第94話 見上げる視線

 サージは14歳になった。

 14歳である。

 実はこの14歳という年齢、大概の国では成人として扱われるのである。結婚できるのもこの年齢からだ。

 伯爵は誕生日にサージに、守り刀をくれた。

 以前にリアからもらっている刀のほうがずっと性能はいいのだが、この心遣いが嬉しい。だって他には誰もくれないんだもの。

(田舎の皆は元気かな……)

 転生してからの記憶は、リアに会ってからの方がずっと濃い。だがだからと言って、故郷が懐かしくないわけはない。

 千年紀の前に一度でも帰って、少しでも危ないところから遠ざける。そんなぐらいのことはしてもいいだろう。

「サージ、あなた……」

 窓の外を見やっているサージに、クリスが声をかけた。

「ひょっとして、私よりも背が高くなっていませんか?」

「へ?」

 言われた通りだった。立ち上がってみると、クリスの方が見上げてくるようになっている。

 彼我共に、全く気付いていなかった。普段からずっと会っていれば、それも仕方ないのだろう。しかしこの年齢なら、それも当然なのだろう。



 サージの日常はそれほど変わっていない。授業を受けて、アゼルに教授してもらい、家に帰って寝る。そこに付け加えられたのが、クリスとの討伐である。

 最初は往復の道のりだけでへろへろだったクリスも、少しレベルが上がれば、それに応じて体力が上がっていく。

 今では他のメンバーに迷惑をかけることなく、森を往復することが出来るようになっていた。

 だがこれでも、おそらく勇者の従者となるのは無理だろう。はるかに強いサージでも、リアと背中を合わせて戦えるとは思えない。







「え? 勇者? もういないよ」

 だからアゼルがそう言っても、あまりショックは……あった。

「え? え? 勇者がいないって、もういないって、どういうことです? 帝国で呼び出されて……一緒に消えちゃったとか?」

「いや、この世界にいるのは嫌だーって言って、ハイエルフの女の子と一緒に、他の世界に逃げちゃったんだよ」

 フリーダム過ぎるぞ、勇者。

 実際はもっと込み合った事情があったのだが、事実だけを見ると、アゼルの言葉に嘘はない。

 勇者は魔王の企みにより、黄金竜クラリスの消滅の一端を担わされ、大森林で出会ったハイエルフの少女と共に、水竜ラナが他の世界に送ったのだ。

「なんでまた……」

「そりゃあ、自分が原因で300万人も殺しておいて、しかも魔族と戦わなければいけないなんて、普通の精神なら耐えられないんじゃないかな」

 それは確かに、そうかもしれない。

 普通の世界から召喚されて、さあ殺しあえというのも無茶な話だ。

「でも前の勇者は、ちゃんと戦えたんですよね?」

 現魔王のことである。

「その前の勇者もね。だが彼は、繊細だったみたいだよ。私が直接会ったわけではないが」

 う~む、どうだろう?

 前世の自分が、いきなりこの世界に来ていたら……。

 果たして、オークと殺し合いなどできただろうか?

 リアは別である。あの人は嬉々として順応するだろう。

 そう考えれば勇者を責める事はできない。



「ところでサージ」

「はい、なんでしょう?」

「君、私の後を継いで、大賢者にならないかね?」

「はい?」

 それは突然の話だった。

「私は次の千年紀で、率先して戦うつもりだ。おそらく生き残れないだろう。だが先代がそうしたように、賢者の知識は伝えていかなければいけない」

 真剣に言っている。何かの冗談ではない。

「な、なんでおいらが……」

「知力、魔力、見識、精神力。それに前世の記憶をしっかりと持っているという点。そんなところかな」

 買いかぶりもいいところである。だが、そのつもりでアゼルは自分を見ていたのだろう。

 ずっと、見ていたのだろう。

「まあ、すぐには返事はしなくていい。だが、時間はないぞ」



「大賢者になるメリットとデメリットは?」

「メリットは、知識だ。代々の大賢者が受け継いできた知識を、自分のものと出来る。あと不老不死だな。デメリットは……何もない」

「何も?」

 それこそ信じられないだろう。

「君がすべきと思うことをのみすればいい。私もそうしている」

 これが、そうなのか?

 この学園都市を運営し、世界を裏から監視し、より良き方向へと導く。

 こういうことを、するというのだろうか?

「力は、手に入りますが?」

「君が知識を、それに生かすなら」

「カーラさんはどうだったんですか? あの人ならおいらよりも適性はあったと思いますけど」

「彼女は国に戻り、国のために生きると言ったよ」

 実際、国のために竜と戦い、竜殺しとなったわけだ。



 結局、即断は出来なかった。

 サージが求めているのは、力だ。仲間を守るための力だ。

 それが手に入るのなら、手段はそうそう選ぶべきではない。

 だがすぐに返事が出来なかったのは、アゼルが時々見せるあの目。

 ただ老いただけではなく、疲れきったあの目が、サージを躊躇させたのだ。



 サージは東屋に出て、月を見ていた。満ちかけた月だ。これが欠け始めるころ、今度はクリスの誕生日がやってくる。

 本当ならサージも何かを贈り物をしたいのだが、14歳の誕生日に異性から何かを送られるということは、婚約を求める行為に当たるので、何もしてあげられない。

(花火でも打ち上げてみせるかな)

 それとも手に持つタイプがいいだろうか。そんなことを考えていた。

「サージ?」



 月光の下に、クリスが立っていた。

 薄衣の上に、上着一枚を着ただけで。

「何をしているの?」

 正直、一瞬人間以外のものかと思った。

「君こそ」

「あなたがこっそり抜け出すのを見て、付いてきたのよ」

 気付かなかった。不覚である。

「夕食の時から、ずっと何か考えていたでしょう?」

「お見通しか。よく人を見てるな」

「何を考えていたが、話す気はないのですね」



 もちろんそれはない。

「もうすぐ、14歳の誕生日だろ? 贈り物をするわけにはいかないから、何か形にならないものをあげようと思ってね」

 それもまた、事実ではあった。

「私の場合、贈り物をくれるような人がいないので、あなたぐらいはくれてもいいんですけど……」

 それは自業自得であろう。

 普段からあんんだけ男に愛想がなければ、それは求婚されもすまい。

「そう? それなら何か、お守りをあげるよ。何がいいかな……」

 サージは収納空間を探る。付与魔法の練習に使った中で、色々と作ったものはある。

 その中から選んだのは、銀製のバレッタだった。

「お手製だから、あんまり凝った物じゃないけど、その代わり色々と魔法は付与されてるから、役に立つと思うよ」

 手渡すと、クリスはぎゅっとそれを握り締めた。

「ありがとう」

 そう言うと、さっそく付けてみる。長い黒髪を結い上げて、それをまとめる。

「似合いますか?」



 月明かりの下で。

 黒髪にその銀色は、本当によく映えた。

 いや本当に美しかったのは、その装身具ではなく――。

「似合うけど、やっぱりパーティーとかでは、もっとちゃんとした物を付けてほしいな。なんなら次の誕生日にでもプレゼントするよ」

 サージはそう言ったが、次の誕生日とは、魔王の言った三年目に当たる。

 三年目の何時、魔族の侵攻が開始されるのか。それを考えると、あたら約束は出来ない。

「約束ですよ」

 それが分かっているのか、クリスは微笑んだ。

 いつもそうやって笑っていればいいのに、と思える可憐な微笑みだった。

「サージ」

 身近で見つめてくる。わずかに見上げて。

「本当にありがとう」







 後日、伯爵邸で行われた誕生パーティーでは、クリスは白いドレスを身にまとい、普段はしない薄化粧をしていた。

 それだけで普段とは違う印象を与えるのだが、その結い上げた髪を飾るのは、質素な銀のバレッタだった。

 それを詮索されても、クリスは出所を明らかにはせず、ただ誕生日の前に貰ったプレゼントだとばかり言った。



(これは、あれだよね……)

 サージは鈍感系主人公でも、都合がよく耳が悪くなる主人公でもなかったので、なんとなく気付いていた。

 クリスは好意を抱いてくれている。

 フラグを立てまくった自覚はある。だがサージは正直、男性の夢、ハーレムに憧れている。

 最低と言われようが、サージは前世からすでに童貞暦30年を超えているのだ。

 クリスを夫人とするなら、そうそう愛人は持てないだろう。浮気をしたら絶対に泣きそうである。

 よってクリスルートは、本来避けるべきだったのだが……。

(仕方ないじゃない男だもの)

 可愛い女の子には邪険には出来ないのだ。



 その日、サージはクリスとダンスを踊る羽目にまでなった。

 両者共に下手糞なので、逆にほほえましいものがあったらしい。

 クリスの兄君には、後にさんざん皮肉を言われた。

 ちなみに、であるが。

 誕生日のプレゼントを女性側から男性側に求めるのは、逆求婚の意味なのだとサージが知るのは、この少し後の話である。



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