第90話 大賢者

 サージが騒動を起こして自主的に謹慎をしていた時 ――。

 実際は、その間にある人物に会っていたのである。

 その人物とは、大陸最高の魔法使いにして、大賢者と呼ばれる男。アゼルフォード。

 標高1万メートルに達するという聖山キュロスの頂上にある庭園に、サージは招かれていたのである。



 ちなみに来た手段はと言うと――。

「でけえ鳥……」

 郊外にしつらえられた野原に、褐色の、翼長100メートルはあろうかという巨大な鳥。頭部はプテラノドンに似ている。

「アゼルフォード様に仕える三つの僕の一つ、怪鳥ラプラスと申します」

 答えてくれたのは、そのラプラスと共にやってきた、黒髪の執事。

 それにしても……ラプラス……。

 ラプラスの悪魔とは関係ないよね?

「ちなみに私もその僕の一つ、ラダムと申します。

 んん?

「あの、ひょっとして残りの一体はポセイドンとかいいますか?」

「ええ、勇者様の世界の伝説を基にした名前が付けられております」

 バ○ル二世かよ……。



 かくてキュロスの頂上にやってきたのだが、そこはとても高山の頂上とは思えない草花に覆われた場所で、野外ステージまで建てられている。

「主はあちらでお待ちです」

 そう言われたのでステージの客席までやってくる。

 既にこの時、サージにはひたすら嫌な予感がしていた。

 そしてそれは的中する。



 ちゃ~ちゃらちゃちゃ~ ちゃちゃ~ちゃちゃ~ ちゃ~ちゃ~



 音楽と共に現れた、褐色の肌の美青年。

 その青年が熱唱する。



「ゆ~きのあら~し~に~ か~く~さ~れた~」



 歌詞こそ違え、メロディーラインはまさに、あの歌であった。



「魔法の塔に 住んでいる~ 超能力賢者~ あぜるふぉ~ど~」



 知ってる。その歌知ってる。

 アニ○ックスとかで見てたから、知ってるねん。

 メロディーラインで分かるねん。



「平和の大陸守るため 三つの僕に命令だ」

「YAH!」

 もはややけくそである。



「か~いちょ~ラプラス~そ~ら~を~とべ~ ぽせ~いどんは~海をゆき~ ラダム、変身、も~どれ~な~い~」



 そこが替え歌なのかよ!







 2番まできっちりと歌った後、アゼルフォードはすごくいい笑顔で挨拶してきた。

「私がアゼルフォードだ。アゼルと呼んでくれて構わない」

 アゼル1世とかいませんかね?

 ぎこちない笑顔で握手をすると、サージはもはやさっきのことは忘れることにした。

「時空魔法を使うとは、なかなか面白いな。やはり転生者か」

 さすがに大賢者と呼ばれるだけあって、そのあたりは見当がつくのか」

「同じ転生者でもラビリンスとは違うな。あっちは創世魔法なんか選んで、えらく苦労していたものだ」

 ああ、なるほど。同じ時代に生きていたから、当然ラビリンスのことは知っているのか。

 そうか、同じ時代の人なのか。

「迷宮踏破したらしいけど、彼女はどうだったい? 元気にしてた?」

 ステージから塔へと案内してくれる。そこが彼の住居らしい。

「元気は元気でしたけど、なんというか、ちょっと空元気みたいな気はしました」

「彼女は昔からそうだからね。それにしても精神が磨耗してないのはすごいよ……」



 塔の中は、様々な実験器具と書籍に満ち溢れていた。

 特にサージが気になったのは書籍の山で、ちゃんと分類もされずに山積みになっている。

 前世ではきっちりと本を揃えていたサージには、ちょっと我慢しづらい光景だった。

「すまないね。なかなか整理するのも大変で、誰か他の人を頼もうにも、ここに来てもらえるような人間は、皆整理が苦手だから」

 大賢者と呼ばれるような人のところにサージが来られたのは、なんとアゼルの方からお招きがあったからである。

 あの竜殺し以来となる水晶玉破壊には、それだけでのインパクトがあったのだ。

「空いてる席に座ってくれ。ラダム、お茶と適当なお菓子を」

 そう言ってどっかりと、自分もソファーに座り込む。その拍子にまた、本の山が崩れた。

「いつもなら、もう少し整理してあるんだが、ここのところ、千年紀の準備に忙しくてね」

 また出た、千年紀である。

 魔法学園の名目上のトップというこの人は、いったい千年紀をどう考えているのか。

 皆が千年紀に対する危機感が少なすぎるを感じていたので、率直にサージはそれを口にしていた。

「君の言う通りだ。我々は、危機感が足りなすぎた。おそらく次の千年紀で、人類側は完全に敗北するだろう」



 あまりにも悲観的な率直さに、サージのほうが凍った。

「ああ、それほど困ったことにはならないよ。これはここだけの話だが、実はこの間、魔王と戦ってね」

 え?

 それは最高機密とか、そういうものではないですか?

 私、ただの一介の学生に過ぎませんが。

「こちらは完全に、必勝の体勢を整えて相手をしたにもかかわらず、結果は引き分けだ。実質負けたようなもんだな。あれに勝つには大森林からクオを引っ張り出して、君のところの女王と竜殺しを動員して……それでも駄目かな」

 それは、事実上の人類滅亡に値するのでは?

「クラリスの消滅した時点で、今回の千年紀の敗北は、ほぼ決定してたんだな」

 気楽とさえ言えるアゼルの言葉に、サージは持っていたカップを落としそうになった。

「それって、相当まずいんじゃないですか?」

「まずいことはまずいが……人間の社会の仕組みが変わるだけだ。元々あの魔王は、人類を絶滅させようなんて考えてないしな」

 あ、あれ?

 千年紀って、確か魔族の人間領への大侵攻だったはずでは?

「ああ、それは聞いてないのか?」

 アゼルは自分も持っていた茶で口を湿らせてから、簡単に言った。

「過去の2回の千年紀は、魔族の人口過多による大氾濫だったんだ。だが今回の千年紀は違う」

 鋭い視線で見つめてくる。

「彼の目的は、人魔共生。つまり、人間と魔族で仲良くしようと、そのために侵攻してくるのさ」

 びっくりである。







 オーガや獣人、他の亜人を見てみても、人間と棲み分けることは難しくない。

 それでも特に大陸の南側では人間の領域がほとんどだったが、魔王は完全に多種族混淆を目指しているのだという。

 ああ、なるほど、とサージは納得した。

 地球の、それも日本出身の勇者なら、魔王としてそれを行おうというのもありえる。

 コルドバを滅ぼしたのも、そのためにアスカたちが味方してくれたのも、納得いく答えだ。

 そしてそれは、サージ自身にも望ましい答えに思える。



「あの、それって、悪いことじゃないんじゃないですか? もちろん、本当に仲良く暮らせるならですけど」

「いいことだ。千年紀だけを見るなら。しかしそれだと……」

 何かをいいかけて、アゼルは言葉を切った。

「君はオーガスの貴族だが、女王は魔族と手を組めると思うか?」

「大丈夫……でしょうね。個人的な遺恨は少しありますけど、オーガの女王になるような人ですから」

「そうか。参ったな……。しかしその個人的な遺恨というのは?」

 意外と知らないのか。そういえば、そうだった。

「うちの女王様とカーラさんがラブラブなのはご存知だと思いますが……」

「ああ、あれね。一応両方女性体がメインのはずなのに、それで結婚するんだからよく分からんな」

 なるほど、大賢者様ともあれば、そういうことは知っているのか。

「それでですね、魔王の側近がカーラさんを殺しかけて、それで女王さんがブチ切れてずんばらりん」



 それを聞いただけなら、両者は決裂するとしか思えないだろう。

 だがリアがコルドバを倒すのに、どれだけ魔族の力を借りたか知っていれば、実際の犯人を殺したところで、手打ちとしておかしくはない。

 それに後から聞いた話では、殺す気だけはなかったようだし。

 しかし客観的に見ると、魔族と手を組むというのは、相当の冒険のような気もする。

「すると、魔族とちゃんと戦ってくれそうなのは、レムドリアとカサリアか……。参った」

「あの、アゼル様はどうして、魔族と人間が戦わないと困るんですか?」

 そもそも、これが根本的な問題だ。

 かつての勇者が目指したように、魔族と共生するわけにはいかないのだろうか。

「それは……駄目なんだよ。それをやると……悪い結果しか生まない」

 言葉を濁す。それはまだ、知るべきことではないのだろう。もったいづけるものであるが、何か理由はあるのか。

 理由がなくても、あまり重過ぎることは知りたくもないが。



「まあ、まだ少しだけ時間はある。とりあえず私は、女王の側近である君を篭絡しようか」

 冗談めいてはいるが、完全に本気の目だった。

「この塔に入る権利を君にあげよう。3階から上は危険だから、入らないように。実験器具も危険だからね」

 一つの階層が、そのまま図書館より広いという、この塔へ自由に入れるという。

 それは魔法使いにとって、まさに垂涎物の条件なのだろう。

「来る手段は、ラプラスを呼ぶか、転移が使えるようになれば、奥の転移魔方陣を使いなさい。何か質問は?」

「その、どうしてこんなに、よくしてくれるんですか?」

「戦力の強化だ。たとえ千年紀を魔王が理想的に乗り越えても……まあ、とにかく、強い戦士や魔法使いが一人でも欲しいのさ」

 また言葉を濁された。

「基本的に何がどこにあるかは、ラダムも把握しているから。彼に聞いてもいい」



 まあいい。確かに強くなるのは、サージの目的であるのだ。

 その過程がどうあろうと、目的は一つ。

 かくしてサージはこの大陸における、最も高度な魔法教育を受ける機会に恵まれたのだった。

 ……教えてくれる人物が、時折ノリノリでアニソンを歌うのが困ったものだったが。

 幸い、アゼルは音痴ではなかった。

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