第79話 陵辱
満月の夜だった。
深遠の輝きの下、虐殺が繰り返されていた。
鋭い刃が振るわれるたび、皮膚が裂け、内臓が生暖かい匂いと共に露出する。
その惨劇の主役は、一人の男。
獣皮をまとった、剣を手にした男だった。だが犠牲者を切り刻むのは、むしろその長く伸びた爪だ。
そう、オルドの武器は、己の肉体自体。ミスリルをも切り裂く、その爪や牙。
そして、強者の気配を察するその感覚。
こちらに向かってくる圧倒的な強者の気配に、オルドはすぐさま姿を消した。
凄惨な殺戮の現場に到着したのは、カーラを筆頭とした騎士団である。
「ひどい…」「こちらはまだ息があります」「カーラ様」
治癒魔法を使える者が、瀕死の重傷者を治癒していく。
「ああ、母さん……」
傷ついた少年の目の前には、瞳から光を失った女がいる。
カーラは魔力を練り上げると、世界の理に接続し、失われた魂を呼び戻す。
全てが成功したわけではない。だが確かに何人かは、カーラの魔法によってその命を呼び戻した。
「おお……」「奇跡だ……」
まるで女神のように、カーラを拝む者がいる。
「いや、すごい。確かに聖女だわ、あんた」
てんで場違いな軽さの声が、その場に響いた。
カーラが臨戦態勢を取る。至近距離まで、その男の存在に気付かなかった。
「何者ですか」
おそらくは、この惨状をもたらした者に。
それでもカーラは、凍えるような声で問いかけた。
「ああ、オルドっていうんだよ。魔将軍オルド。今は将軍じゃねえけどな」
野卑な顔立ちに、精悍な笑みを浮かべ、オルドは名乗った。
「なぜ、このようなことを……」
あちこちでまだ呻いている怪我人を見て、カーラの中に怒りが湧く。
これは、戦いですらない。ただいたぶっているだけだ。
「まあ、色々理由は付けられるんだが、結局はあんただな」
「私?」
「ああ」
オルドは残虐な、計算づくの笑みを浮かべた。
「あんた今、ほとんど魔法が使えないだろう?」
カーラの顔色が変わった。蘇生魔法で、魔力を使いすぎた。
強力な攻撃魔法はおろか、身体強化さえ、ほとんど使えないだろう。
「カーラ様、ここは我々が!」
騎士たちが駆け出す。だが彼らは、オルドの剣の一撃で、その場に這い蹲ることとなった。
強い。
内在する魔力も大きいが、接近戦で強い。
これに勝てるのは、自分以外にいない。カーラはそう思った。
「皆は離れて。私が相手をします」
そして抜かれるのは、破竜剣エクドラ。
相手がどれだけ強化していようと、竜をも殺したこの剣なら防御を貫けるだろう。
そして戦闘が始まった。
剣技自体は、カーラの方が上だった、
だが、それはあまり意味がない。
「満月を選んだ甲斐があったな」
そう言ったオルドの姿は、見る間に筋肉が盛り上がり、上半身が狼の姿を取ったのだ。
人狼。
魔族の中でも、特に満月の夜にはその力を最大限に発揮するという。
その膂力は人間の限界をたやすく逸脱し、カーラを防戦一方にする。
だが、とつぜん視界がゆったりと流れるようになる。
(サージ、ありがとう)
サージによる加速の魔法だった。彼も治癒に魔力を使っているだろうに。
残った魔力を込めて、オルドと渡り合う。
何とか刃がオルドの体を捕らえた。
だが、浅い。カーラの力が弱いだけではなく、相手の体を包む魔力が、刃の邪魔をしている。
体力を考えれば、そのうち負けるのは自分だ。
カーラは賭けに出る必要を感じた。
全ての魔力を、剣に込める。
魔法の霧で、一瞬、相手の視界を奪う。
そこへ、全力の突き。
カーラの剣が、オルドの腹を貫く。
「残念」
次の瞬間。
カーラの右腕を、オルドの爪が切断していた。
「ああああっ!」
気丈なカーラも、その激痛には耐えられない。
右腕の切断面が熱く、だらだらと血を流している。
「ははっ、いやあ、やばかった。あと少しずれてたら心臓だったな」
そう言いながらも、オルドはゆっくりと己の腹の剣を引き抜いた。
苦痛に苛まれながらも、カーラは最低限の治癒魔法を使う。右手の血を止めなければ、出血多量で死ぬ。
それを待っていたかのように、オルドはカーラの残された左腕を取って、宙に吊り下げた。
「う……ああああっ!」
握られたカーラの左腕が、手首で握り潰された。
「魔力が足りないだろう? こちらは計算して戦っていたからなあ」
楽しそうに、オルドは語りかける。事実、魔力が足りない。このままでは、戦うことも出来ない。せめて、一度は距離を取らなければ。
それを悟っていたのか、オルドの爪が、カーラの太ももに突き刺さる。
「う……」
今度はカーラは叫び声を上げなかった。
苦痛に汗を流しながらも、至近距離でオルドを睨みつける。
「いいねえ、あんた、たまんねえなあ」
「カーラ様!」「カーラ様を放せ!」
周囲を囲んでいた騎士たちが、オルドに殺到する。だが、カーラにはそれを止めることもできない。
口を開けば、激痛でわめいてしまうだろう。
そして騎士たちは、カーラを片手で吊るしたままのオルドの一撃で、弾き飛ばされては戦闘不能になっていく。
蹂躙であった。
目の前で、全てが壊れていく。
自分の大切な人たちが倒れていく。
「悔しいか? 無力だな」
そう言ったオルドは、その爪をカーラの襟元に引っ掛け、一気に切り裂いた。
カーラの雪よりも白い肌が、月光の下に晒された。
「カーラさん!」
待てなかった。
これ以上は限界だった。
サージは物陰から飛び出すと、限界まで加速したロンギヌスを放っていた。
かわすことも出来ない、その速度。しかしそれは、闘気に覆われた毛皮に弾かれる。
「ほう、ガキか」
それでもオルドはサージを侮ることなく、カーラをその場に捨てると、爆発的なスピードでサージに接近した。
加速の魔法で限界まで速度を上げていたにもかかわらず。
サージはオルドの一撃をかわすことが出来ず、壁に叩きつけられた。
強化していなかったら、それで死んでいただろう。
それにもかかわらず、全身の骨があちこちで折れていた。
(くそ……弱いなあ……)
自分の弱さに情けなくなりながらも、サージはそのまま意識を失った。
(姉ちゃん……)
「さて、続きをしようか。なにしろ、殺すなと言われてるからな」
投げ出された体勢のまま、カーラはそれを聞いていた。
潰された左の手首を、再び持ち上げられる。
露になったカーラの胸元に、オルドの爪が突き刺さっていく。
「分かるか? これがあんたの心臓の鼓動だ。恐怖で激しく動揺している」
楽しそうにオルドは解説してくる。カーラはただ、痛みをこらえるので必死だった。
「そうだ、そうやって痛みをこらえてるのが、あんたは一番綺麗だな」
楽しそうに呟いたオルドは、その爪をカーラの臍上に突き立てる。
「……っ……は……」
「暖かい内臓だな……。いい感じだ。出ちまいそうだぜ」
指先が、カーラの体内で動き回った。
内臓を一つ一つたどっていく。腹筋を切り裂く痛みが、もはやほとんど麻痺している。
もう片方の爪が騎士服のズボンを切り裂き、その脚線を露にする。
「この硬いのが子宮かねえ。なかなかここまでやって死なない人間は少ないから、さんざん楽しませてもらうぜ。あんた、処女だろ? 匂いで分かる」
カーラの体内をさんざん陵辱しつつも、オルドは無邪気なものだ。
獣が獲物を無邪気に遊び殺すように、カーラの精神を破壊しようとしている。
「ここにぶち込んでやるさ。心配するな、殺しはしねえ。むしろ気持ちよくなれるだろうぜ」
それでも。
それでも、カーラは絶望しない。そこに待つのが、もはや自分の精神の死だけであろうと。
サージは、おそらく生きている。彼がリアに会えば、必ずこの男を止めてくれる。
リア。
もう一度、会いたい。
次の瞬間、オルドは横からの衝撃で吹き飛ばされていた。
何があったのか分かったのは、そこに原因となっていた人物が立っていたから。
カーラの瞳は、その少女をとらえた。
黒い翼を背に生やし。
銀の月光を背に受けて、彼女は立っていた。
「リア……」
黒髪の少女は何も言わない。ただずたぼろになって動けないカーラを治癒していく。
「てめえ……」
壁に激突したオルドが、瓦礫の中から立ち上がる。やはりダメージを受けていない。
そしてリアは ――。
リアは震えていた。
刀を持てば、いかなる時も平静であれ。
それが、無理だ。
怒りのあまりに、震えるのをこらえきれない。
「お前は、殺す」
あまりにも感情のない、一方的な宣言だった。
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