第114話 魔王宣言
その日、地球の全ての人々が、この世界に神秘があることを知った。
産まれたばかりの赤子と、既に死した精神を持つ者以外は、天を仰ぎ見た。
そこに、もう一つの惑星がある。
地球に似た、青い海と緑の大地と白い雲がはっきりと見える惑星。
それは異世界だった。
宇宙にあったはずの衛星は破壊され、その他のステーションも消滅し、各国は混乱に陥ったが、それでも各自にその世界を観測し、知的生命体の痕跡を認め、お互いに連絡を取り合った。
せっかちな国は偵察機を送り込み……そしてその世界が、間違いなくそこにあることを確認した。
原因は分からない。そもそも、物理法則に反した存在だと、学者でなくともそのぐらいは判断できた。
大気圏の接する惑星。そこに人工の明かりは乏しい。
未開拓地である、と判断した某国は、そこを占拠せんと人の乗った機体を送り込もうとして失敗した。
無人機は受け入れたその惑星は、有人機を拒んだ。機体は大気の層に阻まれたが、無事に基地へと戻った。
あれはなんだ? と誰もが語り合った。
有識者の会議が各国で行われたが、インターネットに浮かんだごく普通の人々が、ごく普通にその本質を言い当てていた。
異世界。
他のことは何一つ分からなくても、あれは異世界だと信じた。
個人で買える程度の望遠鏡でも、その世界に知的生命体の痕跡はおろか、知的生命体そのものを見ることが出来た。
興奮が世界を覆った。
そして三日後、それは現れた。
世界中の2000箇所以上の空に、巨大な映像が映し出された。
黒い衣装は金の刺繍がなされ、黄金の仮面を被り、黒いマントに黒い角の生えた兜を身につけている。
「こんにちわ、地球の皆さん」
それはまだ若い男の声で、不思議なことに世界各地の言語で正確になされた挨拶だった。
「私はこちらの世界の最大領域国家を治める、魔王アルスです」
その一言だけでも、多くの情報が込められていた。
「地球の皆さんは、何が起こったか、未だに分かっていないでしょう。それをまず、説明させていただきます」
それは確かに喉から手が出るほど欲しい情報のはずだった。
「まず世界には……地球で言うところの宇宙に近い存在には、許容量があります。何の許容量かと問われれば、ちょっと説明は難しいのですが、世界がどれだけの数、存在できるかという許容量です。このたびそれが一部分で限界を迎え、こちらとそちらがつながることになりました」
アルスは机に肘をつけ、組んだ手の上に顎を乗せるという、シファカがよくやる姿勢をとった。
「このまま放っておくと、こちらとそちらの世界が衝突し、どちらも消滅します。それに対抗する手段はいくつかあるのですが、我々はその中から一つの手段を選択しました」
そこでたっぷりとアルスは溜めを作り、噛まないようにゆっくりと言った。
「我々は地球を破壊します」
その言葉が頭の中にしっかりと刻み込まれるまでに、数分の時間が必要だった。
空白の時間をアルスはじっと待っていた。3分ほどの時間が経って、また語り出すが、その頃地球は混乱していた。
当たり前だ。いきなり訪れた、世界の終わり宣言である。
アメリカをはじめとする世界の有力国家は、その瞬間に臨戦態勢を発令していた。
「ちなみにこちらには、地球からの移民を受け入れる用意があります。ただし限度があります。6億人。それが理想的な数です」
魔族領の官僚が必死で算出した受け入れ可能数の上限は10億だが、それを正直に言う必要はない。なにせ人間は増えるのだ。ある程度の水準の生活を保障するには、人数は少ないほどいい。
何より、おそらくそれだけの移民は不可能である。
「技術者や科学者、その近親者は優先的に受け入れる用意があります。ですが非生産的な能力しか持たない人間には用はありません」
冷然と、あくまでも魔王らしく言葉を述べる。
「また病人や老人については、基本的に特殊な技術を持つ方以外は移民をお断りさせていただきます」
足手まといは必要ないと、はっきりと言ってしまえる冷酷さ。これも魔王の条件の一つだろう。専制君主だ。
「これより5日間、各自で考えて判断してください。5日後日本時間の正午、こちらの世界からの使者を数名、日本の国会議事堂へ送らせていただきます」
そこまで言って、アルスはゆったりと椅子にかけなおした。
「それまでにこちらの世界への侵入は……不可能ですが、試しても構いません。一応生命反応がある物体は排除する設定になっています。それと攻撃を受けた場合、即座にそれを宣戦布告と見なし、その国を消滅させます」
やれるならやってみろ。アルスはそう言っているのだ。暴走して攻撃をしそうな国には、幾つか心当たりがある。
「では5日後。日本で各国の首脳とお会いできることを楽しみにしています」
そして映像は消えた。
「あ~、やっぱり地球向けの演説は緊張したよ。噛まなかったよね?」
仮面を外したアルスは額に冷や汗をかいている。襟元をぱたぱたと扇ぎ、空気を入れている。
大学の講義室のようなその施設には、各国の王族や有力者が招待されていた。距離の関係上直接来れない者も多かったが、通信で内容は送ってある。
「それにしても、随分と一方的な内容だったな。地球には神竜のような戦力はいないのか?」
戦力、とあえていった若者はレムドリアのシオン王子である。戦術の天才ではあるが、先の戦いでは魔族の圧倒的な戦力に及ばなかった。
アルスは運ばれてきた水を礼を言って受け取り、一気に飲み干した。ふう、と息を吐きシオンの質問に答える。
「それは大丈夫です。こちらの大陸を全て死の世界にするほどの兵器はありますが、惑星……つまり世界を丸ごと破壊する兵器はありません」
「それでもかなりのものだな。相当の結界が必要か。ところで貴殿は兵器と言うが、地球の魔法使いはどの程度の存在なのだ?」
「え?」
「いや、兵器でそれだけの威力なら、魔法の方も相当の世界なのだろう?」
「あ。あ~、あ~、あ~」
思わずといった感じでアルスは顔を覆い、自分の迂闊さに反省した。
「ええとですね。地球には魔法はありません。少なくとも私の知る限りでは、魔法使いは一人もいませんでした」
「は?」
今度はシオンが口を開く。それは確かに理解出来ないだろう。この世界の文明は、魔法を前提に発達したと言ってもいい。
通信手段も魔法、農耕、牧畜にも魔法が利用され、全ての魔道具が魔力の塊である魔結晶を燃料としている。さらに最先端の技術には魔核が使われている。
「つまり、魔結晶だけで文明を維持しているのか? それでも魔道具を作るのに魔法は必要なはずだが……」
「え~と……それでは地球の文明について、少し話させてもらいますね」
原始時代から古代、中世、近世、近代、現代へと科学の発展を説明していく。特に燃料の変遷については出来るだけ詳しく説明した。
蒸気機関からなる産業革命については、特別にこの場に招かれているサージの方が詳しかったりする。
魔王様、1000歳オーバーですから。昔のことはあまり覚えてないのです。
「つまるところ……数学を基礎とする学問、技術が優れているということか。これはこちらの世界でも活用出来るのではないか?」
「出来ますけど、かなり慎重に行ったほうがいいですね。科学を使って機械を作ると、人手が要らなくなって、失業者があふれたりしますから」
失業者は都市へ流れ込む。そして治安は悪化する。こちらの世界でもそのあたりは同じだ。戦争難民などは魔族の侵攻でも出て、今は故郷へと帰る途中だったりする。
考え込むシオン王子は、そのまま自己の中へ埋没していった。
それ以降も質問は相次ぎ、アルスは転生者やトールの知識を借りて答えていく。
ギフトやスキルが無いというのも驚かれたが、数値化されないだけで実際には存在すると言ってもいいだろう。数値化されない鑑定系のスキルなどは魔力を使うものでないし。
「なるほど、聞けば聞くほど訳の分からん世界だ」
誰かの呟きに周囲が同意している。1000年前のアルスだけでなく2000年前のトールもそれなりに技術の伝播をしたはずなのだが、それが残されていない。成功したのは魔族領だけか。
「それにしても勇者が召喚される世界なのに、魔法がないのは不思議だな……」
「昔はあった痕跡が微妙に残っていますが……今では迷信の類と思われていますね」
そのあたりはアルスも微妙である。リアが前世から使っていた気功などは、魔法に見えなくもない。
「とりあえず今後の展開ですが、まず間違いなく地球の軍勢は攻めてくるでしょう。特に厄介なのは、ミサイルという兵器ですね」
乗り出すように先を促す聴衆たちへ、アルスは簡潔に説明する。
「大きいものだと大陸の端から端へ届き、中には核爆発を起こす力を込めることが可能です」
「核爆発というと、火魔法の禁呪レベルの力か?」
「そうですね」
「そんな力……巨大な都市の結界でもないと防ぎきれないぞ」
「それに関しては魔族の方で対処する準備が完了してます。神竜の方たちも、少なくともオーマ様の協力は取り付けてあります」
議場がざわめきに満たされるが、世界を守護する神竜にとっては、核で生物の生息圏が減るのも困るのである。
バルスは地球を破壊することに専念するようだし、ラナは当代の勇者を異世界へ送るのに力を使い、少し疲れている。テルーに関しては、こちらの大気圏に侵入した瞬間、その力を行使してくれるはずだ。
長い会議が終わり、たいして疲れてもいないだろうにクタクタの様子を見せるアルスを、リアは冷たい視線で迎えた。
「お疲れ様です」
「いや、君のおかげでだいぶ助かった。さすがに大学まで入学してると違うね」
和やかな会話を交わすのはサージとである。リアはそれほど役に立っていなかった。
「それにしても……最終的には勝てるにしても、犠牲はやはり出そうだな」
リアはそれが気になる。こちらの世界の立場で戦うと決めた以上、出来るだけ味方の犠牲は減らしたい。
「総力戦とか言って、アメリカが無差別爆撃でもしない限りは、それほど被害は出ないと思うけどね」
「まあ、それはおいらと姉ちゃんの交渉次第ということで」
そう、アルスが提示した五日間の間に、リアとサージは地球へ先行することとなっていた。
ちなみにラビリンスも誘ったのだが、彼女は迷宮に引きこもった。前世での知り合いにも、特に会いたくはないらしい。まあ、エルフである彼女が地球を闊歩するのは目立つだろうが。
「それで、準備はOK?]
「問題ない。これからすぐに飛ぶ」
「実際に転移するのはおいらなんだけどね」
移動手段にはサージの転移魔法を使う。飛行して結界を突破するのも可能なのだが、地球から観測されることを恐れたのだ。
転移先は日本。どういう行動をとるかも、既に決定してある。
「リア、サージ、気をつけてください」
今回は残るカーラが、さすがに不安そうな顔をする。その頬に軽くリアは口付けた。
「心配は無い。いざとなれば竜に変身してでも帰ってくるさ」
リアの言葉でなんとなくその可能性が高まったような気がするサージだが、そこへ横から声がかけられる。
「大公」
「これは殿下」
先ほどの会議では活発に発言していたシオン王子がそこにいた。
ちなみに王子であるシオンと大公であるリアでは、わずかだが明確にリアの方が立場は下である。大公は王族ではないからだ。
「もう発つのか」
「ええ、すぐにでも」
「そうか。出来ればでいいのだが、地球の兵器とやらを手に入れてきてくれないか? 特にその核兵器とやらを」
わずかに驚いたリアだが、すぐに笑みを浮かべてその意図を問う。
「勝つ算段がついているといってもそれほどの兵器だ。研究すべきだと思うが?」
地球出身の三人が顔を見合わせ、なんとなくアルスに視線が向けられる。
「殿下、あの兵器は非常に微妙な問題を抱えてましてね」
説明をアルスに任せ、二人は再びカーラへと顔を向ける。
「では行ってくる」
「お土産買ってくるよ」
サージは軽い調子で言ったが、すぐさま精神集中に入る。
普段使えるような短距離の転移と違って、今回は地球へと世界をまたぐ転移である。術式の構成にも時間がかかる。
クリスにも何か買ってこないといけないな、などと呑気なことを考えながらも魔法は構成され、そして二人は転移した。
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