第105話 交流

 リアは頭を抱えていた。

 人間と魔族との間の、猟を発端とした殺人事件に関してである。

 これをどうするかで、魔族との今後の関係が変わるかもしれない。

 もしこれが人間同士なら、殺した側が死罪か、犯罪奴隷に落とされる。

 しかし今回は相手が魔族、コボルトである。コボルトを殺したときの罰則など、当然今まではなかった。

 だからと言って無罪には出来ない。それをすれば、魔族との関係が悪化する。

「で、どうしてくれるの?」

 ジェバーグの政庁にわざわざ向こうから、アスカがやってきていた。



「ちなみに同じことが魔族領で行われるとどうなる?」

 アスカは黙って、首を掻っ切るしぐさをした。ジェバーグ自治領よりきつい刑罰だ。

「まず賠償の問題から入っていいだろうか?」

「かまわないけど……払えるの?」

「今回は国庫から払う。犠牲になったコボルト4人、合計で金貨160枚でどうだろう?」

 人間の国では、法外なほどの賠償だった。

 それでもアスカは鷹揚に頷く。

「それで、犯人の男共はどうしてくれるの?」

 メインはそちらなのだ。それが定まらないことには、アスカも態度が決められないのだ。

「普通なら相応の罰金を払った上で奴隷労働なのだが、今回は全員死刑にする」



 ぴくりとアスカの眉が動いた。

「ただし罪状はコボルトへの殺人ではなく、国家反逆罪だ。魔族との関係を悪化させ、国家の安全を揺るがせたということでな」

 それがギネヴィアの出した解決策だった。

 魔族に対しての態度を決め、また向こうからも敵意を抱かれない、究極の解決策。

 もちろんこれによってリアの人気は下がるだろうが、致命的なものとはならないはずだ。ギネヴィアはそう考えた。

 だが、リアはもう一歩進んで考えていた。

「……というのを表向きのことにしておいてだな」

 そしてアスカを驚愕させることを口にした。

「犯人たちを、魔族領に移住させる」



「……本気?」

「強力な魔族の揃った集落があれば、そこへ移住させたい。そして何年か経って改心していたら、そのまま向こうに住むか、こちらに戻ってくるかを決めさせる」

「……」

 アスカは腕を組んだまま百面相を開始し、天井を見て、左右を見て、最後には背後を見た。

「面白いわね。吸血鬼が多く住む街で暮らしてもらおうかしら」

 その鋭利な牙を見せながら、彼女は断を下した。



 後にその一団はあっさりと魔族の街に適応して、家族持ち以外はそちらで暮らすことになるのだが、それはまた別の話。



「それはそうとして、魔王と会う話はどうなったかな?」

「ええ、レイから話を預かってるわ。陛下の手が空き次第、こちらに向かうそうよ」

「……なんかあの人、めっちゃ忙しそうなんだけど?」

「……言わないであげて」

「なんなら私が行こうか? 多分カサリアかレムドリアにいるんだろ? それとも帝国領か」

「帝国領よ。ファルサスという場所で、街を作っているのを監督してるはず」

 それを聞いて早速腰を上げようとしたリアを、慌ててアスカは止める。

「行き違いになる可能性があるから、こっちで待ってて」

 なるほど、腰の軽い魔王様である。







 やがてその日がやってきた。

 マネーシャの宮殿に、かつてシファカが侵入したのと比べるとあまりにも堂々と、結界をぶち破って中庭に降り立つ仮面の男。

 警備の者達が集まる中で、彼は一人の従者と共に周囲を睥睨し、こう叫んだという。

「ソ○モンよ! 私は帰ってきた!」



 執務室に付随した応接間で、四人の人間が魔王と、その従者と対峙していた。

 魔王は懐から手を出すと、こう言った。

「あ、これつまらないものですが」

 銘菓、魔王饅頭。



 ……



 時が止まった。

 そこから爆笑したのはサージで、それに釣られて魔王も高い笑い声を上げた。

 リアは苦笑した。カーラとギネヴィアは意味が分からなかった。

 なぜならそれは、日本語で書いてあったからだ。

『銘菓 魔王饅頭』と。しかも無駄に達筆に。



「それで、その仮面はまだ取る気はないのかしら?」

 笑い続ける三人を無視して、ギネヴィアが問いかける。その声は氷のように冷たかった。

「取る必要、ありますかね?」

「素顔を見せられない相手と、対等の話は出来ないな」

 ようやく笑いの発作から復帰したリアがそういうと、魔王は深々と溜め息をついた。

「本当はもう分かってるんでしょ?」

「私は、実際にあなたの顔を見たいのです」

 これに関しては、ギネヴィアは執拗だった。

 かつて愛した男。そして、自分の息子の父親。

「分かったけど、他には言わないでよ。意外と正体がばれてないのって面白いんだから」

 そして呆気なく、魔王は仮面を取った。



「違う……」

 ギネヴィアが呟く。その正体は、謎の魔法使いゴンベイの顔ではない。

「でも実は、この顔も偽物なんだよね」

 ペラペラと某怪盗の孫のように、顔の表面がはがれていく。声までもが変わっている。

「でも違う……」

 若々しい青年の顔は、ギネヴィアの知る物ではない。

「この上からこれを被ると、謎の魔法使いの出来上がり」

 新たに取り出したマスクを被ると、そこには目付きの鋭い先ほどとは別の顔が現れていた。

「ゴンベイ様!」

 卓を越えて抱きつこうとしたギネヴィアを、魔王の従者が体で止める。

 彼女もまた仮面をし、そしてそれをまだ外していない。



「久しぶりの恋人同士の逢瀬に、無粋な人ね」

「恋人同士? 私には一方的なあなたの感情に見えましたが」

 従者 ―― つまりここまで魔王についてこれるほどの飛行魔法の使い手であるのだが、彼女の変装は二流のものだ。以前に会ったリアたちには分かる。

「もしかして、黒猫の?」

「ばれてしまいますか、やはり」

 あっさりと仮面を外したのはフェルナであった。

「黒猫の幹部はかつての私。今ではハルトさんの片腕となっております」

「ハルト? それがあなたの本当の名前か?」

 リアが尋ねる。それは日本語にもある名前だ。

 魔王はマスクを外し、日本の青年の顔に戻った。

「アリスガワ・ハルトだよ。こちらではアルス・ガーハルトって呼ばれてたけどね」

 なるほど、確かにそれは伝説に伝えられる勇者の名前だ。

 最後は魔王と一騎打ちの末に相打ちとなったという、伝説の存在。

「ところで、お茶まだかな?」

 伝説の存在は、えらく軽かった。



 秘密の話をするので、お茶はカーラが自ら淹れた。

「ああ~、ええ匂いや~」

 茶の湯気を堪能するその姿に、魔王の威厳は欠片も見当たらない。

「あれのどこが良かったんだ?」

 小声でリアはギネヴィアに尋ねたが、そんなの一言では言えないと言われてしまった。

「さて、魔王……いやハルトさんと呼んだ方がいいのかな?」

「あ、そっちの方で」

「ハルトさん、率直に聞く。大崩壊ではいったい何が起きるんだ? 聖帝も暗黒竜も言葉を濁した。だがあなたも知ってるんだろう?」

 ハルトは思案顔で腕を組んだ。



『え~と、この中で前世持ちの人はいるよね?』

 日本語の問いに、リアとサージが手を上げる。

『じゃあ言うよ。他の人には後から説明して。でも、本当に聞いて大丈夫? 後悔しない?』

 リアもサージも、強く頷く。ここまで散々焦らされたのだ。ここで聞かないという選択肢はない。

 ふうと息を吐いて、ハルトはついにそれを知らせた。

『次元境界線が壊れて、二つの世界が衝突する』

 その言葉は、確かに日本語にしかなかったろう。

「それが大崩壊だ」

 こちらの世界の言葉に戻って、ハルトはそう告げた。

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