第108話 円卓会議
レムドリアの宮廷には会議室というものがある。普段謁見の間で行われるような御前会議とは違い、活発な議論をなすために作られた、魔法に守られた密室である。その中央には、巨大な円卓がある。
今、その最奥に鎮座するのは、レムドリア王リュクホリン。70歳を越えてなおかもし出される威厳を身に纏い、その背後には王太子とリュクシオン王子が控えている。
「間もなくか……」
ホリンが呟くのとほぼ同時に扉がノックされ、護衛の騎士が入室する。
「失礼します。カサリア王リュクネイアス陛下をお連れしました!」
ホリンが頷くと共に、大きく扉が開かれ、ネイアスが入室する。その背後には文官と、王の剣と呼ばれるハーフエルフの騎士が続く。
ホリンは立ち上がって迎え、軽く抱擁をかわした。
「こうやって直接お目にかかる機会があるとは、思いませんでしたな」
「全く」
ネイアスはホリンのすぐ隣の席に座った。
続いて入室したのは、イストリアの少年王リュクカノン。そのお付には、軍使とも宰相とも言われるパロが続く。
カノンは年長者への礼をとり、ホリンとネイアスは立ち上がって歓迎した。
その後に続いたのは、エルフの男である。
細身の体躯を持つエルフとしては例外的な筋肉質の体に、不老のはずのその顔には深い皺が刻まれている。
大森林のハイエルフ、クオルフォスであった。
それからも、騎士に先導されて人間領の重鎮が訪れる。
聖山の賢者アゼルフォード。
大陸南西部、ルアブラを保護する最大部族の長イザー。
大陸南東部、都市連合の大将軍オスロ。
そしてひょこりと顔を出した青年が一人。
「アルス……」
アゼルの呟きに、人間たちの表情が固まる。
「こんにちわ。魔王アルスです」
手を挙げて挨拶したアルスは、ダークエルフの女性と人間の少女を連れて、ホリンからはもっとも遠い席に座った。
恐怖と興味の視線を受けて、アルスは多少居心地悪そうにしていたが、それも顔見知りが来るまでであった。
「オーガス大公、リュクレイアーナ様をお連れしました」
漆黒のマントをなびかせて入室したリアは、室内へ向けて一礼する。
「やあ」
アルスが手をひらひらとさせて、自分の隣の席を指す。
「僕の隣に座りたがる人間はいないだろうからね」
皮肉な笑みを浮かべ、リアはアルスの隣へ座った。その背後には、銀髪の竜殺しとオリハルコンの鎧を纏った少女が控える。
「用意された席は、まだ残っているが……」
ホリンが問う。この場所を用意したのは彼だが、出席者の全てを知らされたわけではない。
それを知っているのはアルスのみで、空席があと8つもある。
だがその疑問はすぐに解消された。
魔法によって隔離されたはずの空間に、4人の男女が現れた。
「なるほど、円卓か……」
光のない瞳を持つ男が、それでも感心したように呟く。
男はそのまま席に着く。
「彼は秘密結社黒猫の商会長ヤマトです」
名前だけは有名なその人物を紹介したのは、本人ではなく魔王であった。
「その正体は、聖帝リュクシファーカさんですけどね」
人間たちの間に、大きなざわめきが広がった。瞠目されながらも、シファカは卓に肘を乗せ、組んだ手に顎を乗せるという姿勢を崩さない。
「トールだ。2000年前に勇者として召喚され、黒騎士と呼ばれていた」
巨漢が自己紹介すると、またざわめきが大きくなる。
「あたしはシャナ・ミルグリッド。魔女として名前は知られているはずよね」
緋色の髪の少女は、1000年前の伝説の勇者の仲間の名を名乗った。
「アルヴィスです。かつては他の大陸で大賢者を名乗っていました。
平凡な顔立ちの青年も、ぺこりと頭を下げた。
「彼らとアゼルの5人が、黒猫の首脳です」
解説するのはアルスである。人間たちの首脳部は、あるいは驚愕し、あるいは声を失いぱくぱくと口を開く。
「それで、残りの4つの席は何を呼んだんだ?」
多少は驚いていたが、面白そうな表情で問いかけたのは、やはりリアであった。
「時間は知らせておいたけど、ルーズだからね……彼女たちは……」
肩をすくめるアルス。だがその動作が終わらないうちに、大きな振動が王城を揺るがした。
魔法の障壁を力ずくで破り、その部屋へと転移してきた者。
炎のような赤い髪。金色の瞳。赤い布を無造作に巻いた服装の少女。
「おう、間にあったか?」
きょろきょろと視線を向ける。その瞳の色に、並みの人間は威圧される。
「神竜の中では一番乗りですよ、オーマさん」
「そうか。まあ、あたしはせっかちだからな」
神竜オーマ。その竜眼が、リアとカーラをとらえる。
「竜の血族が二人もいるのか。珍しいな」
そう言って彼女は、アルスの隣の席へ座った。
「神竜とは……」
ホリンが絶句しながらも呟き、それに対してアルスが丁寧に説明する。
「大崩壊を乗り越えるには、神竜の力も必要ですからね。他の方も呼んでいますよ」
その言葉が終わる前に、3人の女性が現れる。
漆黒の髪。黄金の瞳。リアによく似た容貌の女性。それはバルス。
白銀の髪。碧眼。かすかにカーラににた女性。テルー。
水色の髪。翠眼。たおやかな容姿の女性。ラナ。
世界の守護者である神竜が4柱、その場に姿を現していた。
その威圧感にほとんどの出席者が声を失っていた。
神竜たちは並んで椅子に座る。そしてその視線はアルスに向けられた。
「大崩壊を止めると、お前は言ったな」
口を開いたのはバルスだった。それに対して、アルスは立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。
「正確には、大崩壊でこの世界が滅びるのを防ぐということです」
そしてアルスは魔法の映像を宙に浮かべた。
「それでは、話を始めさせていただきます」
「人間のまだ事態を理解していない皆さんのために、最初から説明させていただくと、世界というのはこの木のようなものです」
浮かび上がる映像。確かにそれは木だ。大木と言っていい。
「世界は伸びていきますが、そのままでは剪定が必要となります。この時に起こるのが大崩壊で、片方の世界が滅びる代わりに、もう片方の世界はさらに枝を伸ばしていきます」
パチン、と枝が切られ、残った枝が伸びていく。
「しかしこの衝撃を防ぐために、枝の方向を無理やり変える。これが千年紀というもので、多くの魂の生贄が必要となります。過去二回の千年紀はそれに成功し、また他の大陸でも大きな争いが起こり、この世界は枝を伸ばしてきました。
枝は歪ながらも伸びていく。
「ですがいつまでも千年紀を繰り返すわけにもいきません。となりの太い枝をへし折ることによって、数万年から数億年、千年紀の必要がない世界にする。それが、今回の大崩壊の目的です」
アルスの言葉の意味を、果たしてどれだけの者が理解しているのだろうか。ただ沈黙が室内を満たした。
「……そのために、一つの世界を滅ぼすと言うのか?」
この無言の圧力の中で口を開いたのは、ホリンだった。
「これは戦争ではありません。生存競争です。幸いと言ってはなんですが、現在この世界の他の大陸には、ほとんど人間が住んでいません。消滅する世界から、およそ6億人から10億人は拉致してきても大丈夫でしょう」
それこそ無茶な話ではあるが、3000年前にはそうやって人間がこの世界にやってきたのだ。
「世界と世界の激突で、こちらが勝てるとは限らん。前にそう言ったはずだが……」
重い口を開いたのはシファカだった。二度の千年紀を乗り越えた男の声には、説得力がある。何より彼は、敗北した世界の出身者なのだ。
だがアルスはその問いを待っていたかのように、笑みを浮かべた。
「その通りです。1000年前なら、僕もそう考えたでしょう。ですが今は違う。戦う相手も分かっていれば、それに対抗する手段もある」
芝居がかった表情のまま、アルスはバルスに目を向けた。
面倒くさいと言わんばかりにバルスは視線を上げた。
「アルスの言葉は確かだ。戦う世界は分かっているし、彼我の戦力分析も済んでいる。まず敗北することはない」
「その相手の世界というのはどういう世界だ? 戦力の分析は確かなのか?」
全く気圧されず、リアは問いかけた。この世界の全を賭けて戦うというのなら、それは当然の疑問だ。
それに対するバルスの答えも明確だった。
「その世界の名前は地球」
冷然とした声音で、バルスは宣言した。
「お前たちの故郷だ」
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