第121話 最後の日

 戦い始めてすぐ、リアも他の皆も、目の前の神が力の塊であることに気付いた。

 そしてそれは光となって、アルスの機械神や竜となったリアを痛めつける。

(これは……消耗戦か?)

 アルスの操る機械神の肉体と、神の肉体はほとんど同じ大きさである。これには広範囲の攻撃魔法を使っても、あまりダメージを与えられない。

 カーラや黒猫の3人は、周囲にいる雑魚の掃討に努める。雑魚の攻撃などダメージを受けない二人だが、それでも目の前の敵に集中したい。

『滅びよ』

 アルスの魔法が神の存在を穿つ。だがそれは致命傷にならない。

 神の放つ光が、大地を焼き尽くす。悪魔はもちろん、眷属である天使まで、その光の中で消滅していく。

『最初に神は光あれ、と言ったらしいからね。やっぱり攻撃方法はそっちかな』

 分析しながら戦うアルスだが、魔核でブーストしたかつての神の肉体では、唯一神相手には分が悪いらしい。



 リアの暗黒のブレスが、光を削っていく。

(肉体が……ある?)

 光の防御の向こうに、確かな手ごたえを感じた。

 神であろうと、世界に顕現するためには肉体が必要だということだろうか。

 ならばブレスよりも効果的な攻撃がある。

『ガアアアアァッ!』

 咆哮と共に、リアは神の肉体に噛み付いた。

 光の鎧がリアの鱗を焼く。だが確かにその牙は、神の肉体に届いている。

『なるほど、光に対しては闇か。それとも……』

 機械神から膨大な魔力を感じる。リアは神の肉体を抉り取り、素早く身を離す。

『――創世――』

 右手の中には銀河のようなきらめきが生まれ

『――虚空――』

 左手には全てを吸い込む暗黒が生まれた。

「逃げろ!」

 シファカの叫びが届いたか否か、そのタイミングで、魔法が完成する。

『崩壊』

 合わされた手と手の間から、全てを破壊する何かが生まれた。

 それは神だけでなく、機械神をも飲み込んでいく。



 アルスの最後の手段。

 創世魔法と、虚空魔法を作り出し、合わせる。

 最強の黄金竜クラリスをも飲み込んだ、最後の切り札。

 機械神であろうと神であろうと、神竜であろうと抵抗出来ない、究極の破壊魔法。

 極めれば宇宙創造の高みにまで昇る魔法が、全てを消滅させる。



 だが、それでも神は残る。

 アルスと機械神の持つ魔力の全てを注ぎ込んでも、神の全てを消滅させるには足りない。

 しかし大きなダメージを与えたことは確かだ。ここであと一撃与えれば。

 リアは変身を解き、ガラッハに最大の魔力を込める。

 神の肉体の残された部分を竜眼で見つめる。

 見える。

 光の塊が、半壊した肉体の中にある。

 そこへリアは突き進む。

「合わせろ!」

 カーラ、シファカ、アルヴィス、トール。残る全員がリアに魔力を送る。

 ガラッハが、光の塊へ食い込む。だが、両断は出来ていない。

「超加速」

 サージからもらった魔核の力で、リアは限界を突破し、さらにその向こう側へと達する。



 ここまできて……最後の最後で、パズルのピースがはまる感覚。

「えやあああああああああああぁっ!」

 その一撃は天を割り、地を割り、その間にあった神の心臓をも割り砕いた。



 創世の光が生まれ、リアとアルスを飲み込む。否、飲み込もうとした。

 アルスの半壊した機械神が、リアを庇う。

「何を……」

『後はよろしく』

 アルスが意志が伝わる。それは、あまりにも弱々しい。

 ここで、死ぬのか。

 死ぬために戦ってきたのか。

 リアに言った言葉は、まさに真実だったのか。



「と、そういうわけにもいかないんだな、これが」

 リアの目の前に現れたのは、神竜オーマ。

 機械神の核からアルスを引きずり出すと、いつの間にかリアの隣に現れていたテルーと共に、光の中を後退していく。

 途中でカーラや黒猫のメンバーを引っつかんで、地球の大気圏から脱出する。

 あちらの世界との境界には、ラナとバルスが控えていた。

「自分だけ満足して死ぬのは、かなり無責任だな」

 テルーからリアを預かると、バルスは目線を地球へと向けた。

 リアが背後を向くと、そこには大地が盛り上がり、海が蒸発し、全体が赤くなりつつある地球の姿があった。

「レイアナ、行くぞ」

 バルスに手を引かれ、リアはまた地球の領域へと侵入する。

「何を……」

「引き継ぐのだ、お前に」

 バルスが真の姿を取る。山塊よりも巨大な暗黒竜へ。

 周囲に結界を張り、バルスは地球の中心へと達する。

 そこは明るく熱い場所で、リアは自然と竜の姿を取っていた。



 バルスの姿が、魔力が丸くなる。

 そして周囲の全てを飲み込み始める。地球の核から地殻まで、全てを飲み込む。

 闇がリアの周囲を満たした。

『見よ、レイアナ』

 バルスの声と共に、リアの前には一本の……樹のようなものが現れた。

 よく見るとそれは、緑色の光の粒が集まっている。その光の粒は……恒星? いや、もっと大きな……。

『これが我が目に見える宇宙だ』

『これが……?』

『あそこに我らの世界がある』

 竜骨大陸のある惑星が、リアの脳内で大写しになった。

『そして、お前たちが地球と呼んでいた存在も、無数にある』

 拡大された宇宙樹のあちこちに、地球と同じ姿があった。

 そこでは人が生まれ、死に、そして滅びていく。

『これが宇宙……』



 リアの脳に、人間では制御出来ないほどの情報が流れ込んでくる。それでも竜の脳は、肉体は、すべてを吸収していく。

 やがて、眠りが訪れる。

 膨大な情報を整理するための、不可欠な眠り。

 バルスはリアをあるべきところへ戻すと、全てを修正した。

 新たに太陽系第三惑星となった惑星の位置を調整し、規則的に動くようにした。

「これで終わりか……」

 竜は死を悲しまない。それが同胞のものであれ、自らのものであれ。

 だから今のバルスの心のうちにあるのは、成すべきことを成したという達成感だけだった。

 これですらも、本来竜には発生しないものなのだろう。だがバルスは、あまりにも人間と関わりすぎた。

「満足か?」

 自らへの問いかけに、皮肉な笑みを浮かべる。

 そして暗黒竜は、魂すら削り取られ、時空の地平の彼方へと消えていった。







「リア」

 優しく呼びかけられ、リアは目を覚ます。

「カーラか……」

「ええ」

 風がカーラの髪を横殴りになびかせている。二人はまだ、空気の薄い高空にいた。

 そしてリアは気付く。自分が今、カーラに姫君のように抱かれていることに。

 抗議しようとしたが、なぜかそのままでもいいかと思えた。

「終わったな……」

「ええ……」

 これから始まることの方がずっと多い。だがリアは、これでひとまず終わりだと分かっている。

「アルスのやつ、最後に締まらない助けられ方してたな」

「そうですね」

「ざまあみろ」

 これで本当に良かったのか、リアには判断がつかない。だが難しいことを押し付ける相手は助かった。

 これはリアの勝利である。たとえ実際には神竜が助けてくれたのだとしても。

「面倒なことを引き継いだもんだ」

「?」

「後で話す。とりあえずは帰って風呂に入りたい」

 空を見る。さっきまであった天を覆う地表はもう存在しない。

 地球は消滅した。だが、少しずつ違う地球は存在している。それこそ無数に。

 おそらく少しずつ違うこの世界も、無数に存在しているのだろう。



「なかなか、予定通りにはいかないものだね」

「何から何まで、お前の思うとおりにいくか」

 同じく空中を飛んでいたアルスが話しかけてきた。

「まあ、あと1000年ぐらいは頑張ってみるかな。無責任なことをするなとも言われたし」

 それだけを言って、アルスは彼の居場所へと帰っていく。

 これがリアとアルスの別れになるのだが、二人はそれを知らない。

「帰ろうか、マネーシャへ」

「ええ」

「ところでカーラ、何時まで私は抱っこされていなければいけないのかな?」

「たまには良くありませんか?」

 リアはそれに断固として抗議した。



    竜の血脈 第一部   了

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