第84話 ドワーフの誇り

 ドワーフというのは、頑固な種族である。

 性格が頑固と言うのももちろん、そこから仕事の出来にも頑固である。

 よって自分の納得できない仕事は引き受けないし、引き受けても完成するまでに時間がかかったりする。

 そのドワーフから、連絡が来た。炉が出来たから、魔法使いを山ほど連れてやって来いと。

 それはつまり刀を打つときに同時に魔法を使うということなのだろうが、なかなか魔法使いを簡単に集めるわけにもいかないのだ。

 現在オーガスでは、旧マネーシャを中心とした、ゴーレム兵構想を練っている。これには魔法使いがどうしても必要なのだが。

「あら、行ってみようかしら」

 なんとギネヴィア自身がそう言ったのである。



 なんでも今必要な行程は、魔法でも理論分野で、実践分野ではないらしい。そしてギネヴィアが行くとなると、実質的に宮廷がそのままドワーフの里に移動することになる。

 だが来るのが王様だろうが女王様だろうが、関係ないのがドワーフである。

「というわけで、カーラは絶対に酒を飲まないように」

 あらかじめ注意しておく。ドワーフは非常識だが人非人ではないので、妊婦に酒は飲まさないはずだ。



 そのカーラはシズナと一緒に、揺れが少ないように特別に作られた吊り下げ形の馬車に乗っている。

 これにはギネヴィアも乗っていて、事実上のVIPが集まっていた。

「で、あなたたち、何を隠しているの?」

 唐突に、ギネヴィアはそう言った。竜眼をシズナに向けて。

「え、別に、隠してなんか」

「隠していますが、今はまだ言えません」

 シズナと違って、付き合いの長いカーラはこう答えるのだ。

「あらま? ちなみにリアにも内緒のこと?」

「リアに関係することですから、先に話してから、姫様にも話しますね」

「ふうん? まあ、私を仲間はずれにしないならいいのよ」

 傍若無人なようでいて、ギネヴィアは寂しがりやである。

 特に友人たちの仲に入れないのが、精神的にこらえるのだ。子供時代のトラウマである。



 ゴーレム兵に守られた一団は、ドワーフの里へと向かう。そこへ、イリーナが合流してきた。

 手紙は出しておいたのだが、オリハルコンの鎧を着て、街道をルドルフで爆走してきたらしい。

「お姉ちゃん!」

 がしいっ、とリアと抱き合ったイリーナは、マールからの手紙を預かっていた。

「……なんだと?」

 手紙の内容に、思わず握り潰すリアであった。

「イリーナ、ここに書いてあることは本当なのか?」

「そうだよ~」

 手紙には、マールが結婚すると書いてあった。

 相手は幼馴染の少年で、この間の戦争にも参加していたとか。



「う~あ~」

 マツカゼの背の上で、苦悩するリアであった。

 女王などになってしまうと、気軽に友人の結婚式にも参加出来ない。

「フィオ~贈り物贈る準備しておいて。出来れば食べ物がいいな。手紙は私が書くから」

 なんだか身内がどんどんと片付いている気がする。ギグもそろそろオーガとしては適齢期だし……。

「あ~、カーラと私の結婚式もちゃんとやるべきなんだろうな……」

 そこでちゃんと竜の血脈について説明しなければ、カーラの子は私生児になってしまう。

 めでたいことなんだろうが、面倒くさいことばかりが増えていく。







 そしてドワーフの里まであと1日と言う夜、ようやく四人は会合を迎えることが出来た。

 リア、カーラ、シズナに加えて、竜であるイリーナも混ざっている。

 その場であっさりとカーラは、自分に男性機能が生えたことと、シズナと交わったことを告げた。

 ふむ、とリアは考えこむ。シズナが妊娠していたとして、それは問題ない。カーラの子供なら、自分の子供として充分に愛せる。

 問題は、なぜ自分との時は結合が出来なかったからだが。

 考え込むリアを見て、シズナは不安になる。これは、端的に言って浮気以外の何者でもないからだ。

 だがその点、リアは頓着しなかった。

「カーラとシズナの子供なら、私の子供も同然だ。気にしなくていい。ただし」

 きりっ、とリアは表情を変え、カーラを睨みつけた。

「今度二人でする時は、私に見学させること。むしろ混ざらせること」



「分かりました」

「分かるのかよ!?」

 一人シズナの絶叫を響かせて、夜は更けるのだった。

「つーか、今からしようか?」

「私はかまいませんが……」

「構えよ妊婦! 体に負担をかけるな!」

 珍しくこの日は、シズナの意見が通った。







 ドワーフの里には先触れを出していたので、珍しく大親方や親方がリアたちを出迎えてくれた。

 その大親方がカーラを見て曰く。

「人間族にしては美人だな。誰の嫁だ?」

「私だ」

 間髪入れずに言ったリアに、大親方はぎょろりと目を向ける。

「……人間族は女同士でも結婚するのか?」

「いや、私が特別なだけだ。ちなみに嫁がもう一人、婚約者がもう一人いる」

「なるほど」

 ドワーフはあっさりと、理解することを放棄した。

「まあいい。それより見てくれ。こいつをどう思う?」

 大親方がリアを連れて行ったのは、里の中央に出来たばかりの、半球状の炉だった。

「……すごく……大きいです」

 武器を加工するというよりは、船の巨大な甲板を作るためのものでもあるかのような巨大さであった。

「うむ、竜の牙を加工するのには、これぐらいの炉が必要になった。しかも、炉だけではどうにもならん」

 そしてドワーフたちの、後に神炉と呼ばれる炉に関する研究が始まった。



 最初はごく普通に、耐熱レンガを使った炉を作ったのだが、これが全く熱に抵抗できなかった。

 その程度の熱では、竜の牙は加工できなかったのだ。

 次に扱ったのが、ミスリルの炉である。魔法による付与が利くミスリルならば、より高温でも耐えられるからだ。

 だがやはり、限界があった。竜の牙を加工するまで温度を上げるには、魔力に耐えられなかったのだ。

 ここで選択肢は二つに絞られる。オリハルコンと、ヒヒイロカネである。

 オリハルコンは単純に強度が高く、熱にも強い。ヒヒイロカネは強度はそれほどでもないが、魔法の付与に対しては最高の物質だ。

 だがそれでも、神竜の牙を加工するには熱量が足らなかった。



 そこでドワーフは最期の手段に出る。まず、大外の枠になる建物は、耐熱レンガで作る。その内部にオリハルコンでコーティングをし、最後にヒヒイロカネで、炉の直接熱を出す部分を作ったというわけだ。

 そして燃料だが、世界樹を炭にしたものを利用する。これらの燃料だけでは足りないので魔法を使ってその不足を補うというわけだ。

「炉自体の温度は上げることなく、炉の中の温度を上げる。これが難しい」

 ヒヒイロカネならば、そんな離れ業が出来るというわけである。

「ただ、それには魔法使いがたくさん必要でな……」

 そこでマネーシャの魔法使い部隊が動員されたというわけである。



「なんだかえらいことになってるな……」

 他人事のようにリアは言うが、神竜の牙から作る武器である。それは神殺しの武器、神器と言って良い。

 これを作るため、近隣の名のあるドワーフが全て集まったと言っても過言ではない。それも、武器を鍛える以前の段階の、炉を作るためだけに。

「それじゃ行くわよ~」

「は~い」

 炉に火を入れるのは、ギネヴィアとイリーナが行った。見事に世界樹から生み出した炭に火がつき、炉の温度が数千度を軽く超える。

 だが、これでもまだ足りないのだ。



「では、行きます」

 カーラが詠唱を始める。それに合わせて、無数の魔法使いが冷却の呪文を唱える。

「暗黒熱核爆裂地獄」

 闇の炎が、炉の中を満たした。

 その中へ、素手のリアが牙を突っ込む。

 じわじわと熱が牙の形を柔らかくしていく。それを取り出すと、鎚で牙の形を刀へとしていく。

 アダマンタイトにオリハルコンを混ぜた特別製の鎚だ。それも数度打つと、形が崩れてしまう。

「交換!」

「はい!」

 汗は流れることもなく、発散されたそばから蒸発していく。下手に呼吸をすれば、それだけで肺が焼けて死んでしまう。

 地獄と一歩、隣り合わせの光景だった。



 その日は結局、牙を金属状にするだけで、鎚が全て壊れてしまった。

 これを直すために、次の日は丸々一日を費やした。

 そしてまた、牙を鍛える。長く伸び、それを折り返す。

 鍛錬する。牙に含まれている謎の不純物質が、火花となって飛び散っていく。

 リアの相槌を打つのはドワーフの熟練工である。その中には親方がいる。

 なんと言ってもこのあたりで刀と言えば、第一人者である。

 もっともこの刀は、形こそ刀であっても、その鍛え方は刀とは言えない。心鉄も刃鉄もなく、ただひとつの牙を、折り返しては刀の形にしていくのだ。

 鍔も、柄もそのまま。ただ全てが、一本の牙から生み出される。その形成には魔法が使われた。



 そして刀の姿をとったその刀身に、カーラやギネヴィアの知る限りの様々な付与がなされていく。

 通常の武器なら二つか三つといった数の付与しかなされないものだが、この刀は魔力を無限に吸っていく。

「二割ほどは余地を残しておきましょう。サージが戻ってきたら、時空魔法を追加で加えてもらいましょう」

「そうね~。でも我ながら、無茶苦茶な武器作っちゃったわね。これ使えるの、リアぐらいじゃないの?」

 ギネヴィアの魔力でも、これを数回振るったら、魔力が枯渇するであろう。

 せっかく魔力は膨大なのに、全く使っていないリアにこそ、相応しい武器である。



 この最終段階まできて、またドワーフの出番がやってきた。

 刀を研ぐのである。

 正直研がなくても、振るうだけでたいがいの敵を滅ぼしてしまう武器なのだが、刀であれば研がねばなるまい。

 竜の肝臓より生み出されるという賢者の石を使って、これを研ぐ。正直死蔵していた物なので、これが実際に使われるところを、多くのドワーフが見にきていた。

 そして炉に火が入ってより一ヶ月。

 ついに一本の刀が完成した。

 通常形態で、刃長二尺三寸五分(約71センチ)反り三分三厘(約1センチ)、広直刃に波紋が美しく映えている。

 色はまるで、輝ける闇のよう。リアの髪の色に似ていた。



「素晴らしい……」

 うっとりと見つめるリアは、その刀に魅了されていた。

 生まれてから今まで、これほど美しいと思ったものは……。

「名前を付けたほうがいいな……」

 この世界において、有名な武器には名前が付けられる。大概は作られたときに、その由来から付けられるのだが、後から付けられるものも多い。

「黒竜刀バルスが相応しいんじゃないか?」

 大親方がそう言うと、大概のドワーフは頷いた。確かにバルスの名前を付ければ、納得しない者はいないだろう。

 だがリアには、以前から考えていた名前があった。

「この刀は、神刀ガラッハと名付ける」

 ガラッハ。

 それはこの里で唯一刀を打っていた、親方の名前であった。



 よろよろと、親方――ガラッハが歩み出てくる。連日の研ぎに疲れ、ドワーフとは思えないほどやつれた顔だ。

「お、俺の名前を付けるってのか……」

「虎徹も作成者の名前だしな。何より親方がいなければ、この刀は作れなかった。だから、ガラッハだ」

 そう言って、漆黒の刀を頭上に掲げた。

「この刀を作るうえで最も力を尽くしてくれた者の名前を取って! この刀を神殺しのガラッハと名付ける!」

 ドワーフは頑固な種族である。これは有名である。

 しかし感激屋であることは、あまり有名でない。

 神竜の牙より生み出されし最強の武器に、ドワーフの名前が付く。その意味を、全てのドワーフが理解していた。



 波のように、ざわめきが起こり。

 爆発するかのように、歓声が起こった。

 ドワーフの親方たちが、ガラッハの背中を叩いていく。

 ここに一本の刀と、その伝説が生まれた。







「まあ、上手いことやったわよね」

 宴会が三日三晩続き、ようやく解放されたリアたち一行は、マネーシャへの道を帰還していた。

 マツカゼに乗るリアの腰には、ガラッハはない。強力すぎて、普段はとても使えないのだ。

 今のリアの腰に差してあるのは虎徹と、ガラッハの打った小刀の二本である。

 馬車の中から、馬上のリアへ、ギネヴィアはそう声をかけた。

「そう言うな。下手な刀が打たれていたら、素直にバルスと名付けていたさ」

 不思議そうなフィオやシズナに、ギネヴィアは説明をする。

「つまりリアは一本の刀にドワーフの名前を付けただけで、全てのドワーフの支持を得たのよ」



 ドワーフは頑固である。

 そして単純である。

 一度こうと決めたら、それを曲げることはない。一度、こいつのためならと思ったら、絶対に裏切ることはない。

 リアが、ドワーフの中ではまだ無名の親方の名前を、歴史に必ず残る武器に付けたことは、全てのドワーフを感激させた。

 あの場には、近隣のほぼ全てのドワーフの名工がいたのだ。そのドワーフたちの支持を、一つの名付けだけで手に入れたことになる。

「そんな裏があったのかよ……」

 シズナは少し失望したようだが、フィオは逆に感心している。

「その代わり、私も絶対に彼らを裏切れなくなったがな。シズナ、胎教に悪いから、暗いことは考えるなよ」



 そう、そうなのである。

 シズナは結局、予想通り妊娠していたのである。

 今は悪阻がひどく、時々馬車を止めては道端に吐いていたりする。

 カーラは不思議なほどに妊娠初期の症状が出ていないのだが、これも体質によるものだろうか。



「おかげでゴーレム兵の作製には、ドワーフの全面的な協力が得られたけどね」

 ギネヴィアはそれで満足だった。

 実際、これでオーガスはその領内にいる人間以外の亜人でも、大きな勢力を誇るオーガ、獣人、ドワーフの全てを傘下に入れたことになる。

 来るべき千年紀において魔王軍と戦うにしても、これでかなりの共同戦線を張れるだろう。

「いいなあ、お姉ちゃん。私も特別な剣ほしいな」

 イリーナはそう言うが、いや、オリハルコンの剣は充分特別だから。

 誰もが思ったので、逆に誰もが突っ込まなかった。

「じゃあバルスでいいじゃないか。実際にバルスが作ったんだし」

「う~ん」



 いまいち納得しないイリーナは、ぽんと手を打った。

「じゃあ、ルドルフで」

「わう!?」

 乗せていたルドルフが一番驚いた。

「いつもお世話になってるし、格好いい名前だと思ってたんだよね」

「いや、それはややこしいから、やめたほうがいいんじゃないか?」

 ルドルフも気のせいか、嫌そうな顔をしている。

「じゃあお姉ちゃん付けてよ」



 もうエクスカリバーでいいんじゃないかな、とも思ったが、リアにはちょうど思いついた名前があった。

 黄金色のオリハルコンの剣。イリーナの使う、破壊力はたいしたものだが、ちょっと扱いづらい大剣。

「オルフェーヴルでどうかな?」

「ふうん? どういう意味?」

「異世界の言葉で、金細工士という意味だ」

「へえ……うん、いいかも」

 そういうことで、聖剣オルフェーヴルは誕生したのであった。



 ちなみに、リアがガラッハと名付けた刀は、後にもう一つの名をドワーフたちから呼ばれることになる。

 それは『ドワーフの誇り』という二つ名であった。

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