられん。あまり強くして送り出すと、向こうの世界との線がより強くなってしまうからじゃ」
「つまり俺は戦闘能力には直結しない不思議な力を貰った上で、異世界に行って勇者を説得したり半殺しにしたり、全殺しにしたりすると。無理ですよ」
「いや、向こうの世界に渡った時点で女神からも祝福を授かるから、無理ではないはずじゃ。女神も世界を一つ破壊するのは片手間にはいかんから、出来る限りの祝福を与えてくれるはずじゃよ」
うむ、それなら確かに色々と有利な点はある。
「それに向こうに行ってすぐに勇者と接触する必要はない。十年という期間は、そのためのものじゃ」
その間に勇者より強くなれと。
……無理じゃね?
だが、選択肢もないような気がする。このまま目の前の神様の頼みを断れば、死ぬか半身不随か。
おまけに世界崩壊の危機だ。
そして自分以上にその世界に適格な人間はいないという。
「分かりました」
セイは決断した。
地球を守る。なんだか話が大きすぎて理解しきれていないような気もするが、もうそれはいいだろう。
「その世界に行ってきます」
「おお! 頼まれてくれるか!」
神様は喜色を露にセイの手を取った。
「それじゃあ早速、ギフトの選択をしてもらおうかのう」
そして神様との長いやり取りが始まった。
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