第83話 癒し
誰もいない部屋で、ベッドに飛び込むと、枕に顔を押し付け、シズナは嗚咽をこらえた。
何が悲しいのだろう?
決まっている。カーラが子供を作ったということだ。
カーラはリアとお似合いだった。悔しいけれど、それは納得出来る。リアの背中を預けられる人間なんて、カーラ以外にはいない。
だからカーラが他の男とくっつくなって、我慢できなかったのだ。
「シズナ、私です。入っていいですか?」
今一番聞きたくない声だった。会話すらしたくない。
「誤解があるようですので、話す必要があると思います」
何が誤解なのか。話す必要もないとしか思えない。
しかしカーラは執拗だった。何度も優しげにシズナを呼び、とんとんとドアを叩く。
しまいにはそれに負けて、シズナはドアを開いた。
既にドレスを脱いでいたシズナは、ほとんど下着のような格好で佇んでいた。人の目を気にしない彼女らしくはある。
「入ってもよろしいでしょうか?」
「どーぞ」
シズナはベッドにそのまま腰掛ける。てっきりソファを使うと思っていたカーラは、その隣に腰掛けた。
「シズナ、あなたは誤解をしています」
「誤解? あんたがどっかの男に腰を振って孕んだのが、何かの誤解だっての?」
あえてきつい物言いをしたが、それに傷つくカーラの顔を見ることも出来ない。
「誤解です。それも含めて、竜という生き物についてお話します」
こちらを向いてくるカーラの視線に耐え切れず、シズナは目を合わせる。
吸い込まれるような瞳だ。何もわだかまりなどないかのように、シズナを見つめてくる。
「そもそも私とリアが、竜の血を引いていることに、原因がありました」
竜とは本来全て雌の生き物で、必要に応じてある個体が男性化し、子孫を残すということ。
その竜の血を濃く継ぐリアとカーラも、どうやらその特徴を持っているらしいこと。
カーラが魔族と戦い、あやうく死に掛けたことで、お互いの気持ちが高まってしまい、行為に及んだこと。
その結果、本来子供を産むことが出来ないはずのカーラにも、子供ができたことなどである。
頭の中で何度も繰り返していたおかげで、スムーズな説明が出来たと思う。
だが、シズナは不満だった。
「あのさ、あたしさ、あんたがリアと出会う前に、リアと寝たことがあるんだ」
それは、唯一の優越感だった。
だがカーラの表情は変わらない。
「その時は、そんなこと起こらなかったんだけど」
つまりは、あの時のリアが本気でシズナを欲していなかったということなのだろうが。
それを思うと泣きそうになる。
そんなシズナの肩を、カーラは優しく抱いた。
「いくつか理由は考えられますが、簡単に反証する事が一つ出来ます」
「え?」
瞬きしたシズナの唇を、カーラはごく自然と奪った。
「……え?」
呆然としているシズナを、カーラはベッドに押し倒した。
「あああああ、あの、カーラ、あたし、そっちの趣味はないんだけど」
「私はどちらでも構わないようです」
「ええええっ!?」
カーラの手が、教わったばかりの動きでシズナの下着を脱がせていく。シズナは人を呼ぼうとして……それがひどく難しいことに気付いた。
「あああ、あの、なんで」
「あなたを見ていて、ずっと思っていました」
カーラはじっとシズナを見てくる。
「あなたが可愛いと」
リアの瞳は全てを支配してくる瞳。カーラの瞳はそれに反して、全てを吸い込んでいく瞳だ。
敵意も、悪意も、憎悪も。
流される。
流されてしまう。
「シズナ、愛しています」
「え、でもあんたは、リアのことが……」
「リアの愛する人は、私の愛する人でもあります」
シズナは混乱した。だが、現実として体に力が入らない。
カーラは自分もドレスを脱ぐ、その裸身が露になった時、初めてシズナは驚きで息を飲んだ。
カーラの下腹部にあるそれは、男性にあるはずのそれだった。
「あなたを慰めたいと思ったとき……体の中から、熱いものが出てきました」
それをさらけ出すカーラの頬は紅潮している。
「リアが私を愛するように、リアがあなたを愛するように、私もあなたを愛したい」
カーラの愛撫は、リアに似ていた。それに応えるように、シズナの体も熱くなる。
「シズナ、お願いします。このままだと、辛いのです……。私を……受け入れてください」
そう言うカーラが本当に辛そうで、汗ばんで、少し可愛くて。
シズナは膝を開いた。
何度かの交わりの後、カーラは痕跡を消して、ドレスに袖を通した。
シズナは眠るかのように全裸でベッドに横になっていたが、体中の見えない部分には、カーラの唇の痕があった。
「そういえば、なんで今回はその……上手く出来たのかな?」
呟くシズナの髪に、カーラが触れる。それだけで気持ちよくなって、シズナは痙攣した。
「幾つか、考えられることはありますが……」
まず一つ、シズナにとってはひどい話だが、以前のリアとの交わりでは、まだリアにその覚悟が出来ていなかったこと。
リアがカーラと交わったことによって、その機能が現れたということも考えられる。
それに、シズナの側の問題もある。
「あたしの?」
シズナは首をひねる。そんな心当たりなどない。
あの初めての夜、シズナは心の底からリアに全てを捧げたつもりだった。
「ええ、ですが竜と違って、人間には繁殖の周期があります」
竜は、自らの意思で繁殖を決める。逆に言えば、繁殖を伴わない交わりはない。
「以前から、あならのことは愛しいと思っていました。ですが本当に、あなたと交わりたいと思ったのは、ついさっきです」
それまでは普通に慰めてあげようとしていただけなのだ。
「おそらくですが……今の交わりで、あなたは子供を孕みました」
衝撃の言葉だった。
思わず起き上がったシズナだが、貧血のように頭がくらくらとする。
それをしっかりとカーラが抱きしめた。
「まずい……まずいよ……」
「何がですか?」
「だって、あたしはリアの奥さんなんだからさ……」
「問題はないと思いますよ」
そしてカーラは名言を吐いた。
「リアのものは私のもの、私のものはリアのもの」
呆気に取られているシズナに、カーラは更に続けた。
「リアが愛しているあなたが、リアが愛している私と愛し合ったのです。何も問題はありません。もしなんでしたら、全ては私の責任にしていただいて構いません」
「いや、それはさすがにまずいよ……」
カーラはこんな時でも平然としているが、果たしてリアはどう思うのか。
「今度三人だけで、話そうよ。他に相談できる人もいないし……」
一応はそう決めたのだが、三人になる機会と言うのが意外と作れなかった。
リアがドワーフの里に、向かうことになったからである。
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