第99話 再びの暗黒迷宮
「何を言ってるの?」
そう声を発したのは、この場で最も部外者に近いアスカであった。
「千年紀は確かに、魔族の侵攻のことよ。でも陛下はちゃんと、人間と魔族が共生できるように考えてる」
「違うよ。そういうことじゃないんだ。順番に話すよ」
そしてまずサージは、自分が大賢者となったことを伝えた。
それは全員に驚きをもって迎えられたが、それは重要なことではないのだ。
「大賢者になると、3000年前までの……つまり人類の残った記録が伝えられるんだ」
そう、そしてサージは今まで、不思議に思わなかったことを口にした。
「姉ちゃん、この世界で人間は、どうやって進化してきたと思う?」
それは、リアも気にしたことがなかったことだった。
単に考古学が発達していない、そう思っていたのだ。神殿では神が人間を創造したと言っているが、それが嘘だと転生者は分かっている。
「3000年前にはね、この世界には人間はいなかったんだ」
ならば、人間はどこから来たのか。
「それが、大崩壊で、こちらの世界に人間がやってきた。全部でたったの1万人ぐらいだったみたいだよ」
大崩壊。
千年紀に関しては、既に何が起こったのか分かっている。食料を求め、土地を求めた魔族の氾濫だ。
しかし大崩壊については、バルスも言わなかった。
「ここからは俺の推測も混じってるから、聞きたくない人は聞かないほうがいいと思うんだけど……」
そうは言っても、誰も席を立とうとはしなかった。
この世界の成立の謎。今まさに、それが明かされようとしている。
サージは溜め息をついて、それを口にした。
「千年紀で人間と魔族が限界まで殺し合い、魂を循環させなければ、世界を世界たらしめている力がなくなり、大崩壊が発生する」
それは人魔共生を意図する魔王とは、真っ向から反する意見だった。
「それで」
沈黙の中、ギネヴィアが口を開いた。
「大崩壊ってのは、結局何なの?」
「その記録は正確には残ってないけど、多分文字通り、世界が崩壊するんだ。大陸が、島がとかではなくて、この惑星が」
惑星の崩壊。
なるほど、それは大崩壊だろう。
「だがおかしいぞ。それでは1000年前にバルスと一緒に戦った魔王が、それを知らないはずがない。知っていて、単に人魔共生なぞ進めるはずがない」
リアの疑問も正しかった。サージはまた溜め息をつく。
「そう、それが俺の分からないことなんだ。だからもう一度、会う必要がある」
そう、おそらくは全てを知っている存在に。
暗黒竜バルスに、会わなければいけない。
今、国を空けることは、かなり難しい状況だった。しかしそれはギネヴィアに任せる。
暗黒迷宮に再挑戦するメンバーは、次の通り。
リア、サージ、カーラ、イリーナ。ここまではいい。
それに加えて、まずアスカ。魔族側の一員として、どうしても行くと聞かなかった。
そしてもう一人、どうしても聞かなかった人物が一人。
簡単な事情を聞いたクリスであった。
「自分の嫁の世話ぐらい見れるだろ」
冷やかすリアに対し、クリスは生真面目に答えた。
「まだ妻ではありません。それに、私には力が必要です」
クリスに対する他のメンバーは、おおむね好意的だった。
ヒュドラを倒せるぐらいの魔法使いなら、そうそう足手まといにはならないだろう。
しかしサージにはどうしてもクリスを同行させたくはなかった。
バルスに会うとなれば、自然と今回の話の内容を聞くことになるだろう。それは普通の人間にとって、恐ろしく負担になることは間違いない。
それに、である。
これ以上女のメンバーばかり増えても困るのである。
いや、純粋に女と言えるのはアスカぐらいなのだが。
逆にそれが不安なのだ。特にリアの目に、クリスがどう映るか。
和風を感じさせる美少女である。少なくともサージにはそう見える。リアの好みであったらどうしよう。
だが結局押し切られた。こういうとき、男は本当に女には弱い。
「あなたが守ってくれるでしょう?」
と言われれば、守るしかないであろう。男として。
意外なことに、イリーナは飛べない。
もちろん竜の姿に戻れば飛べるのだが、それでかえって飛ぶことを覚えなかったということである。
他は全て、クリスも含めて飛ぶことが出来る。かといってイリーナに合わせて地面を行くのは時間が惜しい。
そこで新しいサージの魔法が効果を発した。
「サモン・ワイバーン」
召喚されたワイバーンの背に、イリーナが鎧を脱いで乗る。鎧はサージが一時的に預かっておく。
これでその夜のうちに、一行は暗黒迷宮へと辿り着くこととなった。
入り口の広間には、他の探索者たちはいなかった。
魔族軍が近くにいる状態では、迷宮探索をする気にもなれないのだろう。
一行はしばしの休息の後に、迷宮の探索を開始した。
「なんだか、前に来たときより道が変わってないか?」
リアが問いかけた相手はイリーナだったが、サージの目から見ても明らかに変わっていた。
「多分、リアたちが一度踏破したから、バルスちゃんが中身を変えたんだと思うよ」
なるほど、確かに最深部までの地図が分かっていれば、探索も一本道になるだろう。
そんなことまで可能なのか、さすがは神竜である。
しかしこの場合は面倒この上ない。
「イリーナ、近道とか知らないのか?」
「う……あったけど覚えてない……ごめんなさい」
珍しくイリーナが謝り、リアは溜め息をついた。
「仕方ない。そちらのお嬢さんのレベル上げがてら、久しぶりの迷宮探索といくか」
仕方ないと言いつつも、その言葉はどこか嬉しそうであった。
クリスは勘違いをしていた。
自分が少しは強くなったと、そう思っていた。
間違いだった。
本当の強さというのを、この迷宮で初めて知った。
ヒュドラの首を軽く一撃で落とし、その鱗を簡単に魔法で貫く。
魔法生物をそれ以上の魔法で撃退し、ゴーレムの装甲を紙のように切り裂く。
そんな集団の中、クリスは主にとどめ役をやらされていた。
生物を構成する魔素がレベルを上げる要因だとは言われているが、最後にとどめを刺した者が、一番それをたくさん得られるというのも、よく言われていた。
実際、強敵を倒すたびに、自分の中に力が流れ込んでくるのを感じていた。
そして同時に、一緒に敵を倒す他の五人が、どれだけ強いかも。
「しかしあんたら、規格外ね。特にその坊や、昔とは比べ物にならないぐらい成長したじゃない」
そういうアスカも、明らかに以前より強くなっている。既に相当の年月を生きた存在がそう急成長するのは珍しいことだ。
「俺はまあ、ちょっとずるをしてるから」
大賢者の称号を得た後、その知識を力に変えて、魔法の実験で魔物を殺しまくった。
殺すことだけを目的としたようなレベル上げをすれば、それは強くもなるだろう。
そういうアスカも、千年紀を目前に修行を行っていた。
だからこそ、あの巨大ゴーレムロボットを動かすことが出来るのだ。
そして一週間。目の前には、巨大な扉があった。
あの時、イリーナが守っていた扉だ。今はその前に、巨人がいる。
サイクロプスではない。さらに巨大な、全身に氷をまとった巨人。アイス・ギガースだ。
だが、その推定160レベルの巨人すらも、リアの敵ではなかった。
そう、リア一人で倒したのだ。
しかも、一撃で。
暗黒の神刀ガラッハを、自らの影から生み出し、たったの一撃で巨人を袈裟切りに切り裂いたのだ。
暗黒魔法。かつてバルスから伝えられていながら全く活用していなかったそれを、今のリアは自在に操っていた。
「いや~、やっぱりよく斬れるわ、これ」
この暗黒迷宮でも、初めてガラッハを使ったリアはそう言った。
味方に被害が出るのを恐れて、なかなか使えなかったのである。
氷の巨人は闇の粒子となり、神刀に吸い込まれて消えていく。
力を吸収して更に強くなる。これぞまさに神の武器だった。
「じゃあ、開けるよ~」
イリーナが呑気な声で宣言し、暗黒迷宮最深部への扉が、今開かれた。
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