第107話 レムドリア戦役

 レムドリアと魔族軍の戦いはおよそ予想通りに進んだ。

 魔族の圧倒的な戦力の前に、レムドリア軍は敗退を続けた。

 だがそれすらも、シオン王子の策略の一つであった。

 補給線が延びた魔族軍は糧秣に困り、現地調達したようにも、人間は協力的ではない。

 戦闘に勝ち続けてはいながらも、魔族軍は追い詰められていた。



「焦土戦術か……」

 本陣の天幕の中で、ハルトは困ったようにうめいた。

 そしてもう一つ、魔族軍には弱点がある。

 最強の戦力である機械神を、そうたびたびは使えないということだ。

 機械神の核は魔核と呼ばれる、魔結晶をさらに純粋にしたものが使われている。これに魔力をこめるのが、凄まじいまでの労力を伴うのである。この後の大崩壊のことを考えると、戦力は温存しておきたい。

 ハルトを初め、幕僚たちは考え込む。

「いっそ、シオン王子を暗殺してしまえばどうでしょう?」

 そう言ったのでレイだ。彼女は諜報・暗殺を得意とするだけにそんな発想が出てくるのだ。実際にハルトが暗殺を繰り返して、神聖都市は陥落した。

「それは無理でしょう。シオン王子の周りは厳重な警護がなされていますし、彼自身も相当の腕です」

 反論したのはフェルナで、それにハルトが続いた。

「うん、それにね。大崩壊で戦闘になったら、彼にはこちらの世界の戦力になってもらわないと困る」



 それも魔族軍の弱点の一つであった。

 勝たなければいけない。だが勝ちすぎて、相手を殲滅してもいけない。

 これが魔族軍の致命的な弱点だった。

 だがそれでも、魔族軍はレムドリアの王都に近づいていく。

 途中で余剰戦力をその土地において、精鋭となって決戦に挑む。

 これに対してレムドリア軍は短い補給線で兵站を維持し、負けても決定的な敗北はなく、後退を続けていった。

 この戦略は王が積極的に認め、王太子は消極的に支持していた。







 一方カサリア方面の戦いは、魔族の圧倒的な勝利に進んでいた。

 戦争は敗北したときにどれだけ損害を抑えることが重要だが、カサリアにはそこまでの名将がいなかったのだ。

 またオーガスが魔族軍と同盟を結んだことにより、兵站部門の労力が少なくなったと言える。

「また運び屋か……。たまには魔法でどっかんしたいもんだけどなあ」

 愚痴るサージだが、自分の役目の重要さは分かっている。



 オーガスが完全に魔族に同調したことにより、カサリアはひどく衝撃を受けた。

 なんと言ってもリアはオーガスの女王である以前に、カサリアの王女だったからだった。

 そして重ねられた敗戦が、カサリア首脳部の心を折った。

 魔族の侵攻からわずか半年で、カサリアは魔族との講和を結ぶ。

 だがその内容はカサリアにとって不利なものではなく、王室の威厳をそれほど損なうものではなかった。



「だが本当に、あの条件で良かったのかね?」

 馬車にアスカと共に乗ったリアは問いかける。

 講和の条件は、カサリアの荒野を魔族に提供するというものだったのだ。オーガスのときと同じである。

 完全に敗北続きの国ならば、もっと有利な講和を結べたと思うのだ。

 だがアスカはふふん、と笑った。

「魔族領には地質改良の施術が発達しているのよ。だから何百万もの兵を維持できたわけ。それに戦争時以外には農耕を行わせるという手段もあるしね」

 屯田制である。実際に行うのは難しいが、どうやら魔族領では成功しているらしい。

 その他にもいろいろな農法が成功しており、人間側にも大きなメリットがあるという。



 考えてみれば、現代地球の農法を表面的にもで分かっているのだ。1000年かけて魔法を使えば、品種改良も出来るだろう。

 またハルトの科学の力を使えばそれも容易になるに違いない。







 そしてレムドリア方面でも大きな動きがあった。

 レムドリアの南方、カラスリ王国が、迂回しながらも魔族軍への補給を始めたのである。

 これはハルトの長年の浸透の成果であったが、レムドリアにとっては晴天の霹靂であった。

 すぐさまカラスリがレムドリアと戦争を始めるわけではないが、戦力を南方にも向けなければいけなくなってくるからである。



 この状況を見て日和ったのが、レムドリアの東方の都市連合である。

 長年レムドリアとの戦争を繰り返していた都市国家の連合体であるため、レムドリアへの支援を打ち切るという都市が出てきたのだ。

 元々それほどあてにしていたわけではないが、東方にも戦力を割かなければいけなくなったため、レムドリアは窮地に追い込まれた。



 そして、魔族軍の侵攻が始まった。

 兵站に軍勢を割いたのか、その総数はおよそ10万。しかしその内容は、充実している。



 何より、魔王が先頭に立っているのだ。

 数を厳選した精鋭が、レムドリア領内に侵攻を始めた。これに対してレムドリアも、30万の大軍で迎撃を行う。率いるはリュクシオン王子。レムドリアの最高戦力である。

 広大な平原で、両軍は激突した。

 結果は無残なものだった。



 現代戦の知識がある魔族軍は、制空権を支配し、魔法に長けた種族を前面に出し、真正面から激突した。

 戦術においては当代随一であろうシオン王子も、これには対抗できなかった。

 飛行してレムドリア軍の中心に着陸した機械神は、レムドリアの陣形を無残に破壊した。

 禁呪レベルの魔法がレムドリアの防御を突破し、その前衛を潰走させる。

 かくしてレムドリアの最大戦力は敗北した。







 レムドリアの戦力は、王都をはじめ、まだまだ残っている。だがそれを結集しても魔族軍に勝てるかどうかというと、リュクホリン王は懐疑的だった。

 敗軍の将であるリュクシオン王子も、それは同じだった。戦術の文明レベルが違いすぎると、彼は把握していた。

 天才であるがゆえに、逆に勝機を見出せない。勝つとしたら、戦場以外の場であろうと彼は考えた。



 しかし相手は魔族。人間相手の搦め手が通用するかも分からない。



 そこへ魔族軍から講和の使者がやってきた。

 褐色の肌と銀の髪のダークエルフ。魔将軍レイのもたらした講和の内容はレムドリアに不利なものではなかった。

 荒野と化した旧帝国領を魔族の支配下に置く。それだけである。

 既に侵攻したレムドリアの領内からは撤退し、国境には緩衝地帯を置くという、むしろレムドリアには有利な内容だった。

 宮廷では活発な議論がなされたが、冷静に考えてみると、選択肢は一つしかない。

 かくして人間側の最大国家レムドリア王国も、魔族との共存を強いられたのであった。







「終わったか……」

 全ての報告を受けて、マネーシャの宮廷にて、リアは呟いた。

 ソファーにどっかりと座り、書類を見ている。その両脇にはカーラとギネヴィアが座っていた。

「これで魔族の侵攻は、とりあえず止まるわけよね」

 ギネヴィアが問う。リアはかつてアスカから受けていた説明を繰り返した。

「旧帝国領があれば、魔族の人口は賄えるらしいからな。大陸南部まで侵攻するには兵站線が伸びすぎる」

 千年紀の人魔対戦は、これで事実上終結した。あとは戦後処理だが、またこれは面倒なものになるだろう。

「いよいよですね」

 カーラが呟く。千年紀はこれで終わった。次にやってくるのは、本番の大崩壊だ。

「世界と世界の衝突か。正直、どういうものか分からんな」

 それはあまりに抽象的なものである。サージの知識でもそのあたりはあやふやらしい。

 だが、本当の戦いはこれからだ。







 数日後、マネーシャの宮廷に、魔族からの使者が現れた。

 もはやお馴染みとなったアスカ。彼女が正式な使節として、王城を訪れたのである。



 その文書の内容を見て、リアは驚愕した。

 各国の大国の首脳部を招いて、なんとレムドリアの王城にて大崩壊への対策を練るということであった。

「旧帝国領ならともかく、すぐ最近まで戦争をしていた国の王城で会議をするというのか?」

 呆れたようにうなると、アスカはふふん、と鼻で笑った。

「そこが陛下のすごいところよ。魔族の領域で会議をするなんて言っても、臆病な人間は来れないでしょ?」

 確かにその通りだ。リアのような戦闘力を持っていない限りは、魔族の集団の中へは入っていけないだろう。

 それにしても、開催までの日時が短い。



「もうすぐよ」

 アスカは珍しく真剣な目で、リアを見つめてきた。

「もうすぐ大崩壊が始まるわ」

 人間と魔族の殺し合いがなくなり、魂の循環が衰えた。

 すると自然と、世界と世界の境界が曖昧となり、やがて衝突する。

 リアは頷き、了解の旨を告げた。







 大崩壊。

「はてさて、どんな争いがやってくるのか……」

 戦争の好きなリアにも理解できない、凄惨な時代が訪れようとしていた。

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