第82話 庭園

「あ~平和だ~」

 庭園に築かれた東屋で、リアはお茶などを飲んでいた。

 柄にもなく、ドレスなどを着ている。美しい自分が好きなので、別にドレス自体は嫌いではないのだ。問題は、ドレスを着ると寄って来る男共であって。

 そしてこれも珍しいことに、カーラも同じく白いドレスを着て、お茶会の席に加わっている。

 ドレスも似合う。いつもは凛々しさのみが協調されるが、ドレスを着ると女らしさが強調される。聖女に相応しき清楚な美しさと言えるだろう。

 二人に加えて、シズナ、フィオ、ギネヴィアの3人もドレスを着ている。正しく貴族のお茶会だろう。

 それにしてはギネヴィアだけはリアの嫁ではないのだが、まあ義理の姉妹ぐらいの関係ではあるのだろう。

 ギネヴィアの息子が、リアの養子でもあるわけだし。

 シズナもジェバーグからはすぐに帰ってきて、このお茶会に参加している。

 実家ではよほど色々言われたらしいが、バルガスは納得してくれたとか。



 あれから、リアはカーラと共にコルナダの処理を終え、珍しく馬車になど乗ってマネーシャにまで戻ってきたのだった。

 カーラの精神的なものを心配していたのだが、自分に乗ってくれないマツカゼが拗ねたせいで、途中からはリアのみが馬で戻ってきた。

 都に帰還する頃にはカーラもすっかりと元気になり……そして書類地獄が始まった。

 半月ばかりの留守の間に、なぜか処理すべき案件が一ヶ月分ほど溜まっている。こういうのは一度溜まると、乗数的に溜まっていくらしい。

 それでどうにか暇が取れたのが、約一ヵ月後。

 魔王の話をギネヴィアにもしないといけないと思っていたら、珍しくカーラがお茶会など提案してくれたのだ。



「たまにはいいねえ。こう、お日様の下でのんびりするのも」

 リアがのんびりと言うと、皆も頷く。基本このメンバーはシズナ以外、山ほどの仕事を抱えている。

 ちなみにこの人間関係で言うと、ギネヴィアは恐れられつつ笑われる立場。カーラが誰にも好かれる立場。リアが夫で、フィオとシズナの間には若干の確執がある。

 しかしこの日、問題を出してきたのはこの二人ではなかった。

「どうですか、味は?」

 スコーンを出してきたのはカーラだが、彼女自身は手をつけていない。まさか毒殺するわけでもないだろうが。

「おいしいです。これ、カーラ様が?」

 口いっぱいに頬張って、シズナが尋ねる。ちょっとはしたないが、ギネヴィアも同じようなことをしているので気にしなくてもいいだろう。

「いえ、王宮の料理人に頼んだものです。私はちょっと、都合が悪いので」

 別にカーラが料理が下手ということはない。以前には夜中に自分で料理しているのを見たことがある。単に、時間がないだけなのだ。



「どうですか、皆さん、お腹が膨れましたか?」

 全員でコクコクと頷く。するとカーラはその微笑の似合う顔に、真剣な表情を浮かべた。

「皆さんにお話があります」

 背筋を真っ直ぐに伸ばして、その瞳を各位に向ける。

 思わすこちらも背筋を正すリアたちである。

「本来ならば、まずリアだけに話すべきことなのでしょうが、ここにいるのは言わば姉妹のようなもの」

 あれ? この前置きは。

「ですので、あえてここで話させていただきます」

 なんだか、前世で女の子から別れ話を切り出されたときのような……。

 カーラは決然として、その言葉を口にした。











「子供が出来ました」











「へ?」

「は?」

「え?」

「誰が?」



 最後の言葉はギネヴィアのものだった。しかし彼女も、理解が追いついていない。

「え……と? 誰が?」

「私がです。妊娠しました」



 その瞬間、ものすごい勢いでシズナが立ち上がり、カップを倒した。

「み、見損なった!」

 勘違いしていることに、誰も気付いていない。

「カ、カーラ様とリアは……誰も間に入れないと思っていたのに!」

 そのままドレスを翻し、足早に去っていく。引きとめようとしたが、皆頭が働いていない。

「……あとで、彼女とは話をします」

「それはそうね。……で、誰の子供なの? っていうかあなた、子供が出来ない体じゃなかったっけ?」

 そう、カーラは医者にも魔法使いにもそう聞いていたし、ギネヴィアにはそう説明していた

「そ、それに関しては……」

 ギギギと歪な動きでリアが手を挙げた。

「私が説明しようと思う」



 フィオとギネヴィア二人の視線を受けて、リアは説明を開始した。

 自分もまた、子供が産めない体だったこと。

 暗黒竜バルスから、時が満ち、お互いが求めれば、子供が出来るというように聞いたこと、

「それで、カーラがひどい目にあった後、すごく気分が盛り上がって……そしたらあの、男性の物が出てきたんだよね。それで交わったから……」

 多少言葉を濁してはいるが、カーラは真っ赤になっていた。色が白いので目立つのだ。

 フィオも意味を悟って真っ赤になっているが、既に子供を産んでるお母さんは違う。

「へえ? 今もそうなってるの?」

 ギネヴィアは全く驚いていないどころか、興味津々である。

「いや、今は女の体に戻っている。多分相当気分が高揚してないと、だめなんだと思う」

「あ、あの!」

 必死といった態でフィオが声をかける。

「その……つまり……カーラさんのお腹の子の父親は、リア様なんですよね?」

「そうだな」

 ふーとリアは長い溜め息をついた。まさか女の身で父親になるとは思わなかった。



 しかし、嬉しいことではある。めでたい。

「しばらくは、安静にしないとな? 激しい運動は厳禁だ」

「あの……産んでもいいのでしょうか?」

 そのカーラの言葉こそ、リアには意外であった。

「もちろん、当然、産んで欲しい。私とカーラの娘だぞ。ものすごい美人になることは分かっている」

「娘で決まってるんだ……」

「ああ、そりゃ竜の血を引く同士なら、当然娘だと思うぞ」

 竜は基本全部が雌だということを説明すると、やはり驚かれた。



「それにしても、カーラがお母さんにねえ……」

 にやにやと笑うギネヴィアだが、その視線はどこか優しい。

「これからは、自分一人の体じゃないんだから、無理しちゃ駄目よ」

「……自分一人ではない……」

 よく言われる言い回しだが、自分の身に起こったことと考えると、不思議な気分のカーラだった。

「確かに、無理は出来ませんね」

 いとおしむように下腹部を撫でて、カーラは呟いた。



「あの……いいですか?」

 それまでは比較的黙っていたフィオが、その目力のこもった目でリアを見てくる。

「な、何かな?」

 思わず気圧されるリアだが、このフィオの視線、何かのギフトなのではなかろうか。

「私は、リア様の第三夫人になるんですよね?」

 それは約束だった。フィオ自らが、リアが女でも構わないと言ってくれたのだ。

 だが、こうなると話が違ってくる。

「フィオ、もし気が変わったんなら ――」

「いいえ! 違います!」

 胸元で手を握り締めたフィオは、むしろ希望に満ち溢れた表情をしていた。



「カーラ様が可能なら、私もリア様の子供を産めるかもしれないんですよね!?」

 それは、どうなのだろう?

 確かに始祖レイテ・アナイアはバルスの子を産んだ。その因果関係で言うなら、フィオにもそれは可能なはずだ。

 だが、リアがどうして一部男性化したかは、分かっていない。シズナと寝た時にでも、変わっていてもおかしくないのだ。

「分からないが、試してみる価値はあるな」

「あ……その……試すのはもうちょっと、心の準備が出来てからで……」

 また耳まで真っ赤になったフィオを、リアはおろかカーラまで頭を撫でている。確かにリアの妻三人の中では、一番年少ではあるのだが。







「それでは私は、シズナのところへ行ってきます」

「大丈夫カーラ? あの調子だと、拒絶されるだけだと思うけど……」

 勘違いとは言え、シズナはかなり怒っていた。ここではリアが直接話すか、無関係のギネヴィアあたりに話して貰うほうがいいのだろうが。

「いえ、私は彼女の姉になるのですから、やはり私一人で行きます。リアがいると、かえってこじれるかもしれません」

 こんな時でもカーラはカーラだ。

 ドレスを着ていても颯爽としていて、カーラの後姿は美しかった。

 あんな美女が自分だけのものなのである。大切にしないといけない。

「顔が緩んでいるわよ」

 いかんいかん。



「それで、ギネヴィア、あなたにも話さなければいけないことがあるんだが……」

 視線を受けて、フィオは席を外す。空になった皿とポットを持っていく。

「さて、多分気付いていることもあると思うんだが……」

 そうして、リアは自分の考えていることを話した。

 その中で一番重要なのは、シンジの父親がおそらくは魔王であるということだった。

 とは言っても、バルスの言葉通りなら、元は勇者の魔王であるはずなのだが。



「ただものではないとは思ってたけど、まさか魔王とはね……」

 全てを聞いた後も、ギネヴィアは一つ吐息をついただけであった。

 リアが一切の人を避けさせた理由もそれなら分かる。

「カーラをあんな目に遭わせたやつの上司なんだろうけど、どうも悪いやつとは思えないんだ」

 レイとアスカの態度や、リアとオルドの戦いを見ても。

 やろうと思えば、あの場でリア以外の人間は、間違いなく全員殺せただろう。

 千年紀は人間と魔族の争いであるはずなのに、人間をも育てようとしている。

「サージがいれば、また違う考えを出してくれたのかもしれないがな」

 サージはもういない。

 別に死んだとかではなく。

 魔法学園に入学するため、マネーシャを発っていたのだ。



「まあ、私たちのすることは、人類側の戦力を上げることよ。ゴーレム軍団構想、手伝ってくれるわよね?」

「ああ、それは問題ない」

 だが、リアの意思は裏切られることになる。

 この数日後、ドワーフの里から、炉の完成の報せがもたらされたからだ。

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