第103話 マネーシャの夜

 一度ジェバーグを経緯しマネーシャへと戻った五人は、とりあえず休むことにした。

 一眠りして、それから起きると、夕方になっていた。

 サージは王宮に用意された自分の部屋のベッドの上で、いろんなことを考える。

 だがそれが千年紀や大崩壊のことではなく、クリスの選択のことだった。

「そりゃないよ、クリス……」

 不老不死は、完全なる不死身ではないにしろ、かなりそれに近い。

 何百年も、何千年も生きる。その呪縛を、どうして彼女は選んだのか。

 サージはそれを、自分の力不足のせいだと思った。

 そのために、クリスは自分も不老不死となって力を得た。

 そんな勘違いをしていた。



 その時、ドアがノックされた。

「サージ、起きてる?」

 クリスの声だった。

「ちょ、ちょっと待って!」

 寝乱れた髪を手で漉き、サージはドアを開けた。

 薄物の上に上着を着たクリスが立っていた。

「そんな格好で……とりあえず入って」



 クリスを入れてドアを閉じる。

 部屋の中に向き直ったところで、柔らかい感触があった。

 クリスの体だった。胸があたり、温かさと匂いが、サージを包んだ。

「クリス……」

「サージ、私をあなたの……妻にしてください」

 熱くのぼせた声で、少女はそう言った。



「分かった」

 サージは改めてクリスに向き直ると、その肩をしっかりつかんだ。

「1000年も……それ以上も、一緒に生きてくれる?」

「ええ、あなたとなら」

 メガネが邪魔にならないように、しっかりと顔を傾けて。

 二人は固く口付けした。







 その日、リアはカーラと一緒に寝ていた。

 何をするでもなく、ただ一緒に寝ていたのだ。

 だから片方が気付いたとき、もう片方も同じように気付いた。

「誰か来たようだな」

「何者でしょう」

 マネーシャ王宮の結界は、カーラとギネヴィアがその魔法の真髄をかけて作り出したもので、簡単に入り込めるものではない。ましてやほとんど痕跡を残さないとなると……。

「魔王か……」

「だったらいいですね」

 素早く着替えを終えた二人は、夕闇に侵されかけた中庭に出た。

 その二人の前に、屋根の上から降り立つ人影が一つ。



 特徴の少ない顔立ちの、表情のない男。

 ごく普通の革鎧に、これだけは立派な長剣を吊るしている。

「何者だ?」

 虎徹に手をかけリアが問う。男は胸の前で手を広げた。

「黒猫の商会長、ヤマトと言えば分かるだろうか?」

 転生者にはすぐに分かる名前だ。もちろんリアにも。

 それだけでに、本当の名前が気になった。

「本当の名前を、聞いてもいいか?」

「話をしてみて、信用できるようなら教えてもいい」



 ここは王宮の中庭で、相手は女王。自分は不法侵入者にもかかわらず、その態度に悪びれたところはない。

 リアはこういう図太い人間が好きだった。

「いいだろう。だが人数を増やしても?」

「それは構わないが、信用できる者だけに限った方がいい」

「もちろんだ。では、場所を移そう」

 リアは自ら東屋にヤマトを案内し、カーラに関係者を集めるよう頼んだ。

 これでサージとクリスの熱い一時が邪魔されたのは余談である。







 東屋に集まったのは、まずヤマト。そして最初からいたリアとカーラ。

 ギネヴィアにサージ、クリスとなった。

 このうちギネヴィアもまた、自分の作った結界に侵入した人間は気付いていて、それが只者ではないと知っていた。

 そしてサージは知っていた。

 大賢者の記憶の中に、その男の顔は残っていた。

「聖帝……リュクシファーカ……」

 3000年前の人間である。これまで出会った中でも、神竜のバルスを除けば最も長生きの者で1000年のアゼルとなる。

 サージの言葉に一同が驚いていると、男は苦笑した。無理につけたような苦笑だった。

「大賢者の後継者がいたか。いかにも私がシファカだ」



「その聖帝が何の用だ?」

 自分の遠いご先祖様に向かっても、リアの態度は変わらなかった。

「単刀直入に言う。魔族との戦いに協力して欲しい」

「それは大崩壊を防ぐためか?」

「そこまで知っているのなら、なぜ戦わない?」

 他の者がはらはらと対話を見守る中、リアは堂々と言った。

「嫌だからだ」



「嫌だと?」

 その端的な言葉にも、シファカは表情を変えなかった。

「私は……私たちは魔族と関わりすぎた。そして魔族が悪でないと、今は知っている。殺しあうことなぞできない」

「それで、大崩壊が起きてもか?」

「それだ。その大崩壊というのは一体具体的になんなんだ? サージの知識の中にも断片しかなく、バルスも口を噤む。いったい大崩壊で何が起きる?」

「そうか、バルスから聞いたのか……」

 シファカは考え込んだようだった。そして答えたのは、満足の行くものではなかった。

「彼女がそう答えたのなら、私も答えないほうがいいだろう。だが再度問う。千年紀で魔族と戦うつもりはないのか?」

「くどい。それに何も教えてもらえない相手に、こちらが誠意を尽くすつもりはない」



「ならば、もはやここにいる意味もないか……」

 立ち上がったシファカに、リアは虎徹に手をかける。

「誤解するな。大崩壊が避けられないとなった今、この世界の戦力を削る意味はない」

 それでもリアは虎徹から手を放さない。万一のとき、この目の前の男がどれだけ危険か気付いているからだ。

 だがシファカは自然体のまま、東屋から外に出る。

「大崩壊では、共に戦うことになるだろう。その時はよろしく頼む」

「まだ色々聞きたいことはある気がするが、頼まれた」

 そしてシファカは、飛行の魔法で空の彼方へ去っていった。







「結局、何も分からなかったな」

 リアは呟く。カーラはバルスについての話をギネヴィアにしていた。

「ゴンベイ様に会えば、何か分かるかもしれないのよね……」

 ギネヴィアの中では、まだ魔王=ゴンベイとなっているのだ。

 その時。東屋に女官が入ってきた。

 緊急時以外は入らないようにと言っておいたので、もちろん緊急の要件があったのだ。

 それは、魔法都市陥落の知らせであった。

「そんな……」

 椅子の上で、ぐったりとクリスは倒れこんだ。既に速報は届いていたが、詳細はまだ不明だったのだ。

 しかしそこに、父である伯爵の生存が知らされる。

「兄は? 兄はどうなったのか分かりませんか?」

 残念ながらそこまでが情報の限界だった。再び力なく、クリスは椅子の背にもたれかかる。

「姉ちゃん、俺が連れて行くよ……」

 サージにもたれかけるようにして、クリスはその場を去った。



「うちでは共生できたけど、向こうではそうは行かなかったみたいね」

 ギネヴィアが疲れたように、背もたれにもたれかかった。

「うちだっていつ爆発するか分からない。戦闘で一回負かしてから支配したほうがよほど簡単だからな」

 そう言ったリアの言葉も終わらないうちに、さらに報せがやってくる。今度は魔法による速報だった。

 それは第一次ファルサス会戦による、連合軍の勝利だった。

「これは……かえってまずいのでは?」

 カーラが心配したのは、これで調子に乗った人間側が、魔族に対して攻撃的になることだった。

「私たちはまたジェバーグに戻る。後を頼めるか?」

 リアとカーラが立ち上がり、ギネヴィアも頷く。

「でもせめて、子供の顔ぐらい見て行きなさいな」

 リアとカーラは顔を見合わせた。

 親の自覚の薄い二人であった。

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