第89話 炎の転校生
魔法学園には通常、転校生というシステムはない。一応年度始めというものはあるが、中途から入ってくる人間もたくさんいるのだ。ただそういった人間は特別な物であり、それがこの場合はカーラの紹介状が必要となったのであった。
ついでにリアとギネヴィアの紹介状もあったのだが、これは結局使わなかった。何かあったときのために、一応とっておくことにする。
「はい、それでは筆記試験を始めます」
さすがに全くの無試験で入ることは出来ず、筆記と実技の試験を受けることになった。
実技はともかく筆記は鬼門かと思ったが、サージには必殺技がある。
即ち、時空魔法によるカンニングである。
これでラビリンスからもらった魔道書を参考にすれば、満点とはいかなくとも標準よりもかなり上の点数が取れた。
卑怯と言うなかれ。サージの目的は強くなることであって、良い成績を取ることではないのである。
そして肝心の実技テストだが、これは出力と制御の二つが計測される。
出力に関しては専用の水晶玉を用意して、それに魔力を込めて総量を測るというものなのだが…。
予想通り、魔力が強すぎて水晶玉が爆発しました。
同じことをカーラもやっていたそうで、この試験を始めてから、二人目の偉業を遂げたことになる。
(まあ、カーラさんとはかなりの差があるんだけどな)
事前に鑑定して、自分の魔力でも壊せることは分かっていた。あえて実力を隠そうかとも思ったが、この学園に来た目的を考えると、それは意味のないことだ。
制御のテストも、簡単なものだった。
円周を描いた的の、中心に近いところを一撃で射抜く。壊しすぎたら駄目だし、外れても駄目というものだ。
誘導の魔法を使ってロンギヌスを一撃すれば、ちょうどその中心点のみを射抜くことが出来た。
教官たちが驚いている。それは、目にも止まらぬ速度で的を射抜いたら、そんな反応も当然だろう。
これだけやっても、まだまだ上には上がいるのである。
カーラの無茶苦茶な魔法もそうだし、おそらくは魔将軍の二人にも、全く敵わないだろう。
あの狼男には、一撃でのされてしまった。
それでも千年紀に備えて、仲間と戦う準備だけはしておきたいのだ。
学園の導師たちにより、教程が組まれたが、それはサージを満足させるものではなかった。
彼の能力の傾向からして、まず実戦というのがサージの思惑なのだが、どうも導師たちは基礎魔術をやらせたいらしい。
ぶっちゃけブーストされた知力と魔力、そして魔法の天稟の三つがあれば、その分野でも活躍は出来るのだが、やはり千年紀を迎えるために、実践的な授業を受けたいのだ。
だがそれを口にすると、若い者は目先の派手な分野に走ってしまう、と本気で嘆いてくるのだ。
そういう目先のことが、今は大事なのだが、もうすぐそこに千年紀が迫っていることを、この老人たちは知らないのだ。
おそらく自分たちの生きている間ぐらいは、この平穏が保たれると思っている。
かと言って本当のことを言ってしまえば、混乱が都市を襲うだろう。逆にうそつき呼ばわりされる可能性もある。
仕方なく、基礎魔法を取った上で、時空魔法や火魔法、術理魔法を取っていく。時空魔法などは、ほとんど大賢者アゼルフォードしか研究していないそうだが。
そんなわけで帰宅前のホームルーム的な教室に、ほいほいと連れて来られたわけだが。
驚くなかれ、年長の魔法使いたちに混じって、クリスティーナ嬢が混ざっていたのである。
まあ、魔力の高さやギフトを考えれば、混じっていて当然なのだろうが。
それでもこれが魔法学園の最高峰となると、いまいち不安になるのだが、あくまでも生徒なのだと思えば、仕方ない。
レベルが最高でも70前後しかないのである。
ちなみに現在のサージは118だ。しかもスキルを考えれば、この10は上だと考えてもいい。
それでも同じ魔法使いとしては、あのダークエルフや吸血鬼と戦えるとは思わない。
「サジタリウス・クリストール・クロウリーです。よろしくお願いします」
3つ4つは上の生徒たちに、軽く頭を下げる。
「クロウリーか。聞いたことがないな。どこの国だ?」
にやにやと笑いながら尋ねてくる生徒がいた。レベル70ね。たいしたものだよ。
まあ実際に戦ったら瞬殺だけどな。
「クロウリーはオーガス大公国で新たに作られた男爵家です。彼自身の功績により、オーガス大公より直々に賜ったと聞いています」
それにフォローしてくれたのは、クリスティーナであった。
既に昨晩の晩餐で、クリス、サージと呼び合う程度には交流をしているのだが、ここで明らかにかばってくれるとは思わなかった。
「珍しいな。変顔のクリスが他人に関わるなんて」
まだしつこく少年が絡んでいるので、サージはいい加減にうっとうしくなって、力づくで黙らせようと思ったのだが。
「彼はカーラ・ラパーバ・ウスラン様の紹介を受けてここに入学しています。そんな人間が他にいますか?」
困ったときのカーラさんである。
その後も少年はぶつくさ言おうとしたのだが、教師に止められて黙り込んだ。
くだんの少年はアレクセイという名前だと、その夜の食事にてクリスが教えてくれた。
実力はあるが困った性格で、教師たちも持て余しているのだそうだ。しかも実家は貴族だという。
なんじゃそりゃ、とサージが思っても無理はない。
「もし何かあれば、私か導師に言えば対応しますので」
いやいや。それは違うだろう。
いくらサージが女の子のスカートの陰に隠れるのが得意と言っても、それは話が違う。
「大丈夫。せいぜい腕力に訴えるぐらいだろ?」
「彼はアイアンゴーレムをも破壊する魔法の使い手です」
アイアンゴーレム。
何その雑魚。
「クリス、あなたはどうも分かっていないようですが……」
わざとらしく、格好付けてみせる。
「僕は、迷宮踏破者ですよ」
基礎魔法の授業は、意外とサージには役に立った。
これまで教えてもらってきたのが、村の魔法使いと、バルスやカーラといった規格外の者たちばかりだったので、基本的なことがすっぽり抜けていたりしたのだ。
理論が抜けていると、実戦への応用が上手くきかない場合が多い。
またこの授業はクリスも取っていたので、その点で助けてもらうことも多かった。
実戦の授業も制御に重きを置いて、ただ破壊の魔法というのは出来るだけ控えておいた。
どうも攻撃魔法に関しても、本当に攻撃のための魔法であって、戦闘用の魔法ではないようだ。
かなりの違和感を覚えながらも、得るものがないではないので、真面目に授業を受けている。
そんな日の午後だった。
食事を終えたサージが、さあこれからまた頑張ろうと、ロッカーの鍵を開けた時。
バン!
思わずしめてしまった。
もう一度開けると、そこにはピンク色の便箋が置いてある。
おお、これぞ都市伝説。
ロッカーへの恋文。だが、サージは冷静である。
この年でラブレターなどを書くなどというのは、相当のおませさんか、ショタコンである。後者ならまだいいのだが、前者はちょっと守備範囲外だ。
それに、だ。これがラブレターに似せられた呼び出し状という可能性の方が高い。
「どうしましたか、サージ」
「うひゃおい!」
「え!?」
ついつい目の前のラブレターもどきに気を取られ、気配に気付かなかった。すぐ横で、クリスがサージの手にもたれた手紙を見ている。
「……昨日の今日で、モテますね」
「いやいや、これ多分、罠だから」
ぺりと手紙を開けると、夕方訓練場の裏で待っていると……。
名前もなければ、字体もあまり女の子っぽくない。これは間違いなく罠である。
「これは……アレクセイでしょうか?」
「多分ね」
そんなに恨まれることをした覚えはないのだが、ああいう人間はそういうものなのであろう。
「一緒に行きましょうか?」
そうかと思えば、こういう人間もいる。
優しいね、クリスちゃん。というかひょっとして、この子チョロインでない?
失礼な考えを振り払って、サージはクリスにお願いをした。
「それで、いいのですか?」
クールぶってる割には、すぐにこちらを心配している様子が見て取れる。カーラとはやはり違う。
だが、それはそれ、これはこれ。どちらもいいものである。
「まあ、大丈夫。本気を出したらあの程度の相手なら、確実に勝てるから」
ちょっと大きなことを言うと、クリスは少し鼻白んだ表情になった。
「分かりました。ですが、アレクセイは火魔法をレベル6で持っています。油断はしないことです」
「おいらの火魔法、レベル9だよ」
またまたご冗談を、とでも言いたげなクリスの表情であったが、事実である。時空魔法を修行する過程で、一番実戦で使いやすい火魔法を、バルスやカーラに指導してもらったのだ。
充分すぎるほどの余裕を持って歩み去るサージの背中が、クリスにはとても眩しいものに思えた。
「よく来たな、小僧」
全ては予想通りだった。
手紙に書かれた場所に待っていたのは、アレクセイとその取り巻き五人。
彼らが色々言ってくるのは予想していたが、それを要約してしまえば、生意気だ、ということになる。
分からないでもない。転校という特別待遇に加え、伝説の魔法戦士カーラの紹介で入学しているのだ。導師たちも特別な目で見ているのは分かる。
だが分かったからといって、同意してやる必要もない。
「で? どうするんだい? こちらには特に悪いことなんてしてないんだけど」
「跪け」
圧倒的な高位からの物言いに、サージは思わず笑ってしまった。
「何がおかしい!」
「いや、だってここまで大仰なことをしておいて、跪くだけでいいって」
まあ、それを許してしまう威厳のなさが、自分の悪いところなのかもしれないが。
「跪かせるってのはさ、命令するんじゃないよ。こうするんだ」
その瞬間、サージは「威圧」を開放していた。
サイクロプスから始まって、神竜バルス、リアとカーラの対決。魔将軍の襲来。
それだけの経験から、既にサージはそのスキルを獲得していたのだ。
アレクセイはそれでも意地を見せた。だが他の五人は、その場に崩れ落ちた。
「ば、馬鹿な……」
この強大な威圧感は、導師でもありえないほどのものだ。それこそ学園では大賢者アゼルフォードほどぐらいしか……。
「お、おのれ!」
アレクセイは錯乱したか、火の魔法を最大限で使った。それこそこっそりと見ていた導師たちも止める間もないほどに。
「白色獄炎!」
「次元断層」
そしてその魔法は、あっさりと防がれていた。
次元の狭間に、魔法が吸い込まれていく。それを見て驚く間もなく、アレクセイはサージの魔法をくらっていた。
「火炎円陣」
アレクセイたちを、炎の円環が取り巻く。普通なら簡単に解除できる程度の魔法だが、何しろ出力が違う。
中の6人が酸欠で倒れるまで、サージはその魔法を維持し続けた。
「呆れた人です……」
心底呆れた、という口調でクリスは言った。
てへ、とサージが笑ったら、冷たい視線で睨まれただけだった。
メガネっ子の冷たい視線っていいよね!
結局この一件は、両者に対する厳重注意で済まされた。
善悪で言えば、わざわざ証人まで用意していたサージに過失はないはずなのだが、相手がギャーギャ騒ぐのも嫌なので、喧嘩両成敗としてもらったのだ。
以降、アレクセイは卒業まで、サージを避け続けることとなった。
そしてサージには、この事件の顛末がやや大げさに広げられ、変わった二つ名が付くこととなった。
それが「炎の転校生」である。
「男の魂充電完了!」
訳の分からないことを言うサージは、奇矯な言動で知られる人物となっていくのだった。
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