第102話 ファルサスの戦い
ファルサスという名の荒野がある。
かつてそこは豊かな平原だった。細い川が流れ、帝都の食糧を供給する、大穀倉地帯だった。
今はそこは、何もない荒野と化している。ある魔法の暴走により、帝都ごと、全てが消滅したのだ。
大軍を展開するのにちょうどいい空間が、そこに出現していた。
魔族軍は北方より来襲。小高い丘を占拠し、三方向からやってくる敵に備える。
連合軍は三方から接近。充分な距離を置いて、宿営地を作った。
補給という点では魔族軍が不利であった。なにしろここは人類側の領内。いくら後方を占拠したとはいえ、50万の大軍を、しかも巨人族を含めて食わせるのである。持久戦は考えられなかった。
一方の連合軍も、こちらは心理的な理由で、短期決戦を必要としていた。
魔族とは、人間にとって悪である。それをいつまでも人間の領内に置いておくのは、生理的に許しがたい。
だが決戦を主張する将軍たちに対し、総司令官のシオンは、徹底的な持久戦を主張して譲らなかった。
単に相手の倍以上の軍を持ちながらも、それだけでは勝てるとは思ってなかったからである。
魔族軍の構成は、繁殖力の強いゴブリンやオーク、コボルト、獣人が多い。だが強力な魔法に長けたダークエルフ、吸血鬼、ナーガ、三眼人といった種族も少なくないのだ。
その他にも圧倒的な体躯を誇る巨人やトロールもいる。戦力だけなら、負けているとさえ思っていたのだ。
このひどく冷静な司令官に対し、魔族軍はダークエルフの軍使を派遣した。この荒廃した土地をもらえれば、さしあたって自分たちはこれ以上の進軍はしないと。
当然ながら連合軍はこれを拒否。さすがに軍使を害することはなかった。これはシオンが、魔族を対等の対決相手として見ていたことによる。
ある意味、それこそが、相互理解の始まりであった。
対陣は10日に及んだ。
連合軍側からも、魔族軍の様子はある程度見えている。特に目立つのが巨大ゴーレムたちで、その中で最も特徴的なのが、単眼の青い巨大なゴーレムだった。
今までのゴーレムが鎧を着込んだ騎士に似ているのに対し、そのゴーレムはもっと動物的な、走るために全てを脱いだような人間のシルエットに似ていた。
人間側はもちろん、魔族側でさえ知る者は少なかったが、それこそが魔王の作った最終兵器、つまりは化学と魔法の融合したロボットであった。その名も魔王機械神。
他の種族や装備はともかく、このロボットの存在が、連合軍の動きを止めていた。
そして11日目。
動いたのは魔族軍の一部隊だった。
人間より強い戦闘衝動に耐え切れず、トロールの部隊が勝手に突撃したのだった。
小高い丘を、トロールたちがそれでも整然と降りていく。
これに舌打ちしたものの、レイは軍全体への攻撃開始を命令した。
「勝手に動いて! これが終わって生きてたら鞭で叩いてやる」
むしろそれはご褒美です、とは幕僚たちは言わなかった。
相互の魔法のやり取りの後、戦闘が始まった。
人間側の魔法は、主に陣形を突破してくる巨人に対して向けられている。
そして魔族側にとってそれ以上に厄介なのが、カサリアの飛竜兵だった。
上空から投擲される火薬を使った爆発物によって、魔族軍の陣形は大きく崩れたのだ。
「上空からの攻撃に備えよ! あれは魔法ではないぞ!」
レイは指示を出しながら、戦況全体を見回す。
魔族軍は、突進力では連合軍をはるかに上回っていた。しかしそれが収まると、包囲されて撃破されていく。
単体の強い個体も、同じような方法で数を減らされていく。
戦力自体は、魔族軍が上回っていた。
だが高所の利点を含めても、連合軍の練度の前に、わずかずつ数を減らされていく。
50万と120万という数の対決の前に、始まって以降のささいな戦術は無意味であった。
連合軍が後方にあった予備戦力を、魔族軍の退路を断つべく動かし始めたとき、レイは退却を決めた。
「退却の銅鑼を鳴らせ! 私は機械神で出るぞ!」
魔族軍の退却が開始された。
それはあくまで退却で、まだ敗走ではなかった。外縁部の部隊こそ攻撃を受けて潰走し出したが、内側は規律を保って動いていた。
また、その殿軍に立つ巨大な青いゴーレム。
巨大な斧槍を持ったゴーレムは、一撃で人間の一部隊を弾き飛ばしていた。
「無理な追撃はするなと、全軍に通達せよ」
敗走と見なして下手な追撃をしたら、逆撃を食らうかもしれない。シオンはそう判断した。
実際魔族側にはまだ充分に統制を保持しており、それを狙ってもいたのだ。
(結局、こちらの進撃は止められたか。人間もやる)
レイは内心呟いたが、物事がそう全て上手くはいかないとも思っていた。
だが実際は、連合軍には不満が残っていた。
敵の退却時に最も戦果は得られるというのは常識であり、それを止めたシオンに対するものである。
この後、魔族と連合軍の間で行われる再度の会戦では、それを指揮するのはシオンではなかった。
魔族軍は帝国領域の周辺まで撤退をした。
そこでレイは、魔王アルスの出迎えを受けた。
空中から突然現れた人影が、ロボットの肩に乗ったのだ。その感覚はロボットの装甲を通して中のレイに伝わる。
ロボットの機動はレイとつながっている。レイはロボットを歩かせたまま、外へ出た。
「陛下!?」
多くの魔族にとって、それは初めて見た魔王の姿だった。
魔王が人間だとは聞いていても、この数百年はほとんど側近の前にしか姿を見せなかったのだ。
「ご苦労様。大変だったね」
「申し訳ありません。陛下の軍を預かりながら、このようなていたらく……」
ロボットの手の上で、レイは跪いた。
「戦は水物だし、敵の数が多かったから仕方ないよ」
そして魔王は進軍を止め、演説を始めた。
それは敗北の理由を冷静に説明したもので、決して軍の意気を高めるものではない。
しかし彼は最後にこう告げたのだ。
「次の戦いでは私も出る」
それ以上に、魔王軍の士気を高めるものはなかった。
そして魔王は全軍の前で、新たにロボットを呼び出した。
レイの物と同型のロボットが、10体。その内一体だけが黒く塗られており、残りは純白の色だった。
その巨大ロボットを見るたびに、魔王軍の士気は上がっていった。
三日後、同じファルサスの平原で、魔王軍と連合軍の再戦が行われた。
この二回をもって、この戦いは「ファルサスの戦い」と呼ばれる。
そして二回目の戦いは、魔王軍の圧勝だった。
先頭を、風を切って接近する魔王機械神を、人間側は一体とも止めることができなかった。
それは圧倒的な力の蹂躙だった。
あるいはシオンであれば、肉の壁を作ってその間に何らかの打開策を見出したかもしれない。
だが彼は幕僚たちとの意見の相違により、既に陣を去って後方へ向かっていた。
120万の軍が逃げ惑った。
その混乱の中には、後の世で新たに名を高める者もいなくはなかったのだが。
今ここでは、ただの敗残兵だった。
魔王軍の鬨の声が上がる。
彼らは勝利した。この帝国北部の地帯を、彼らは領有する。
だがまだ連合軍は100万以上が残っており、逆襲が不可能なわけではなかった。
しかし残された幕僚たちにはその能力が不足していた。策もなかった。
シオンを退けた後悔と、的外れな八つ当たりと共に、彼らは国へと戻っていった。
「さあ、国を作るぞ!」
魔王の宣言と共に、国づくりが始まった。
運河を引き、土地を耕し、城壁を作り、街となす。
50万の手によって、わずか数日でそれが完成した。
後の世にファルサスと呼ばれる街の誕生であった。
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