第120話 神々の黄昏
「せいやあっ!」
気合と共にリアの刀が天使を両断する。
その無防備な背中に爪を立てようとする悪魔は、カーラの聖剣で斬り裂かれた。
「さすがに……数が多いな」
「そうですね。魔力の回復も遅いですし」
地球に降り立って、二人は一組となって神々や悪魔、それに神秘と戦ってきた。
最初はリアのガラッハを使っていたのだが、あまりにも消耗が激しいので、今は普通の刀を使っている。
刀と言っても虎徹だけではない。どさくさに紛れて日本の刀剣博物館などから拝借してきた、最上大業物や天下五剣を使っている。
「さすがに童子切安綱はよく斬れるな」
鬼や妖怪、天使や悪魔、とにかく人間の想像から生まれた存在を切り裂いていく。
その背中を守るのはカーラである。彼女は持久戦になると分かってから、なるべく魔力を温存している。
『姉ちゃん、大丈夫?』
そして二人の傍には一体の機械神。
本来ならフェルナが使うはずだったものを、サージ用に調整しなおしたものだ。
自身の力だけでは足手まといになると思っていたサージも、これによって戦線に参加していた。
と言っても、生き残りの人間を見つけたら、強制的にあちらの世界に送っているだけなのだが。
「リア、向こうから巨大な蛇のようなものが来ます」
カーラの言った方角を見つめると、全長数キロにも及ぶ蛇が飛行してくる。特徴的なのは、その身に翼が生えていることだろうか。
『ケツァルコアトル……』
「なんだそれは?」
『白人の入植前にアメリカにいた神様だよ。確か善い神様だったと思うけど』
「どちらにしろ、敵には違いない」
リアは武器をガラッハに持ち帰ると、アステカの神に向かって行った。
戦いは長く続いていた。
不眠不休で、リアは敵を斬り続ける。
竜となってからは、リアの身体能力は爆発的に上昇している。何日も眠らなくても疲れない。休まなくても、勝手に体力が回復する。
それでも精神的に疲れれば、集中力が落ちるのだが。
片目のない老人が、槍を投擲してきた。それはリアが回避しても、自在にその後を追いかける。
普通の刀でそれを迎撃したところ、刀の方が砕かれた。リアはまたガラッハを抜いて、その槍を破壊する。
そのままガラッハで神の心臓を貫き、大気へと霧散させる。
『今のは北欧神話の主神オーディンだね。てことは……』
違う方向から、巨大な神が現れた。
それは天にも達するという巨大な狼。北欧神話の神殺しの存在。
『フェンリルだ……』
「どこかで聞いた名前だな」
リアはガラッハを肩に担ぐと、巨狼へ向けて飛び立った。
フェンリルとの戦いは三日三晩続いた。
その間にも力の弱い神秘が襲ってきて、カーラとサージはその相手をする。
力尽きて倒れた狼の心臓を貫いて、リアはどうにか勝利した。
「手強いやつだった……」
さすがのリアも体力の回復が追いつかない。古竜にも匹敵する――あるいはそれ以上の存在だった。
「少しだけ休みましょう」
カーラがそう言って座り込む。リアもまた、瓦礫の壁に背中を預けた。
『クトゥルフ神話の神が弱くて助かったよ』
「なんだそれは?」
『20世紀になってからラヴクラフトが作り出した物語上の神様で、設定では宇宙規模の存在なんだ』
「それは……バルスと同格か、それ以上ってことか?」
『実際は弱かったけどね。やっぱり人間の想像から生まれて、どれぐらい信仰を集められているのとかが関係してるんじゃないかな?』
「信仰か……」
それならば、一番強い神はあれだろう。
ただ、神と呼ばれる存在。旧約聖書において人類を滅亡の淵にまで追い詰めた、無慈悲なもの。
「ヤーウェ……」
アルスや神竜、黒猫のメンバーたちから念話で連絡が入る。竜たちに犠牲はかなり出ているが、予定通り各地の神々は滅ぼしていっているそうだ。
「インドの神はかなり危険だったな」
シファカが言った。確かにでたらめな神話を持つインドの神々は強かったのだろう。
かつて中国があった場所に集まり、機械神と生身の戦士たちは話し合う。
黒猫のメンバーが欠けている。アゼルとシャナがいない。
「うちも4体やられたよ。幸い操縦者は脱出出来たけど」
アルスも精神的に参った様子を隠さない。ここにいない二人のことを考えているのだろうか。かつて勇者として共に戦った者たちのことを。
「有名どころはだいたい片付けたかな?」
トールはボロボロの大剣を杖にしている。聖剣とも言える剣なのだが、それでも神々の肉体を切り裂いていくと、次第に刃が欠けていくのだろう。
竜は相変わらず悠々と天空を舞い、雑魚の神々を片付けている。
天使を喰らい、悪魔を喰らう。まるで暴食の神々だ。
「次はどこに行く?」
リアはアルスに尋ねた。一応この中では、アルスがリーダー的なポジションになっている。
「あらかた片付いたから、そろそろ一番の大物が出てくるはずだね。おそらく古竜では勝てないレベルのが」
地球の竜や龍は、あちらの世界の竜と比べると弱い。生身で戦っても、この場にいる戦士なら遅れをとらない。
「雑魚は竜に任せて、ラスボスのところに行こうか」
「ラスボス?」
シファカの問いに、アルスが答える。
「地球で最も多くの人が信仰している唯一神さ。たぶん、神竜以外では倒せないんじゃないかな」
「キリスト教の神様か……」
トールが重い溜め息をつく。
「ひょっとしてキリスト教徒だった?」
「いや、そんなことはないが……あれってイスラム教やユダヤ教の神様でもあるんだろ?」
原典が同じなので、もちろんそうだろう。
「科学が発達してるから、信仰の力が衰えてるだろうし、この面子なら勝てると思うよ」
それに信仰の力と言っても、竜と神々の戦いで、地球上の人口は既に大きく減っている。おそらくもう10億人もいないのではないか。
この面子とアルスが言うのは、リア、カーラ、サージのオーガス組3人と、黒猫のシファカ、トール、アルヴィス。そしてアルス自身だ。
オーマとテルーは地球の神があちらの世界に行かないように結界を張ってある。ラナは予備員で、バルスは魔力を蓄えている。
「あれさえ倒せば、あとはバルスにお任せだ。それじゃあ最後の戦いに行こうか」
軽い調子で言って、アルスは機械神に乗り込む。彼専用の特別製だ。
量産型のサージが乗った機械神は、ほとんど魔核の魔力が残っていない。
「残念だけど、おいらはここでリタイアだね。姉ちゃんとカーラさんには、これを渡しておくよ」
サージはそう言って、機械神から小型の魔核を外す。魔力の結晶で、そのまま爆弾のようにも使えるし、魔力を吸い出して回復することも出来る。
だがこの場合は、既に発動準備がされている魔法を込めてある。
「超加速。いざという時に使って」
そしてサージは燃料切れの機械神ごと、転移でマネーシャに戻っていく。
「一人減ったが、大丈夫だと思うか?」
「どうだろ? いざとなれば神竜に加勢してもらえばいいんじゃないかな」
リアの心配はもっともなものなのだが、アルスは軽く答える。
「今までの神も相当強かったが、信者の数を考えると、比べ物にならないだろう」
「まあ、戦ってみないと分からないよ。いざとなれば戦略的撤退も視野に入れておこう」
怪我人の治療も完了し、いざ一行は目的地へと飛び立った。
「ところで……神が現れるとしたら、何処に出ると思う?」
リアが問いかけたのはトールだ。2000年前の勇者。
「どこって……バチカンじゃないのか?」
『それはないと思うよ』
答えてきたのはアルスだ。15歳の時に召喚されたとは言え、その知識はトールよりも多い。
『エルサレムだろうね』
それにリアも同意した。そこが、神の伝承の発祥地だからだ。
一行は飛行の魔法で飛び立った。
生身の者たちは、アルスの機械神に乗って、少しでも魔力の温存をしている。
やがて地平線の向こうに見えてきたのは、天空を貫く光の柱。
否、それは柱ではない。そう見えるし、そう数えてもいいのだが。
「大きいな……」
トールが感心したように言う。
雲を貫く光の巨人。それが、最後に残った神の姿だった。
「まずは一太刀!」
トールが先行し、聖剣を振りかぶる。
山をも砕くその斬撃は、しかしながら光の中に吸い込まれて消えた。
『封印解除』
アルスの機械神から装甲が外れ、神の肉体が出現する。
リアもまたガラッハを強く握り、竜の姿へと変身する。
最後の戦いが始まった。
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