第93話 実戦

 身長が伸びました。

 大事なことなので、もう一度言います。

 身長が伸びました。



 このところ急激に伸びてきた身長に、サージは機嫌が良かった。人のいないところで小躍りしていた。

 だから次のようなクリスの言葉にも、適当に同意してしまったのだ。

「サージ、そろそろ実戦に出たいのですが、一緒に行ってもらえますか?」

 この場合、兄を頼ると言う選択肢はないらしい。弱いし。

「いいけど、伯爵の許可が取れたらね」

 娘を可愛がっている伯爵が、まさかそんな許可を出すとは思っていなかったのだが。

「大丈夫です。お父様の許可はもらっています」

 その返答に、しばし固まったサージだった。



 実はこれには策略があった。

 まずクリスは父に対して、世にも珍しいおねだり攻撃を開始する。

 するとでれでれ伯爵はぎりぎりのところで踏みとどまり、条件を出す。

 その中の一つに、サージの同伴というのが含まれていたのだった。

 因果関係が逆だが、クリスは見事に許可を勝ち取ったのだ。

「女は怖いぜ…」

 後にサージはそう慨嘆したものである。



 それからサージはどういう戦いをクリスが求めているか、確認することにした。

「やはりヒュドラを」

「はいアウトー!」

 いきなりハードルが高すぎるのである。

「けれどサージは簡単に倒していたでしょう?」

「あのね、確かにおいらなら倒せるけど、そもそも自分とのレベル差分かってる?」

 サージは隠蔽、偽装の魔法でかなり自分のレベルを低く見せているのだが、それでもかなり差があるのだ。

「あと斥候と盾になってくれる人も雇わないとね」

「斥候はともかく、戦士は必要なのですか? 演習でもいなかったですけど」

 あの時はサージがいたから、大概のことには対応できたのである。だが今回もサージ頼みでは意味がない。



 そんな二人がやってきたのは傭兵ギルドである。

 その名の通り傭兵に仕事を斡旋する場所なのだが、この街の場合それほど大きなものではない。

 それでも中に入ると、懐かしい空気が感じられた。後ろについてくるクリスはサージのローブの端をぎゅっと握っているが。

 サージは慣れた感じでカウンターに行くと、マスターに話しかけた。

「おじさん、斥候と盾役の戦士を二人ほど探してるんだけど」

「ああ? いないでもないが、何をするんだ?」

 そこでくい、と親指でクリスを指す。

「学園のお嬢さんが実戦を体験するんだけど、その護衛を頼みたいんだ。レベルは50以上かな」

「報酬は? お嬢ちゃんのレベルは? あと他に何人いる?」

「一人銀貨一日5枚、最大一週間、短縮あり。お嬢さんのレベルは76。他にいるのはおいら、蛇王殺しのサージで最近は名前が通ってるはずだけど」

 サージが二つ名を名乗ると同時に、ギルド内がざわりとした。

 二つ名というのは、一流の証明である。中には変なものもあるが、たいていは格好いい。

 リアの女殺しなどは特別である。

「おい、まさか」「あんなチビが」「いやでも、子供だって……」

 チビは余計だっつーの!



 その後マスターは希望通りのメンバーを選んでくれた。

 サージの鑑定で見てみても、クリス一人を守るには充分だと思われた。

「では行きましょうか」

「いやいや、まだ細かいところを決めなくちゃ」

 細かい契約条件を決めるのは、どうやら斥候の猫獣人の男らしかった。黒斑の毛皮で、この街では珍しい種族である。

「こちらはとにかく経験を積みたいだけだから、素材の類は全部そちらの物でいい。もし珍しい物が出たら、こちらが優先して買い取らせてもらうよ」

「荷物はどうする? お嬢さんが持つのは辛いだろ」

「魔法の袋があるから、それはいいよ。素材も持っていけるだけ持っていくよ」

 男たちがにんまりと笑う。報酬も魅力的だが、場合によっては魔物の素材でもっと稼げそうだ。

 その後も交渉は順調に進み、斥候とサージは握手を交わした。



「さ、それじゃ次は準備だよ」

「え?」

「一週間も森にこもるんだよ。買う物がいっぱいあるでしょ。冒険に必要な物はおいらが買っておくから、女の人に必要な物があったら、買ってきておいて」

 具体的には、下着とかである。探索者なら普通は一週間ぐらい同じ下着で過ごすこともあるが、クリスにはそれは耐えられないだろう。まさかリアのように頻繁に風呂に入ることもないだろうが。

 あの人は豪快なのに、妙に綺麗好きだった。

「この間の二泊三日の演習で困ったことを参考に、品物は揃えるんだよ。風呂には入れないから、それは覚悟するんだよ」

「わ、分かりました」

 一応、風呂魔法はサージも使えるのだ。旅の間に便利なので、しっかりと覚えた。

 だが最初からそんなに甘やかしては、クリスのためにならないだろう。決して、一週間物の女の子の臭いクンカクンカというわけではない。







 そして翌日の朝、準備を整えた一行が街の正門前に集合する。

 がっちりと一週間分の装備を整えた三人と、軽装の二人。クリスは気張って立派な杖を持ってきていた。

「よし、リーダー、進路はどうする?」

 斥候がサージに訊いてきた。

「え? おいらリーダー?」

「雇い主で、経験者だろ? 決めてくれや」

 なるほど、これがリーダーの重みか。

 無茶をしているようで、リアもこの重みに耐えて……いなかった気がする。

「じゃあ、素人には危険レベルのルートを。そこで戦闘をしてから、明日以降は考える」

「よっしゃ、任せとけ」

 ああ、いいなあ。

 やっぱりパーティを組むのはいい。

 もうあのメンバーで迷宮に潜ることはないのだろうけど。

 そしてサージたちは冒険に出発した。







 そして早くも挫折しかけていた。主にクリスが。

 へろへろと杖にしがみつきながら、ようやく歩いている。足元はしっかりとブーツで固めてあるのだが、森に慣れていないとこうなる。この間の演習とは、ルートの難易度が全く違うのだ。

「リーダー、小休止しねえか?」

「そだね」

「わ、私はまだ大丈夫です」

 生まれたての小鹿のような足でぷるぷると言われても、説得力がないのだ。

 サージはそれにむけて懇々と、休憩の大切さを説いた。

「とりあえず、回復」

 魔法で回復すると、すっきりとした顔になるクリス。だが体力自体は回復していないのだ。これで回復するのは疲労箇所だけだ。



「おっと、何かこちらに近づいてくるぜ。これは大牙猿かな」

 大牙猿は魔物であるが、野生の生物に近い。人間を見ると、まず襲い掛かってくる。

「数は一匹か……。クリス、やってみる?」

「はい! 頑張ります!」

 レベル20もない敵なので、クリスならば楽勝のはずである、風刃なり氷塊なりの魔法で一撃だ。

 万一にも備えて、サージも準備はしておく。狙撃、誘導を使えば、ロンギヌスで確実だ。

 だが、やがて木の上から襲い掛かってきた巨大な猿に対してクリスが使ったのは。

「火球!」



 一撃で、猿を炎に包んだ。

 そのまま炎が森の木に飛び火する。

「あちゃ~」

 炎に包まれた猿が転がり回る。延焼がひどくなる。

「お、おい! リーダー!」

「分かってるよ」

 まず猿に止めをさした後、水球の魔法で火を消して回る。

 そしてやってくるのが反省タイムである。



「さてクリス、今の何が悪かったか分かるかな?」

「一撃で敵を倒せなかったこと?」

「ん~、それもある。でもね、森の中では基本的に火の魔法は厳禁なの」

 森を焼いたら、それだけで犯罪となる場合がある。もちろん魔物の対処の仕方によっては、許される場合もあるが。

 今の場合は一匹だけで、許される場合ではない。

 威力が高いからと言って、火の魔法が一番良いというわけではないのである。







 それからのクリスは、なんとか風系の魔法を使って、魔物を倒していった。

 しかし、である。

 問題はそんなところにはなかったのである。

「サージ……あの……おトイレ……」

「ああ、その辺でしちゃえばいいよ。自然に帰っていくから」

「あ……う~……」

 涙目で訴える視線は、つまり付いて来いということだろうか。

 そういえば演習と違って、今回は男ばかりのパーティだ。その辺りの配慮が足りなかったか。

 だが甘い。甘やかしませんよ。美少女の涙目はご褒美です。



「……おいらでよければ一緒に行くけど?」

「お願い……」

 こっち見ないでよ、音聞かないでよ、という要望に、サージは完全に紳士的に応えた。

 その反応自体が、とてもおいしくいただけました。

 そしてそれは、夜も同じことなのである。

 体を拭きたいと仰るお嬢様。まあそれはね。一日歩いて汗だくだから、仕方ないよね。

 布を天幕のようにして姿を隠し、その中で汗を拭く、ほっそりとしたシルエット。

 サージは断じてロリコンではないか、少し興奮したのは否めない。







 そして四日目、ここからはもう来た道を戻るという日になって。

 一行は目的としていた魔物を感知した。

「北の方角から来るね。大きいのが、空から」

 サージの探知に引っかかったそれは……。

「まさか竜!?」

「いや、ワイバーンだから」

「サージは竜も倒せるの?」

「いや、無理! 生まれたばかりの子供ならともかく、大人の竜は絶対に無理」

 まだ幼かったイリーナに、蹂躙されていたバルガスの姿が思い出される。

「じゃあおいらが落とすから、止めはクリスがよろしく」

「わ、分かったわ」



「ひさしぶりの……延長ロンギヌス!」

 はるかな空からやってきて、ロンギヌスに翼を打ち抜かれたワイバーンは、その勢いをなんとか失速させながら着地した。

 ちょうど目の前。森の木に絡まるように。

 そこへクリスの魔法が直撃するが、一撃では倒しきれない。反撃を、戦士たちが盾で食い止める。

 不測の事態に備えていたサージだが、特に何かが起こることはなく、ワイバーンはやがて息絶えた。

「よっしゃー! 剥ぎ取りだー!」

 喜び勇んで突っ込む一行の背を目で追いながら、クリスはぺたんとその場に腰をついた。

 今までの敵は単にクリスの戦闘経験が足りなかったから苦戦したのに対し、ワイバーンは本当の強敵だった。

「お風呂入りたい……」

 ぽつりとクリスは呟いたのだった。



 帰路は特に何も特筆すべきものはなかった。

 油断大敵と周囲の索敵を怠らなかったら、無事に戻れるものなのだ。

 唯一、クリスが自分の体臭を気にしていたのだけが問題点か。着替えもしてるし、そんなに臭わないと思うのだが。

 それでも往路に比べれば、慣れたのか足取りもしっかりとしたものだった。

 そして一行は街へ到着し、こういう時の貴族特権を使って入市したのだった。

「それじゃあ、素材のほうは明日ギルドに持っていくから」

「ああ、たのまあ」

 門を入ったところで、三人とは別れる。



「お風呂……お風呂……水浴びでもいい……」

「え?」

「……え?」

「いや、実は水浴びならさ、ほら、浄水」

 びしゃりとクリスが水浸しになる。着ている物が厚いので、エロくはない。

「それで、乾燥」

 ぶわりと水分が飛んで行く。あまりこれをやると髪が傷むとルルーは言っていた。

「どう?」

「すっきり……。でも、どうして今まで言ってくれなかったの?」

「だってお風呂とは聞いてたけど、水浴びなんて聞いてなかったし」

「~~~」

 ぽかぽかとサージをぶつクリス。笑うサージ。

 かくしてクリスの実戦第一回は幕を閉じたのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る