大崩壊
第113話 大崩壊
「それで、どうしてこうなったの?」
頭痛をこらえるように額に手を当て、ギネヴィアが呻く。
ここはマネーシャ宮殿の一角、普段であればギネヴィアが書類片手にお茶などをしている一室だ。
床に置かれたクッションに思い思いの姿勢で寛いでいる男女の面子が、彼女の苦悩の原因だ。
リア、カーラ、当のギネヴィア、これはいい。サージやイリーナがいるのも不自然ではない。
「問題があるのか?」
「問題というか……」
問題というのではなく、なぜここが相談場所なのかということだが。
「関係者が一番多いのがオーガスだからな」
リアの視線の先にいるのは、アルス、シファカ、トール、ラビリンス、そして四柱の神竜である。
あまりにも畏れ多くて同席するのが辛いと言うか、竜殺しとしては神竜と同席するのは憚られるというか。さすがのギネヴィアも笑い飛ばす余裕は無い。
「今から移動するのもめんどくさい」
リラックスしてゴロゴロ寝転ぶのは火竜オーマである。他の神竜はそれなりに威厳を保つ体勢でいるのだが、オーマの言葉には頷いている。
「軽いものでいいから酒が欲しいところだな」
そんなことを言ってくるのが、なんとバルスであったりする。竜は酒好きというのは本当らしい。
リアが待機している女官に指示して、酒や食事を用意させる。
その間にも話は進んでいるのだが、内容は軽いものではない。
大崩壊において地球と接触したときの応対と、移民受け入れという、本来なら大陸の全ての王や領主を集めて催すようなものだが、地球について知識のない者がいても話し合いにならないという意図で人員が厳選された。
リア、サージ、ラビリンスは地球からの転生者である。アルスとトールは召喚された勇者で、シファカは実際に移民してきた人間の代表ということだ。ギネヴィアとカーラは現地人代表といったところか。
「とりあえず移民は日本人最優先で」
リアが自分のエゴ丸出しの意見を出すが、反対がない。アルスは手に持った杯を掲げ、トールも頷いている。ラビリンスはジュースを飲みながら、それでも反対はしない。
「あ、反対じゃないんだけど、前から思っていたことがあるんだ」
サージが手を上げて、その質問を発する。
「なんで転生者も勇者も、日本人ばかりなの?」
「日本人以外もいたぞ」
答えたのはそれまで一言も発していなかったシファカだった。
「特に他の大陸ではそうだったし、この大陸にも探せばいるだろうが、なぜか日本人ばかりが残ったんだ」
その理由については、憶測混じりでアルスが解説した。
「この世界は多神教で、おまけに神様より竜の方が強いからね。ユダヤ教とか一神教の系統の信者は受け入れられないんじゃないかな」
「つーか、無神論者じゃないと付いていけないんじゃないか?」
トールが補足する。仏教でもヒンズー教でも、この世界とは相性が悪そうだ。潜在的に無神論者というかなんでもありの日本人なら確かに受け入れやすいのだろうが。
「そんじゃ共産主義者は? 地球では無神論者だって言うと、共産主義者みたいな扱いをされるって聞いたけど」
「共産主義者……」
シファカが遠い目をしている。トールやアルスもそれは同じで、テルーが舌打ちをしている。
その反応だけを見て、なんとなく察したサージである。
実際に神がいる世界で、共産主義も何もないだろうし、王権が強いのでそんな思想は排斥されるだろう。
「基本的には、アメリカみたいに食い詰めた移民を受け入れていけばいいと思うんだ。最初は農業や牧畜が生活手段になるだろうし」
魔族領からも移民を行い、地球からの移民を支援させる。その辺りの計画はアルスも立ててあるらしい。
議論は基本的に人間の間で活発になされた。神竜たちは酒の入ったグラス片手にそれを見つめ、時々意見を求められる。
議題の中には非常に微妙な問題が多くあった。
「やんごとなきお方たちをどうしよう……」
発言したのはリアで、これに関する問題は紛糾した。カーラやギネヴィアからしても、日本の統治システムは理解が不可能だった。ただ王が神の子孫であるという設定は、この世界では現実だ。カサリアもオーガスも、神竜の血を引いているのだから。
しかもリアと他の元日本人の間には、ジェネレーションギャップがある。リアは42歳まで日本で生き、皇室を敬愛する人々との付き合いもあった。それに対して他の4人は、日本国の象徴という教科書一般の認識しかなかったりする。
「確かに皇族の方がいたほうが、統治上好ましいけどね」
アルスはそういうが、結論は出なかった。
「そのつながりで言うなら、メッカとエルサレムとバチカンはどうするのさ」
サージの発言に、また元日本人たちの意見が紛糾する。こちらは宗教の問題なのでカーラとギネヴィアも分かりやすかったが、一神教の存在が理解出来ない。わざわざユダヤ教やキリスト教、イスラム教の概説を説明したが、魔族に偏見のない二人にとっては、種族差別の温床のように思えた。
それはまあ、説明した側にも問題はあるのだが……。
「神が唯一なんて、傲慢な考えね」
実際に神の力を知っているギネヴィアはそう言ったし、カーラは地球でいう無神論者の立場である。神の血脈を持っているというのに。
それは単に神の存在を認めないというのではなく、神の干渉を許さないという意味での無神論者なのだが。
それにしても色んな意味で危険な内容の木論が続く。
「そういえばこの世界って黒人いないよね」
またサージがなんとなく、といった感じで発言した。
確かにヨーロッパ系の顔立ちが多い。南東部には東洋系の顔立ちが多いらしいが。
「あ~、それは差別の問題があるんだよ」
アルスが頭を掻きながら説明する。
「ほら、魔族にダークエルフがいるでしょ? そして黒人も肌が黒い。だから一緒くたに魔族にされて、今は魔族領で過ごしてるんだよ。魔族領のほとんどの人間は黒人だよ」
なんということだろう。種族差別はあっても人種差別がないのが地球よりはわずかにマシと思えたこの世界にすら、肌の色のタブーがあるとは。
「どの世界でも差別はなくならないんだね……」
一際若いサージがそう呟いて、全員が頷いた。
会議は連日続いた。
その間神竜たちは酒を飲んで酔っ払っていた。……やることないのかよ……。
アルスは携帯で魔族領と連絡を取り、移民受け入れの準備を進めている。
魔力で動く耕運機。魔力で動く芝刈り機。
魔力で動く鉄鋼工場。魔力で動く造船工場。
なんでも魔力を使って、アルスは魔族領を21世紀の日本に近づけようとしている。一部には科学より先んじた部分もあるが。
「インターネット作れない?」
「それより先に、識字率を100%にしたいんだよね。山岳部の少数部族とか、まだあんまり共通語が浸透してないし」
サージの要求にも真摯に答えるアルスである。
「あと交通網だね。線路網をもっと広げたいし、道路の整備も必要だし……魔法でだいたいはなんとかなるんだけど」
話をすればするほど、魔族領の発展具合の格差が分かってくる。本当に、戦わなくて良かった。
「機械神っておいらも使えるかな?」
「そりゃ使えるだろうけど……。あれ、作るのにコストがかかるんだよ。対核装甲にオリハルコンの合金使ってるし、魔核の製造が出来るのがほんの数人だし。ちなみにジェット戦闘機ならたくさんある」
「おお~! 科学の勝利!」
それは……世界を相手にしても楽勝の戦力だろうに。核兵器への対策がされているなら、地球の単なる大量破壊兵器は敵ではない。
あとは毒ガスなどと細菌兵器などが問題か。
レムドリアと戦っていたときも、わざわざ相手に被害が出ないように考えていたのだろう。
会議は本当に連日続き、各地の王と連絡を取ったり、メンバーが新たに加わったりした。
大賢者アルヴィス。正直この中では、最も地味な風采の男である。
だがかつては他の大陸の大賢者として、その大陸を管理していた。そしてその管理に失敗し、わずかな生き残りを連れてこの大陸にやってきたのだ。
移民として入植した経験がある彼の意見は、確かに貴重なものだった。だが、時々愚痴が混ざる。いや、どんどん愚痴が多くなっていく。
「本当にね、人間というのは自分よりも偉い存在がないと、どこまでも増長するものなんですよ」
神竜に勧められるまま酒盃に手を伸ばした彼は、座った目で過去の話を始めた。
彼の住んでいた大陸は、千年紀とはまた違った手段で魂の循環を管理していた。
それでも追いつかなくなって破綻し、わずかに残った人間を箱舟に乗せてこの大陸に漂着したのだという。
彼曰く、神竜のような存在がいないと、人間は自然に対する畏敬を忘れてしまうのだという。
哲学的な持論を吐き続け、そのうちに泥酔してしまった。
……何をしに来たのだろう?
やがてバルスの言っていた期限がやってきた。
その日は、ごく普通の朝を迎え、ごく普通に人々は日々の営みを開始する。
だが各国の代表を通じて、可能な限りそれは民衆に知らされている。もっとも理解しているものはほとんどいないだろうが。
神竜は己の眷属たちの元へ帰り、人間、亜人、魔族の強者はかつて旧帝都だった場所に天幕を作って集結していた。
そしてその中央で土下座している魔王がいた。
「ごめんなさい……」
人間や亜人はもちろん、魔族でさえどこか冷たい視線を向けている。控えめに言っても呆れていた。
「あんたね……自分のしたことが分かってるの!?」
激しい怒りと共に声を発したのはシャナだ。かつて共に冒険し、先代の魔王を倒した仲間から、かつての勇者は罵倒されていた。
諦めの視線が集まる中、おろおろとしているのはフェルナだけである。
「全く……状況が分かっているのかね……」
リアでさえ呆れたように慨嘆するのは、この期に及んで発覚した事情による。
フェルナが妊娠した。
お相手は魔王様である。
フェルナの戦闘力は、この中でもかなり上位にある。なにしろ子供の頃から黒猫のメンバーが英才教育を施したほどの逸材だ。
それが戦力にならないとなると、その原因が責められるのは当然である。そして妊娠の場合、大概責任は男のほうにある。
「面目次第もございません……」
ひたすら土下座を続けるアルスに、弁解の余地はない。本人もそれは分かっているのだろう。
「今更言ってもどうしようもありません。彼女にはどこか安全な場所に居てもらって、後方からの支援をしてもらいましょう」
建設的な意見がカーラから出て、アルスがほっとした雰囲気を出す。
「シンジの弟か妹になるわけだし、マネーシャで預かるわよ」
そう、今この場にはギネヴィアもいるのだった。
新旧嫁対決が始まりそうな雰囲気の中で、アルスはさらに地面に額をこすりつけた。
妊婦に転移の魔法は悪影響があるというので、ギネヴィアとフェルナは飛行してはるかオーガスの方へと飛んでいく。
アルスもようやく立ち上がり、視線の中で上目使いに魔族の幹部たちを見る。
古参の幹部たちは溜め息をつきつつも、アルスの前で整列した。
アスカのように口の中で愚痴を言っている者もいるが。
「そろそろか……」
懐中時計を取り出し、シファカが呟く。
この中で実際に大崩壊を経験した人間は、彼一人である。その視線が、空を見上げる。
そして、空の色が変わった。
青い。だが、空の青さではない。
かすからゆらめきの後、それがはっきりする。
「おお……」
うめき声が洩れ、感嘆の声も洩れる。目に飛び込むのは、空の大半を占める正反対の大地。
リアも写真では何度も見た、地球の姿。
大気同士が接し、はっきりと陸地も確認できる。
「日本はどこだ……」
思わずリアは呟いていた。ゆっくりと球体は回転し、その姿を見せる。
青みを帯びた緑の列島。それを発見して、思わずリアは拳を握り締めていた。
ああ、残っている。
日本は残っている。
本来なら引力で激突する距離にある、二つの惑星。それが距離を保ったまま自転している。
大崩壊が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます