第118話 終わりの始まり

 それは、突然の攻撃だった。

 太平洋上のどこかから、一発の核ミサイルが発射された。

 それは大気圏を抜け、竜骨大陸のどこかを狙ったものだったが、爆発する間もなく、空中で消滅した。

 そしてミサイルの発射された近辺へ、レーザーのような炎が発射される。

 水蒸気爆発を起こし、海面が歪み、大波が発生する。

 ミサイルを発射した原潜は、炎に貫かれて沈んでいった。



「とまあ、そんなことがあったんだ」

 オーマが退屈そうにリアに伝えている。ミサイルを消滅させたのはテルー、反撃したのはオーマである。

「そうか」

 リアもギネヴィアもそれぐらいの反応しかしない。彼女たちは今大急ぎで、竜骨大陸以外の大陸への移民移動の計画を立てている。

 既に物資は魔族領が巨大飛行船などで運搬しているが、人間の移動はサージがいったんマネーシャへ集めてしまったため、それを移動させる必要があるのだ。

「やっぱり最初から他の大陸へ転移させたほうが良かったね」

 魔力切れでクッションに倒れているサージは、まず問答無用で日本人を数万名ほど転移させたのだ。拉致とも言う。

 竜牙大陸のすぐ近くに列島状の諸島があったため、日本人はそちらに集めることにしてある。

「それにしても、人数が多すぎます」

 手伝っているクリスも音を上げている。日本人だけで1億人以上。これを転移させるのは不可能だ。

 浮遊大陸は既に地球に移動し、その内部へと移民希望の人間を収容している。

 だが、それでも焼け石に水だ。







 既にあれから三日が経過し、アルスは二度目の地球への帰還を果たしている。だがそれで事態が進展しているというわけではない。

 アメリカを筆頭に、地球の全戦力が浮遊大陸に向けられた。さすがにまだ核兵器こそ使われていないが、都市を更地にするほどの攻撃は受けている。

 それでも浮遊大陸の魔法障壁に阻まれて、一切のダメージを受けてはいない。

 アルスはそんな中を、地球へと赴いたのだ。

 会談は全く成果を出せずに終了した。



 地球側が核兵器の使用に踏み切るのには、それほどの時間がかからなかった。

 かつて広島や長崎を破壊したそれより、数十倍の破壊力を持つ核だ。

 だがそれも魔法障壁に防がれる。

 移民の収容作業に要らない手間がかかると判断したシファカは、核保有国を攻撃した。

 魔法の攻撃である。アメリカ、ロシア、中国の三つの基地が、彼一人の攻撃で蒸発した。



 地球全土が混乱の極地にあった。それにも関わらず、民族同士の内戦を行っている国があったりもする。むしろ監視をする大国のくびきがなくなったことで、それが激化しているとも言える。

 賢明な国は、自国の飛行機で世界の壁を突破した。テルーが見逃したからである。

 わずか数百人ずつでも、徐々に移民が増えていく。

 だが中には竜骨大陸へ着地する飛行機もある。

 そしてその中から現れたのは、移民ではなく兵士であった。







 移民は基本的に竜骨大陸以外で受け入れるとアルスは言ってある。だがその国は、愚かにも既にある程度の開発がされている地の占領を企んだのだ。

 それは両者にとって不幸なことだった。

 獣人の村を、その軍隊は襲った。

 獣人は肉体の能力こそ高いが、それでも生身である。地球側の近代的な装備に勝てる者はそうそういない。

 侵略者は村の中心に、占領旗を立てた。



「地球から侵攻してきた軍が、獣人の村を襲ったようだ」

 マネーシャの宮廷にその情報をもたらしたのは、テルーだった。

「獣人の村だと……」

 瞬間的にリアの感情が沸騰する。机に地図を広げ、その場所を教えてもらう。もっとも地図の精度の問題で、細かい部分は分からないのだが。

「マールの村の近くだ」

 移動手段を考える。サージの転移は移民の輸送に取られている。それ以外の速度で行くなら……。

「オーマ、私をここへ転移させてくれないか?」

「あ? いいぜ」

 火竜オーマは何が気に入ったのか、マネーシャの宮廷に入り浸っている。本人曰く、自分の寝床はちょっと暑いからだそうだが。

 無造作に手を振り、瞬時にオーマとリアは、宮廷から遠い上空へと転移していた。

 リアは竜眼を発動させるが、それよりも早くオーマが彼方を指差す。

「あっちだな」

 疑う必要もなく、リアは飛翔でそちらに飛ぶ。やがて見えてくるのは、炊煙とも思えぬかすかな煙。

 あの場所は、疑う余地もない。

 マールの村だ。



 リアが目にしたのは、大地に転がる獣人たちと、それを無造作に転がす地球人。

 ああ。

 駄目だ。耐えられない。

 リアは虎徹を抜くと、上空から一気に接近し、無造作に敵を切り裂いていった。

 気配を感じ取り、次々と命を刈っていく。

 小銃の乱射も、リアの障壁を破れない。

 全ての敵を排除した後、リアはマールの家へと向かう。

 心臓の動機が激しい。悪い予感が消えない。



 家の中には誰もいなかった。

 マールならば、家族を連れて逃げ出すことも出来たのだろう。そうに違いない。

「知り合いの家だったのか?」

 入り口からオーマが声をかけてくる。

「ああ、だが誰もいない。どうにか逃げ出してくれたようだが……」

「あっちに行ったのが4人、中央の広場に向かったのが一人だな」

 オーマの言葉に従い、リアはまず村外れの方へと向かう。

 村を囲う柵は、猫獣人であればそのまま潜り抜けられる隙間が開いている。リアは柵を飛び越え、マールの名を呼びながら茂みを捜索する。

「リア……さん?」

 大樹の根元にある穴から、一人の猫獣人が現れた。

 毛並で分かる。マールの夫だ。その足元からは、二人の間に生まれた3人の小さな猫獣人がいる。

「マールは?」

「皆を助けに行くと言って、村の真ん中へ」

 それだけを聞いて、リアは駆けた。



 村の中には、もう誰もいないはずだ。

 少なくとも生きている者は。

 村の中央、そこには無数の死体がある。

 猫獣人の死体と、リアが切り裂いた敵の死体だ。

 だが何人かは、自分で斬った覚えのない敵の死体がある。

 マールなら出来るはずだ。

 死角から忍び寄り、敵の息の根を止める。マールなら造作もないことだ。

 だが生きている者はいない。

「マール、私だ! リアだ! どこにいる!?」

 どこかにいるはずだ。

 どこにいるんだ。

「そのマールってのは、どんな風体なんだ?」

 呑気に歩いてきたオーマが問う。

「全身黒い毛並みの猫獣人だ」

「それでレベルはそこそこ高いんだな? すると……」

 オーマが指差した先には、敵の死体がある。だが少し不自然だ。

 リアにもすぐに分かった。その下に、誰かがいる。

「マール!」

 敵の体の下に、全身真っ黒の猫獣人がいた。

 全身を血に濡らし、その息は絶えている。

「ああ……」

 間に合わなかった。

「死んでるな」

 感情のこもらない声でオーマがどうしようもない事実を言った。

「オーマ、蘇生は……」

「無理だ。千年紀もそうだが、大崩壊の時期は、魂の輪廻が激しすぎる。バルスでも無理だ」

「カーラ……」

「無理だろう。神竜が無理なのに、人間に可能なはずがない」

 オーマは淡々と答える。リアの希望を破壊していく。

「ああ……」

 マールの小さな体を、リアは抱きしめた。

 かすかに残る温もり。安らかな顔で、マールは眠っている。

「ああ……。ううう……。ああ……」

 とめどなく流れる涙が、リアの頬についたマールの血を流し落としていく。

 これは、許せないことだ。

 誰が許したとしても、リアは許さない。



 だから、リアは吠えた。

 村の中央に立てられた、愚者の国旗を折る。

 怒りが制御出来ない。体内の魔力が高速で循環し、暴走する。

「ガアアアアアッ」

 人のものではない叫び。リアの肉体が膨張する。

 黒い球体となったリアは、そこから竜へと変化していた。



 リアは飛翔した。

 はるかな上空、地球との境界を突破する。

 リアは飛翔した。

 全長数キロに及ぶその肉体が、地球の大気の中を飛んで行く。

 そして目的地に着いたとき、リアは全力でブレスを吐いていた。

 全てを崩壊させる、暗黒のブレス。リアの力の全てが、大地を破壊する。地殻を破壊して、その下まで。全力で。何も残らないぐらいに。

 大地が津波のように、周辺を飲み込んでいく。



 巨大なきのこ雲が発生し、衝撃波が地面を渡っていく。

 数億か、あるいはそれ以上か。リアのブレスが、人間だけでなく全ての生命を消滅させた。

 地殻変動にも似た現象が起こり、それがまた多くの命を奪っていく。

 リアは怒りのままに大地を破壊し、そしてそれを自ら止めることが出来ないでいた。



 全ての力を失って人の姿に戻ったリアは、引力に引かれて落ちていく。だがその途中で、リアの肉体を受け止めた者がいる。

「全く、無茶をする人だ」

 黄金の仮面を外したアルスは、リアを肩に背負う。

「これだけ魔力が乱れた状態だと、転移も使えないか」

 飛行の魔法で竜骨大陸に移動したアルスは、マネーシャに向かおうとした。だがそれを止めて、自分を呼んだ存在へと向かう。



「よう」

「オーマ」

 火竜オーマが、マールの遺体と、残された4人の猫獣人を連れていた。

「いったい何があったんですか?」

「そいつの友達が地球の兵士に殺されて、キレちまったらしいな」

 竜は死を悲しまない。それは単なる魂の輪転だととらえているからだ。

 だが、悲しいという感情が分からないわけではないし、怒りの感情も分からないわけではない。

「それで、あれですか」

 アルスは地球の大地を見つめる。さすがに表情に動揺の色がある。

 リアの怒りによって、愚かな国はともかく、その周辺の国も余波で半壊している。

 その中には日本もあった。



「日本沈没か……」

 リアの攻撃で、おそらく数億人の人間が死んだだろう。彼女自身の本意でなくても。

 アルスにとってもこれは、予定外で不愉快な出来事だった。だがすぐに、これを利用しようとも考える。

「オーマ、彼女を頼めますか?」

「そりゃいいけど、お前はどうするんだ?」

「地球での用が出来ました」

 気を失ったリアをオーマに託して、アルスはまた地球を目指す。

 その先はホワイトハウス。

 今でもかろうじて、地球の中心と呼ばれる場所だ。







「やあ大統領、ご機嫌はいかがかな?」

 深夜にも関わらず執務室にいた大統領は、その黄金の仮面の人物へ、憔悴しながらも鋭い視線を向ける。

「いったい何があった!?」

 リアの攻撃の余波で、地球上の通信機器の大部分が使用不能となっている。それでも確認できたのは、何か不条理なほどの攻撃を受けたということだ。

 アルスはソファに座ると、簡潔に説明した。

「今回は、私も神竜も何もしていない。したのはリュクレイアーナ大公だ」

 国でも組織でもなく、個人の怒り。

 それが巨大なユーラシア大陸を半壊させた。

「愚かな国が、開拓地ではなく既に開拓された獣人の村を、村人を虐殺して占領した。普通なら彼女も、占領した兵士を皆殺しにするぐらいで済んだだろう」

 アルスは肩をすくめる。その余裕の見せ方が、大統領にはひどい皮肉に映る。

「運の悪いことに、その村には大公の友人がいた。友人を殺された大公が、怒りのあまり兵士を派遣した国を滅ぼした。その周りの国ごと」

「個人の怒りで、国を滅ぼしたというのか……」

「大統領、前にも言ったが、君たちは我々に敵対するべきではない。それよりも移民を全力で進めるべきだ」

 心底相手を思いやった口調でアルスは続けた。

「ハリウッド映画のように、逆転することはありえない。これは仕方のないことなんだ。あなたの責任ではない」

「おお……神よ……」

 思わず洩れた大統領の言葉に、アルスは皮肉に返した。

「地球の神が人間に何をしてくれたかを考えれば、神になど頼ろうとは思わないはずだがね」

 その言葉を残し、アルスはホワイトハウスを後にした。

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