第106話 対策
『二つの世界って…』
サージがそのまま呟くのを、リアが止めた。
『待てサージ。私には次元境界面という意味が分からん』
『あ~、SF的な話ですよ。世界と世界を区切る壁というか…』
サージにだってフィーリングでしか分からないのだ。
『つまりだね』
ハルトは行儀悪く、茶の水滴を卓に垂らした。
『バルスが言うには、世界には一番大きな、太い根がある。あるいは幹と言ってもいいかもしれない』
太い線が描かれた。
『ここから細い枝が伸びていく。たくさん、たくさんね。それがやがて衝突しあう。そしてどちらかが、あるいはどちらもが砕け散る、これが大崩壊』
細い線の絡まりは、途中で一本になっていた。
『これが衝突しないように魂の循環する力を使って、枝の進路を変える。これが千年紀…と考えていいかな』
そしてハルトは更に衝撃的なことを言った。
『ちなみに千年紀は、1000年に一度起こるものじゃない。他の大陸でも、危機が起こるたびに、魔族と人間の戦争が行われた。その結果、今他の大陸には、全くと言っていいほど人間も魔族もいない』
『それは…』
『そう、次の千年紀は、1000年もしないうちに起こるよ。1200年前に他の大陸の生き残りが、この大陸に来たことは知ってるかな? あれも他のシステムで魂の循環をさせた、その生き残りらしいよ』
ろくでもない。命の循環がなければ、世界は滅びるというのか。
『すると3000年前の大崩壊はどうやって乗り切ったんだ。向こうの世界から1万人の人間がやってきたらしいが……』
『先代の火神竜が、命と引き換えに向こうの世界を破壊したらしいよ。その時にこの世界にやってきたのが人間で、それまでは魔族間の争いで、千年紀を乗り越えてきたんだとか」
すごいです、神竜様。
あれ、すると……。
『次の大崩壊を防ぐのは…ひょっとしてバルス?』
バルスから散々に言われていたリアは、すぐに気が付いた。
『そう。彼女の力で向こうの世界を破壊してもらって、その時に向こうの世界の住人を、こちらの世界の他の大陸に移住させる。これでしばらくは、千年紀を乗り切れるはずさ』
そしてハルトは「僕の話はこれで終わり」と告げたのだった。
日本語の分からない三人に、サージが掻い摘んで話をしている間、リアはずっと考えていた。
そして思う。傲慢すぎないか、と。相手の世界を滅ぼすことの、その傲慢さを。
ハルトはそれに対して、じゃあ代案を出してくれと応えるのみだった。
そうそう代案なぞ出はしない。ハルトが1000年かけて考え出したことなのだ。
そしてそれは、他の者たちも同じだった。
三つの大陸の許容人口は、少なめに見積もって合計で6億。ほぼ現在の竜骨大陸の人間の人口と同じである。
はたして次の大崩壊で接触する世界はどのようなものなのか。もしかしたらこちらの世界に対応出来ない生物しかいないのでは。あるいは知的生命体がいないのでは。
だがハルトが問題とするのは、全く違うことだった
即ち、あちらの世界の人間が、こちらよりもはるかに強いのでは。
「でもそのために、竜たちがいるのだろう?」
バルスの住処で見た光景。竜一頭に比べれば、人間の強者がいくらいても、十把ひとからげであろう。
だが。
だがである。
ここにはその竜をも上回る人間が揃っている。
竜では対応出来ない敵のために、人間が、人間の作った兵器がある。
なるほど、これはもう、協力するしかないではないか。
リアの差し出した手を、ハルトはしっかりと握り返した。
「ところで千年紀で、魔族が南下してきたのはどうしてなんだ?」
今までの話を聞いていると、この千年紀では人間と争う必要はないはずである。
その問いにハルトは苦笑した。
「まあ、一番大きな問題は、人口の問題だね。これ以上の魔族を、魔族領では養っていけなくなったんだ。人口抑制政策は上手くいかないね」
なるほど、単純な話である。
「あと、発達した魔族領の技術を人間の世界にも広めたいとか、最初に思ったのは、人間と魔族が共生できないのかということだね」
「魔族の技術はそんなに発達しているのか?」
「ロボットを作れるぐらいにはね。なんなら見せようか?」
中庭でそれを見せられたサージは大興奮していた。
「君ぐらいの魔力があれば乗れるから、一機プレゼントしてもいいよ」
口約束ではあるが、サージは機械神をもらえることになった。魔王様、太っ腹である。
そしていよいよ話は、この戦争の落としどころへとつながっていく。
魔族は別に、人間の世界を支配したいわけではない。ただ自分たちの生きていけるだけの領域が欲しいのだ。
そしてそれが人間と重なっても、特に問題はない。
一方の人間は、魔族の存在自体を許していない。それは野生化した魔族や、1000年前の千年紀の蛮行によるものだが、仕方がないと諦めるわけにもいかない。
「そういえば例の魔族領に送られた人間、なんとか順応しそうらしいよ」
そんなこともハルトは言った。
「魔族が勝って、しかも勝ちすぎず、土地を得るしかないか……」
ギネヴィアやフィオといった文官の意見も聞きながら。リアは考える。
「その中で素質がある者はうちのパイロットにスカウトしたいね」
フェルナにも既に機体が用意されているそうな。
「私やカーラの分は?」
「君たちはそのままで戦った方が強いかな?」
実際はハルトの制御の効かない戦力を作るのが嫌だったのだが、その言葉に二人は納得した。
カサリアに関しては、リアの伝手からどうにかなるかもしれない。問題は他の国々だ。
特に問題なのはレムドリアだ。巨大な版図。強力な兵。莫大な国力。この大陸で今や最強の国と言ってもいいだろう。オーガスやカサリアをも上回る国だ。
「ここを倒したら、他の国は自然となびくんじゃないかな?」
リアはそう思うのだが、ギネヴィアはもっと政治的に考える。
「魔族相手にそう簡単に降伏できるわけないでしょ。国民が納得しないわよ」
そういうものか、とオーガスの女王であるリアは当惑する。オーガスの場合獣人や、その国名の元になったオーガがいるのが、抵抗を少なくしたのだ。
そのリアの血縁のつながりで、カサリアと魔族の間は上手くいくかもしれない。だがレムドリアはどうだろう?
強力な王権を保持し、強力な軍隊を持つ。そして人口。これを屈服させるのは確かに容易ではない。
「そういえば大崩壊まで、どのくらいの猶予があるんだ?」
それを聞くのをすっかり忘れていたリアたちである。
「人や魔族が死ねば死ぬほど、その猶予時間は長くなる、性質の悪いことにね」
魂の循環を考えれば、そういうことなのだろう。確かにそれはやるせない。
「結局魔族が圧倒的な力で人間に勝利し、講和を結ぶぐらいしか考えられないのか」
「その通り。そしてその時に仲立ちをするのが、オーガスの役割だね」
ハルトの結論はそう出ていた。それは他のみんなも納得した。
「ところで……」
それまでと違った獰猛な笑みで、リアはハルトを見据えた。
「一手、お相手願えないだろうか?」
「嫌だよ。万一のことがあったらどうするのさ」
「ここに蘇生魔法の使い手がいる」
リアは掌でカーラを示した。だがハルトは首を振る。
「千年紀に入ると、蘇生魔法は使えなくなるよ」
魂の循環が激しくなりすぎて、バルスでも死者の蘇生は無理だという。
死んでさえいなければ何とかなるらしいが、完全に死んでいたら、死の直後でもどうにもならないらしい。
「だから君たちも気をつけてね」
軽い調子でハルトは言った。
「さて、じゃあ僕たちは帰るかな」
話は終わったので当然そうなるのだが、ギネヴィア辺りがなんとか食い止めようとしたりもした。
そこでフェルナとのキャットファイトが繰り広げられたのだが、それは余談である。
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