第85話 女王の結婚
「お前がマールの相手か!」
「は、はい!」
竜眼全開で睨みつけるリアに、その猫獣人は完全に固まっていた。
灰虎縞の、やや首元がすっきりとした獣人である。年はマールより一つ上だそうだ。
名はニコという。
ここはマールの新居である。
新居と言っても、以前に使っていた家族が他の集落へ移動したため、廃屋となっていたものだが。
掃除は済ませてあり、最低限の家具も揃っている。これはマールがリアから貰った金で揃えたそうだ。
「ふむ、男なら新居の一つ、自力で建てて欲しいものだな」
意地悪なことを言うリアだが、自分でもそれは認識している。
なにせ妹以上に可愛がっていた抱き枕を、他の男に取られてしまったのだ。
「まあいい。馴れ初めを聞こうか」
どっかと椅子に座る。獣人用なので、少し小さかった。
馴れ初めといっても、そもそも幼馴染だったそうな。
マールが奴隷狩りに遭った時、少年はまだ幼く、助けることも探すことも出来なかった。
だがそれから一年間経験を積み、マールの行方を捜す旅に出たそうな。
その旅の間にも色々あったのだが、それは割愛。
コルドバとの戦争で、獣人解放をリアが謳い文句の一つにしているのを聞いて、それに参加。補給路の襲撃で、それなりの功を立てたそうな。
その折に、探していたマールを見つけたらしい。
戦後に村に戻ってみれば、マールもまた、奴隷から解放され戻っていることを知る。
これ以上何かあったら困るとばかりに、再会を喜び合ってすぐに求婚。
諾の答えを貰い、結婚式をあげ、今ここに至るというわけである。
マールの花嫁衣裳を激しく見たかったリアであるが、獣人は特に花嫁衣裳などしつらえることなく、ちょっとおめかしした服装でパーティーをして、皆に結婚のお知らせをするだけだそうだ。
それに参加したイリーナに話を聞いても、食事が豪勢だったことしか覚えていない。
「なるほど、分かった」
リアの竜眼が消え、ようやくニコは緊張から解放された。
「結婚式に出れなかったのは残念だが仕方ない。だが、私の方のお披露目には来てくれよ」
「ええ! リアちゃん結婚するの!?」
マールは驚くが、それも詳しく知らなければ当然だろう。
「ああ、カーラとシズナはもう妻になってるし、フィオは両親に話してからだな」
「は?」
とニコは当然の反応をした。
それに対してリアはごく簡潔な説明をする。竜人のこと。どちらの性別も持っていること。既に二人が妊娠していることをである。
「へえ、おめでただねえ」
「そういう種族もいるんですねえ」
夫婦はそんな反応をした。
お披露目に来ることを約束させると、リアたちはマネーシャに戻る。
ここでまた書類地獄となるのだが、それとは別に、披露宴の準備もしなければいけない。
リアは男装で決めているので簡単なのだが、カーラとシズナはそれぞれのドレスの準備がある。特にカーラは下腹部を圧迫しないように、レースをあしらった飾りでスタイルを隠すことになる。
「二人ともキレー」
こんな場所に入ってこれるのはごく限られた人間だけだが、そもそも人間でないイリーナは、基本全ての場所がフリーパスである。
オリハルコンの鎧をガションガション言わせて、広大な城のあちこちを回っているのに、二人の試着に当たったのだ。
「に、似合うかな?」
シズナはいまいち自分に自身がない。単に美しさだけを言うなら、カーラの方が圧倒的に美しいのは分かっている。それでも訊いたのは、イリーナなら嘘などつかないと分かっているからだ。
「うん、とってもキレー」
イリーナがそう言ってくれたので、シズナは少し満足した。
発表から本番まで、わずか一ヶ月の期間しかなかった。
これはカーラとシズナが既に妊娠しているため、それを考慮してのものだったが、お披露目に出席する貴族の皆様方はスケジュールの調整で大変だった。
おかげでそれをさらに調整するギネヴィアはもっと大変だったのだが、この仕事は彼女の趣味に合っていたらしく、嬉々として作業をこなしていた。
それより大変な仕事を押し付けられた人が、一人いた。
他でもないリアである。
竜人が雌雄同体というか両性具有というか、とにかく女相手でも子供が出来ると公表してから、婦人候補が山ほど送られてくることになったのである。
華麗なドレスに身を包み、流行の髪形で武装をし、バッチリ分厚い化粧をしてやってくる彼女たちは、まず木剣を一本渡される。
「それで素振りを1000回してください。それが出来ない方には、陛下は興味がないとのことですので」
騎士であるフィオにそう言われて、すごすご退散する令嬢たちが大半である。
それでもやってくるのは、女だてらに筋肉ムキムキで騎士団なぞに入っている女丈夫だが、これはカーラに面接されて、すごすごと退散する。
あんな美人と張り合おうなどと考える者が、いったいどれだけいるというのか。
それでも中には、筋肉の壁と美貌の壁を乗り越えて、やってくるものがいる。
「そもそも、なんで私の妻になろうと思ったのかね」
これはもはや社長面接のノリである。すると面接者の中には、そもそも女性しか愛せないという性癖の者もいたりして、そういう相手にはそういう相手を紹介したりもした。ここはお見合い紹介所ではないのにである。
「リア、もういっそのこと、後宮を作ったほうが楽なんじゃないの?」
ニマニマと笑いながらギネヴィアは提案するが、リアは女の子なら誰でもいいわけではないのである。
シズナは勝気なくせに苛めるとすごく可愛いし、カーラにはそもそも運命的な物を感じた。フィオはその真っ直ぐな好意に、純粋に応えたいと思ったのだ。
「とりあえず千年紀が終わってからだ。それからならハーレムだろうが何だろうがやってやる」
ぶつぶつとリアは呟く。とりあえず人間の存亡がかかった戦いを前に、これ以上嫁を増やしている余裕はない。
「第一王位継承権はギネヴィアの息子にあるんだから、今更私に嫁をくれたって、私が気持ちいいだけじゃないか。それにいくらなんでも、女に嫁に出されて嬉しい女がそうそういるか?」
ギネヴィアの息子シンジェスト通称シンジがリアの養子であることは既に発表してある。いずれは王位を譲り、ギネヴィアが政務を摂政すると言うのも、何度も言ってあることだ。
それにも関わらずリアの嫁に娘を送り込む貴族の、なんと多いことか。
「そりゃあ、変な男に嫁ぐくらいなら、美しくて凛々しい、しかも子供が作れる女性のところに嫁ぎたいというのは、女として当たり前のことだと思うけど」
政務が同じ部屋であるのでギネヴィアに問いかけると、そんな返事が返ってきた。
「……もしかして私はモテているのか?」
「妙齢の女が皆あなたの妻か愛人の座を巡るせいで、適齢期の男性貴族が余ってるって知ってる?」
そこでまたリアはお見合いパーティーもどきを開いて、貴族の男女の出会いの場を作らなければいけなくなったのだった。
千年紀に合わせて軍備を拡張しなければいけないのに、そんなことまで国王の仕事になるらしい。
「あとコルナダ伯から連絡。細かい反乱がまた起こってるから、近いうちに顔を出してほしいってさ」
ギネヴィアの手元から、ひらひらと紙が舞ってくる。
「ぐあー! なんでこうすぐに反乱が起きるんだ!」
こっちはもっと注力したいことがらがあるのに。
「あの、考えたんですけど」
ここでフィオが素晴らしいアイデアを出してきた。
「コルナダ伯を辺境伯に格上げしたらどうでしょう? そしたら周囲の貴族を動員する資格も与えられますし、子爵以下の貴族には授爵することも出来ます。反乱をしている人は、元々戦後処理に反対な人ですから」
「でもそれをすると、いざコルナダ伯が反乱でも起こしたら、大変なことになるわよ?」
「いや、いい! それでいこう! あの人に反乱起こしそうな気はないだろうし、出来ることは増やしていこう!」
かくしてまた一つの課題は他人にぶん投げて、いよいよ式典の日がやってきた。
普段は使わない謁見の間に、貴族と官僚たちが集まっている。そこへカーラとシズナを伴ったリアが脇から現れ、玉座に座る。
それに向けて家臣の代表としてギネヴィアが王の武功と治世を称え、この治世が長かれかしと述べる。
リアは立ち上がると全ての臣に向けて統治への協力の感謝を述べ、さらに千年紀を迎え、力を尽くしてくれるように頼む。
そしてこれが本日の目的の一つだが、大規模な恩赦を与えた。
政治犯は元より、刑事犯も軽犯罪は全て、監獄から出すこととしたのだ。
それに加えて、唯才令を発した。
中国三国志時代の曹操が発したことで有名なこの唯才令だが、とにかく前非は問わないから、能力のある人間は全て採用するぞという宣言である。
これは事前に根回ししていた大貴族からも反発があったが、断固としてリアは断行した。
なぜならそうでもしないと、自分が書類の中に埋まってしまうからである。
多少素行が悪くても、事務処理能力がある官僚と、それをまとめる宰相的立場の人間。それをリアは求めていた。
実際、これで引退したはずの某侯爵が宮廷に参内し、再び仕えることになる。
この男、コルドバと組んで連合を作り、ギネヴィアとは政治的な立場を反対にしていたのだ。
よって現在のオーガスでは反主流の非ギネヴィア派閥となるのだが、肝心のコルドバがなくなってしまえば、それも遠い話にしてしまえる。
「よし、これでやっと里帰りが出来る!」
この仕事の出来る男を国務長官とし、名目上は宰相としたギネヴィアの下につけることにより、かつてマネーシャに対立していた多くの貴族が宮廷に戻るのだが、全てリアの狙い通りであった。
それは後の話で、とにかくこの日、リアは正式にウスラン女侯爵カーラをオーガス正妃とし、男爵令嬢シズナを副妃として発表した。
二人の美人を横に並べ、王宮のバルコニーから市民へ顔を見せたリアは、万歳の歓呼の中で迎えられた。
千年紀が迫っているとはいえ、とにかくコルドバを滅ぼし、この地方へ平和をもたらした、神のごとき為政者なのである。
(あ、法改正もしないとな。まあ、市井の学者を拾ってきて、丸投げすればいいか)
内実はなんだかんだ行き当たりばったりなのであるが、とにかくこの式典で、オーガス大公国はその威を示したことになる。
マネーシャには臨時の屋台が出され、無料の剣闘士大会なども催され、50万を超えるという市民がその恩恵を受けていた。
もちろん中には一時の享楽に流されることもなく、この事態を眺めている人物もいるわけで。
ほどよく騒がしい食堂の一角で、ハルトとフェルナはシチューをすすっていた。
「はあ、どうしましょう……」
勢いのままにハルトに付いて来てしまったフェルナだが、これから何をするかというビジョンなど何もない。
ただ、身近にいてハルトという勇者にして魔王という存在を感じ、こちらについて行こうと思ってしまったのだ。
ハルトの考えることは、おそらく黒猫とは相容れないものであろうというのに……。
「カサリアに行って、それからレムドリアに向かおうと思います」
「レム……!」
そこは、黒猫の本拠である。
ハルトがレムドリアを避けていたのを、フェルナは聞いている。
「危険です!」
「大丈夫です。切り札を3枚ほど持っていきますから。それに、何も戦いに行くわけではありません」
そしてハルトは、いつものにこやかな笑みを浮かべるのだ。
「その間あなたには、この国を守ってほしいんです。具体的には、マネーシャ公爵と、ウスラン侯爵ですね」
その二人は、竜殺しである。
どちらもフェルナと互角以上の力を持っているはずだが、それに危険が迫るというのか。
「その……魔族の誰かとか、どこかの組織の暗殺者とかに狙われないとも限りませんからね。特にウスラン侯爵は身重ですから」
ハルトは、魔王はオーガスと手を結ぶ気でいる。魔族の幹部を殺された今でさえ、その考えは変わらない。
そうしたら、黒猫はどう出るだろうか。本来人間側の味方である筈だが、オーガスが魔族と手を結ぶ可能性を考えると、ヤマトがどういう判断をくだすかはフェルナには分からない。
「あなたには、本当に危険はないのですか?」
結局のところ、そうなのだ。
フェルナはハルトが心配なだけなのだ。
「はい。僕は臆病ですからね。危険だと思ったらすぐ逃げます」
その言葉を、フェルナは信じるしかない。
こういうものは、惚れたほうが負けなのだ。
「ですから、フェルナさんにはこちらをお願いします」
「分かりました」
錯覚だとしても、対等に思える関係。
今はフェルナにとって、これが心地よかった。
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